奴隷商人
勇者一行がクロエの言う、よしみの店に入ると歴史を感じる壁画や、クロエに似ているが細めの見目麗しい像までがあり、クロエの本性を知る一行には悪い意味で目を引く。
「竜殺しの魔女……ね」
千尋がクロエの像の腰の細さを測るように、像に手を回す。腰幅が倍近く違う細身の像は、一部のクロエの悪しき交友関係の者たちには気になって仕方がないらしい。
「うける!全然違うじゃん!」
シュナレが実物のクロエに抱きつきながら笑う。
「言うでないわ!妾とてやりすぎじゃと言ったんじゃぞ?」
入店早々騒がしくする一行に、店主と思わしき中年の男性が話しかけてくる。
「いらっしゃいませ!お嬢さん貴重な像なんで、気をつけてくださ……」
店主はクロエを見て呆然とする。壁画や像の魔女にそっくりの見た目のエルフだからだ。千尋やシュナレが言うように腰回りがだいぶ違うが服装や帽子などは瓜二つだ。
「あなたが……、爺さんの言ってた……?」
「来たのは100年ぶりくらいじゃから、そうじゃろうな」
「爺さんが魔女様に惚れて、像を掘らせたって話だったけど……」
店主が像とクロエを見比べる。少し困ったように交互に見比べるその様子を見ていた千尋が、店主の言いたいことを代弁する。
「爺さんの目が腐ってたのか、クロエが太ったかのどっちかしらね?」
千尋が壁画を見あげると、獣人の女戦士と男性の剣士が竜と戦い、ドラゴンの首を落とす魔法を放っているクロエは、像の見た目に似ている。千尋が初対面で揶揄した3000年分の脂肪は実は100年分の脂肪だったのかもしれない。
千尋の言葉にメネシオンとシュナレは腹を抱えて笑い出す。ターニャは笑ってはいけないと必死に下を向いて耐えている。
「外界の飯と酒がうまいのが悪いんじゃ!」
反論するクロエだったが、野生動物にその理屈は通用しない。
「ま。野生ならこんな怠惰にはならないよ」
ジャギーが後ろ足で首元をかきながら、自分の価値観で話をするが、それは魔族の2人には強力な魔法になり余計に笑い転げる。
「まあまあ、こういったものは美化されて描かれるものですから……」
アリシアがその優しさでクロエに助け舟を出す。が、千尋はその優しさが不完全であることを指摘する。
「美化されていると言うってことは、かけ離れてるって言ってるのと同義よ?」
失言とアリシアは顔を赤くして下を向く。そのアリシアを慰めるように、笑いすぎて涙目のメネシオンがアリシアの背中を叩く。
「仕方ないよ、ほんとだもの」
「まぁまぁ、外界の飯が美味いと言ってくれるんだからいいじゃねえか?」
外様の店主が、仲間内の誰よりも優しい言葉をかける。竜殺しの魔女は、奔放で魅力的だったと先々代が言っていたが、仲間も奔放で享楽的な面々とは意外だっただろう。
「で、魔女様!今日は何をお召し上がりになりますか?メニューは変わってませんから」
「では久しぶりに、いつものを人数分貰おうかの?外に従者が2人おる。そやつらにも何か簡単なものを頼むぞ」
「毎度ありがとうございます」
出てきた料理を千尋は知っていた。ホワイトシチューだ。
「小麦粉もミルクもあるんだから、作れるわね……」
食にこだわりのない千尋には盲点だったと自省しながら出てきたシチューを味わう。久々の故郷の味付けに、千尋は違和感を覚える。
「クロエ?これは誰が最初に作ったの?」
「やはり、お主は気になるか。前の勇者じゃ」
「前の勇者は……アレ?」
千尋は壁画に描かれている男性の剣士を指差す。
「おう、そうじゃ。コジロウじゃ」
「コジロウって……。300年前くらいって言ってわよね?」
先代の勇者の名を反芻して、シチューに目をやる。千尋の知識ではホワイトシチューは戦後の食べ物だ。何故戦後の日本人が300年にいたのか、時間が並行しているなら60年前ぐらいでなければおかしい。
「時間も適当なのね。あの駄女神……」
千尋が解決しない謎をどうするか考えていると店の外が騒がしくなった。
「あん?どした……」
店主が真っ先に店の外の様子を見に行くとアリシアの馬車の周りを取り囲む柄の悪そうな一団がいた。
「獣人が2匹か……。しかもどっちも見た目がいいじゃねえか?」
眼帯を左目につけ、身なりがいいとは言い難い男が、ハーゼを捕まえようと手を伸ばす。
「やめてください!」
ハーゼを取り押さえようと伸ばす男の手をチュクチが払う。その足は震えているが必死に男を睨みつける。
「獣人風情が!」
眼帯の男が剣を抜くと、野次馬から悲鳴が上がる。食事をしていた千尋は、チュクチの声にいち早く反応していた。
店の入口から何事かと見ていた店主の影から飛び出し、食事で使っていたフォークを、千尋は振りかざす。
「あんたよりはマシよ?」
一気に首の頸動脈に向けてフォークを突き刺す。躊躇なく突き刺されたフォークが確実に血管を傷つける。
「あーー!!!いてーーー!!!!」
眼帯の男が身を捩る。痛みに耐えかね転げ回りながら、フォークを抜こうと手を伸ばす。
転げ回る眼帯の男、そしてその仲間と思われる2人の男の前に立ちはだかりつつ、千尋は従者の2人を庇うようにしながら眼帯の男に助言する。
「ああ、抜かないほうがいいわよ?」
「千尋さん!」
「千尋、怖かったー!……」
千尋の後ろに隠れるように2人はくっつき安堵の声を上げる。よほど怖かったのかハーゼは涙目になり、千尋にしがみつくチュクチの手は震えている。
「ふざけやがって!ぶっ殺し……」
千尋の助言を聞かず眼帯の男は立ち上がり、話しながらフォークを抜いてしまった。抜いた瞬間に噴水のように血が飛び散る。
「あーあ……。抜かないほうがいいわよって言ったじゃない」
今まで血を止めていたフォークを抜けばこうなってしまうのは自明だった。
「や……る」
なんとか言いたい事を言い終えたその顔はどんどんと青ざめていく。
千尋に手を伸ばすが空をひらひらとと掴むばかりで、もう距離感も分からないようだ。
「おい、大丈夫か!」
男の仲間が声をかけるが反応はない。
朦朧とする意識の中で、フラフラと千尋に近づこうとする眼帯の男は遂に跪き、事切れるように倒れた。
「千尋!お前……と言う奴は……」
「うわぁ……、やっちゃったの?」
「あ~あ、勿体ない……」
店から出てきたターニャは頭を抱え、メネシオンは千尋の凶行に眉をひそめる。シュナレが残念そうに事切れた男の体をつつく。
「あら?私は刺しただけよ。あいつが抜くから自分で死んだのよ……。刺したままなら死ななかったのに」
悪びれるわけでもなく、殺していないと言い張る千尋。その様子に驚いたメネシオンは隣のターニャにひそひそと話す。
「こわっ……。千尋って実はヤバいヤツ?」
「時々見境がない……」
押っ取り刀で出てきたクロエが、千尋の足元に死体が転がっている光景に既視感を覚えて呟く。
「相変わらず、容赦ないのぅ」
1人が事切れたことにより、騒ぎが大きくなる。残り2人は狼狽えながらも剣を構える。
「俺達に手を出してらただで済むと思ってるのか!」
「そりゃそうよ?こっちは王様に呼び出されてる最中だから……」
最強の免罪符を千尋は持っている。六対の羽の紋章と、王からの召集令状だ。本人は勇者になんかなる気はないのに。こうして使えるときは全力でそれを利用する。
「は?何言ってんだ……」
「逆に捕まるのはあなた達……。どうする?お仲間置いて逃げても足がつくわ?連れていっても血で足がつく……」
パチパチと手を叩く音がする。やじ馬の中から一人の女が顔を出した。長い黒髪を綺麗に後頭部でまとめ、少しそばかすの目立つ顔。20代半ばと言う年齢を思わせる肌艶。何より赤いドレスを着たその女は千尋を讃えるように手を叩いている。
「お見事ですね」
「なに、あんた?」
千尋よりも先にメネシオンが女を問いただす。
「それは失礼しました。わたくしは奴隷商人のガーネットと申します」
「奴隷?」
明らかに警戒し、メネシオンの眉間がピクピクとする。
「そこに転がっているのは私のところの買付役でして……。いい奴隷を連れてくる優秀な男だったのです」
「何が言いたいわけ?」
ようやく千尋が口を開いた。今まで聞いたことのないような冷たい返答に一同、目を見張る。
「そこの獣人2匹は、おいくらなら譲ってもらえるかしら?」
「はあ!ふざけないで!!」
メネシオンが怒りを爆発させて拒否する。
「何ならかわりに、うちの奴隷を何人かつけても構いませんわ?」
「だから!」
メネシオンを制するように千尋が、手を挙げる。
「それはあなたでもいいの?」
「は?」
ガーネットという女が理由がわからず変な声を出して反応する。
「あなたが奴隷になるのよ?」
「ご冗談を……。わたくしは商人ですわ?」
下らないと鼻で笑い千尋の話を否定する。
「他人は奴隷にできるのに、自分を奴隷に出来ないのは何故?」
「くだらない!奴隷なんて能無しか獣人がやるものですわ。見た目が良ければ高く売れます。特にそちらの少年は幅広く需要が見込めます。そのままでも、女装をさせるのも買い手の自由。競りに出せばとんでもない値がつきそうです……。だからあなたもその獣人を従者にしているのでしょう?」
「そうね……。メイドや従者も、奴隷と大して違いはないわね」
「千尋!!」
メネシオンが千尋に掴みかかろうとするが、それでも千尋は言葉を続ける。
「でも金や暴力で人は縛れないわよ?」
そう言うと千尋はガーネットに微笑みかける。
「遠からず気がつくわ、貴女もいつか搾取される側になる……」
その目は人の血が通った者のそれではなかった。ここしばらく鳴りを潜めてきた獲物を見る目だ。




