幕間 聖女アリシアと少女アリシア
「アリシア様と同じ名前なの!わたし、ハーゼ!」
興奮した様子でハーゼがしゃがみ込み、幼女アリシアの顔を見る。
「いくつなの?」
目を輝かせて質問してくるハーゼに、幼女アリシアは少し戸惑いながらもしっかりと答える。
「……6歳」
「よろしくね!アリシア」
ハーゼが主人と同じ名前の幼女を、あっさりと呼び捨てにした事に、ターニャは苦笑いをして頬をかく。その様子にアリシアは微笑み、ハーゼと同じようにしゃがみ込む。
「よろしくお願いしますね?アリシア。私も同じ名前です」
「本当?」
幼女アリシアの顔が少し明るくなる。その様子を見て、アリシアも嬉しそうに微笑む。
「それで、ミーちゃんと言うのは……」
アリシアはそう言うと、未だ幼女アリシアに抱きかかえられ少し不満そうな顔をしているジャギーを見る。
「この子とそっくりのジャギュアの子なの。黒い毛並みで、ちょっと小さくて、まだ喋れないの」
「ほら、ジャギーじゃないよ……」
幼女アリシアに前足の下に腕を挟まれ、だらりと体を伸ばし持ち上げられているジャギーは、そろそろ解放してもらえないかと懇願するように呟く。
「諦めるがいいぞ、ジャギー。ミーちゃんとやらが見つかるまでは、お主が代わりじゃ」
ニヤリと笑うクロエが、ジャギーの頭を撫でる。撫でられたジャギーは少し不服そうに欠伸をしている。
「そうそう!見つかるまでよろしくね?ジャギー?」
不服そうな態度を続けるジャギーの頬をハーゼがツンツンとつつく。
ジャギーはどうにか反撃しようとハーゼの指を甘噛しようとしているが、ハーゼのほうが俊敏さで勝り、指を巧みに引っ込めて躱している。
「それで、そのミーちゃんはいつ居なくなったのだ?」
ターニャは千尋の真似事をするように、状況の確認を始める。
「えっとね……。昨日の夜から帰ってこないの。お父さんがずっとさがしてくれたけど……、見つからなくって……」
幼女アリシアはミーちゃんを思い、少し涙ぐむ。
「昨日の夜……?」
耳をピンと動かし、ジャギーが思い出した様に呟く。
「見たよ。多分。市場を散策している時に、裏路地に入っていく黒い尻尾を見た」
ジャギーはもぞもぞと動き、幼女アリシアから脱出すると尻尾をピンと立て、自分がリーダーだというように先導する。
駆け足で裏路地への入口にたどり着いたジャギーは、振り返りアリシアたちを見る。
「こっちだよ」
駆け出す幼女アリシアとハーゼ、それにクロエとアリシアが続く。それを追いかける為に屋台の支払いを済ますターニャは出遅れる。
「ちょっと待て、ジャギー。人はそんなに自由に動けないぞ!」
支払いを終えたターニャが駆け出すと裏路地で中程で、ジャギーが匂いを嗅いでいる。市場の裏通りと言う影響もあるのか、あまり清潔ではなく食べ残しか、吐瀉物かなにかが落ちており、ハーゼとアリシアは顔をしかめている。
「うーん……。ほかの臭いがきついけど、居たのは間違いないね」
「ほうほう、魔法いらずとは便利じゃな」
クロエは腕を組み、感心した様子でジャギーを見つめる。ようやく追いついたターニャがため息をつきながら合流する。
「クロエ殿?また無銭飲食するところでしたよ?」
「なあに、お主がおれば心配はあるまい?」
あっさりとクロエに言い返されたターニャは、肩を落とし諦めたように首を振る。気持ちを切り替えるようにターニャは裏路地の惨状を見る。
「中層とは違い、だいぶ汚いな……」
昨日行った中層の裏通りは、人通りがなく薄暗かったが清潔だった。区域をしっかりと分けているフィルミナと言う街にも、貧困は確かに存在する。
「飲み屋通りの裏路地なぞ、どこもこんなもんじゃぞ?」
恐らく何度か自身もお世話になった事があるであろう、経験豊富なクロエに気にする様子はない。
「うん、あっちだ」
ジャギーが顔を上げる。
「「やった!」」
ハーゼと幼女アリシアが、喜びを共有するように手を合わせる。アリシアが幼女アリシアの頭を優しく撫でると、幼女アリシアも自然と笑顔が増える。
「では、行ってみるとするかの?」
退屈な散策から思いがけない冒険が始まり、クロエは俄然楽しそうだ。ジャギーのすぐ後ろに陣取り、気分は副隊長と言った所だろうか。
鼻歌交じりに進むクロエに続き、幼女アリシアとハーゼも仲良く歩いている。一見微笑ましい光景だが、ジャギーは城塞都市フィルミナの最外周の通りへと向かう。
「ここは……」
一同は息を呑む。今までの街の光景からは想像ができないあばら家の建物が並ぶ、まさに貧困街と称するのが適当な場所へたどり着いた。
「ゼルディアの貧困街より、ひどいですね……」
周りを警戒しながら、ターニャが呟く。ターニャ自身も孤児で貧しさは身近だったが、ここフィルミナの貧困街は知っている貧困とは一線を画す。
「ここからは分からないよ。臭すぎる……」
ジャギーが音を上げたようにそう言うと、この中で1番身長のあるクロエの肩に飛び乗る。すると人心地ついたように、大きな欠伸して新鮮な空気を吸った。
ミーちゃんを探し、アリシア達がキョロキョロと見ているのも関係があるのだろうが、明らかに貧困街の住民の視線がアリシア達に集まっている。
「あんた達。そんな身なりでここに来たら、襲われるよ……?」
あばら家の入り口に座っている中年の女性がアリシア達に声かけてきた。いつ着替えをしたのか分からないような、薄汚れた彼女の姿からするとアリシア達の格好は場違いに豪華なのだろう。
「あの……、ここに黒いジャギュアは来ませんでしたか?この子と似た感じの……」
アリシアが忠告してきた女性に、嫌悪感を示すこともなく跪き、目を合わせるように話しかける。
伏し目がちだった女性は、アリシアの行動に戸惑いつつも、毒気を抜かれたように少し和らいだ表情になる。
「はあ……、ジャギュア探しかい?悪いが見てないね……」
純粋なアリシアに申し訳なさそうに女性は答えた。その様子を見てターニャは、女性が嘘をついていないと思った。
「こういう時に、千尋がいると便利だけどな……」
ターニャは思わず呟いて口を塞ぐ。幸い、ターニャの呟きに注意を向ける者はおらず、ターニャは千尋ならどうするだろうと考える。
「最近このあたりで変わったことはなかったか?」
「変わったことねえ……。何もないね。生きるの精一杯さ……」
何かを思い出すように左上を見上げる女性を仕草を見て、ターニャはさらに違和感を覚える。
「そう言う割には、即答ではなかったようだが?」
女性がハッとした顔をした後に、ターニャを睨むように見つめる。
「悪いね……。こっちにもいろいろあるんだよ」
そう言われれば、以前のターニャなら取り付く島もない気分になり諦めていただろう。
「それは大変だな……。我々も困っているんだ」
そう言いながらターニャは、腰の巾着から硬貨を取り出し女性に握らせる。
「もう少しで思い出すかもしれないね……」
明後日の方向を向きぶっきらぼうに答える女性に、さらに数枚の硬貨を握らせるとクロエが楽しそうに微笑む。
「ターニャ。お主も結構毒されてきたな?」
茶化すような空気の言葉がターニャの背中にグサリと刺さる。大いに自覚のあるターニャに、その言葉は鋭利な刃物も同然で身動きができなくなる。
「思い出したよ……。新しい薬が流行ってるんだ」
「新しい薬?」
ハーゼがオウム返しで質問する。純粋なアリシアとハーゼは、薬に悪い印象はないのか理解できないように首を傾げる。
「病気が流行ってるのですか?」
アリシアは心配そうに女性を見つめる。その純粋さに呆れているのか女性はため息をついた。
「そっちの薬じゃないよ。嫌なこと忘れて泥のように寝られるって薬を売ってる奴がいるんだ……」
「ほう。そりゃ便利じゃが、酒を飲めばいいじゃろ?」
クロエが意地悪そうに微笑みながら問いかける。女性は分かっているだろうと苛立ちを隠さずにクロエに毒づく。
「ここの連中が毎日飲めると思ってるのかい?頭がお花畑だね……」
「そのお花畑で眠りたいんじゃろ?」
勝ち誇ったようなクロエに女性は舌打ちをする。
「アタシは使っちゃいないよ……」
貧困でも捨てられないものがあるのか女性はクロエを睨む。
「連れが済まない。それでその薬はどこから?」
「最近見かけるようになった奴だ。最初はただで配ってたよ。それが今じゃ一丁前に金を取りやがる」
「その人たちを探しましょう!」
アリシアが前向きな正義感から、文字通り立ち上がる。
「ミーちゃんに関係ないとも言えませんし……、そうしましょう」
ターニャがアリシアに同意する。
「ミーちゃんと薬売り何の関係があるのじゃ?」
「ジャギュアの子が喋るようになった時に、困る奴に捕まっている可能性は拭えない」
「飛躍しておらんか?」
「頭のいいジャギュアが帰ってこない理由を考えると、あり得なくはない……と思います」
クロエとターニャの推理に聞き入っていたジャギーは、頭のいいジャギュアという言葉に反応しクロエの肩から降りる。
胸を張るように顎を上げて歩き、尻尾を立てる ジャギーは誰に言うでもなく話し始める。
「じゃあ見つけようよ。そのほうが早い……」




