葬送に舞い降りた魔族
葬儀は厳かに、そしてしめやかに行われていた。差し込んでくる光が白い壁に反射して神殿内を明るく照らしている。その光がキラキラとステンドグラスを輝かせ、そのステンドグラスを背後に、体型以外はクロエに似ている大きなエルフ像が飾られた祭壇に二人の棺桶が置かれていた。
参列者によって次々と、アンドレアスとデボネアの棺に花が入れられていく。千尋もその参列者の一人だった。二人を殺害する物語を描いた千尋が、二人の棺桶に花を手向ける。
腐敗しないように冷やす事は出来るようだが、死体の表情を変える技術は、この世界には無いようだ。千尋はアンドレアス棺桶に花をそっと入れる。千尋は投獄されたあの日を思い出す。苦しみ抜いたアンドレアスの顔を見て、勝ち誇ったように満足げに微笑んだ。
千尋は久々に見たデボネアの死顔に、わずかに口角を上げる。生への渇望を表現するように口が大きく開かれ、濁った瞳が虚空を見上げている。
二人の死顔に少しの同情もなく、千尋は祭壇を後にする。周りの人間が泣いていたら、社会性を偽装する千尋は涙の一つも流したかもしれないが、二人の死を悼むように泣いている人はいない。家長のマリアベル、領主のアリシアは毅然としており、ハロルドやカッツェ、ターニャも泣いてはいない。
千尋が自分の席に戻ろうと移動を始めた時だった。神殿のエルフの像の背後にあるステンドグラスが割れ、悲鳴が上がる。
「なに、お葬式してたの?」
ステンドグラスを割り、ふわりと神殿の中に侵入してきたのは、メネシオンとシュナレだ。葬儀の会場に乱入してきた魔族を見上げ、千尋の胸の鼓動は高鳴る。
「赤い髪のメネシオン!」
いつものように咄嗟にナイフを出そうとして気がつく。葬儀の会場に持ち込めないと、ターニャに取り上げられたのだった。
「夢魔のシュナレ!生きていたのか!」
次に声を上げたのはマリアベルだった。身体は小さくなっているがあの頭の羽根。見間違うはずはない。そして、そのマリアベルを見つけてシュナレは愉快そうに笑う。
「マリアベルちゃ~ん、久しぶり〜!」
シュナレは再会を喜ぶように、満面の笑顔でマリアベルへ手を振る。
「なに?お友達になったの?」
訝しげにメネシオンがシュナレを見る。
「まさか。やり返したくて、うずうずしてる」
神殿はもうめちゃくちゃだった。千尋とマリアベルが乱入者の名前を呼んでしまったからだ。葬列は崩れ、思い思いに駆け出し、逃げ出していく参列者達。
この状況で唯一戦えるのはクロエだ。虚空から杖を出して構えつつ、魔族二人に向き合う。
「エルフ!」
シュナレがクロエに向かい叫ぶ。少女の体に似つかわしくない憎しみの表情を浮かべる。
「メスガキが……!いきがるなよ?」
クロエは初手で最大火力を放とうと詠唱を始める。クロエの頭上に幾つか火球が現れ、それが回転し、混ざり合い、一つになって熱を増して巨大化していく。
エルフのクロエにとっては魔力を行使し、魔法を使う事は息を吸うのと大差ない。この世界の空気に含まれる成分の一つが、魔力のもとになるからだ。だからこの世界にいる限り、エルフは無尽蔵に魔法を唱えることが出来る。
対する魔族の事情は少し違う。エルフに体の作りが似ているメネシオンはクロエと同様に無尽蔵の魔力を有している。が、シュナレのようにエルフとは懸け離れた変貌を遂げた魔族は、何らかの方法で魔力を補充しなければならない。
あの日、ロアノークたちへ放ち損ねていた魔法をクロエが放つ。アリシアは周りの被害を考え止めようと思ったが遅かった。千尋は強力な魔法の効果を見逃すまいと観測者となっている。
「フレアバースト!」
クロエが叫ぶと火球が魔族の二人をめがけて飛んでいく。着弾すれば大きな爆発が起きる危険な魔法だが、結果は想像と違った。
「いただきま~す!アビスイーター!!」
シュナレがクロエの攻撃魔法を飲み込んだ。文字通り口から飲み込み、味わうように嚥下する。
夢魔のシュナレは他人から魔力や精気を吸収することで、自らの魔力を補充し魔法を使う。闇の魔法を使うことで魔力の枯渇問題を解決し、到達した一つの完成形。それが夢魔のシュナレだ。
魔力を飲み込んだシュナレの体に変化が起きる。少女のような体はみるみる大きくなり、クロエほどではないが、見るものを魅了する豊満な身体へと変化する。
伸縮する革紐の鎧が食い込み、シュナレの身体を快感が駆け巡る。シュナレは絶頂するように身体を痙攣らせて、恍惚とした表情を浮かべる。
「ん〜!気持ちいい〜。最っ高……」
マリアベルとターニャが剣を持って帰ってきた。マリアベルは大人の身体をしたシュナレを見て驚きの声を上げた。
「戻ってる……」
いつもの表情とは違う、驚きと怒りが混在した表情を浮かべるマリアベル。前に討ったときよりも心なしか胸が大きくなっているような気がして、マリアベルの背中を冷や汗が走る。
「千尋!」
ターニャが千尋のダマスカスナイフを鞘ごと投げて千尋に渡す。
「ほら、やっぱり必要だったじゃない……」
結果論でターニャの揚げ足を取る千尋は、鞘からナイフを抜くと構える。
「うるさい!結果的にはだろ!アリシア様、お下がりください!」
ターニャもアリシアを守るように剣を構える。以前のように剣が震えることはなくなっており、ターニャの覚悟と、成長が感じられる。
「魔法を食うとは難儀じゃな」
クロエと千尋は、メネシオンのみを見ていた。クロエは魔法が食われるのではシュナレとは相性が悪い。まだ未知数だがメネシオンの方が勝ち目がある。
千尋は至極単純に個人的な欲求からだ。宙に浮かぶメネシオンが降りてきたら、斬りつけようと狙っている。
ターニャは両者を警戒する。アリシアを守る剣であるのなら当然だ。
マリアベルは、シュナレを見ていた。メネシオンなど眼中になく、勇者として再度、シュナレを討つ気でいる。
「夢魔のシュナレ、覚悟!」
マリアベルが剣を振り被る。その動きを待っていたようにメネシオンも虚空から剣を取り出し、クロエと千尋に向かって飛び、距離を詰めながら叫ぶ。
「いくよ!」
アリシアは走り出していた。千尋達に襲いかかるメネシオンが、マリアベルの背中を一瞥した。それは勘のようなものだった。そうしなければならないとアリシアの心がそう叫んでいた。
「お姉さま!」
アリシアが叫んだ。メネシオンが踵を返すようにマリアベルの背後に迫る。メネシオンを追いかけて千尋も駆ける。
「アリシア様!」
ターニャが叫んでも遅かった。マリアベルを庇うように躍り出たアリシアに、凶刃が襲いかかる。
その瞬間。光がアリシアから溢れ、アリシアとメネシオン、千尋を飲み込む。
「アリシア様ー!」
ターニャの叫びは声が響くように作られた神殿にこだまする。声を届けたかった相手、アリシアは光に飲まれ、忽然と姿を消していた。メネシオン、千尋と共に……。




