魔王な勇者
メネシオンが倒れた事で状況は落ち着いた。メネシオンを勇者と認めようとしなかったエルフ信教の神官達は、クロエによって完膚なきまでに論破され、魔王と言って聞かなかった本人も、今は気を失っている。
葬儀はいつの間にか有耶無耶になり、勇者2名をどうするのかの話し合いを神官達が始めている。
ひとつの懸案事項が片付いた所でウルブリヒトとターニャが千尋の所にやってくる。
「なあ?千尋……。おまえもあるんだろ?」
心配そうに眉を下げ、眉間にシワを作るターニャが千尋を見つめる。千尋の異常性を一番知っているのはターニャだ。その異常性は強力な劇薬として、ゼルディアを救ったのは事実だが、それが英雄的的行動とかけ離れているため、千尋を祝福するた気になれないターニャがいた。
「一緒に消えて1人だけ神託を受けないというのは、あり得ないでしょうな……。そもそも、なんであの魔族の体に紋章があると思ったのか……。ですよ」
こういう時のウルブリヒトは厄介だった。言い逃れが出来ないように事実を持って、正面切って論戦を挑んでくる。
千尋は深くため息をつき、両手を上げる。確たる証拠の紋章が左胸にある以上、言い逃れは出来ても、いつか風呂や着替えの瞬間にバレるのは必至だ。
「どこにあるんだ?」
ターニャが千尋の体を念入りに調べる。服のすき間から胸を覗き、わかっていたのに言葉を失う。
「……ありました」
ターニャは千尋の両肩に手を置きため息をついた。あの日お風呂場で異世界の勇者とあんたは違うと笑い合っていたのに、いつの間にか勇者になっていた。
ウルブリヒトもため息をつく。千尋が勇者という内面や実情と違う称号を手に入れたことに、本人以上にターニャとウルブリヒトは混乱していた。
「よりにも寄って……。何考えてるんだ。女神は……」
「ひどい言い草ね、ターニャ。異世界から来た神託の勇者よ?」
千尋は自分で言って鼻で笑い、下らないと自嘲する。その千尋を心配そうにターニャは見つめる。
「どうするんだ、これから?」
「私に英雄が務まると思ってるの?愚か者の神官が気付く前に、退散したいわ。面倒事はアリシアとメネシオンに任せてね?」
「それはありかも知れませんね……。今でなくてもいいでしょう。2人も3人も我々には大差ないですが、あの神官達には荷が勝ちすぎるでしょう」
下手に信仰心があるせいで、目の前の出来事に順応できていない神官達を哀れむように見つめるウルブリヒト。
荒廃した神殿の片隅で、無い知恵を絞る、というよりは責任押し付け合う神官達はたしかに優秀そうには見えない。
「誰が王に報告に行くのだ?」
「わしはこの体じゃ、長旅には向かん……」
その会話の様子を見守る千尋達は、三人揃ってため息を吹く。
「取り敢えず適当に言い訳をつけて、屋敷に戻るが最善ですね。でないと、いつまでもここにいる羽目になります」
「ほう……、執政官殿もなかなかの切れ物じゃ。ここからは長いぞ?」
神託の勇者と旅をしたエルフの実体験がそれを言わせるのだろう。心底面倒くさそうに神官達を一瞥する。
「では、屋敷で話し合うとして……。魔族の方々は?」
「連れて行くしかあるまい?初心な魔王様は卒倒しておるしのぅ」
くくっと喉を鳴らし笑うクロエは、先ほどまで殺し合っていたシュナレに目配せをして撤収の合図を出す。
「はいは~い」
「アリシア様、屋敷に戻りましょう。混乱したままでは話が進みません。我々もアリシア様の今後を考えなければなりません」
ウルブリヒトが、勇者になり困惑しているアリシアに進言する。至極真っ当な意見に、アリシアは自分が領主だったことを思い出す。
「そ、そのとおりですね。ウルブリヒト、任せます」
何とかアリシアが言葉を捻り出すと、ウルブリヒトが神官達に話をつけに行く。
「神官の皆様。今日はこのまま話し合っても、結論が延びるばかりです。お互いに整理するべきこと、処理すべき問題を片付けて卓を囲むこととしましょう」
ウルブリヒトが、荒廃した神殿を見回す。ステンドグラスは無惨に割れ、信者が祈りを捧げた女神像は傾き倒れかけている。改めて、その様子を見た神官たちは、少し呆けたような顔でウルブリヒトが見る景色に肩を落とした。
「そ、そうですな……。我々も解決すべき問題は多いので……」
「そうでしょう。魔族二人を、街の宿に滞在させるわけにもいきません。アリシア様の屋敷に留めておきます。ご安心ください」
ウルブリヒトが水を得た魚の如く、踵を返すと、千尋やアリシアに向かってにやりと笑う。
「やるわね?執政官」
「あなたにはかないませんよ」
こうして勇者たちとその仲間たちは領主の館へと戻ることになったのである。




