勇者と勇者
メネシオンの悲鳴、叫喚から騒ぎは一気に大きくなる。アリシアが神託の勇者だと騒いでいた所に、魔族もまた神託を受けていたからだ。
「魔族にまで神託とは、嫌味な女神じゃな……」
「それは同意するわ」
千尋が自分まで巻き込まれていることに辟易し、立ち直ったクロエに同意する。
「魔族がアクロシアの呪いが原因って知ってる?」
「はっ……、何を言っておる?」
千尋が肩をすくめて、答える。
「ハーリス神殿で知ったのよ」
クロエは深く思考する。クロエの記憶では魔族に変容したのは、闇の魔法を研究していた研究者たちだった。
魔法の研究を規制しようとするアクロシア・エルディオンとの確執があり、いつも揉めていたのを思い出す。禁忌に触れたという割には、長い間そんな関係性が続いていたような気がする。
「いや、しかし……、たしかに騒いでおる者共がおった……」
思い起こせば、思い当たる節がある。たしかに変容が始まった頃に、何人かの研究者がそんな事を口走っていた。姿形が異常すぎて誰も彼らの話を信じなかった。
「いや……。しかし、まさか……」
クロエは思考を加速させる。アクロシア・エルディオンの言う禁忌の研究を続けた結果、変容したという話のほうがしっくり来てアクロシアの言う事を疑う者はいなかった。そして自分もその一人だった。
「ハーリスが言うとったのか……?」
「違うわ、石碑に書いてあったのよ。憎しみに反応して変容する呪いだって……」
千尋はシュナレを見る。クロエもまた同じくシュナレを見る。魔力により、体つきまでも変容させる魔族は欲望に忠実だ。憎しみを身を任せたときにどうなってしまうか、2人の懸案事項は一致していたようだ。
「あやつは知っておるのか?」
「さあ?知らないんじゃない?知ってたらもっと騒いでるわよ」
「……そうじゃな」
クロエが立ち上がり、千尋を見る。
「お嬢と魔族と一緒に消えたんじゃ、お主にも紋章があるのじゃろ?私に見せてみぃ?」
ニヤニヤと舐め回すように千尋の身体を視姦するクロエ。
「お断りよ。あんたに肌晒したら、ただじゃすまないだろうし……。それに、あれ見たら御免被るわ」
千尋が視線を送る先では、メネシオンとアリシアを囲み、人と魔族で言い合っている。
「メネシオンちゃんが勇者なわけないでしょ!」
「そうよ!魔王よ、魔王!」
内股になって恥ずかしそうに鼠径部を手で隠し、必死に魔王と言い張るメネシオンはかなり滑稽に見えるが、皆真剣に議論している。
「いや、しかしですね……」
ウルブリヒトが冷静に、事実だけを受け止めようとしている。感情的になり魔族があり得ないと否定する神官達より、よほど優秀に見える。
マリアベルは輪の中に入れず、一歩下がったところにカッツェと共にいる。その様子を心配そうに見つめるチュクチと千尋は目が合い、ため息をつく。
「面倒くさいわね……」
飼い犬に懇願され渋々従う飼い主は、マリアベルに近づく。マリアベルは少し前までは勇者だった。夢魔のシュナレを討ち取り、赤金の勇者だった。
それが目の前に討ち取ったはずの魔族がいて、妹が神託の紋章を持っている。気がついたらただのマリアベルになっていた。
「マリアベル?」
いつもは茶化すように勇者様と呼ぶ千尋が、マリアベルの名前を呼ぶ。それがとどめのように感じてマリアベルは静かに涙を流した。カッツェが抱擁しその悲しみを受け止める。
「勇者……に、なりたかった……よ」
マリアベルが必死に呟いた言葉をカッツェと千尋が聞いていた。
カッツェがマリアベルの頭を撫で、慈しむ様に目を細め語り出す。
「マリアベルさまは、子供の頃から憧れてていました。寝る前になると私が、いつも同じ本を読まさせていたんです」
カッツェはマリアベルの子供時代を思い出す。寝る前にはいつも決まって神託の勇者の冒険を読まされていた。異世界から召喚され、エルフの魔女と出会い、獣人の女戦士と3人で魔王を倒した勇者の話。
「本当に好きだったんです。勇者の話が……」
カッツェは泣いているマリアベルの頭をそっと撫でる。そのカッツェの顔は慈愛に満ちており、その顔を千尋は知っている。ハーリスと同じだ。
「勇者ね……」
千尋は自分の胸を見下ろす。マリアベルがなりたかった勇者に、残念ながら自分も選ばれている。千尋はひとつため息をつき、こんな面倒なものを欲しがるマリアベルの気持ちが分からず、こんなものはいらないと言うように千尋は首を降る。
マリアベルにはカッツェが居れば大丈夫だろう。いつかまた勇者のように立ち上がり、格好がつかないのに宣言するのだろう。「ボクは大丈夫だ!」と。
議論は終わりを迎えていた。アリシアは神託の勇者に相違ない、魔王を名乗る赤髪のメネシオンもまた勇者である。
「諦めよ、認めたくないのは分かるが、ふたつとも本物じゃぞ?」
神官達が頭を抱えている。信仰の対象で神託の勇者と旅をして魔王を討ったエルフの魔法使い、クロエという生き証人に言われたら、反論の余地がない。
「もう……だめ……。生きていけない……」
メネシオンはクロエに紋章を見られて、褐色の耳まで赤く染めて今にも倒れそうに呟く。そんなメネシオンをシュナレが慰める。
「どうせいつか男に見られるんだから、いいじゃん?」
それは慰めにはならず、とどめだった。余計にメネシオンは赤くなり首まで朱に染まり、そしてメネシオンはきゅーっと音を立てて倒れた。
「のう、魔族よ。妾も大概じゃが、おぬしも大概じゃな……」
シュナレはクロエの言うことが分からないというように首を傾げるが、ニヤリと笑う。そしてクロエもニヤリと笑うから、この2人は大概なのだろう。
「そう?」
メネシオンが倒れた事で状況は落ち着いた。メネシオンを勇者と認めようとしなかったエルフ信教の神官達は、クロエによって完膚なきまでに論破され、魔王と言って聞かなかった本人も、今は気を失っている。
葬儀はいつの間にか有耶無耶になり、勇者2名をどうするのかの話し合いを神官達が始めている。
ひとつの懸案事項が片付いた所でウルブリヒトとターニャが千尋の所にやってくる。
「ねえ?千尋……。あんたもあるんでしょ?」
ターニャが千尋を心配そうに見つめる。千尋の異常性を一番知っているのはターニャだ。認めたくはないがその異常性は強力な劇薬として、ゼルディアを救った。
「一緒に消えて1人だけ神託を受けないというのは、あり得ないでしょうな……。そもそも、なんであの魔族の体に紋章があると思ったのか……、ですよ」
こういう時のウルブリヒトは厄介だった。言い逃れが出来ないように事実を持って、正面切って論戦を挑んでくる。
千尋は深くため息をつき、両手を上げる。確たる証拠の紋章が左胸にある以上、言い逃れは出来てもいつか風呂や着替えの瞬間にバレるのは必至だ。
「どこにあるんだ?」
ターニャが千尋の体を念入りに調べる。服のすき間から胸を覗き、わかっていたのに言葉を失う。
「……ありました」
ターニャは千尋の両肩に手を置きため息をついた。あの日お風呂場で異世界の勇者とあんたは違うと笑い合っていたのに、いつの間にか勇者になっていた。
ウルブリヒトもため息をつく。千尋が勇者という内面や実情と違う称号を手に入れたことに、本人以上にターニャとウルブリヒトは混乱していた。
「よりにも寄って……、何考えてるんだ。女神は……」
「ひどい言い草ね、ターニャ。異世界から来た神託の勇者よ?」
千尋は自分で言って鼻で笑い、下らないと自嘲する。その千尋を心配そうにターニャは見つめる。
「どうするんだ、これから?」
「愚か者の神官が気付く前に、退散したいわね?面倒事はアリシアとメネシオンに任せるわ」
「それはありかも知れませんね……。今でなくてもいいでしょう。2人も3人も我々には大差ないですが、あの神官達には荷が勝ちすぎるでしょう」
下手に信仰心があるせいで、目の前の出来事に順応できていない神官達を哀れむように見つめるウルブリヒト。
「取り敢えず適当に言い訳をつけて、屋敷に戻るが最善ですね。でないと、いつまでもここにいる羽目になります」
「ほう……、執政官殿もなかなかの切れ物じゃ。ここからは長いぞ?」
神託の勇者と旅をしたエルフの実体験がそれを言わせるのだろう。心底面倒くさそうに神官達を一瞥する。
「では、屋敷で話し合うとして……。魔族の方々は?」
「連れて行くしかあるまい?初心な魔王様は卒倒しておるしのぅ」
くくっと喉を鳴らし笑うクロエは、先ほどまで殺し合っていたシュナレに目配せをして撤収の合図を出す。
「はいは~い」
「アリシア様、屋敷に戻りましょう。混乱したままでは話が進みません。我々もアリシア様の今後を考えなければなりません」
ウルブリヒトが勇者になり困惑しているアリシアに進言する。至極真っ当な意見にアリシアは自分が領主だったことを思い出す。
「そ、そのとおりですね。ウルブリヒト、任せます」
何とかアリシアが言葉を捻り出すと、ウルブリヒトが神官達に話をつけに行く。勇者2名は領主の館で神官達の決定が下るまで待機する事を伝え、口八丁で了承を取り付けてきた。
こうして勇者たちとその仲間たちは領主の館へと戻ることになったのである。




