勇者と魔王
「だよね〜、後ろからって、するのもされるのも燃えるよね〜」
「ちょっと!どうなってるの!」
メネシオンが目を覚ますとクロエの魔法によって運ばれている最中だった。相棒のシュナレはクロエの隣を歩き、猥談に花を咲かせていた。
「おう、起きたか?」
「メネシオンちゃん、おはよう〜」
日が傾き、夕日がゼルディアの街並みを照らす中、的外れな挨拶をするシュナレに、フィル・ブライヤ家の関係者は頭を抱える。
気にせず歩く千尋の隣のチュクチに至っては、過激さを増していく猥談に、鼻血が出るのではないかというくらい血圧が上がっており、顔が真っ赤だ。
ターニャはアリシアの袖を引っ張り、後方を歩くマリアベルとカッツェに合流していた。
「ちょっと!降ろして!」
クロエが魔法を解除すると、元から飛行が可能なメネシオンは、ふわりと大地に降り立ち、不貞腐れながら千尋の隣を歩く。
「あんたのせいで、大変なんですけど!」
「私のせいじゃないわ?元は言えばハーリスのせい……、でもあの時、あんたが動いたからそんな変な場所に紋章が出てきたんでしょ?」
ぐうの音も出ない。たしかに加護を受けるときにメネシオンは避けようとした。何もしなかったら、アリシアや千尋のように上半身に出ていたのかもしれない。
「ハーリスの意地悪かもしれないじゃん?ねえ?」
メネシオンは、ほぼ初対面のチュクチに同意を求める。
「へ?僕ですか?」
見た目だけなら、すこぶるいい千尋とメネシオンに囲まれ、2人との身長差でチュクチの視界には2人の胸元が自然に映る。そんな中、前を行く2人の会話、胸での上手な奉仕のやり方談議が聞こえてくる。
「あ……」
チュクチはついに鼻血を出した。
「えっ!なんでこの子鼻血出してるの?」
「あの二人が、猥談してたからよ……」
千尋は汚いものを見るように前を行く、クロエとシュナレに視線を送る。
「げぇ……、ありえないんですけど」
メネシオンが舌を出し、気持ち悪いものを見るように侮蔑の目で2人を見る。こういう反応だけは千尋とメネシオンに共通点があるようだ。
「お互いに気をつけよ、染まっちゃだめよ?」
魔王を自称するメネシオンが、チュクチに悪に染まらないように助言をする。その光景を千尋は鼻で笑う。
そんな緊張感のない話をしながら、一同は屋敷の入口に差し掛かる。面倒事に関わらないように先行していたウルブリヒトとハロルドは、屋敷の入口に到着しており、ゆっくりとやってくる一団を見守っていた。
領主の館の敷地に入ると夕日の中に煌めく噴水。季節の花々が咲き誇る中庭がある。ラズカリグを征服した魔王メネシオンは、緑あふれるこの光景は初めてだった。
「すご……」
生まれてこの方見たものと言えば、岩、石、溶岩。良くて水晶だ。地の底から這い上がり、ラズカリグの玉座に座っても、荒廃した土地には花の一つも生えてはいなかった。
メネシオンとは対照的にシュナレはその性質上、と言うか性格上、奔放に世界を飛び回っていた。
ほかの大陸の都市に比べると、比較的牧歌的な雰囲気のあるエーダフォストの村を狙い、精気を奪ってきた経験から、花々や森等は見慣れているが、なんの感情もわかない。今の彼女の興味は共通言語の多い、クロエとの会話だ。
屋敷の中に一歩踏み入れば、豪華な装飾品が飾られた広間がある。先日までは階段の踊り場の壁面に、千尋が言う肖像ではないアンドレアスの肖像画が飾られていたが、今は何も飾られていない。
「「はえ~……」」
この豪華さにはメネシオン同様に、多少文化に染まったシュナレも息を呑んだ。赤い絨毯が敷かれた大理石の床に吹き抜けの高い天井。正に豪華絢爛な屋敷の内装に、魔族の2人は少し気の抜けたため息をついた。
「まじ?ここに住んでんの?」
メネシオン達の反応に申し訳なさそうにアリシアが答える。
「ええ……、まあ」
アリシアにしてみればただの実家なのだが、棄民と自らの歴史を曲げてきた魔族の生活感とは天と地の差がある。
メネシオンは白い陶器の花瓶を持ち上げて、底を覗いたり、綺麗に磨かれたその表面に薄っすらと映る自分の顔を見て感嘆の声を上げる。
「すご!やっば!まじ!!」
「アレが魔王ですか……」
未知との遭遇か異文化交流か。謎の反応を見せるメネシオンに、ウルブリヒトが呆れたように呟く。
「水差しの水飲まないだけ、文化的よ?」
同じく千尋が、冷ややかにメネシオンを見守る。この後どれだけメネシオンの語彙力のない感嘆の声を聞けばいいのか、それを思うとウルブリヒトと千尋の肩は一気に重くなるのだった。
夕食の間もメネシオンの反応には、全て感嘆符が付いていた。千尋が旨味も五味もないと揶揄した料理にすら感動するメネシオンを、千尋は茶化す。
「食器を舐めるとか、もう少し野性的に振る舞うと思ってたわ」
「おいしいものを作ってれた人に失礼じゃん!」
それを見守るアリシアや、食堂のメイド達も真っ当な返答に微笑む。
「美味しいですか?」
「まぁまぁ……ね」
恥ずかしそうにそっぽを向きながら答えるメネシオンを、ニヤニヤしながら隣にいるシュナレが食中酒を揺らしながら、からかう。
「その割にはきれいに食べてるじゃん?」
「……うるさい」
小声で反論するメネシオンの食べっぷりに比べて、文化的な食の楽しみ方を心得るシュナレは、酒を楽しみ舌鼓を打つ。
魔族の偽りの歴史の中で作られた人間たちの思い込みでは、他者に害を及ぼす、危険人物の集まりだった。実際の魔族は強力な力を有しているが、一概に危険とは言えない。個体差はあるが、メネシオンのように人間性を持つものもいるし、シュナレの様に文化に染まり、順応できる者もいる。
それは屋敷に務めるメイドや執事たちも徐々に理解していくだろう。いつか魔族が日の光の下を歩く時代が来るかもしれないと、ここにいるアクロシアの人々は思い始めていた。
「それで……、千尋殿をどうするかですが……」
いち早く食事を終え、ナプキンで口を拭いたウルブリヒトが千尋を見ながら話し、千尋の目の前のターニャが大きく頷く。
「食事が不味くなるでしょ?」
不敵な笑みを浮かべながら千尋は肉をナイフでゆっくりと切り離す。面倒な話をするなとウルブリヒトを脅すような態度だが、彼には通じない。
「楽しい食事の間にすましてしまったほうがよろしいでしょう。こうして皆が揃っているのですから……」
千尋はふんと鼻を鳴らし遺憾の意を示す。たしかにここには、フィル・ブライヤ家の関係者が全員揃っている。
アリシアに、言葉少なげに食事だけはしっかりとるマリアベル、。ウルブリヒトとブュートリッヒの執政官2人、ハロルドやカッツェをはじめ、ハーゼやチュクチと言ったメイドや執事達。
「それでどこに紋章があったんじゃ?」
クロエがいきなり核心を突く。食中酒でほろ酔いになり、元から少ししか持ち合わせていない人への配慮を、その手から落としてしまったようだ。
核心を突く一言に皆が驚いた。ブュートリッヒは食べていた食事が喉に詰まったのか、盛大に咳き込む。千尋のヤバさを知る彼には、千尋が勇者と言うのは相当な衝撃だったのだろう。
「な……、なんですと!」
「あったそうですよ?そうでしょ、ターニャ殿」
ウルブリヒトは自分の目で見たものしか信じない。ターニャがあったとは言っていたが、ウルブリヒト自身は確認をしていないので、こういった言い方になるのだろう。
「……確かに左胸にありました」
「だそうですが……。本当ですか、千尋殿」
「わかりきったことを今さら確認するなんて、時間の無駄よ?」
認めているような口ぶりで確認される事を避ける千尋の言い方をウルブリヒトは鼻で笑う。
「あるのは認めるのですね?」
「千尋様にもあるのですか!」
「ちょっとわたし、恥かいたんですけど!」
アリシアは喜ぶように笑顔で声を上げ、千尋に睨まれて口を抑える。千尋に無理やり暴露されたメネシオンが憤慨し、立ち上がる。
「恥をかいたのは、あんたが変なところに紋章を受け取ったからでしょ?」
それを言われると強く出れないメネシオンは、頬を膨らませて、また席に座る。
「……で?あったからなんなの?」
その千尋の反応にマリアベルは静かに食事の手を止めた。勇者に人一倍思い入れのある彼女には、千尋の態度が我慢ならない。
「キミは勇者になったんだろ!世界を救うんだ!みんなを守るんだよ!」
涙を浮かべながら髪を振り乱し叫ぶマリアベルを皆が驚きの顔で見ていた。千尋とカッツェはマリアベルの想いを知っているが故に驚きとは違う表情を浮かべていた。
「3人もいるんだから、それはあなたの妹がやるわよ」
代わりたいのならやればと、千尋自身の素直な気持ちを吐露すれば、マリアベルの心は壊れるだろう。
「キミはなりたくないのか……」
千尋がため息をつく。
「なりたくてなれるものじゃないのは、あなたがよく知ってるでしょ?」
千尋はなりたくないと言わなかった。アリシアにしろ、メネシオンにしろ、なりたかった者はいない。ただマリアベルの叫びは、勇者になったと言う事実と向き合うきっかけになるだろう。




