合理的な2人
翌朝。宿の一階の食堂で、奴隷だった身寄りの無い獣人達をゼルディアの孤児院に送るために、アリシア達は苦悶の表情を浮かべていた。
「早馬を飛ばしても、ゼルディアとの往復に1日はかかります。」
机に伏してターニャが頭を抱えていた。ゼルディアのマリアベルやウルブリヒトに手紙を送り返事を貰うだけで一苦労だ。
「困りましたね……。レオニス王のところにも行かなければなりませんし……」
「何を悩んでいるの?」
千尋が遅めの朝食をとろうと階段を降りてくる。ターニャが苦悶の表情を浮かべているのは見慣れているが、アリシアまでとなると流石の千尋も気になったようだ。
「昨日の獣人の子たちの件だ。ゼルディアに連絡するにも時間がない……」
「適当に行かせたらいいじゃない?」
何も考えず、この未成熟な世界の事情を知ってか知らずか、思いつきを口にする千尋にターニャはため息を禁じ得ない。
「お前なぁ……。また攫われたらどうするんだ?」
「面倒くさいわね?」
朝食をとりながら、端的に事実を口にする千尋にアリシアは苦笑する。
「千尋様らしいですね?いい方法はないでしょうか?」
「誰かと一緒なら行けるわけよね?冒険者を雇うか……」
ターニャが顔をしかめる。ゼルディアでは冒険者とは、商人になれなかった社会的弱者がやることだ。
「冒険者なんて商人になれなかった奴らが……」
「なら、商人に運ばせたら?元は商品だもの」
ターニャは千尋の冷たい言い方に憤りを覚える。が、商人ギルドならば、ゼルディアへの定期便位はありそうである。
「また、とんでもないことを……。そんな都合よく行くわけないだろう……。相手は商人だぞ?」
「悪くはないはずよ?ゼルディアの商人ギルドのマスター。ヴィクトールなら顔見知りだし、断れないだろうし……」
アリシアは千尋の含みのある言い方に首を傾げる。
「断れない?」
「大きな貸しがあるのよ」
最後の一口のパンを飲み込んだ千尋は立ち上がる。
「ここのギルドにも少し興味があるし、行ってくるわ」
丁度、馬車馬の世話が終わったチュクチが宿に入ってきた。主人の顔を見てチュクチは尻尾を振る。
「おはようございます、千尋さん!」
「おはようチュクチ、行くわよ?」
急に出かけると言い出す千尋に戸惑うこともなく、チュクチは満面の笑顔で答えようとしたが、笑顔が苦手な千尋に、頭を撫でられ防がれる。
「は……はい!わかりました!」
以前訪れたゼルディアの商人ギルドとは趣が違い、こちらの世界。アクロシアの建築様式のシンメトリーな作りの館がフィルミナの商人ギルド支部だ。
「ヴィクトールのいたゼルディアの支部が、変だったのね。やっぱり……」
つまらない建築様式に、逆に興味があるような口ぶりで千尋は商人ギルドの扉を開ける。中の作りは、ゼルディアの冒険者ギルドを彷彿とさせるテーブルが並んでいる。
テーブルでは、商人たちが商談に励み、受付嬢がそのやり取りをカウンターから暇そうに眺めている。受付嬢は大きな丸眼鏡に丸顔と、身長が低く、ずんぐりとした体型ながらも、胸が大きい。
「ちょっといい?」
受付に肘をつき、輩のように話しかける女が現れ、受付嬢は目を丸くする。
「え?……ああ、はい……」
「ゼルディアのギルドマスター、ヴィクトールからの伝言を言付かっているのだけど、ギルドマスターいる?」
サラリと嘘をつき、千尋はギルドマスターとの面会を申し込む。
「そうなんですか?では、伝言をどうぞ」
思っていた返答と少しのズレを感じつつも、千尋は受付嬢の机に書類が山のように積まれていることに、違和感を覚える。
「ギルドマスターからギルドマスターへの伝言よ。まさか、あなたがギルドマスターその人なの?」
「はい、その通りです。自分がフィルミナの商人ギルドマスター、コレットです」
「受付嬢が?」
予想外の返答に千尋も面食らったように聞き返す。
「そもそも、受付からギルドマスターに回される事が案件が多いもので……。合理的に業務を最適化したらこうなりました」
たしかに千尋もギルドマスターに用があって受付嬢に声をかけた。コレットと言う女がよっぽど優秀か、フィルミナの商人ギルドがよほど暇なのかは、コレットの座る机。カウンターに置かれた書類の山を見るに、前者だろう。
「それで、伝言と言うのは?」
千尋がコレットを見極めるために観察していると、コレットが催促する。
「伝言は嘘。ギルドマスターに会うための口実。奴隷を運んでほしいのよ。ゼルディアの孤児院まで」
「嘘?……奴隷を孤児院までですか?」
コレットは明らかに怪訝な顔をしながら、千尋を見る。悪びれる事もなく受付に腰掛け、コレットを見下ろす女は不敵に笑っている。どうにも目の前の女が疑わしいコレットは、眼鏡を直して千尋を真っ直ぐに見る。
「本当にヴィクトールの知り合いですか?貴女の発言は、どうにも自分には理解できません」
「そこが引っかかるの?面倒な性格なのね。同郷よ?」
コレットは得心がいった。ヴィクトールは異世界出身で考え方や言い方が違う。特に比喩表現が回りくどく、皮肉を言わないと気がすまないような節がある。ヴィクトールと目の前の女に、嫌なくらいの共通点を見つけ、理解したのか諦めたのかコレットはため息をつく。
「ああ……。なるほど、それでですか。お名前を伺っても?」
「千尋よ?こっちはチュクチ」
千尋はふんぞり返るとまでは行かないが微動だにしない。チュクチが申し訳なさそうに少し頭を上げるのを見て、性格の良さそうなチュクチが何故、性格の悪そうな千尋といるのか、コレットには理解できなかった。
「こちらの荷に、相乗りしたいと言うことですか……」
「話が早くて助かるわ。さすがはギルドマスターね?」
本当に千尋は尊大なのだなと、コレットはため息をつく。商人という気質の問題か、もともとの性格なのか、どうしても言いなりになるのが嫌で、コレットは千尋を観察する。
そして千尋が冒険者のバッジをつけている事を発見し、一考する。
「実は、その荷がないのです。山の麓の鉱山から採掘した鉱石を定期便で送ってましたが……。魔物が出るようになってしまいましてね」
確かに魔物は出るようになっていた。鉱石の備蓄もあり、取り急ぎ対策をしなくてもいいような案件であった。が、この際千尋に面倒事を片付けさせる事にして、コレットは商人らしく利益を上げようとしている。
「退治すればいいわけ?」
コレットはしてやったりと目を光らせる。
「ええ。冒険者ギルドを経由して、貴女に依頼します。無報酬でも構いませんか?」
「要は交換条件ね?」
コレットは嬉しそうに何度も頷く。
「ええ、ええ。そうです。いいですね?」
勝ちを確信したように微笑むコレットを見下ろす千尋は、了承しつつも勝ちを譲る気はないようでニヤリと微笑む。
「まあいいわ。暇つぶしにはなるでしょうし……」
「交渉成立ですね。奴隷の輸送費くらいはこちらで面倒見ますよ?」
「助かるわ。20人くらい居たから……」
千尋は勝ち誇ったかのように微笑む。
人数を聞いていなかったコレットは、多過ぎる人数に一瞬顔を強張らせる。だが、すぐに笑顔に戻りながらも千尋を睨む。
チュクチはなんでこの2人は笑っているのに、にらみ合っているのか理解できず、天井を見上げてため息をついた。




