それぞれの朝
アリシアは少し憂鬱な朝を迎えていた。父と姉の葬儀の朝を迎えていたからだ。アリシアの気分とは裏腹に、晴れ渡る空はどこまでも広がっている。
葬儀の日にこんなに晴れてなくてもいいのではないかと、自嘲しながらアリシアは身体を起こした。本格的に起きようと立ち上がろうとした時、ノックの音がした。
「アリシア様、よろしいでしょうか?」
部屋の外からカッツェの声がする。領主になってからの習慣で、カッツェがアリシアの着替えを持ってくる。父アンドレアスは着付けもやってもらっていたらしいのだが、アリシアにそんな度胸も胆力もない。
「カッツェ。御苦労様です。入っていいですよ」
アリシアは領主という立場にしては丁寧に礼を言い、カッツェを招き入れる。生来の善性がそうさせるのかもしれない。
「失礼します」
カッツェが扉を開けて、アリシアの座るベッドの所まで質素なドレスと、今日の葬儀で着る喪服を持ってきた。
未だに見られながら着替えるのに抵抗のあるアリシアは、思い出したようにカッツェに話しかけて、注意を自分から逸らす。
「お姉さまはもう起きたのですか?」
「いえ、まだです。帰ってきて2日になりますが、未だにご自分で起床されず、起こすまで寝てらっしゃいます」
立腹したような話し口のカッツェだが、その口元は緩んでおりマリアベルがいる事を喜んでいるように見える。普段真面目すぎるくらいのカッツェのその反応を見て、アリシアは微笑む。
「お姉さまを起こしてきてもらっていいですか?」
着替え終わった自らの寝間着をカッツェに手渡しながら、カッツェとマリアベル、両者を思いやるアリシアの優しさはしっかりとカッツェに伝わったようだ。
寝間着を受け取り、カッツェはアリシアに深々と礼をする。
「かしこまりました。仰せのままに……」
部屋を去っていくカッツェの後ろ姿がなんとなく軽やかでアリシアは微笑む。マリアベルが居れば少し気が楽になる。いつまでも姉がいてくれることを望んでしまうアリシアだった。
食う寝る遊ぶが趣味のマリアベルの朝は遅かった。幼いころから自分で起きた例がない。今日も今日とて、元々の自分の部屋で惰眠を貪っている。
マリアベルのベッドに朝日が差し込むと、その朝日から逃げるように、大きなベッドの中をくるくると器用に寝返りをうち、マリアベルは未だ夢の中だ。
カッツェがノックをする。当然のように返事がなく、妹のアリシアよりだらしないマリアベルにため息を吐く。
しかし、ため息を吐きながらもカッツェの頬は緩んでいる。懐かしい日常が帰ってきた喜びを感じながらカッツェは、勢いよく扉を開けた。
「マリアベルさま!朝です!」
「カッツェ……、もう少しだけ……」
むにゃむにゃと夢の中からマリアベルはカッツェに懇願する。寝相が悪く、すでに毛布など寝具を蹴っ飛ばしている為、マリアベルを起こす手段をすぐに思いつく者は少ないだろう。
「…………はい、待ちましたよ」
そう言うとカッツェは、マリアベルの寝ているベッドのシーツを勢いよく引っ張る。引きずられるようにベッドから転げ落ちる形で、マリアベルは起床する。
「おはよう……、カッツェ。懐かしい起こされ方だよ……」
マリアベルは逆さまになった視界で、カッツェを見上げながら朝の挨拶をする。シーツを纏めながらカッツェは、マリアベルに笑顔を向ける。
「おはようございます、マリアベルさま」
カッツェの挨拶に、マリアベルは体勢を直し、胡座をかきながら欠伸をして応える。
「今日は寝坊は許しませんので……」
「わかってるよ、カッツェ。ボクだってそのために帰ってきたんだから!」
マリアベルは寝ていたいだけで、寝起きはすこぶる良い。胡座の状態から飛び上って立ち上がる。その身体能力は冒険者として、勇者を名乗るだけのことはある。
「まずはご飯を食べよう!食べなきゃ何も始まらない!」
「いえ、着替えてください」
マリアベルが決めポーズと共に言った言葉に、カッツェは冷静に答える。そんな二人を見守るように、ゼルディアの街の上には何処までも続く青空が広がっている。
そして、ゼルディアを見下ろす丘の上。2人の魔族が同じ青空を見上げている。1人は肌を心配するように忌まわしそうに青空を見上げ、もう1人は羨ましそうに見上げている。
「肌が焼けちゃうんだけど……?」
魔族の少女シュナレは、メネシオンを見上げる。青空を見上げるメネシオンの長い髪は仄かに潮の香りを含んだ風に揺れる。五感を刺激する地上の世界に、満足げなほほ笑みを浮かべたメネシオンは、相方のシュナレを茶化すような視線を送る。
「なら、帰ったらいいじゃん?」
「ひど〜い、アタシの敵討ちじゃないの〜」
メネシオンの視線の意味を理解しているシュナレは、もじもじとわざとらしく身をくねらせて戯ける。少女の身体で無駄に官能的に振る舞うシュナレに僅かばかり苛立ちを感じたメネシオンは、シュナレの額を指で弾く。
弾かれたシュナレの頭がぐらつき、身体から落ちそうになるのをシュナレは慌てて押さえる。
「ちょっと!まだちゃんとくっついてないんだよ?」
「え!マジ?ゴメン……」
魔族のくせに殊勝に謝るメネシオンを、シュナレがケラケラと笑う。
「いいよ、気にしてないよ?本当に真面目なんだから……」
「……なら、いいんだけど」
バツが悪そうにメネシオンは微笑み、気恥ずかしいのか話題を変える。
「んで、そのマリアベルちゃんは何処にいる感じ?」
シュナレはメネシオンの意図を理解しながらもそれに乗ることにしたようで、ニヤニヤとしながらゼルディアの町を見下ろす。
「マリアベルちゃんはねぇ〜。追跡魔法だと、あそこら辺かな?」
シュナレは額に手を当てて、忌まわしい太陽を避けながら、眼下に広がるゼルディアを見渡す。城壁に囲まれた貿易都市に幾つかそびえる、大型建築の一角。葬儀の会場になっている神殿を、シュナレは指差す。
「何あれ?エルフ信教の神殿?行きたくないんだけど……」
「えー!行ってよ〜、アタシの敵討ち〜!」
「だから、死んでないでしょ?」
今度は何もせずに魔族らしからぬ善性を持ったメネシオンが笑う。暫く面倒くさそうに頭を掻き、ふぅ~っと吐息を漏らすとメネシオンの体が宙に浮く。
「やったー!」
シュナレは歓喜の声を上げて、メネシオンに続くように体を浮かせる。魔族の襲来の時が近づいていた。




