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裸の王様

 バシッと鈍い音がして領主が本気で叩いたのがわかると馬たちがおびえている。


「どうどう、大丈夫、大丈夫……」

 

 馬の背を撫で、落ち着かせながら千尋は様子を見る。


 領主はアリシアを叩くために歩いてきた。威厳を見せるように、重心を後ろ寄りに歩いてきた癖に、アリシアを叩く為に最後の一歩の瞬間は、左足の重心を前寄りにしていた。


 アンドレアスのその動きは、平手打ちの威力を上げる意図が含まれており、正義感など欠片も持ち合わせていないはずの千尋は、何故か領主に憤りを感じていた。


 千尋は、あの手の意見を聞かない親には覚えがあった。千尋の実父。千尋の母を、千尋を叩き、幼い千尋の深層心理に、血の赤を塗りたくった実父だ。


「何故のこのこ戻ってきたのだ!嫁ぐつもりでいけと申し付けたはずだ!」


 誰もが領主には逆らえないのか、ランドルフでさえも平伏してしまっている。騎士団が平伏する中、アリシアがまた叩かれようとしているその時、我関せずと、馬を撫で優しく声をかけている千尋に、領主のアンドレアスは怒鳴りつける。


「なぜ平伏せぬか!」


 その言葉にアリシアやランドルフ、騎士団も体を震わせた。が、千尋は目を丸くして一瞬驚くと、薄ら笑いを浮かべてアンドレアスを正面から見返す。

 

「なぜと言われましても……。私はあなたの領民でも騎士団でもありません」


 まさか口答えが返ってくると思ってもいなかったアンドレアスは、興奮と怒りから顔を真っ赤にして、酒臭い息を撒き散らし、怒鳴り始める。


「何だと貴様!!ランドルフ!この物の首を切れ!」


「いや、しかし……!」

 

 ランドルフが驚愕して、顔を上げるとその体はわずかに震えていた。そのランドルフが、見たのは、千尋は愉快そうに腹を抱えて笑っている千尋だった。


 短絡的で激情家の酔っ払い。典型的な腐敗した領主の振る舞いに、千尋は腹の底から笑っている。その様子を見ているアリシア、ランドルフ、騎士団の面々も顔面が蒼白になり、動揺している。


「あーっ、腹が痛い。娘を助けた恩人に、礼もせずに首を切る領主様とは……。娘さんをゴブリンの餌にして差し上げていたら、どんな褒美がいただけたのですか?」


「口答えをするな!誰も貴様のような奴に、頼んでなどおらん!」


 アンドレアスはのしのしと千尋に近づくる。千尋の眼の前まで歩いてくると、いきなり千尋の短い髪の毛を掴み、力尽くで平伏させようと罵声を浴びせる。


「平伏せよ!っと言っておるのだ!」

 

 ブチブチと音がした。アンドレアスの手は怒りにせいか、酒精の取りすぎか、激しく震えて千尋の髪が何本か抜けて、アンドレアスの手に絡まっている。


「ですから……あなたに平伏する……、理由がありません!」


 千尋がアンドレアスへの平伏を拒否する。アンドレアスは領主として、何人にも侮られるわけにはいかない。貿易都市の領主が舐められるということは、それ即ち交渉での敗北、不利益をとなる考えているからだった。


 長い間、その歪んだ帝王学を信じてアンドレアスは生きてきた。今更、生き方を変えることの出来ない悲しき領主は、目の前の反抗的な平民に怒りを爆発させる。


「平民風情がっ!」 


 ともすれば血圧の異常で倒れるのではないか思うくらいに、アンドレアスの顔は赤くなっている。


「あまり興奮するとお体に障りますよ?領主様……」


 アンドレアスに押さえつけられ、片膝立ちになりながらも千尋は、頭を押さえつけるアンドレアスに笑顔を向けながら、心にもないことを口にして、悲しき領主を挑発する。


「うるさい……、黙れ!頼んでいないと言っただろうが!」 


「ええ、あなたにもそこのお嬢さんにも、誰にも頼まれていません。悲鳴が聞こえて体が勝手に動いたもので……」


 自分をさも英雄的に語る千尋だが、その実は悲鳴を聞いて自分の衝動に素直に行動し、そしてゴブリンと言う生き物を殺してみたかっただけだ。アリシアは、千尋の言葉を肯定しようと立ち上がろうとするが、ランドルフに止められ泣きそうな顔を千尋を向けると、また下を向いて肩を震わせる。


「で?、処刑されますか?門番始め、居合わせた商人なども私の評判を聞いておりましょう……。見た所、貿易都市のご様子ですから、さぞ黒い噂は影響が出るでしょうな?」


 千尋の父もそうだった。家では敵無し、だから横柄に振る舞い、自分の好きなように出来る。社会性が高く、外面が良い父だった。


 社会的地位とプライドが釣り合っていたが、その社会的地位と家庭内での地位は比例しなかった。子は母親に懐き、無条件に愛する。その子供が父親に下す評価と、無条件に高い母親への評価の乖離を無くす為に、千尋の父は暴力的に支配することで一番になろうとした。


 そもそも乖離に苦しむのは地位への固執とプライド故だ。この領主もそうだが、家族を暴力的に支配する人種は、その社会的地位が脅かされる事を極端に嫌う。


 その事を見透かしている千尋は、髪を押さえつけられながらも、ニヤニヤと笑みを浮かべ領主を見る。その千尋の様子は、まるで自分の身は脅かされない確信を持っているようだ。


「貴様は……、領主への不敬だ。牢屋にぶち込んでおけ!」


 プチプチと髪がちぎれる音とともにアンドレアスは千尋から手を離すと、汚らわしいものに触ったあとのように手を拭くと屋敷に向けて歩き出す。アンドレアスが目の前を通れば、騎士団、ランドルフはより一層平伏し、領主が通り過ぎるのを待つ。


「野垂れ死ぬまで、鎖にでも繋いでおけ!」

 

 振り返ったアンドレアスが吐き捨てるように言い放つ。領主の手からは解放された千尋だったが、今度は騎士団の騎士二人に両腕を拘束される。千尋は、短絡的なアンドレアスの行動を鼻で笑うと、抵抗することもなく薄ら笑いを浮かべて連行されていく。


 アリシアは自分を救ってくれた運命の人を、自らの選択によって死地に追いやってしまった事実に静かに泣いた。


「千尋様……」


 アリシアのその様子に、ランドルフは平伏していた時と同じ、片膝立ちのまま動けなくなっていた。領主の命令に逆らえない騎士団長ランドルフは、救いの言葉も慰めの言葉もなく、アリシアの肩に手を触れることしかできなかった。

 

 

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