伝説の魔女
ルナミリアに向かう勇者一行が、ゼルディアを出て半日。5頭立ての大きな幌馬車を、チュクチが意外な器用さで扱っている。
「いやいや、なかなかどうしていい乗り心地じゃな……」
クロエが小気味よく揺れる馬車と、変わり映えしない草原と森を繰り返す景色に、眠気を抑えきれずに呟く。
「もう少しで今日の宿、フィルミナに着きますよ?」
「ねえ、チュクチ。そこに何があるの?」
いつの間にかチュクチと仲良くなっているメネシオンが、御者席に身を乗り出して聞いてくる。心地よい風に目を細めるメネシオンに、チュクチはドキッとする。
「えっと……、ゼルディアは港町で貿易都市でしたけど、フィルミナは城塞都市ですね。魔物の出る山が近いので、昔は毎年のように被害が酷かったみたいですが……」
ようやく見えてきたフィルミナはゼルディアよりも高い城壁で守られている。
「うわ……、すごっ……」
メネシオンが、感嘆の声を上げる。地の底にいたメネシオンは壁は見慣れているが。建物を覆い隠すような高さを人工物に驚きを禁じ得ない。
「無駄にデカいわね……。何と戦ってたの?」
千尋が当たり前のようにメネシオンとチュクチの間に割り込んで御者席に座る。差し込む日の光に忌々しそうに目を細める千尋を、嬉しそうにチュクチは尻尾を振り受け入れる。
「ドラゴンですよ。中も城塞で下層、中層、上層に分かれてて、立派な街です」
「ほれお主ら、あまり小僧をからかうとまた鼻血を出すぞ」
馬車の中からクロエが茶化す。鼻血を出した原因はクロエとシュナレの猥談が原因であり、心外とメネシオンが憤る。
「わたしじゃありません〜」
いーっと威嚇するようように歯を見せて、メネシオンはクロエに抗議するが、どうもその姿に迫力はないが、クロエが面白がってらざとらしく怯える。
「さすが魔王様じゃ……、こわい、こわい」
「そうよ、わかってんじゃん!」
愉快そうなメネシオンを千尋が鼻で笑うが、メネシオンはそれに気が付かないのかご満悦で御者席に座り、足をバタつかせている。
「ドラゴン、ねえ……」
千尋が高くそびえ立つ城塞と空を見上げる。この空を飛びまわり、居住地を襲う怪物がいるのかと思うと、確かに城塞は必要かと納得する。
「大丈夫ですよ?ここ最近は目撃もされてないみたいですし……」
千尋が心配しているのではないかと気を使ったチュクチが優しく声をかける。が、千尋はチュクチの頭をわしわしと撫で、残念でしたと笑う。
「何、千尋。ビビってんの?ドラゴンくらい、一発で十分よ」
メネシオンがチュクチの誤解を真に受け、ニヤニヤと千尋を覗き込み、魔王らしいことを口にする。
「そうじゃな。詠唱の間の足止めは必要じゃったがのう」
無尽蔵の魔力を有する魔王とエルフの魔法使いがサラッと問題発言をする。後者の発言は明らかに経験者だ。
ゴブリンに苦戦するようなアリシアやターニャの2人は信じられないと顔を見合わせる。ひそひそと話し合う。
「本当でしょうか……?」
「あの2人ですから……恐らく。クロエ殿に至っては経験者としか思えませんし……」
一般的な反応をよそに、こんな存在がいるからドラゴンとやらもいないのかと、残念がるように千尋は高い空を見上げた。
フィルミナの城門にたどり着くと、余計にその高さが際立つ。圧迫感さえも覚えるその城壁にメネシオンは再び驚く。
「はえ~、ヤバ……。どうやって作ったのこれ」
メネシオンは限界まで首を上に向けるが近くから見ると、空が切り取られたように見え壁が迫ってくる。
千尋はその作り方を知っている。人が歯車を回しロープを巻き上げ、レンガを上に運ぶ。ただそれをメネシオンに説明してもなんでどうしてと質問が続くだろうと思うと、メネシオンの疑問を無視することにしたようだ。
城門は旅人や商人の列が出来ていたが、王からの召集令状を持った千尋達は、素通り同然で中に入ることができる。
「毎度都合がいいわね……」
「え?え?並ばなくていいの?」
「私たちが特別なんですよ?王に感謝しましょう。メネシオン様」
勇者3名が思い思いの反応を示す。
城門を抜けると人々のざわめきが大きくなり活気が増していく。ハーゼに抱かれ寝ていたジャギーが目を覚まし、前足をうんと伸ばして背伸びをする。
「街についたのかい?」
「おはよう、ジャギー」
挨拶してきたハーゼの足にマーキングしたあと、ジャギーが鼻をスンスンと鳴らす。何かを嗅ぎ取り御者席の方に寄っていく。
「美味しそうな匂いがするね」
そう言ってジャギーが千尋の膝に乗る。馬車が進む大通りは活気が満ちており、ジャギーの肉食性の食欲を刺激する匂いに満ちており、喉を鳴らす。半日何も食わず、馬車に揺られてきた一同もジャギーと同じく喉を鳴らした。
「メネシオンちゃん、あの市場のお兄さんの筋肉見た!」
そう、1人の例外シュナレを除いて。
「そういうのは1人でやってくれる?シュナレ……。こっちはおなかが空いてるの」
夢魔のシュナレは精気を吸えれば、食事を取らなくてもなんとかなる。食欲と性欲がごっちゃになっている相棒に呆れたようにメネシオンが、自分の頭の上に、その大きな胸を乗せたシュナレを見上げる。
「確かに腹が減ったのぅ、ここには確かいい店があった気がするのじゃがな……」
クロエの発言にアリシアが目を輝かせる。クロエの趣の高さがアリシアの期待感を刺激する。
「さすが元冒険者ですね、おいしいお店なのですか?」
「味は保証しよう、初代がよしみでな?」
クロエがニヤリと自慢げに笑うが、初代という言葉が気になり、ターニャが口を開く。
「その店は……。その……、いつのお店なの……で?」
明らかに疑いの色が濃くなるターニャ。3000年生きてると豪語するエルフのよしみとは何年前の話なのか。
「初代は3百年……ほど、前だったかの?」
「……って、ほんとにまだあるの?」
メネシオンが御者席から振り返る。しかしクロエは確信を持っていた。何といっても看板がもう見えている。クロエは看板を指さした。その店の名を見て一同は理解する。何故この街にドラゴンが出なくなったのかを。
「「「竜殺しの魔女亭……」」」
何人かが声に出して読み上げる。
「な?あったであろう?」




