嘘つきメイドの復活
ゼルディアのフィル・ブライヤ家の財力を持ってすれば、装備を買い替える事は造作もない事だった。
ターニャは、店主が提示した金額にターニャは一瞬顔を引きつらせたが、アリシアが微笑み頷くと、チュクチがあっさりと支払ってしまう。
「……本当に良かったのですか?こんな高価な鎧を……」
今日の宿へと向かう道すがら、ターニャが心配そうな顔でアリシアを見つめる。
「ええ、大丈夫です!」
ちゃっかりターニャとお揃いの白銀の胸当てを、自分用にも購入したアリシアが、わざとカチャカチャと装備を鳴らしながら満足げに答える。
「本人が良いって言ってるんだから、別にいいでしょ?」
防具屋で買った黒いマントを装備する千尋が、お金を出したアリシアに礼をするでもなく、アリシアの行動を肯定する。
「お金の事は心配いらないですよ?ウルブリヒトさんから何があっても困らないようにって、お預かりしてますから」
「なら、いいが……」
見た目は白銀の女騎士になったターニャと、黒いマントの暗殺者に見える千尋、姫騎士かという見た目のアリシア。3人が町中を歩けば、嫌でも目立つようで、千尋達に視線を送りながらすれ違う人々の様子を見ると千尋はため息をついた。
「やっぱりこの格好は目立つわね……」
小さく千尋が呟いた言葉に、チュクチが首を傾げる。千尋の望む匿名性は、目新しく輝く装備を身に着けたアリシアやターニャと居ると、失われてしまう。
誰もが二人の姿に目を奪われ視線を送る。そして隣にいる千尋の黒マントが悪目立ちして、千尋という存在を誰もが記憶に焼き付けてしまう。
どうしたものかと、考えるように顎に手を当てて、千尋は宿へと向かうのだった。
翌日、朝食の為に宿の食堂に集まった勇者一行は驚くことになる。千尋がまたカレン・リュグネリン、つまりメイドの姿で現れたからだ。
「は?千尋。またなんか企んでるの?」
メイド時代の千尋のことを知らないメネシオンが、誰もが言えなかった核心を突く。
「そんな訳無いでしょ。アリシアとターニャが悪目立ちするようになったから、黒いマントの私の存在が嫌でも、記憶に残るじゃない?」
「わかるよ。黒は目立つからね?」
一足早く朝食を食べ終えたジャギーが、顔を洗いながら千尋の意見に同意する。黒いジャギュアである彼女もまた、千尋同様に日の下で悪目立ちする故に、狩りがうまくいかない自身の姿を恨んだことがある。
「でも、その格好じゃ夜に目立つよ?狩人として、どうなの?」
まさか獣が一番の理解者になるとは夢にも思っていなかった千尋は、ジャギーの頭を撫でなでると、真っ白いエプロンを外した。
スカートの下から昨日買ったマントを取り出し装備すると、まるで喪服を着ているかのように黒い服装に早変わりする。
「どう?」
「これなら闇夜は、ジャギーと千尋のものだね?」
千尋の足元にマーキングするように体をこすつけたジャギーが、千尋の変身ぶりに称賛の声を上げる。
「理解してもらえて嬉しいわ。ジャギー」
ジャギーと千尋は目を細め合い、夜の狩人たるお互いだけが知る、黒の利点を確認する。
「そういうわけだから、メイドとして扱って頂戴?」
「マジで!髪すいてくれる?」
千尋がアリシアにむけた言葉を何故か真に受けたメネシオンが、赤い髪をなびかせる。すると千尋は殺意の籠もった目でメネシオンを睨む。
「……殺すわよ?」
千尋の眼の前で、みだりに赤をちらつかれるのは危険だ。一応対象年齢外とはいえ、千尋を馬鹿にするように、または誘惑するように赤い髪をなびかせたメネシオンは千尋の殺意を真正面から受ける。
「ひっ…………!」
メネシオンは、二人のやり取りに呆れるチュクチの背中に隠れる。
「まぁまぁ。でも、千尋さんを僕たちはどう扱ったらいいんですか?」
「アリシア以外は今まで通りでいいわよ?私は私だもの……」
「しかし、目立たない為にメイドとは……。異世界の人間は、自己顕示欲の塊と思っておったのだがな?」
異世界の人間とも交流経験のあるクロエが、千尋、独特のその感性に興味深そうに見つめる。
「そんな破綻した奴らと一緒にしないでくれる?」
「しかしメイドとは……」
今となっては懐かしいカレンの姿をした千尋に、驚きを隠せないターニャが呟く。
「逆に目立つのではないか?」
「ターニャ。貴女、今まで会った事のある従者の顔や特徴、しっかり覚えている?」
「いや、主のほうを意識するので……」
そこで、ターニャはハッしたような顔をする。その反応に千尋は満足そうに笑う。
「誰もがメイドや従者がいた事は覚えても、顔までは意識しないのよ?大事なのは主の方だから……」
そう言って千尋は、ハーゼを手招きすると2人でメイド式の礼をする。
「そういうわけだから、よろしく頼むわよ?」
千尋が大事にしたい匿名性というものは、この世界の住民に理解は得られないようで、仲間が増えたと喜ぶハーゼ以外は、訝しげに千尋を見ている。
「では、アリシア様。出立でよろしいですか?」
アリシアを主として扱うような口ぶりだが、その実、主導権は千尋にあり、さっさと宿を出ろとアリシアに暗に命令している。
「……ええ、そのようにしましょう」
何にせよ出立の準備はできている。アリシアは千尋に従う形で了承し、一行は宿を出て再びルナミリアを目指すことになる。
旅の道中は半分ほどまで来ていた。ゼルディアを出てから3日、昼時を迎え勇者一行は宿場の料理屋に訪れていた。
「なかなかだったわね」
メイドらしからぬ発言で、千尋が料理を褒める。こちらの世界の料理も王都に近づくにつれ、味が上がっている。
「千尋が褒めるなんて、珍しいな?」
「私だって美味ければ褒めるわよ」
ターニャの発言を、即座に否定した千尋は口元をナプキンで拭くと立ち上がり、食器を持って行く。
「あれは何をやっておるんじゃ?」
食器を渡しながら、店主と楽しげに談笑している千尋を見て、クロエが呟く。
「多分、メイドに見えるように振る舞ってるじゃないかと……」
千尋のそういった行動に覚えのあるアリシアが、少し気まずそうに答える。
「お嬢はよく、あんなの自分の側仕えにしたのぅ……。やはり大物じゃな」
食後の酒をたしなみながらクロエは、楽しそうにアリシアの肩を叩く。
そんな話をしているといつの間にか千尋が戻ってきており、元の席に手をかけながらクロエを一瞥する。
「あんなのとは心外ね?面白い話も聞いてきたわよ」
「……面白い話?それってまた厄介事でしょ?」
最後の一口を飲み込んだメネシオンは、先日のオーク狩りの件を思い出しているようで、嫌そうな顔をしている。
「そう思うかはどうかは、個人の判断に任せるわ。街道に盗賊団が出るから、女ばっかりの旅は気をつけるように。ですって」
「なんじゃ、面白い話ではないか?」
そう言うとクロエはにやりと口角を上げる。シュナレも盗賊団という男臭い響きに、夢魔の本能を刺激されているようだ。
「アタシの分も取っておいてよ?」
「お主と同列に扱うでないわ」
そう言い合って笑うあたり、やはりこの2人は本質的に通ずるものがるようだ。
そんな2人を理解できないようで、メネシオンはお手上げと首を横に振っている。そして厄介事を巻き込まれたくないのか、メネシオン自身の希望的観測を口にする。
「でも盗賊団って、金持ちを狙うんじゃないの?」
「そうよ。アリシアみたいな……ね?」
そう。メネシオンは金とは縁がないが、アリシアはそういった物に囲まれて生きてきたのだった。ターニャがメネシオンの肩に手を置いて、諦めろとでも言うように首を振る。
メネシオンは肩を落として、旅の無事を祈るのだった。




