白銀の女騎士
勇者一行がフィルミナを出たのは、商人ギルドの見送った後のことだ。
ルナミリアまでは3日ほどかかるが、王都への街道の為、宿場が点在している。エルフ信教の信徒や冒険者、商人に至るまで誰もが利用する為、宿を中心に商店などの経済圏が出来上がって、村の様相を呈している。
勇者一行が立ち寄った宿場は、大きな宿があり、城壁などは無いがそれなりの規模の人々が生活する村となっていた。
「今日はここ。フォルティアまでですかね?」
今日も御者を務めるチュクチが道程と照らし合わせ、宿を決めた。
「ねぇチュクチ?少し早いのではないですか?」
太陽がまだ上にさんさんと輝いている時分に宿を取るのは早いのではないかと、お嬢様は心配しているようだ。
「あまり言うてやるな?アリシア。この先はあまり大きな宿がないからのぅ……。こう大所帯だと泊まれる宿は限られるし、有ったとしても到着が遅ければ部屋がないなど、ざらにあるぞ?」
「野宿はごめんよ?」
千尋が異世界人らしい感想を述べると、お嬢様のアリシアも、それには激しく同意するようで、なるほどと手を打っている。
「ここならお風呂もありますし、冒険者向けの武器屋や防具屋もたくさんありますから……」
馬車をゆっくりと動かしながら、チュクチは補足するように宿場の情報を伝える。こういった知識の豊富さは、さすが元冒険者ギルドの職員といった所だろう。
「防具屋か……。少し覗いてみるか」
ターニャが無意識に自分の胸元を見おろしながら呟くと、千尋がすかさず反応する。
「やっと、その破廉恥防具をやめるのかしら?」
「は、破廉恥!?」
ターニャが不服そうに声を上げるが、この勇者一行で味方になってくれるのはシュナレぐらいのものだった。
「え〜、ターニャちゃん。健康的な肌色だから、見せてるほうがいいよ〜?」
「それって褒めてる?」
千尋が呆れたように聞くと、シュナレは満面の笑みでターニャを見る。
「もちろんでしよ!」
メネシオンが静かに首を横に振り、褒めていないことをターニャに無言で伝える。
「まあ、王都に向かうわけですから……。装備を新しくするのはいいと思います!」
以前からターニャの鎧に苦言を呈していたアリシアが、この機を逃すまいと話を進めようとすると、千尋もそのアリシアの言に耳を傾けた。
「確かにそうね……。なめられても困るし」
千尋はターニャから貰ったと自負する革鎧をしげしげと見つめる。
「悪かったな……。貸してるんだからな?それ」
腕組みをして、不満と遺憾を表現するターニャをなだめるようにアリシアが、ターニャの肩を揉む。千尋を中心とした歪な主従関係はまたまだ健在のようである。
「私も興味がありますので、ご一緒してもいいですか?」
「アリシア様がですか!?」
仰天するように声を上げたターニャにアリシアが頷く。
「ダメですか?」
そう言われてしまうとターニャは断ることができない。が、クロエには新たな問題が見えているようでニヤニヤと笑っている。
「お主らで、こんな所の防具屋に行ったら、漏れなくぼったくられそうじゃな?」
如何にも世間知らずなお嬢様に、安物の鎧を着た女騎士、そして価値を知らない異世界人とくれば、そうなる可能性は大いにある。
そうなると、こと冒険に関しては知識が豊富な存在がいる。馬車を宿場の中心にある馬小屋に、慣れた手つきで馬車を停めたチュクチだ。
一仕事終えて、肩の荷を下ろすように長く息を吐いたチュクチが振り返ると千尋たちの視線がチュクチに注がれていた。
「僕ですか!?」
千尋が防具屋の扉を開けると、カラカラと扉に付けられたカウベルのようなものの音が鳴る。
店内は冒険者や宗教関係者が通る宿場だけあって、鉄の鎧からロープまで木のマネキンに着せられた状態で飾られている。
「へー、面白いわね」
面白いと言いながらも、抑揚もなく平坦に感嘆符も何もない感想を述べる千尋。
対照的にアリシアの目が輝いている。装飾の華美な鎧などもあり、お洒落として反応しているのかもしれない。
「いらっしゃい……」
如何にも鍛冶仕事をしていそうなガッチリとした体つきに、たっぷりと髭を蓄えた弊害で表情が読みにくくなっている男性が、愛想のない歓迎の声を上げる。
「店主殿。防具を探している。店を見せてもらっても?」
ターニャがしっかりと要件を伝えると、店主が短く返事をする。
「……どうぞ」
全く商売っ気のない店主に驚きを隠せないのは、アリシアとチュクチだ。クロエに警戒心を植え付けられていた手前、虚を突かれたのだろう。
「何が欲しいんだ?」
「私が着れるしっかりとした鎧を探している……」
ターニャがそう答えると、店主はターニャの頭から足の先まで凝視している。すると店主は、飾られている白銀の鎧を指さす。
「ここらへんか?」
店主が胸元をしっかり隠す、白銀の鎧に金色の文様が入った高価そうな鎧を進めてくる。
「た、高そうだな……」
「いいものが高いのは、当たり前だ」
ターニャが試しに胸当てをつけると設えたかのようにしっくりと収まる。露出は減るが軽く使い勝手の良さそうな装備に思わずターニャの顔がほころぶ。
「て、店主殿。試着をしてみても?」
ターニャが興奮を抑えられないような口調で店主に尋ねると、店主は無言で奥のカーテンを指さす。
「かたじけない。ちょっと行って来ます」
初めて服を買う少女のようにはにかむターニャを、それぞれの感情で見送る。
アリシアはやっと普通の格好をしてくれる事への喜び、チュクチはターニャの意外にも可愛らしくはにかむ一面を見て恥ずかしそうにしている。千尋は、ようやく自己を罰することをやめた共犯者を鼻で笑う。
「あんたは……、それはどうだ?」
聞いてもいないのに店主が、千尋の身軽そうな装備とナイフを見て、黒いローブのようなフードがついた外套を勧めてくる。
「真っ黒のマント?昼から着てたら目立たない?」
千尋の想定しているのは人を殺める時に、如何に目立たないかなのだが、端的に言葉にしてみると至極まともな感想に聞こえる。店主は千尋の意図など知る由もなく、鼻で笑うようにふんと鼻から息を吐くと笑う。
「町中で認識阻害の効果なんて、いらないだろう。普通……」
森や洞窟でも魔物相手の使用を想定している店主と、普段使いの目立たなさを考える異世界人には、認識の齟齬あるようだ。
「認識阻害?」
千尋は知らない四文字熟語に首を傾げる。
「偶にそういう効果と言うか、魔法が付与されている装備があるんですよ」
チュクチが千尋にもわかりやすいように説明を挟むと、チラリと店主がチュクチと千尋を見る。
「うちのは魔法だ……。あんた身軽そうだし、鎧よりはいいだろ。夜目の利く連中でも、いる場所が分からなくなる」
千尋のいた世界では、一般的に迷彩服やギリースーツが認識を阻害する服だ。千尋の思う認識阻害は社会に溶け込み、個人として認識されない服装なので、あまり魅力的に感じていないようだ。
「着たらわかる……」
店主に勧められ、隣でチュクチが頷くのでしぶしぶ千尋はその場で外套を羽織り、試着する。黒いマント、小手かわりの包帯のような布と膝当てを着てみても、チュクチやアリシアの視線、認識が阻害されているようには見えない。
「意味ある?」
「ちょっと、奥にいけ……」
店主が言う店の奥は薄暗く、空気が淀んでいそうな雰囲気がある。面倒くさそうに従う千尋が、その薄暗い場所に立ち入ると明らかに仲間たちの反応が変わる。
「これ。すごいですよ、千尋さん!」
興奮した様子でチュクチが答える。確かに千尋の姿が暗い背景に溶け込み、匂いも追えなくなっているようだ。
過去に都合上名乗った暗殺者めいた装備との出会いに、千尋は喉鳴らして笑う。
「ふ~ん、面白いわね?」
「深い森や洞窟で、身を潜めるのに使える。動かなければ見つからない」
「昼は目立つけど、夜は使えるってことね?」
気に入ったように装備を確認する千尋に、チュクチとアリシアは拍手をしている。その拍手の音に反応したターニャは、試着用の部屋のカーテンを開け、顔を出した。
「何だ?千尋も結局選んでいるのか?」
事情も知らずに顔を出したターニャは、千尋が身につけている暗殺者のような装備に、顔を引きつらせる。
「そっちはどうなの。騎士様?」
なかなか試着室から出てこないターニャを、千尋が茶化すと、しぶしぶターニャが白銀の鎧を身に纏い千尋達の前に姿を現す。
「ターニャ……」
アリシアが感嘆の声を上げた。出てきたターニャの姿は、まさに姫を守る女騎士そのものだった。白銀の鎧と金色に縁取られたような紋様が、騎士の潔白さや清廉さを感じさせ、今までの安っぽい護衛の姿ではない。
「馬子にも衣装ね……」
「なんだそれ?褒めているのか」
ターニャは知らない言葉に首を傾げる。
「さあ?どうだったかしら……」




