共謀する勇者
「何が言いたいのです?わたくしは許可を得て、奴隷を売買していますの……」
千尋の言葉、千尋の目の意味がわからずにガーネットは困惑する。
「確かにそうだが、お前らが人さらい同然のことをしてるのも事実だろ?」
竜殺しの魔女亭の店主が、店先に死体が転がっている現状にげんなりとしながら、ジトッとした目で千尋とガーネットを見る。
「あら?心外ね。私は仲間を助けたかったの。変なところに刺さってしまったから、止めたのに……、残念だったわ」
肩をすくめて首を横に振る千尋は、少しも残念に思っていない。
「どうだか……」
あきらめたように店主はため息をつく。
「何しろあんたの所のゴロツキなんだ。しっかり片付けてきれいにしてくるか?こっちも商売があるんだよ」
「それは構いませんわ、お前たち、片付けなさい?」
残りの2人を顎で使い、ガーネットは死体を片付けさせる。先ほどまでの相棒を嫌悪感たっぷりに運ぶ男たちを見ると、ガーネットとの関係性が見えてくる。
「あいつらにいくら払ってるの?」
「大した額ではありませんわ。買付役にご興味が?」
ガーネットが千尋を、値踏みするように見つめる。女性的な体つきをした千尋に商品価値を見い出したようだ。
「貴女なら、うちの娼館はいかがかしら?貴女ならすぐに人気が出ますわよ?」
ガーネットはくくっと笑い、千尋やほかの面々を嘲るように笑う。金があれば大抵のことが叶うこの街、この時代で、人の命を売り買いする奴隷商人に怖いものはないようだ。
「姉ちゃんを返せ!」
野次馬の人混みから子供が飛び出してくる。獣人の子供だ。ガーネットにキツく睨み歯を見せて威嚇する様はネコ目イヌ科の野生動物のようである。
「またあなたですか?」
「姉ちゃんを返せ!」
今にも掴みかかりそうな、その子供は5、6歳くらいの男の子。オレンジ色で尻尾の先が白いふさふさの尻尾は興奮しているのか、かなり太くなっている。
「きつね?」
千尋は自分の世界の生き物の特徴と照らし合わせて、憶測し首を傾げる。
「ですから、あなたの姉君はあなたのお父様から譲っていただいたのですよ?しっかり金銭をお支払いをして契約をして、買い取ったのです」
「関係ない!父ちゃんは……、父ちゃんは……!」
現実を受け入れず涙を流し、いやいやと首を振るその少年を哀れむように野次馬達が見つめる。
「レナードの所のウルピスだな……」
竜殺しの魔女亭の店主は事情を知っているのか、同じく哀れむような目で見つめる。
「どういうことですか?」
アリシアがその子供の様子に胸を締め付けられているのか、悲しそうな顔をして店主に聞く。
「あそこの親父は、飲んだくれでな?。金に困って娘を売ったんだよ……」
店主は深いため息をつく。
「昔は奥さんと4人で、よくうちに来てたんだけどな。奥さんが病気になって、すぐに亡くなってな……」
アリシアは身につまされる思いだった。オルテンシアが死んだあとのアンドレアスのように酷似している。
「そんな……」
「でも売ったのは間違いないのよね?」
千尋は腰に手を当てて、ガーネットとウルピスのやり取りを観察しながら、店主に聞く。
「ああ……。飲み屋で会ったときに、娘が高く売れたって言って呑んでたよ」
思い出して気分が悪くなったのか店主の眉間にシワが寄る。
「わかったわ……」
「お前たちが父ちゃんを騙し……」
千尋がウルピスという子供の襟首を掴み持ち上げる。ジタバタと暴れてウルピスは千尋に抗議する。
「あんたに勝ち目はなさそうね?行くわよ……」
「あら?お帰りですか。貴女の所の獣人も売っていただきたいのですけど?」
暴れるウルピスを、クロエの胸に押し込み黙らせた千尋はガーネットを振り返る。
「全財産持って来なさい?そうしたら少しだけ考えてあげるわ」
「……お断りということですか?」
睨むように千尋を見るガーネットに、千尋はニヤリと笑い返す。
「交渉決裂よ?奴隷商人」
宿に向かう馬車の中、メネシオンは憤っていた。地団駄を踏むように足をバタつかせて毒づいている。
「奴隷とか舐めてんじゃないの!」
「それも商売らしいわよ?」
千尋が無表情で答える。その返答の冷たさにまたメネシオンは憤る。
「千尋さぁ?冷たいんじゃないの?」
食ってかからんばかりの勢いのメネシオンをアリシアとターニャが無言で首を振り止める。
「何よ……。もう」
千尋は考えていた。ガーネットをどうするべきか。正義感ではなく、極々個人的な理由で。
その千尋の傍らで、今だにクロエがウルピスを胸に抱き、慈しみを与えている。
「よしよし、姉君の件は大変じゃったな……」
美しい顔のクロエがこうしていれば、信仰の対象と言う気がしてくる。
「この後はどうしましょう?」
アリシアはウルピスと言う子供に自分を重ねていた。妻を亡くして酒に溺れた父、その子供の気持ちは嫌になるくらい理解出来る。
「取り敢えず宿に向かいましょう。また面倒が起きても困ります」
ターニャはチラリと無表情の千尋を見る。あれは何かを企んでいる時の顔だ。そうして考えがまとまると決まってニヤリと笑う。その前に宿にたどり着きたい。
「そうね、宿に行きましょう……」
千尋がニヤリと笑い、ウルピスを見る。こうして一行を乗せた馬車は宿へと向かう。ターニャのため息を乗せて。
宿の裏手には厩舎があり、馬車を乗り入れることが出来る。一同は厩舎の前で馬車を降りる。チュクチが鼻をスンスンと鳴らす。
「確かに臭いわね……」
千尋は顔をしかめる。宿の外見はきれいだったが厩舎までは掃除が行き届いていないようだ。
「違わないけど、違いますよ?ずっと同じ匂いがついてくるんです」
イヌ科の獣人の鼻は正確だった。見た目は人の鼻と大差がないのに、何かを感じ取っているようだ。
「つけられてるって事?」
メネシオンがチュクチの言葉に、あたりを見回す。見える範囲には怪しい人影はいない。
「あの赤い屋根の建物、屋根の上です……」
チュクチが敢えて別の方向を向きながら、千尋とメネシオンに合図する。メネシオンがヒソヒソと魔法を詠唱する。
「ソウルトレイル……」
メネシオンの影が一瞬ゆらりと揺れる。影から影へ飛び移るように魔力が赤い屋根の上、西日で伸びた隣の建物の影にへと移動した。
メネシオンが意識を集中すると、影を通して屋根の上に居る2人の男の姿が見える。さっき眼帯の男の死体を運んでいった2人だ。
「二人いるわね……、さっきの2人」
「ガーネット……、執着心が凄いわね。ねえ、メネシオン。そいつらを逆に追跡できる?」
メネシオンは千尋の肩を手を乗せる。企みを共有するように2人は微笑み合う。
「出来るに決まってるじゃん?」
「なら、寝る前に動きましょう」
「え?なんで?」
それはわかりませんと、メネシオンは首を傾げる。
「私がガーネットなら、深夜にチュクチを攫いに行くわ」




