冒険者たち
アリシア達がミーちゃんを救出していた頃。千尋たちのパーティーはようやくオークのとの戦いが終わりを迎えようとしていた。
「全く、次から次へと……」
徐々に炎を飛ばすことに慣れてきた千尋は、オークの断末魔にも、肉の焼ける匂いにも辟易していた。
一際大きなオークの雄叫びがした。これまで倒してきたオークより、2回りは大きな個体が坑道の奥から現れた。
「でかっ……」
メネシオンが一瞬躊躇する。メネシオンの剣で、肉までたどり着けるか不安になるようなタップリと脂肪を蓄えたオークだ。
「あれが群れのボスです!」
チュクチが鼻を塞ぎながら叫ぶ。大きな腹を揺らしながらノシノシとやってくるボスオークの臭いは、これまでの比ではない。暴れるように巨大な棍棒をやたらめったらに振り回し、敵味方の区別もなく、千尋たちを攻撃してくる。
「脳まで脂肪が詰まってるみたいね……」
千尋がボスオークの見た目と行動を揶揄する。冷静に向きあう千尋とは対照的な2人がいた。
歩く度に粉瘤のようなイボから、何か液体が飛び出してくる。その様子を見たシュナレは、これまで楽しむようにオークを切り刻んできた爪を引っ込め、好戦的な態度を改めたように髪をいじりだす。
「アタシ。無理かも……キモい」
「ねえ!ちょっと!ズルくない?嫌っていったらわたしも嫌なんですけど!」
臭さと醜さから、メネシオンも剣を構えているものの斬りつける気はサラサラないのか、剣先は下を向いている。
「あんたら、何やる気なくしてんのよ?」
「「あんな腹切ったら、汚れちゃうじゃん」」
魔族2人は自分の武器、爪、体を心配していた。散々オークを斬り殺しておいて今更何を言っているのかと、首を傾げ呆れる千尋がナイフを構える。
ボスオークが雄叫びを上げ、一際大きな棍棒を振りかざす。狭い坑道の天井を削りながら振り下ろされる一撃は、戦い慣れたパーティーメンバーの脅威ではない。
狭い坑道の中での立ち振舞など、考える頭もないオークに千尋が襲いかかる。
「放っといたら、天井崩れるわね……」
鈍重なオークの体に、千尋が斬りかかると皮膚が切れ、少し血が流れる。が、出血はそこまでだ。
千尋のダマスカスナイフにはドロっとした白い脂肪がつき、独特の刃文が見えなくなっている。ようやくメネシオンたちが何を嫌がっていたのか理解した千尋は、その分厚い腹の脂肪に、中国の三国時代の暴君の名前を思い出す。
「……董卓もこんな感じだったのかしら?」
そして、その逸話を思い出す。死してなお、人間蝋燭として腹を燃やされ、数日は火が消えなかったという暴君。千尋はまたおもちゃを見つけたように笑う。
ボスオークは、痛みを感じていないのか千尋達に迫ってくる。そして、使い勝手の悪い棍棒を投げ捨てると両手を振り回し攻撃を繰り出す。手を振り回す度に粉瘤から汁が飛び散る。
「ギャー、最悪!マジ無理!!」
メネシオンとシュナレは、攻撃を躱すのは容易だが汁までは躱せなかったようで、まるで断末魔のような金切り声を上げる。
物理攻撃と精神攻撃を繰り出すボスオークの腕を千尋はナイフで受ける。お互い油にまみれた武器では激しく打ち合うことは叶わず、ヌルっと滑り、オークの爪が、千尋のナイフがお互いを掠める。
最早非戦闘員とかした魔族2名と、獣人のチュクチを背後に千尋は一人奮戦する格好となった。
「本当に腹の脂肪が、蝋燭代りになるのかしら」
千尋は愛用のダマスカスナイフに紫炎を纏わせた。べっとりとついた脂肪のおかげで一気に炎は勢いを増す。狭い坑道に一気に熱気が広がり、その熱をパーティーメンバーも浴びる。
「熱いって!」
メネシオンが、チュクチを庇いながら後ろに下がる。同じように下がりながらシュナレは、これから何が起きるのか楽しそう目を輝かせている。
「うるさいわよ?外野は黙ってなさい」
千尋が先ほど切り裂いた腹の傷を狙いナイフを振るう。見事、炎は脂肪に燃え移りオークが雄叫びを上げる。
最初灯火のように燃えていたオークの腹は、少しまた少しと燃え広がっていく。暴れると全身の浮かぶ粉瘤から出る油に燃え移り、蝋燭の様に燃え広がっていく。体中いたる所を焼かれる姿は、千尋の想像した人物の末路に似ているのだろうか。
「あら……、本当に燃えるのね」
「いつもながら、よくそんなの思いつくわね……」
ボスオークが炎に包まれていく過程と、千尋の楽しそうな顔を見て、メネシオンは驚きを通り越し呆れていた。
自身が燃えている自覚があるのかボスオークは体を叩き、炎を消そうとしている。だが、体を動かせば粉瘤から溢れ出す油が、ボスオークの意思や行動と反比例し、炎の勢いをより強くする。
「出来れば、あと何日燃えるのか観察したかったけど無理っぽいわね」
遂に全身に燃え移り前後不覚に暴れ、ボスオークは壁にぶつかり倒れた。巨体がぶつかった衝撃は凄まじく、岩盤が崩れボスオークを押しつぶし、砂埃を巻き上げ千尋達の視界を奪う。
「このまま、ここにいたら危険です!千尋さん下がってください!」
チュクチが懇願するように叫ぶ。本当にもう少し見ていたかった千尋は残念そうに踵を返しパーティーメンバーと駆け出した。
奴隷の路銀のためとはいえ、臭い油まみれされた千尋達は疲れ切った顔でフィルミナに戻った。
早速報告に訪れた冒険者ギルドは、千尋達の登場にちょっとした騒ぎになる。千尋達の臭さと汚らしさに職員と、居合わせた冒険者達までもが顔をしかめる。
「ご苦労ざまです」
鼻を摘みながらも必死に応対するギルド職員の女性は、チュクチの様にダブルボタンのベストを着込んでいる。
「依頼を完了しましたので、報告書を」
チュクチが申し訳なさそうに手続きを続けていると、何人かの冒険者の顔色が変わる。
「おい……。あれ、赤髪のメネシオンじゃないか?」
1人の冒険者が呟くとざわめきが起こる。が、その赤髪のメネシオンはオークの悪臭を放つ脂に汚れ、土ぼこりにまみれ、覇気も威厳もなく背中を丸めている。
「……いや。魔族があんなみすぼらしいわけ無いだろ?」
掲示板の周りでは、悪臭を放つパーティーのメンバーが、手配書の人物なのかで論争が起きている。が、依頼の張り出されている掲示板には、赤髪のメネシオンの手配書は無くなっており、誰もがうろ覚えの印象で話し合うしかなかった。
「あ?赤髪のメネシオンの手配書は、もうないぞ?」
掲示板の周りで、依頼書の整理をする男性職員が論争に終止符を打つ。
「は?討伐されたのか?」
またざわめきが起きる。男性職員は脚立に跨りながら、高い所に新しい手配書を張りながら面倒くさそうに答える。
「知らねえよ。国が取り下げたって連絡きたからさっき剥がしたよ……」
「取り下げた?なんでだよ」
そんな論争に耳を傾けながら、千尋達パーティーは手続きを終え、冒険者ギルドを後にする。
「いちいち理由なんて、知らねえって……」
男性職員は職員はそう言いながら、奴隷商人殺害犯の手配書を張り出しているが、年齢不明、性別不明の犯人では、おそらく見つかることはないだろう。




