現実的な救済
ガーネットの奴隷商はこのフィルミナの中層に位置している。見た目の良い奴隷を揃えており、それを吟味してから買えると評判だ。この街の貴族や、各領地の領主なども足繁く通う人気の店となっていた。
商館の2階。ガーネットの私室の隣の応接間では、ガーネットと、先ほど千尋達の追跡を終えた
男達が顔を合わせていた。
「それで……。あの子の居場所はわかりましたか?」
「へい……。下層の宿でした。獣人の小僧は2階の角部屋に」
「獣人の小僧?わかっていますか?あの子は金の卵です。男性も女性も欲しがるような見た目ですのよ。競りに出せばとんでもない高値がつきます。それを小僧などと蔑み、手荒に扱い、傷一つでもつけたら殺しますよ?」
ガーネットは真剣だった。チュクチと言う少年が生み出す利益を考えると、興奮を抑えられない。
「へ、へい。わかりました」
「そんな凄いんでしたら、成功したら褒美を貰えませんかね?」
男がごまをするように手を合わせてガーネットをみるが、この返事は期待するようなものではなかった。
「貴方がたには、十分な報酬を与えています……」
「へ、へい……」
「分かったなら、今夜。寝静まった頃に決行しなさい。くれぐれも騒ぎを起こさないように……」
「へい。いつもの方法で、眠り香を炊いて宿の連中全員眠らせます」
「それでいいのです。いつものように誰にも気づかれないように……」
応接間の中に成功を確信したガーネットの笑い声が響く。
千尋達が泊まる宿には迫る危険に千尋、メネシオンは気が付いていた。食事を終えて各々が部屋へ戻ろうとしている最中。
態度がおかしい千尋を警戒していたターニャは、面倒事に巻き込まれるのを予見しているようで、ひっそりと部屋に行こうとしていた。
息を殺し、注意深く周りの気配を探り、曲がり角から自分の部屋へ続く廊下を見る。
「誰もいない……」
安堵のため息をついたその時、メネシオンが声をかける。
「ターニャ、何してるの?」
ビクッとしつつも、ターニャは胸をなで下ろす。
「なんだ。メネシオンか……。ビックリ……」
振り返りながら話すターニャの引き攣ったような笑顔が固まる。メネシオンの後ろに千尋もいたのだ。
「暇でしょ?」
「暇じゃないと言ったら……?」
千尋はターニャの成長を楽しむように微笑む。出会った頃のターニャなら諦めて、言いなりになっていた所だ。
「アリシアを誘うわ?断らないだろうし……」
ターニャは成長しても千尋に勝ち目はない。弱点をすべて知られている。言い返そうが、交渉しようが結果は変わらない。
ため息をついてターニャはジトッとした目で千尋を見る。
「……暇」
「よし!やってやるぞー!!」
これから遊びに行くのかというように喜びを爆発させ、拳を握ったメネシオンは楽しそうに笑う。
「念のため聞くが、遊びに行くのか?」
メネシオンの喜び様に、一縷の望みをかけてターニャは千尋に問いかける。千尋はわかりきったことを聞くターニャを鼻で笑い、答える。
「ええ、そうよ。……奴隷商のところまでね?」
千尋達が動き出したのは、商館でガーネット達がチュクチ誘拐計画を練っていた頃だった。下層の夜の街はまだ活気に溢れていた。
大通りには飲み屋や屋台があり、クロエがいたら先に進むのが困難だったろう。中層に向かう坂道を登り始めると人の姿はなくなる。
「一気に静かになったわね」
「ここの中層はゼルディアの貴族街みたいなものだと聞くからな……」
下層と中層を隔てる城門がある。ターニャの言葉通り、中層に着くと環境はガラリと変わる。高級住宅街を思わせる閑静な街並みにポツポツと明かりが見える。
「メネシオン。あいつらどこにいるの?」
「あそこ」
メネシオンは短く答えると、明かりが付いている2階建ての建物を指差す。正面にはドアマンのように着飾った男が立っている。
「ちょっとお邪魔します。で行けると思うか?」
ターニャが怪訝そうに商館を見つめる。
「お客さんになったらいいんじゃない?」
メネシオンが楽観的に答えるが、ターニャや肩を落とし千尋は呆れたように腰に手を当て見下した。
「メネシオン、あんた何しにここに来たの?」
「そりゃ、ウルピスのお姉ちゃん達を助けにだけど?」
「なら、バレないように入ったほうが良いんじゃないか?多分」
「この手の見た目が良い建物に昼間の買付役とか言うのが、正面から出入りするとは思えないわね……。裏口を探しましょう」
ターニャがすぐに頷く。メネシオンは何故コソコソするのか疑問なのか首を傾げつつも、裏道に進んでいく千尋について行く。
裏道には地下室に行けるのかバルクヘッドドアがあるが、しっかりと南京錠で施錠されている。ターニャはしゃがみ込み南京錠を観察する。
「これは……。壊すにしても、結構音が……」
千尋がいきなり南京錠を紫の炎で溶かす。音もなくドロリと溶けた南京錠は、もう鍵の役目を果たすことはできないだろう。
「なに?」
あっさりとやってのけた千尋が、不思議そうにターニャを見下ろす。ターニャは呆れたように千尋を見上げて首を降る。
「何でもない……」
「じゃあ、皆を助けに行くわよ。おー!」
1人、力強く握りこぶしを天に掲げるメネシオン。疲れ切ったような顔のターニャは力なく少しだけ握りこぶしを上げた。
「行くわよ?」
千尋は当然のようにメネシオンの激を無視して、バルクヘッドドアを開けて地下室へ通りていく。
地下室の中は数多の地下牢が広がっている。その数を見てメネシオンは呟く。
「こんなにいるの……」
「ちゃんと商人してるのね……」
牢を見回りながら千尋は呟く。獣人を商品として扱うガーネットの意向か、嫌悪感を感じるようなひどい状況ではなかった。獣人達は見慣れない女達の姿に困惑しながらも声を殺し、3人をじっと見ている。
「奴隷商人褒めるとか、何考えてんの?バカなの?」
メネシオンが少し機嫌を損ねたように千尋に毒づく。
「ちゃんと食べさせて貰ってるじゃない。ガリガリに痩せてると思ってたわ」
確かに奴隷たちは牢に入れられているが、健康的な見た目で、風呂にも入れられているのか身なりも清潔だ。
「たしかに……、そうだけどさ!」
メネシオンは頬を膨らませて、明らかにむくれている。ガーネットが商品を大事にしないタイプの商人ならもっと酷い環境だったろう。
「念のため聞くけど……。ここの方がいい暮らし出来るって思ってる人いる?」
千尋の言葉はターニャ、メネシオンにも。そして牢の中の奴隷たちにも意味不明だった。
「ちょっと、どういう事?助けに来たんじゃないの?」
メネシオンが怪訝な顔で千尋を見る。奴隷たちにも混乱が広がる。
「私は……、攫われてきたので出たいです……」
「帰る家は……ない……です」
ポツポツと奴隷達はそれぞれの境遇を話し始める。そもそも孤児で帰る場所がない者もいる、帰ったところでまた違う奴隷商人に売られる可能性だってある。
今の環境を甘受してしまう奴隷達を責めることはできない。
「オルテンシア様の孤児院で預かることも出来る……」
「孤児院?」
ターニャの言葉を奴隷たちは聞き入っている。
「そうだ。私もいた身寄りのない子供たちの孤児院だ。大人なら働き手になって欲しいし、私みたいに将来別の職に就くこともできる!」
経験者の語る言葉は奴隷たちを照らす光になる。
「今の生活より困らない?そもそもこの人数賄える金あるの?」
皆の疑問を代弁する様に千尋が問う。異世界人の千尋には孤児院は身近なものではない。
「アリシア様が領主になってからは予算も増やしてもらったから大丈夫だ!保証する」
ざわめきが起こる。1人また1人と鉄格子に手を掛けて、出してくれるように口々に懇願し始める。
「よし、皆助けるぞー!」
メネシオンは再び檄を飛ばし、拳を天に掲げる。今度はターニャもしっかりとやっている。その2人を見て、千尋は鼻で笑う。
「こっちはまかせるわ。私はガーネットと話をつけてくる。契約書持ってこられたら、逃げても面倒だもの」




