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サイコパス、異世界を征く 〜快楽殺人者は魔王を殺す夢を見る〜  作者: はまぐり夕陽
第1章 居場所作り
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サイコパス、牢屋へ征く

 市場を進み公園のような広場を抜けると、豪邸が並ぶ貴族街と呼ぶのがふさわしそうな街並みへと一団は向かう。豪邸の壁は白が多く白亜の殿堂といった印象だ。壁を白く維持できることが富の象徴なだろう。石畳も平民街とは異なり、平坦になり馬の乗り心地もかなりいい。


 千尋はここの住民なら痛みや恐怖に染まりやすく楽しめそうだと思いながらも、アリシアと引けを取らない服装の貴族が後ろに腰巾着のような従者を二、三人連れているのを見ると、あれが一人で出歩いていたら最高なのにとがっかりして舌打ちをした。


 貴族街では騎士団と血まみれの快楽殺人者の組み合わせは興味を引くようで奇異の視線に千尋は晒されるが、貴族に興味を失った千尋は、上手に口をあけずに欠伸して通りすぎる。


 貴族街を進むアリシアは心なしか言葉少なげであった。平民街や市場ではあれだけ笑顔だったにも関わらわず、下を向いて存在を消すように小さくなっている姿は誰が見ても違和感を覚えるだろう。千尋はランドルフの隣まで馬を移動させるとアリシアに話しかける。


「どうしました?」


 アリシアは千尋に顔のぞきこまれて気まずそうに眉を寄せて申し訳なさそうに微笑む。その姿は折檻される子供のようにか弱く、世の男性全ての庇護欲を刺激するだろう。


「実は私、貴族の皆様が苦手で…」


 政治的駆引きの経験や権力に乏しく、貴族様相手には強く出れないのかと、庇護欲など感じる事ない千尋が考えているとランドルフがアリシアに助け舟を出す。


「アリシア様は平民街の皆様との距離が近く、その事を疎んじられています」


「平民との距離が近いのはいいことのように聞こえますが?」


 千尋は一般的常識なども持ち合わせていないが、それがどういうものなのかは知っている。当たり障りのない返答にランドルフが苦笑しながら答える。


「貴族達は平民を働かせて富を築いています、アリシア様が平民に寄り添えば面白くないものもいるのです」


「一方的な搾取が阻害されるからですか?バカバカしい」


 千尋は鼻で笑うと貴族に聞こえるように言い放つ。


「自分は何もせず他人が築いた財産を食い潰すものを、穀潰しと言うのですよ」


「千尋様っ!」


 アリシアとランドルフが血相を変えて千尋を制止する。周りの貴族が言い返そうとした矢先にまた千尋は口を開く。


「ほら、この様に自らの行いによって富を得て、財産を築く事を良しとする貴族の皆様は寛大です。私のようなものが口にする戯言に言い返したりはしません」


 何か言い返してみせろと馬上から貴族を見下ろす千尋に、誰も言い返すことは出来ない。穀潰ししか言い返さないと言われた手前、貴族のプライドが邪魔をする。静かに騎士団が貴族街を抜けた後、貴族達の叫びが聞こえて、アリシアとランドルフは目を丸くする。


「千尋様はすごいですね」


「プライドの高い者は先回りされて出口を塞げばいいのです。プライドが高い故に反論や反撃をしたいが、それをするのは野蛮や愚かと言われれば、プライドが邪魔で動けなくなります」


 アリシアは小さく頷き、千尋の言葉を反芻している。ランドルフが変なことを教えないようにと困ったような顔で千尋に視線を送るが、当の千尋は肩をすくめて視線をかわし、領主の屋敷が近づいてきたのをいいことにまた後方へ馬を移動させる。


 領主の屋敷はその敷地の広さ、庭の豪華さもさることながら母屋と思われる屋敷は3階建ての大豪邸、左右には離れのような二階建ての建物があり、渡り廊下で繋がっているようだ。総床面積はいくつなのかと千尋が観察していると、アリシアが視線に気がついたのか説明する。


「右手が騎士団の寄宿舎で、左手が使用人たちの住まう屋敷です」


 千尋の生家もなかなかの家柄だったが、ハウスキーパーを派遣してもらっていたくらいで住まわせていなかった。おまけに騎士団が常にいるという規模に息をのむ。


 綺麗な植栽と庭師でもいるのか季節の花が植えられた花壇の横を抜ける。馬上からでも花々の匂いがしてその香りで馬の機嫌が心なしか良くなったように見える。


 領主の屋敷に着くと騎士団は馬を止めてアリシアを降ろし、気絶しているターニャを運ぶ為に騎士数人が集まり左手の屋敷に運んでいく。程なく中央の屋敷の扉が開き、長い口ひげを生やした、初老のいかにも私が領主だと言わんばかりのマントを肩にかけた、尊大そうな男性がアリシアの元へとのしのしと歩み寄ってくる。歩くたびに長い口髭が揺れる、大きな体躯と相まって千尋は何処かの美髯公のようだなと思う。


「お父様」


 アリシアは馬から降ろされ、領主に深々と礼をすると領主はおもむろにアリシアの頬を叩く。


 バシッと鈍い音がして領主が本気で叩いたのがわかると馬たちがおびえている。千尋は馬の背中を撫でて落ち着かせながら様子を見る。領主はアリシアを叩くために歩いてきた。威厳を見せるように重心を後ろ寄りに歩いてきた癖に、アリシアを叩く為に最後の一歩の瞬間は左足の重心を前寄りに平手打ちをしやすいようにする意図が感じられ千尋は正義感など欠片も持ち合わせていないのに領主を憤りを感じていた。


 千尋はあの手合いの子の意見を聞かない親には覚えがあった。千尋の実父。千尋の母を、千尋を叩き、幼い千尋の深層心理に血の赤を塗りたくった実父。


「何故のこのこ戻ってきたのだ!、嫁ぐつもりでいけと申し付けたはずだ!」


 誰もが領主には逆らえないのかランドルフさえも平伏してしまっている。騎士団が平伏する中、アリシアがまた叩かれようとしているその時、我関せずと馬を撫で優しく声をかけている千尋に領主のアンドレアスは怒鳴りつける。


「なぜ平伏せぬか!」


「なぜと言われましても、私はあなたの領民でも騎士団でもありません」


 まさか口答えが返ってくると思ってもいなかったアンドレアスは、ゆでダコのように顔を真っ赤にして、酒臭い息を撒き散らしながら怒鳴り散らしている。


「ランドルフ!この物の首を切れ!」


 ランドルフが驚愕して、顔を上げると千尋は実に愉快そうに腹を抱えて笑っている。短絡的で激情家の酔っ払い。こんなステレオタイプな悪代官のような者がいるとは、この異世界の常識は面白いと腹の底から笑っている。その様子を見ているアリシア、ランドルフ、騎士団の面々も顔面が蒼白になり、動揺している。


「あーっ、腹が痛い。娘を助けた恩人に礼もせずに首を切る領主様とは…。娘さんをゴブリンの餌にして差し上げていたら、どんな褒美がもらえたのでしょうか?」


「口答えをするな!誰も貴様のような奴に頼んでなどおらん!」


 アンドレアスは千尋に近づいて千尋の短い髪の毛を掴み平伏させようとしながら罵声を浴びせる。その手は怒りに震えて千尋の髪が何本か抜けて絡まっている。ともすれば血圧の異常で倒れるのではないか思うくらいにアンドレアスの顔は赤くなっているのを見て、千尋はそのまま死ねば面白いのにと、押さえつけられ片膝立ちになりながらもアンドレアスに笑顔を向ける。


「ええ、あなたにもそこのお嬢さんにも誰にも頼まれていません。悲鳴が聞こえて体が勝手に動いたもので…」


 自分をさも英雄的に語る千尋だが、その実は悲鳴を聞いて自分の衝動に素直に行動し、そしてゴブリンと言う生き物を殺してみたかっただけだ。アリシアは千尋の言葉を肯定しようと立ち上がろうとするがランドルフに止められる。


「で?、処刑されますか?門番始め居合わせた商人なども聞いておりましょう。見た所貿易都市のご様子ですから、さぞ黒い噂は影響が出るでしょうな?」


 千尋の父もそうだった。家では敵無し、だから横柄に振る舞い、自分の好きなように出来る。社会性が高く外面が良い。社会的地位とプライドが釣り合っていたが、その社会的地位と家庭内での地位は比例しない。子は母親に懐き、無条件に愛する。その子供が父親に下す評価と、無条件に高い母親への評価の乖離を無くす為に、千尋の父は暴力的に支配することで一番になろうとした。そもそも乖離に苦しむのは地位への固執とプライド故だ。この領主もそうだが、家族を暴力的に支配する人種はその社会的地位が脅かされる事を極端に嫌う。


 見透かしている千尋は髪を押さえつけられながらもニヤニヤと領主を挑発する。自分の身は脅かされない確信を持っているようだった。


「貴様は…、領主への不敬だ。牢屋にぶち込んでおけ!」


 プチプラと髪がちぎれる音とともにアンドレアスは千尋から手を離すと汚らわしいものに触ったあとのように手を拭く。領主の手からは解放されたが、騎士団の兵士に拘束されながらも、千尋はなるほどそう来たかと鼻で笑う。申し訳なさそうにうつむくアリシアとランドルフを見れば悪い扱いは受けないだろうと思っている様子だった。


「ガラにもないことをしてしまったな…」


 地下牢の中にある樽に座りながら千尋は珍しく反省していた。アンドレアスの態度が実父のそれと似ており、アリシアと自分を重ねてしまったのかと冷静に考えながら窮屈な胸に手を当てる。


 地下牢はジメジメとしたかび臭い湿気が充満していた。鉄格子こそ立派だが、朽ちかけの石のレンガ壁などを見ると地下水が雨漏りのように滴り、定期的に水滴の落ちる音が響いている。


ぎこちなく階段を降りてくる足音と甲冑の擦れる音がする。来客かと千尋が階段の方に目をやるとターニャが警戒心をあらわにしながら歩み寄ってきていた。


「やあ、ターニャ?」


 千尋は張り付いたような嘘っぽい笑顔をターニャに向けると、その顔をターニャがランタンで照らし顔をしかめる。ターニャは本人は来たくて来たわけではない。アリシアに懇願されてやってきていた。自分自身もなぜ気を失ったのか、千尋に問いただしたい気持ちもあり、嫌々ながら足を運んでいた。


「随分気乗りしていない感じの足音だったね?」


 千尋が看破するように口を開く。ターニャはやはりこいつの素性は怪しいと警戒しながらも、今はいない守衛の椅子に腰掛けて千尋と向き合う。


「随分知ったような口をきくのだな?」


「分かるんだから仕方ない…。実際君は乗り気ではないし、アリシアへの忠義から見極めにきたのだろう?」


 ターニャがまたランタンを掲げて千尋の顔を照らす。千尋は愉快そうに頬杖をついて、笑みを浮かべている。ターニャは図星を突かれ返答が思いつかずに無言で応える。


「君が騎士団の一員でないことも、あのゴブリン、小鬼どもが苦手なのもね」


 


 ターニャは驚愕したような顔をしたあと、千尋を睨みつける。


「誰から聞いた…」


「誰からも聞いてないよ、見たら分かる。騎士団の寄宿舎に居場所はない。君の鎧は騎士団の物とは違い粗末だ、アリシアが他のにしろと言っていたという事は君の私物なのだろう?」


 少し早口で千尋が言う言葉をターニャはそのとおりだと無言で頷き応える。千尋から目を放せずに瞬きすら出来ない。瞬きの瞬間に襲われるのではないかと、ありもしない妄想にターニャは支配されていた。


「何故君がそんな粗末な物を鎧にしているかは、君が天涯孤独で貧乏だからだ。ゴブリンと対峙したときに君は剣を振り回して狼狽していた。あの小鬼どもが苦手なんだろう?」


 ターニャは無言で肯定していた。何故、この者にはそんな事が分かるのか、恐怖を感じて立ち上がり後ずさりすると壁にぶつかり背中に壁をつたう地下水が触れて薄ら寒いものを身も心も感じていた。その反応に満足げに千尋は話を続ける。


「襲われた経験がなければ恐怖などしない。でも、君の露出の多い身体には傷がない」


その先を聞きたくないとターニャは耳を塞ぎしゃがみ込む。千尋が怖くてたまらない。


「やめてくれ!」


 ターニャは耳を塞ぎしゃがみ込みながら早く喋り終われ、聞きたくない言葉を言い終えろと千尋を睨みつける。千尋が喋り終ったのを確認してターニャは胸を押さえながら立ち上がろうとした時に千尋は改めて口を開く。


「襲われたのは家族だ、君を庇って死んだんだ。父親か?母親か?兄弟か?」


 ターニャは兄弟と言われて悲鳴を上げながら近くにあった水差しを千尋に投げつける。牢屋の鉄格子は中の囚人の安全を守るためにも機能した。鉄格子に水差しがぶつかり雫が千尋にかかる。千尋は満足げに笑いながら顔にかかった雫を拭き取り舐める。


「兄弟と言う言葉に反応していたね?庇うからには兄か姉か…」


 ターニャは涙目で千尋を睨み、肩で息をしている。これ以上ターニャを追い詰めたら壊れてしまう。おもちゃはすぐ壊れる、先日傘の娘を刺したときに学んだことだ。


 ターニャにとっては千尋は会話するゴブリンだ。それが知性的で人の機微を見抜き、そしてアリシア、ランドルフに気に入られて懐に入り込んだ。ゴブリン以上の怪物だと思った。


 ターニャが目覚めた時、千尋はアンドレアスに食ってかかり投獄されたと聞いて驚きだった。この者ならアンドレアスの懐にすら入れたのでないかと思っていた為、何か裏があるのではと思っていた。たったひと言、「何を企んでいる」と自分の言いたいことをこの男に言うために随分と勇気がいる。のどが渇いていくのを実感しながら、ターニャはまたランタンで千尋の顔を照らす。千尋の顔は小顔でまつげが長く、髪は短いが端正な顔立ちで中性的というよりは女性寄りだ。気持ちを落ち着かせようと何気ないことをターニャは口にする。


「あなた…、よく見れば女のような顔ね?」


「よくわかったね?」


 ターニャはランタンを落としそうになる程に動揺する。目の前のこの人間は見慣れないが男の服装をしている。その動揺を千尋は楽しむように血で汚れたオックスフォードシャツのボタンを外していくと、サラシに巻かれた胸部があらわになる。ターニャは確信を得たが信じられないという顔で千尋を見る。


「恐らく元々君たちとは違う世界に私は居たんだ。多分ね」


 ターニャは聞いた事があった。異世界から迷い込み、魔王を滅ぼした勇者のおとぎ話を…、誰もが憧れる英雄譚だ。あのような粗暴な殺戮を楽しむような戦い方をする男…、女が勇者であるはずないとターニャの首筋に冷や汗が流れる。


「まさか、勇者…?」


 思っていたことがターニャの口から出ていた。その言葉にシャツのボタンを閉めながら千尋は、心底愉快そうに笑う。快楽殺人者を捕まえて勇者とは滑稽もいいところだった。


「勇者なわけないでしょ、元の世界では暗殺者のような仕事をしていたから…、このほうが都合がいいの」


 千尋は嘘をついた。正確には快楽殺人者で赤のシリアルキラーだ。普段は女性として生活し、男性のふりをして人を殺していたという事実に暗殺者と言う嘘を混ぜると、行動、思考にブレが無くなり、俄然真実味を増す。


「暗殺者…」


 ターニャはゴブリンとの戦闘を思い出す。暗殺者ならと妙に納得がいってしまう粗暴な戦い方。またゴブリンのことを思い出してしまい少し身震いする。


「アリシアを助けてあげたいんだ。あの娘は私に似ている。支配的な父親に押さえつけられて成長し、私は暗殺者として生きることになった」


 またサラリと嘘を混ぜる。父親が母親を殴り、流血沙汰が千尋の日常だった。結果、流血、血の色、赤色を身につけた女性に固執する快楽殺人者へと歪んだ成長を遂げただけ。また千尋が口を開く。


「アリシアも同じだ。領主の父に押さえつけられて、望まない結婚、政治の道具になり不幸になる」


 ターニャも思っていた事だ。想像して胸が痛み、その胸元を隠す甲冑の上から胸を押さえる。先程までの感じていた千尋への恐怖心は不思議と感じなくなっていた。そのターニャの様子を見た千尋は鉄格子に手をかけ、今まで見せたことのない慈愛に満ちた表情で言う。


「だからターニャ…、私を出してもらえないか?」


 その千尋の表情は、ゴブリンに殺されても尚、ターニャを守り、ターニャに向けられた姉の優しい表情にそっくりだった。

◆作者よりあとがきとお願い◆




ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!


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