幕間 聖女の散策
午後。千尋達が奴隷たちの件は任せておけとアリシアとターニャに告げて、鉱山へ向かった直後のこと。
アリシアとターニャは、フィルミナの街。下層の市場を見て回っていた。
「なんか千尋のやつ。変に自信ありげでしたが、何だったのでしょうか?」
ターニャが疑問半分疑念半分の微妙な表情で、出ていったパーティーを考えていた。
「千尋様ですから、何か策があるのだと思います。私たちは待つことにしましょう」
報告、連絡、相談もない千尋を、どうしてそこまで信用できるのか甚だ疑問なターニャの心配をよそに、アリシアは見たことのない屋台を見つけて駆けていく。
「おや?領主殿か。この店を選ぶとは、なかなかの目利きじゃな?」
まだ昼過ぎたというのにすでにほろ酔いのクロエと、ハーゼに抱かれたジャギーが先に来て楽しんでいる所だった。
屋台の店主がヘラで鉄板の上で焼き上がった物を器用に切り分けて行く。
「クロエ様、私は今はただのアリシアですよ?」
クロエの間違いを指摘しつつ、クロエの隣に収まったアリシアは、鉄板に乗っている物の匂いに鼻腔をくすぐられた。
「クロエ様。こちらはなんですか?」
「これか?これは妾は昔なじみのコジロウがよく作ってくれた物でな。お好み焼きと言うのじゃ」
「魔術師様はよく知ってますね?お好みで何入れてもいいってわけでして……」
屋台の店主の説明に、アリシアは胸の前で手を合わせ、小さく拍手を送る。
「ターニャ!私たちもいただきましょう!」
何事にも受け身にならないアリシアの行動力にターニャは苦笑いをしながらも付き従う。
「確かに美味しそうですね……。お付き合いします!アリシア様」
「まったく君たちは本当に非合理だね。食事は空腹を満たす為のものだよ?」
ジャギーはハーゼに抱えられながら、間食を楽しむ人の業を諭す。
「私はこの海のものでお願いします」
「ましてや、焼いて食べるなんて無駄な手間を掛けるなんて……」
ジャギーは苦言を呈しながらも、アリシアが頼んだ海鮮が鉄板に焼かれて踊る様子を、目で追い始める。
「ジャギーも食べたら?美味しいよ?」
ジャギーを抱き抱えるハーゼが、その獣らしからぬ物言いと獣らしい動きに笑いをこらえながら、提案する。
「……仕方ないね。獲物を無駄にするなんて、狩猟動物にすることじゃないから」
アリシアは、ジュルリと音がしそうな野性的な舌舐めずりをするジャギーの為に、まだ熱い貝の身を手皿で食べさせる。
ジャギーはその身に齧り付いた。ほふほふと猫舌と熱さの攻防戦がしばし繰り広げられ、軍配はジャギーに上がる。
「うん、悪くないね」
「ジャギー。お前、千尋に似てきてるぞ」
ジャギーの素直に褒めないその姿にターニャが心配と呆れを内包した顔で見つめる。ジャギーにしてみれば同じ匂いの狩猟動物同士、感じいるものがあるのだから悪びれることはない。
「そう?」
旨味の堪能したあとのクセで顔を洗うジャギーが適当に返事をする。その返しが何とも千尋のそれに似ており、心配しているターニャを除いて皆が笑っている。
1人の幼女がキョロキョロと辺りを見回しながら駆けてくる。団欒するアリシア達の輪の中にジャギュアを見つけて、幼女は駆け寄ってくる。
「ミーちゃん?」
ハーゼの足元に1人の少女が立っている。ハーゼの腰ほどまでしか身長のないその幼女は、ハーゼが抱き抱えるジャギーを見ている。
「えっと……、ミーちゃん?」
ハーゼが幼女と目線を合わせるように屈み、聞き返した。そうするとジャギーも幼女と見合うこととなった。
「違うよ?ジャギーはジャギーだ」
ジャギーの一人称が名前のせいで、幼女は首を傾げる。ようやく理解が追いつき、えづきながら声を出した。
「ミーちゃん、じゃ……ないの?」
幼女の目頭にすっと涙が浮かぶ。目の前の幼女が急に泣き始めたのでハーゼは狼狽える。
「ど、どうしたの!」
「セレスティアルシフト」
幼女が大声で泣き出し、周囲の視線がアリシア達に集まったはずだった。直前まで聞こえていた泣き声がしなくなり通行人たちは首を傾げながら歩いていく。
「これは……?」
アリシアが理由がわからず呟き、周囲を見渡すとクロエが杖を掲げていた。クロエの魔法により結界がはられ、アリシア達がいる屋台を残し、周囲が切り取られた市場の賑やかさも聞こえなくなっている。
「騒ぎになっても、めんどくさいからのぅ」
せきを切ったように泣く少女がいれば、何事かと人が集まるだろう。そうなれば何故幼女が泣いているかすら、ろくに聞けなくなるのは明らかだ。
「はえ~、魔術師様はすごいですねぇ……」
鉄板を挟みアリシア達と距離があり、俯瞰するように現状を見ていた店主が感嘆の声を上げる。
「うむ、妾を崇めろよ?店主」
そのやり取りを尻目にハーゼとアリシア、ターニャが幼女を囲み、どうにか幼女を宥めようと尽力しているがうまくいっていない。幼女がしゃがみ込んで泣き始めてしまい、言葉だけでは幼女の慰めにはなりそうにない。
「どうしたら良いのでしょうか?」
「あー、少女?そのミーちゃんと言うのは?」
「えっと、どうしよ!どうしよ!」
アリシアとハーゼは、その優しさ故にどう声をかけて良いのか困惑している。ターニャはどうにか話を進めようと必死だが、感情が溢れ出す幼女に声が届くことはなかった。
「全く……。こういう小さいのが泣いているときは……」
ジャギーがハーゼの腕の中から、泣き続け下を向き、屈む少女の足元に降り立つ。ジャギーがしゃがみ込んで泣く幼女の頭に、ぐいぐいと頭を擦り付ける。
「こうやって触れ合うんだよ?これだから人間は……」
少し乱暴な行動と言動だが、ジャギーの言うことは正しかったようだ。少しづつ落ち着き始めた幼女はジャギーの身体を抱きしめる。
「ミーちゃーん!」
「ジャギーだよ……」
ボソッとジャギーは呟く。ジトッとした目になりながらも大人しく幼女の言う、ミーちゃんの代わりを果たすジャギーをターニャが褒める。
「おお、いいぞ!」
どうにか下を向かなくなった少女にターニャが手を差し伸べる。幼女にハンカチを手渡しながら笑顔を向ける。
「私たちに話してくれ。助けになろう」
「あのね……。あのね?ミーちゃんが居なくなったの!」
少女の言うミーちゃんとは何か、それは皆が理解していた。黒いジャギュア。
「つまり、ジャギーにそっくりなジャギュア?って事か?」
片膝をつき、幼女に視線を合わせてターニャが確認すると、コクコクと幼女は頷く。
「なら、私たちでそのミーちゃんを探してあげましょう!」
パンと手を打ち、笑顔を見せるアリシアの前向きさに、幼女も少し笑顔が戻ってきたようだ。
「お名前を伺っても?」
アリシアが続けて、幼女に質問をする。意外な答えが幼女から返ってきて、アリシア達一同は目を丸くする。
「わたし……アリシア」




