迷子の勇者
シリーズに分けよう思っていましたが、小説家になろうでは続きで書いたほうがよさそうなので、再開します。
マリアベル・フィル・ブライヤは迷っていた。父と姉が急死したと言う知らせに、生まれ故郷のゼルディアへ帰郷の道半ばで、近道をする筈が森の中だ。いつかの千尋とは違う意味で、五里霧中であった。
どこまで歩いても景色は変わらない。疲れた足で踏みしめると、長年にわたる森の新陳代謝により作られた腐葉土からは、肥沃な土の香りがする。
「なんで同じところばっかり……!」
森の木々には所々傷がつけられていた。以前千尋がつけたもので、アルファベットが刻まれているが、この世界に生きるマリアベルがその意味を推し量ることはない。
赤い髪の母と金髪の父から生まれたマリアベルは、綺麗なピンクゴールドの髪を側頭部で2つに束ねられおり、それぞれが尻尾のように揺れていた。それが迷っているうちに汗ばんだ首筋に貼り付いて不快感が増す。そして何度目かのLの印を見つけて深い溜息をつき、苛立ちまぎれに叫んだ。
「何なの?呪いなの!!!」
そのマリアベルの叫びは、森を歩く2人組に届いていた。
暇つぶしの薬草採取に訪れていた千尋とチュクチだ。元ギルド職員を携えての薬草採取など、他の冒険者が見つかったらずるいと指を差されていたことだろう。千尋はそれが当たり前のように、チュクチが見つけた薬草に手を伸ばしていた。そして、聞こえて来たマリアベルの叫びに、端的な感想を述べる。
「……頭の悪そうな声がするわね?」
「千尋さん……。それ本人の前で言わないでくださいね?誰かいるんですか〜!」
思いやりもないもない千尋の感想に、チュクチは苦笑いをしつつも元冒険者ギルドの職員として、声を上げる。
チュクチの声が聞こえたマリアベルは、不安から解放され少し潤む目を擦り、森を駆け出した。声のした方に走り出すと茂みを飛び越え、千尋とチュクチの目の前に躍り出る。
「人だぁ〜!!」
千尋の吐いた毒などマリアベルには効かなかった。鼻水と涙目で千尋に抱きつこうとするマリアベルを、心底嫌そうに引き剥がそうと、千尋は苦慮している。
「ほら、頭が悪いわ……」
「お゙ね゙がい゙しま゙すーー!たすけてくださいーー!!」
マリアベルが落ち着くまで、幾ばくかの時間を要した。人の世話を焼くのが好きなチュクチが、マリアベルに水筒を渡す。落ち着きを取り戻したマリアベルは、大きめの岩に腰掛けるとそれを一気に飲み干す。
「ぷはーっ!おいしいー!!」
マリアベルの無遠慮の塊のような振る舞いに、同じく無遠慮の塊の千尋が眉をひそめる。腰に手を当てて訝しげに、千尋はマリアベルを見下ろす。
「なんなの、あんた……」
マリアベルは立ち上がる。聞かれたら答えなければならない。ニヤッと笑うとマリアベルは宣言する。
「ボクはマリアベル・フィル・ブライヤ!人呼んで……。赤金の勇者!」
赤と聞けば心がざわめく千尋だが、まったく琴線に触れなかった。仁王立ちで名乗りを上げた、自称だか他称だかわからない勇者はさておき。マリアベルという名に確かに聞き覚えがある。アリシアの姉の一人だ。
言われてみれば顔の造形などは似ている気がする。が、母親が違うため細部は大分違う。丸顔に少し垂れ目の大きな目に、八重歯の目立つ笑顔。
親しみやすそうなマリアベルと庶民に寄り添うアリシア。主体的に人と関わり、輪の中心にいるのがアリシアで、放っておいても人が集まるのがマリアベルなのだろう。
マリアベルは優しくしてもらったり、親切にしてもらうのが当たり前だから、無遠慮にそれを受け入れる。そういう意味では他人を見下すが故に、無遠慮な千尋とは違う無遠慮の塊だ。
マリアベルの服装は、千尋が想像する勇者とは大分異なり極めて軽微だ。動きやすさを重視しているのか、ベージュの短パンに、同じくベージュ半袖のシャツと、探検を舐めている探検家のような装いに、ピンクゴールドの恐らく合金の鎧を身に着けて、胸や肩を守っている。
雨風をしのぐであろう外套には、千尋と同じような真新しい幼木の冒険者のバッジが輝いていて、昇格したてと思わせる。
「アリシアの姉?」
「アリシアを知ってるの!話が早くて助かるよ!」
「逆。面倒くさいのよ」
珍客の乱入により、千尋の冒険者としての初仕事は不意に終わりを迎えた。種の冒険者からランクを上げていかなければ、赤い髪のメネシオンを殺すことは叶わない。目に見えて不機嫌な千尋をチュクチがたしなめる。
「まあまあ、人助けも冒険者の醍醐味ですよ?」
そんなありきたりで夢見がちな醍醐味など、千尋には興味はない。利他的な行動には見返りと理由が必要な千尋に、耳障りのいい美徳や人徳を説くチュクチはまだまだである。
「こいつ助けて、ランク上がるの?」
そんな千尋の反応にやっぱりかと諦めたように、チュクチはため息を吐く。
一方で初対面の千尋に、こいつ呼ばわりされてもマリアベルは気にする様子はない。剛毅な性格なのか、何事も気にしていないようだ。
「さあ!共に行こうじゃないか!我が故郷、ゼルディアへ!」
ビシッと腕を掲げ、ゼルディアとは違う方向を指差したマリアベルに、チュクチは気まずそうに頬をかく。
「なら、道案内は任せるわね?」
勝手に主導権を持っていこうとするマリアベルを、千尋はナイフのような言葉で切りつける。そして、主導権は渡さないと腕組みをし、千尋はマリアベルに睨みを利かせる。
帰り道を知らないマリアベルは、パチパチと瞬きをして、困ったように苦笑いをする。
「えっと……。お願いします……」
「最初からそうやって殊勝に助けを乞えば、助けてもらえるのよ?勇者様」
冒険者のランクでも、元々の身分も下の千尋がマリアベルを蔑む。敗北を認めたように肩を落とすマリアベルに、ようやく千尋は満足気な笑みを浮かべる。
「それじゃ帰るわよ、チュクチ」
もはや忠犬と化したチュクチは尻尾を振りながら千尋に続く。こうしてマリアベルは、妹アリシアを知るという二人と共にゼルディアを目指すことになるのだった。




