コレットの依頼
「で……、魔物って何?」
千尋が本題に入ろうと、受付のカウンターに腰掛ける。
「ああ、確か……」
乱雑に積まれたように見える書類の山から、的確に鉱山の魔物に関する報告書を探し当てるコレット。
「これですね。オークだかゴブリンの巣につながってしまったようなんですよ」
コレットは、もう一枚書類を取り出す。件の鉱山の地図を千尋とチュクチに見せるように広げて、その一角に丸を描く。
「ここです」
千尋は地図を受け取ると、チュクチに放り投げる。慌てて受け取ったチュクチの姿を見ると、やはりコレットは何故チュクチが千尋といるのか不可思議だと思ってしまう。
「頑張ってくださいね?」
チュクチにむけたつもりの言葉であったが、返事をしたのは千尋だった。
「分かったわ。奴隷の件、任せたわよ?」
ゴブリンがいるとなれば、ターニャは連れていけない。クロエは適任だが、派手な魔法で鉱山が崩れたら面倒だ。そうなると連れて行くのは自ずと1人に絞られる。
「チュクチ。帰るわよ?」
「少ししたら、冒険者ギルドに行ってください。貴女宛に依頼を出しておきます」
そう言ってコレットは千尋とチュクチに手を振って見送る。
振り返りもしない千尋と対照的に、チュクチは振り返り、コレットに一礼して千尋を追いかけていった。尻尾を振り必死に千尋を追いかけるチュクチの後ろ姿を見て、コレットはポツリと呟く。
「なるほど……。ペットと飼い主でしたか。興味深い……」
午後。昼食を取った千尋とチュクチは、楽しそうとついてきたメネシオンとシュナレを連れ立って、コレットが言う鉱山へとやって来ていた。
「ここの鉱山は主に鉄や銅が採れるみたいですが……。たまにオリハルコンが採れるとかで、いたるところを掘り進んで、入り組んでしまったんですね……」
鉱山の地図を見つめ、チュクチが呟きながら印をつけている。恐らくチュクチがいなければこのパーティーは、この入り組んだ鉱山ですぐ迷子になっていることだろう。
「オリハルコン……。って真鍮とかの合金の事よね?」
鉱山の壁面から露出する結晶を興味深そうに眺めながら、千尋は彼女の世界の常識を語る。
「合金……ですか?よくわからないですけど。マリアベルさんがつけてた鎧は、色的にガルヴァニア産のオリハルコン製でしたね」
マリアベルがつけていたピンクゴールドの鎧は主に銅と金の合金だった。千尋の世界ではそれを意図的に作ることができるが、この世界では自然に産出されたものに頼るしかないようだ。
「だからマリアベルちゃん、固かったのね〜。なっとく〜」
頭についている羽根をバタつかせ、鉱山の中をフワフワと器用に飛ぶシュナレが、口では理解してと言いながらも、さして興味なさそうに答える。
「シュナレ、後ろから切られたって言ってなかった?」
メネシオンが呆れたようにシュナレを見つめる。
「反撃はしたんだよ?硬くて、うまくいかなかったけど〜」
そう言いながらケラケラと笑うシュナレは、ある意味無邪気だ。復讐心など持ち合わせていないかのように笑っている。
チュクチが立ち止まる。鼻をスンスンと鳴らし匂いを嗅いでいる。猟犬のように研ぎ澄まされた彼の嗅覚は何かを感じ取っているようだ。
「血の匂いがします……」
「血?」
千尋は聞き返す。鉱山にはむさ苦しい男達しか居ないと思い、血の赤に反応することはなかった。
「て、事は……、生き残り?」
魔王を自称する割に、生き残りがいるのかを気にするメネシオンを、千尋とシュナレがニヤニヤと見つめる。
「あんたはとことんいい子よね?。血の匂いと言われても、そうは思わなかったわ……」
「メネシオンちゃんはいい子だから、ね〜?」
「なによ?普通でしょ?……ね?」
メネシオンは、このパーティーの良心とも言うべきチュクチに同意を求める。
「そうですね。古い血の匂いではないです……」
予想の斜め上の同意の返事が来て、メネシオンは目を丸くする。
「まあ、いいわ。何にせよ、なんかいるわけよね?」
そう千尋が言うと、パーティーは千尋とメネシオンを先頭、その後ろにチュクチ、最後尾にシュナレとバランス良く並び、チュクチの鼻と地図を頼りに奥へと進んでいった。
進んでいくとチュクチでなくとも臭いがわかるようになった。血の臭いよりも臭い獣のような臭いだ。
「くっ……さっ!……。オークだわ。この臭さ……」
メネシオンが顔をしかめる。
「よく知ってるわね?」
千尋もゴブリンの臭さは体験しているが、汗と尿が混ざったようなすえた臭いに違いは感じられず、千尋は珍しくメネシオンを褒めた。
「オークってなんか、酸っぱい匂いが強いから分かるのよね?」
シュナレのその表現に、千尋は無意識にブュートリッヒを思い出した。彼が着替えをせずに一ヶ月も過ごせば、同じ匂いがしそうである。
「なるほどね?覚えておくわ」
千尋達が警戒し、身をかがめながら進むと、一匹のオークが食事をしていた。とうに事切れているであろう鉱山職員の腹部に、顔を包み込むようにして一心不乱に貪っている。
「あーあ、勿体ない。オークなんて何でも食うんだから、わざわざ男を食わないで欲しいんだけど……」
そのシュナレの悪態など気にせずにオークは、絶望の顔をした男の内臓に舌鼓を打ち、くちゃくちゃと汚い咀嚼音を出している。
フゴフゴと豚のような鼻の周りに血がつき、もう匂いの判別など出来ないのではないかと思えるが、野生の本性は人知を超えていた。
確実に千尋達の匂い反応し、女性の匂いを追いかけているようにオークは鼻を鳴らし、立ち上がった。
「まだ食い足りないわけ?」
メネシオンが悪態をつく。
オークが雄叫びを上げる。威嚇するような仲間を呼ぶようなその叫びは、坑道の中をこだまし反響する。
「まずいですよ!仲間を呼ばれてしまったら……!」
「さっさと依頼が片付くからいいじゃない!」
千尋はダマスカスナイフを取り出すと、紫炎を纏わせて斬りかかる。
巨躯を誇るオークは、鉱山職員の使っていたであろうツルハシを軽々と持ち上げ、千尋が振るうナイフを受け止めようとした。
が、ツルハシの柄は一瞬で燃え落ち、ナイフとツルハシの打ち合う音を聞くことは叶わなかった。続いて後方にいたシュナレが、爪を武器に斬りかかる。
「あ゙ぁ゙ーー!」
声にならない鳴き声を上げたオークは、シュナレに腹を切り刻まれた。爪の長さを自由に変えられるシュナレの爪を見て、千尋が呟く。
「ずいぶん便利な身体ね?」
「羨ましい?」
自慢げに微笑むシュナレに、皮肉の籠もった視線を向ける千尋。
「別に?」
「千尋さん!、どんどん来ます!!」
チュクチの鼻は正確だった。入り組んだ坑道のあちこちから咆哮が聞こえる。
「一旦下がるわよ。少し前に通った一本道まで……」
千尋がパーティーに指示を出す。するとシュナレが頬膨らませて、明らかな不満を漏らす。
「えぇ~、別にいいじゃん。どんどんやろうよ〜!」
「豚が1列に並んだ所に魔法撃ったら、楽しいわよ?」
シュナレがその光景を想像したのかニヤリと笑う。
「それ……、いいね!」
「千尋って……、エグい事考える天才よね?」
メネシオンは相棒の反応と、千尋の発想に呆れたように肩をすくめてチュクチに同意を求める。
「そ、そうですね……。でも、ここで戦えば囲まれますから」
チュクチは頬をかき、メネシオンの意見に同意しながらも、主人を讃える忠犬ぶりを発揮する。
パーティーは後方へと下がりながら、オークを退ける。メネシオンは虚空から黒い剣を取り出す。黒曜石から切り出したような禍々しい剣を、神託の勇者は構える。
「放っといたらいいことないもんね!」
魔王を自称するメネシオンが至極真っ当な発想から、先頭のオークを斬りつける。袈裟斬りに肩から斬られたオークは痛みと苦しみに断末魔の咆哮を上げる。
「ぐあぁーーーー!」
その咆哮がまた仲間を呼ぶ合図となり、千尋達パーティーの居場所を知らせる。
千尋が一本道まで下がった頃には10数体のオークが集まる。我先に一本道に入り、柔らかい女性の肉を食い破ろうと渋滞が発生している。
「頭……悪ぅ」
メネシオンが感想を呟く。一匹分のすき間しかない坑道に無理やり数匹が入ろうと押し合っている様は、メネシオンが言う通りで知性的とは言えない。
「少し数を減らさないとダメね……」
千尋は右手を前に出すと紫の炎を撃ち出す。握りこぶしよりも小さい炎が、オークに向かってゆらゆらと飛んでいく。
「難しいわね……」
想像とは違う結果に、珍しく千尋が落胆する。
「何それ?ウケるん……」
千尋の悪友メネシオンとシュナレが揃って、千尋を誂おうとしたその時。ゆっくりと飛んでいった炎が渋滞するオークの一匹に着弾した。
「「「「あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ーーーー」」」」
6体のオークが炎に包まれる。断末魔の悲鳴すら上げられなかった個体もおり、焼けた匂いを残して溶けるように、その存在の痕跡を消してしまう。
「えっ……ぐ……」
メネシオンとシュナレが唾を飲む。千尋なら敵対した途端に、躊躇なくアレを撃ち込んでくるだろう。魔族2人は千尋を怒らせないようにしようと心に誓い、頷き合う。
「ふうん……。クロエの言う通りみたいね。強くなってる」
最終的な結果に満足したのか、千尋は口角を上げる。チュクチは尻尾をブンブンと振り、拍手をしている。
「さあ。残り片付けて、宿に戻ってお肉食べましょ?豚が焼ける匂い嗅いでいるとお腹空いてきたわ」
千尋はそう言って、玩具で遊ぶ子供のような笑顔でオーク達を見つめる。




