神託の勇者
エルフ信教の神殿は混乱を極めていた。アリシアたちが光に飲み込まれてからどれくらい時間が経っただろう。ターニャはアリシアがいたであろう場所に座り込み、絶望の表情で戦いを続けるマリアベルとクロエ、そして夢魔のシュナレを見つめていた。
マリアベルの一撃は、夢魔のシュナレの爪によって防がれていた。シュナレは伸びた両手の爪を交差させて受け止めると、鍔迫り合いをするように二人は顔を近づけ睨み合う。
「アリシアをどこにやった!」
「知るわけないでしょ!メネシオンちゃんを返して!!」
マリアベルが離れる瞬間を狙うクロエは口の中で詠唱を続ける。シュナレに向けて杖を向けて、一撃を浴びせる時を虎視眈々と狙っている。
そんな中、また光が溢れた。霧散するかのように四方に散った光は、またアリシアたちが消えたときのように纏まると三柱の光の柱となった。眩しさにターニャが目を細める。光の柱の中に忘れるはずのない存在の影が見えた。
「アリシア様!」
光の柱から現れたのは三人だ。再び現れたアリシア達にターニャが声を上げる。ターニャは絶望から一転、安堵すると涙を浮かべてアリシアに抱きつく。
一方で感動の再会が行われる中、戦闘が行われている。マリアベルが飛び上がり剣を振るい、シュナレを狙い、クロエが魔法を放てばシュナレが捕食し、シュナレが魔法を放てばクロエは優位属性の魔法で相殺する。
「おう、千尋。戻ったか?ちょっと難儀しておってのう。手伝え?」
手伝えと言いながらも楽しそうに魔法を放ち攻撃しつつ、相手の攻撃を相殺するクロエ。
「メネシオンちゃん、おかえり〜。ちょっとこのエルフ面倒くさいから、やっちゃってくれない?」
千尋とメネシオンはお互いの相棒を止める羽目になった。シュナレは空中から、クロエは地面から、お互いに決定打を打てない魔法使い同士の戦いは、ゼルディアのエルフ信仰の象徴を破壊しながら行われていた。
マリアベルを止めるのは容易だった。千尋が近づき、マリアベルの首根っこを後ろから掴み、睨みつけるとマリアベルは猫のように大人しくなる。
「ちょっと!、何するんだい……」
「うるさい。クロエ?あんた自分で自分の神殿壊してるけどいいの?」
マリアベルに意見もさせずにひと言で片付ける。そして呆れたようにクロエをたしなめる千尋だが、クロエがそんな事を気にするわけがないもの知っている。
メネシオンは空中に浮かぶシュナレの目の前に飛び、必死に止めようとしている。
「シュナレ、ちょ、待って。いろいろあって戦ってる場合じゃ!」
「なんでよ?楽しいのに〜」
むくれた様に唇を尖らせてシュナレがメネシオンに反論する。
「いちいち細かいことを気にするな。興が削がれるわ」
そして、予想通りの反応を見せるクロエをとめる手段を千尋は知っている。面倒になりそうだと思いながらも、千尋はそれを口にする。
「そんなだから、女神ハーリスに見捨てられるのよ?」
ハーリスという名前を聞いてクロエの動きが止まる。クロエはゆっくりと振り向き千尋を睨む。
予想通りの反応だった。千尋だって実父の名を呼ばれたらそうなる。クロエにしてみたら、自分を捨てた母の名を呼ばれたようなものだろう。
「なんで、知っておる……」
千尋はため息をつく。
「やっぱり忘れてなかったのね?面倒くさいから、そこの魔族も降りてきなさい?」
「なんであんたが命令するわけ〜?」
「シュナレ!」
メネシオンが、シュナレの視界を塞ぐほどに近づき真剣な表情をするので、シュナレも少し冷静になったようだ。観念したようにお手上げをしてシュナレは呟く。
「わかったわよ……」
「ありがとう。シュナレ」
メネシオンがシュナレの肩をポンポンと叩き、ゆっくりと降りてくる。千尋は余裕の表情だが、メネシオンは深い安堵のため息を吐いた。心なしかメネシオンが小さくなったように見えるほどに背中を丸め、疲れ切っている。
「さて、話してもらおうかのう?」
今だにクロエの目は座ったままだ。千尋は適当に長椅子に腰掛けると、光に飲まれた後のことを話し始める。メネシオンとシュナレも地下神殿での話をし始めたようだ。
「我らが罪人だと……」
「ええ、そう言ってわね」
クロエは神殿のエルフ像を見上げる。千尋もつられて見上げるが、何処となくハーリスに似てなくもない。しかし、エルフの端正な顔立ちを平均化すればハーリスの顔になるかもしれないと千尋は考えていた。
「我が子らとも言ってたわよ?」
「そうか……」
自嘲するようにクロエは笑うと、顔が見えないように、大きなとんがり帽子を深く被り下を向く。離縁した母娘のすれ違いに寄り添う、そんな優しさを持ち合わせていない千尋は、会話する気がなくなったクロエを置き去りにして、アリシアたちの所に向かう。
アリシアの周りが騒がしい。葬儀を取り仕切っていた神官たちと、フィル・ブライヤ家の関係者がが、アリシアを囲み騒いでいる。
千尋は近くにいて事情を知りそうなチュクチの頭に肘を置く。
「何があったの?」
「なんか神託がどうのって騒いでます……」
エルフ信仰を持つ人間達には神託は大変な騒ぎなのだろうが、獣人のチュクチには自称勇者も他称勇者も些細な問題なのかもしれない。ごくごく冷静に千尋に受け答えをする。
アリシアのドレスの首元から覗く鎖骨のあたりには、光輝く六対の羽の紋章が浮かんでおり、それがクロエが話していた神託の勇者も持っていたという紋章なのではないかと、あの場にいた面々とエルフ信教の神官たちで喧喧囂囂、話し合っている。
「アリシア様が勇者になられたのですか!」
ターニャが感嘆と喜びの声をあげるが、マリアベルは明らかに動揺して呟き、呆然としている。
「そんな……」
ふと千尋も好奇心にかられ、着ているシャツの隙間からその豊満な胸元を覗く。アリシアとは少し位置が違い、左胸の上あたりに六対の羽の紋章が浮かんでいる。
「そう……。大変ね」
「どうかしました?」
急に意気消沈したような千尋を心配してチュクチが見上げてくるが、千尋はチュクチの頭を撫でて誤魔化す。
「大丈夫よ、考えてるだけ……」
そう言うと千尋は恐らくもう一人、紋章を持つであろうメネシオンの元へ向かう。
神殿の隅で襲撃者たちは侃侃諤諤に言い合っていた。メネシオンが見知ってきた事を素直に話したら、シュナレはより憎しみを抱くのではないかという好奇心と、メネシオンの紋章を確かめなければならない。
「お取り込み中、悪いわね?」
千尋がメネシオンに声を掛けて観察するが、ほどほどに露出している褐色の肌に紋章は見当たらない。胸か鼠径部、首元、小手の下、露出していない部分を凝視してくる千尋を、メネシオンは明らかに警戒する。
「なに?なんなの?」
「ウケるんですけど。そういう趣味なの?」
笑いをこらえながらシュナレが千尋を茶化す。どうやらまだ魔族の真実は知らないようで、シュナレは単純に現状を楽しんでいる。
真実を知れば、エルフの王アクロシア・エルディオンを憎み、呪いがさらにシュナレの姿を変えただろう。
千尋がメネシオンの鼠径部に注目すると紋章の一部が見える。
「そこにあるのね?」
「は?なんのこ……」
すかさず千尋は、メネシオンの鼠径部を隠す皮鎧をずらす。
「なーーーーーー!!!!」
メネシオンの叫び声が神殿に響く。そして露出したメネシオンの鼠径部に六対の羽の紋章が浮かび上がっていた。
「何なのよ、これーーーーー!!!」
再びメネシオンの泣きそうな叫びが神殿に響き渡った。




