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貿易都市ゼルディア

「一人でアリシア様をお守りしていたので、緊張の糸が切れたのかもしれませんね」


 一人自分に警戒心を抱くターニャを排除しながら、千尋はもっともらしく振る舞う。

 

「確かに……、誰かターニャを!」


 ランドルフが声をかけると、二人の騎士が千尋からターニャを受け取り、馬の背に乗せる。アリシアは千尋がターニャに優しくしている姿を見て、嫉妬心が芽生えたのか、甘えるように上目遣いで千尋に話しかける。


「千尋様?ぜひ我がフィル・ブライア領。ゼルディアへお越しください」


 千尋は、アリシアに面と向かって満面の笑みを向けられて、刹那眉間にしわが寄る。危うく常識人の皮が剥がれそうになるが、目頭を押さえて誤魔化した。


「なんとお優しい、実は昨日より道に迷っておりました。アリシア様のお言葉のままに……」


 千尋はアリシアに先ほど覚えたばかりの礼をして跪く。そしてわざとらしく、アリシアの手を取ってみせるとアリシアの顔が紅潮していく。こうされるとアリシアは、恥ずかしさや嬉しさが入り乱れ、表情が定まらない。


 アリシアの笑顔を制御するの術を覚えた千尋は、アリシアに優しく微笑むと、ランドルフの馬のそばへ、アリシアをエスコートする。


 アリシアをランドルフに預けながら、後はどうやってターニャのいない間に、自分の居場所を作るか千尋は考えていた。


 千尋は馬車を引いていた馬を落ち着かせ、裸馬に跨ると、何年もともに過ごした愛馬のごとく、巧みに扱ってみせる。


 千尋は昔、父に厳しく躾けられていた。何事にも役立つと、年端もいかない頃から裸馬に泣きながらでも乗らされていた。そんな苦労をして手に入れた、役に立たないはずだった特技がこんなところで活き、千尋は苦笑する。


 千尋のその姿を、騎士団長ランドルフの馬に相乗りするアリシアが驚いた表情で見つめる。


「千尋様は、何でもできるのですか?」


「まさか……。父の教育の賜物です」


 暫し、騎士団と正体を隠すシリアルキラーと言う異様なパーティは、名ばかりの荒れた街道を進み、坂を登る。


「あれが我が領地。ゼルディアです!」


 先頭を行くランドルフの馬に相乗りするアリシアが指差した先には、城塞都市を思わせる壁が取り囲む街が見える。


 都市に沿うように川が流れ、都市の奥に見える海へと繋がっている。石造りの橋を馬が歩きづらそうに進む中、石橋の上から川を見下ろせば、見知らぬ硬そうな鱗をした魚が泳いでいる。


 城門の前までたどり着くと、旅人や商人が並び検問を受けている最中だった。列に並ぶこともなく騎士団は城門へと進んでいく。

 

「アリシア様、よくぞご無事で……」


 門番とおぼしき男のひとりが、アリシアに話しかける。騎士団が飛び出していった事情を知る門番も、アリシアの無事を心配していたようだ。


 門番は心臓を守るだけの簡素な甲冑で、ターニャの甲冑の作りに近い。千尋に見られていることに気がついた門番の男は千尋の服装、主に返り血を見て仰天する。


「この方に助けていただきました。私の連れです」


 ふふんと鼻を鳴らし自慢するアリシアの態度に、血まみれの理由を誤解した門番は、千尋に深々と礼をする。そして、周りの者たちも称賛の声を上げる中、門番が合図をすると、大きな木製の扉が鎖のガチャガチャと擦れる音ともに開いていく。


 列がある中を並ばずに入る。その事実が、アリシアが本当に領主の娘だと千尋に確信させる。旅人たちの羨望の眼差しを浴びながら、千尋は門を抜ける。


 舗装されていない大通りは、多くの人が行き交い、街には活気があった。両脇にある三階建ての集合住宅を思わせる建物の一角から、アリシアを見つけた女性が笑顔で声をかけてくる。


「アリシアさま〜、お帰りなさいませ!」

 

 造りが悪そうなガラス窓を開けて手を振る女性に、アリシアも笑顔で手を振って応える。

  

「千尋様!どうですか。ゼルディアは?」


 アリシアがランドルフの脇の下から顔を出し、千尋に話しかけてくる。直ぐ様、ランドルフにたしなめられ、舌を出してアリシアはランドルフに謝っている。


「そうですね、街に活気があります」


 活気と笑顔に溢れる街に千尋は、その内心の嫌悪感を隠しつつ、笑顔でアリシアに返事をする。


 馬上で街を眺めながら進むと、市場なのか屋台街が見えてくる。野菜も肉も元が何なのかさっぱり分からない。が、串焼きの屋台からは、肉が焼ける匂いがして、一日近く何も食べていない千尋の食欲を刺激してくる。


 どうやらアリシアも同じ気分のようで、馬上から身を乗り出し、屋台の串焼きを指さして興奮している。


「アリシア様。お帰りなさいませ!串焼き、いかがですか?」


 屋台の店主が、アリシアに串焼きを差し出すがランドルフに制され、アリシアの意思を無視して馬は通りすぎる。


「せっかく店主さんが親切にしてくれましたのに……」


 アリシアはご立腹とばかりに、頬を膨らませてランドルフに抗議する。が、ランドルフは笑って誤魔化し、アリシアが説いた人道をサラリと躱す。


 市場を抜けると、公園を思わせる広場があった。噴水から溢れる水が流水階段を通り、水路が造られている。緑鮮やかな植栽が水路に沿って植えられており、庶民の世界と、この先の世界との区切りのようにも見える。


 広場の先では、開放型の小型の馬車で移動している貴族が、腰巾着の代わりに荷物持たせた従者を連れている。千尋は冷たい視線で、その歪な関係を見つめる。小綺麗な貴族の街では、血まみれの千尋は異様に目立ち、千尋もまた冷たい視線に晒される。


 貴族街を進むアリシアは心なしか言葉少なげだ。平民たちの前では、あれだけ笑顔だったにも関わらわず、存在を消すように小さくなっているアリシアの姿に、千尋はランドルフの隣まで馬を移動させると、アリシアに話しかける。


「どうしました?」


 アリシアは千尋に顔のぞきこまれ、気まずそうに眉を寄せて微笑む。なんとも庇護欲を感じさせるか弱い姿だが、千尋はそんな感情を抱く事もなく、自分の好奇心を優先させているようだ。


「実は私、貴族の皆様が苦手で……」


 そう言ってアリシアが見つめる貴族たちは、友好的な庶民とは態度が違う。アリシアと同じ年頃の貴族ですら選民意識が高そうで、従者を顎で使う。そうなれば、庶民派のアリシアのほうが異端であるのかもしれない。


 言い淀むアリシアに、ランドルフが助け舟を出して、代わりに千尋に説明をする。


「アリシア様は平民との距離が近く、その事を疎んじられています」


「平民との距離が近いのは、いいことのように聞こえますが?」


 千尋は一般常識など持ち合わせていないが、それがどういうものなのかは知っている。その当たり障りのない返答に、ランドルフが苦笑しながら答える。


「貴族達は平民を働かせて富を築いています。アリシア様が平民に寄り添えば、面白くない者もいるのです」

 

 千尋は鼻で笑うと貴族に聞こえるように言い放つ。

 

「自分は何もせず、他人が築いた財産を食い潰す者を穀潰しと言うのですよ」


「「千尋様っ!」」


 アリシアとランドルフが、血相を変えて千尋を制止する。目抜き通りを歩く周りの貴族が、言い返そうとした矢先にまた千尋は口を開く。


「ほら、この様に自らの行いによって富を得て、財産を築く事を良しとする貴族の皆様は寛大です。私のようなものが口にする戯言に、言い返したりはしません」


 何か言い返してみせろと馬上から貴族を見下ろす千尋に、誰も言い返すことは出来なかった。不気味な静寂の中を騎士団が貴族街を抜けると、後ろから貴族達の叫びが聞こえ、アリシアとランドルフは目を丸くする。


「千尋様はすごいですね」


「プライドの高い者には、先回りして出口を塞げばいいのです。プライドが高い故に反論や反撃をしたいが、それをするのは野蛮や愚かと言われれば、プライドが邪魔で動けなくなります」


 アリシアは小さく頷き、千尋の言葉を反芻している。ランドルフが困ったような顔で千尋に視線を送るが、千尋は肩をすくめて視線をかわす。領主の屋敷が近づいてきたのをいいことに、また後方へ馬を移動させる。


 領主の屋敷はその敷地の広さ、庭の豪華さもさることながら母屋と思われる屋敷は3階建ての大豪邸、左右には離れのような二階建ての建物があり、渡り廊下で繋がっているようだ。興味深げに千尋が観察していると、アリシアが視線に気がついたのか説明する。


「右手が騎士団の寄宿舎で、左手が使用人たちの住まう屋敷です」


 千尋の生家もなかなかの家柄だったが、ハウスキーパーを派遣してもらっていたくらいで、住まわせていなかった。おまけに騎士団が常にいるという規模に息をのむ。


 綺麗な植栽と庭師でもいるのか季節の花が植えられた花壇の横を抜ける。馬上からでも花々の匂いがして、その香りで馬の機嫌が心なしか良くなったように見える。


 領主の屋敷に着くと騎士団は馬を止めてアリシアを降ろし、気絶しているターニャを運ぶ為に騎士数人が集まり左手の屋敷に運んでいく。


 程なく中央の屋敷の扉が開き、長い口ひげを生やした、初老だが体格がよく、長い口髭を蓄える尊大そうな男性が、アリシアの元へとのしのしと歩み寄ってくる。


「お父様」


 アリシアは馬から降ろされ、領主に深々と礼をした。そして、アリシアが顔を上げた瞬間、アリシアの父、アンドレアスは娘の頬を叩く。


「この愚か者が!!」

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