幕間 再会
貧困街でのミーちゃん探しが始まった。相変わらず臭いが酷く、ジャギーの野生の嗅覚を持ってしても居場所は分からない。
貧困街を歩く面子にしては女性のみというのは異質過ぎる。みすぼらしい服装の子供たちが、チラチラとアリシア達を物珍しそうに見ており、ターニャやクロエを見て、下品な笑みを浮かべる男達もいる。
「なかなか刺激的じゃな?」
男達の視線がどこに集まっているのが分かっているクロエは、まんざらでもないように呟く。ターニャは王都に行ったら、今度こそまともな鎧を買おうと誓うのだった。
「色仕掛けで聞き出したらどうじゃ?ターニャ」
「御免被ります!」
アリシアの騎士として、そればかりは出来ないターニャは顔を引きつらせて断る。そのターニャの反応を楽しむようにクロエは笑うと、男達に近づいていく。
「どれ?お主達。最近流行りの薬売りを知らんか?」
悩ましげな足取りでクロエが、男達に声をかける姿を幼女アリシアには見せられないと、ハーゼが幼女アリシアの目を塞ぐ。
「見なくていいからね〜」
素直に身動ぎもせずに待つ幼女アリシアを見て、アリシアは微笑む。が、アリシア自身もターニャから同じように目隠しをされる。
「私だって少しは……」
興味があると言いたかったが、幼女アリシアのことを思い言い淀んだアリシア。そんな事を尻目に、クロエは1人の男に肘を絡める。
「よく眠れる薬をくれるらしいではないか?」
「よ……よく知ってるな」
足を絡められた男がまんざらでもない様子で答える。
「やめといたほうがいいぞ?眠り香って言って、焚いて使うんだが……眠るまでも、寝てからも気持ちよくてしばらく帰ってこれなくなるって話だ」
クロエの豊満な谷間を凝視しながら、懇切丁寧に説明する男は、いきなりクロエの頭蓋骨固めに遭い、苦悶の表情を浮かべてる。
「ぐっ……、痛いって!」
「薬売りを知っておるかと、聞いておるんじゃ!」
回りくどい男に苛立ったクロエが豹変し、怒鳴りつける。クロエの脇に頭を挟まれた男は降参とばかり声を上げる。
「わかった!知ってる!知ってる!」
クロエが面倒くさそうに男を解放する。
「知っておるなら、さっさと話せばよかろう?」
今だにジンジンと痛む頭を擦る男は舌打ちをしながら話す。
「人が心配してやったっていうのに、何なんだあんた?」
男のその言い方にクロエは睨みつけるように男を見る。背中に悪寒が走り、先ほどの痛みを思い出した男はすぐに話し始める。
「夜になるとブラブラどっかからやってくるんだ。薬を捌くと、どっかに行っちまうから家までは知らねえ……」
「夜……」
男の言葉をターニャが反芻しるように呟く。ジャギーの証言、男の証言が確かなら、ミーちゃんの行方不明になった理由に薬売りが関わっていそうな気がしてくる。
「そいつをつければ、ミーちゃんに会えるかも知れないってこと?」
そう言うと、またハーゼと幼女アリシアがともに喜ぶ。
「ミーちゃん?」
男が眉をひそめる。アリシア達の足元で尻尾を立てるジャギーを、男は自然と見る。
「ジャギーじゃないよ」
「そういや……。薬売りと昨日すれ違った時、麻袋からジャギュアの鳴き声がしたな……」
男の言葉に幼女アリシアは目を光らせる。
「おじさん!本当?」
「あ、おう?多分な?」
幼女アリシアの食いつきぶりに、男は驚きを禁じ得ない。薬売りが何らかの理由でジャギュアを連れ去ったのは間違いなさそうだ。
そう言って一同は微笑み合う。その中のクロエだけが、少し邪悪な微笑みだった。
「尾行か……、楽しそうじゃな!ここは妾の魔法の出番じゃな?」
ニヤリと笑うその姿は、意地悪な魔女そのものだ。
夕方。千尋達が、坑道の一本道にオークを誘い出していた頃。アリシア達もまた作戦の最中だった。クロエのセレスティアルシフトで、外界と隔絶されたアリシア達を認識できるものなどいない。
「ほれ、来たぞ。あいつじゃな?」
貧困層とは思えない綺麗な服装の男が、貧困街を歩いている。麻袋を抱えており、座り込み夢現といった感じの男に声をかけ、金銭を受け取り麻袋の中身を渡している。
「あの人……」
幼女アリシアが呟く。
「あの人、知ってる……」
「知り合いなのですか?」
アリシアが幼女アリシアの肩に手を当て安心させるように優しく声をかける。
「お医者様……」
「なるほどのぅ……。それで薬か……」
「ミーちゃんとも面識があるのか?」
ターニャが幼女アリシアに問いかけると、幼女アリシアは無言で頷く。
「話すようになれば、バレちゃうから連れて行ったんだ……」
ハーゼが幼女アリシアの手を握る。
「大丈夫だ。殺す気だったら、麻袋に入れたりしないさ」
ターニャが連れ去った理由を話すと幼女アリシアは少し安心したような顔で皆を見る。
「お医者様の家は知っておるのかの?小さいアリシア」
「うん……。知ってる」
幼女アリシアの案内でパーティーは、中層にある薬売り改めて、お医者様の営む病院へと訪れていた。当然家主は不在で、夕闇が訪れた病院は静寂に包まれている。
ジャギャアの鳴き声でもしてくれれば、一同を安心させてくれるが、ウサギのような長い耳を持つハーゼにも、物音は聞こえないようだ。
「ごめん……。ここからじゃ、音は分からないよ」
ハーゼがウサギ耳を寝かせて申し訳なさそうにするが、幼女アリシアは首を横に振る。
「大丈夫。ハーゼお姉ちゃんが悪いわけじゃないから……」
「ここならジャギーの出番だね。少し薬くさいけど、匂いはするよ?」
問題はどうやって病院に忍び込むかだった。千尋がいれば悩んでいる間に、扉を壊して忍び込んだり平気でするのだろうが、このパーティーでそういう役目を担えるのはクロエしかおらず、自然とクロエに視線が集まる。
「妾か?」
「私たちにはちょっと……」
アリシアが苦笑いをして答える。忍び込む意思はあるが、知恵がない純粋なお嬢さん達にはここまでが限界だ。
「仕方ないのう……。セレスティアルシフト」
クロエの結界の外はより夕闇が濃くなったように感じる。音が周囲も漏れなければ、窓を壊して侵入するも鍵を壊すもやりたい放題だ。
「尾行に、密談。侵入にも使えるのか……。本当に便利だな」
ターニャが感心しているのか呆れているか分からない微妙な表情で呟く。
「千尋は教えろとしつこいがな……」
クロエがニヤリと笑うとターニャは身震いする。あの千尋がこの魔法を使えるようになったら、この世の終わりだとばかりに顔を青くする。
「クロエ殿。絶対に教えないでください!」
クロエが杖で窓を割り扉を開ける。夜目の聞くジャギーが、すぐに飛び出して軽やかに病院の中に入っていく。
「匂いはこっちだ……」
その時ハーゼの耳が動いた。ジャギーの声に反応したように、何かが動いた音がする。
「生きてるよ。爪でカリカリしてる!」
「よくやった。ハーゼ!」
一同の表情が一気に明るくなる。無事なはずと思っていたが確信はなかった。ジャギーとハーゼの言葉に、大丈夫だと最初に口にしたターニャが胸をなで下ろす。
「それでやっと、ジャギーはジャギーだね?」
ミーちゃんの代わりが嫌だったような口ぶりだが、ジャギーの尻尾はストレスを感じているように不規則に揺れており、ジャギーのひねくれた性格を尻尾だけで露わしている。
「素直じゃないのね?」
嬉しそうにハーゼがジャギーの隣を歩き、扉の前で立ち止まる。ここまでくればハーゼでなくてもカリカリと言う音は聞こえ、幼女アリシアが叫ぶ。
「ミーちゃん!いるの!」
「な〜ご……」
力なくジャギュアの鳴き声が返ってきた。ミーちゃんも閉じ込められて約1日が立つ、精神的にも肉体的にも疲れているような鳴き声だ。
たまらず幼女アリシアが、ドアノブに手をかけると鍵はかかっておらず、あっさりと開いた。
かごの中に押し込められ、弱々しく立ち上がろうとするジャギュアがまた一声鳴いた。
「あ~ん」
必死に話そうとしているような、アリシアの名を呼ぼうとしているような鳴き声を聞き、アリシアとハーゼは涙ぐむ。
「良かった……」
幼女アリシアとミーちゃんの感動の再会を喜ぶ一同であった。だが、ハーゼの耳はその感動に水を指す足音をとらえていた……。




