夜の狩人たち
時間は少し戻り、ターニャは顔が青ざめていた。千尋の給金を用意して広間に戻ってきたら、ロアノーク達が逃げ出した跡だった。
大理石の床には騎士団で支給している剣が真っ二つになり転がっている。まだ熱の残る広間の空気で何があったかをターニャは察していた。千尋の魔法、ランドルフを殺さずに斬り刻み。ノアの顔を焼いた炎、それを使ったのだと。
「おい、千尋。大丈夫なのか?」
駆け寄り千尋に給金袋を渡したターニャが小声で話す。魔法の件はアリシアには話していない。話せば大なり小なり騒ぎになると、ターニャが千尋に心配するような顔を向ける。
「大丈夫よ、クロエに魔法使ってもらったから」
「クロエって……、そうか」
素っ気なく端的に答える千尋に、ターニャの思考は少し追いつかないようだ。退屈そうに欠伸をしているクロエが持っている杖を見れば、漠然と想像がついた。
「はい、チュクチ。お金」
アリシアと抱き合う格好になっていたチュクチは顔を赤らめて慌てて離れる。少し寝ている耳やいつもより太い尻尾をみる限り、まだ動揺していそうである。
「あ……はい。ありがとうございます」
お金を受け取り、条件反射でお礼を言っしまうあたり、チュクチという少年の純粋さが伺える。受け取ったお金を数え、懐にしまうとチュクチは大きなため息をついた。この街一番の貴族に楯突いた一味の仲間になっていた事を思い出したのだ。
「どうしよう……」
「大丈夫じゃ、貴族と言えどもギルドには手を出せんじゃろ?」
「領主に剣を抜く連中よ?」
クロエの言葉に一瞬チュクチは希望を抱いた。が、すぐに千尋が残酷な事実でチュクチにとどめを刺してしまう。とどめを刺されたチュクチは耳を寝かせて涙目になりながら、アリシアを見る。
「大丈夫です。暫くはここにいてください。ギルドには、使いを出しておきますから」
自分も落ち込んでいるだろうに、アリシアはチュクチに親切にする。この純粋さが人を引き寄せ、また人に疎まれる理由なのだろう。
「じゃあ、私がギルドに行ってお金届けて、伝言してくるわ」
千尋が珍しく優しい気遣いをする。アリシアにはそんな千尋が女神の如く見えているが、内心は暴れ足りずに発散しに行きたい欲求があったからだ。そんな千尋の二面性を一番よく知っているターニャが千尋の思惑を邪魔をする。
「千尋だけでは問題になりそうなので、私も同行します」
嫌そうな顔をターニャに向ける千尋を、アリシアは笑っている。
「仲がいいですね?二人は」
「ありえません。一人にするとろくな事にならないと学習したのです」
ターニャが鼻息荒く否定する。その横で千尋が肩を竦める。
「では、妾も暫く厄介になろう。領主殿も安全とは言い難いだろうしな」
エルフへの信仰心の厚いアリシアは感無量という表情でクロエに礼拝のポーズをとる。
「ありがとうございます、クロエ様。お好きなだけ居てください」
「酒は飲ませないようにね?」
外に出ようと扉に手をかけた千尋がアリシアに釘を刺す。恐らく酒を飲んだくらいで正体をなくすことはないと思うが、甘やかさせるのは自分だけで十分だと思っているのだろう。
千尋とターニャが外に出ると暗闇だった。雲に覆われ冷たく湿気を含んだ風が吹いている。月明かりもなく、千尋にとっては本当に最高な夜だった。
「何でついてくるの?」
千尋が不満を隠さずに吐露する。ターニャが居なかったら楽しい夜の散歩と返り血で洒落込めたと言うのに、そんな落胆を隠しもせずに態度に出している
「お前を一人にすると面倒事が起きる」
ターニャがまるで保護者か引率の教師かと腕組みをしながら千尋を睨みつける。夜の貴族街は静まり返っていた。領主が死んだ次の日の夜に飲み歩くほど、ここの貴族は腐ってはいないのかもしれない。
「面倒事ねえ……」
千尋がそう呟くと、雨が一粒落ちて来た。また一粒と大粒の雨が落ちてくる。その雨を待っていたかのように2人の前方から歩いてくる人影があった。大柄な人影と猫背の人影、外套で顔を隠している。
千尋は立ち止まる。
既視感があった。快楽殺人者として獲物と接触する時に女としての景山千尋ではなく、一人の男として記号化した存在として振る舞っていた。それに前方から歩いてくる二人は似ている。
「ターニャ、止まって」
「なんで?」
ターニャと言う名を聞いた途端大柄の人影、オルテガが剣を振るう。その手に持つ剣の間合いとはかけ離れているのにも関わらず、ターニャの足を狙って。
剣は剣ではなかった。刃がいくつもついた鎖を剣のように振るうとオルテガの手の動きに合わせてしなり、刃の先端がターニャに襲いかかる。その危険な一撃がターニャに届く前に、千尋がナイフで弾く。
「あんた、護衛の自覚ある?」
「え?あ……なんで……」
ターニャもうろたえながら剣を抜いた。少し震えている。それに気がついた千尋は内心舌打ちをする。
「こっちの鎧の女が、ターニャだな?」
オルテガがターニャの名を呼ぶが興味は千尋に向けられている。不意打ちの一撃をいなされたのだ。戦闘狂のオルテガとしては俄然千尋のほうが魅力的だ。
大胆に武器を振るい、外套が頭から外れたオルテガを千尋は観察する。顔に傷跡が多いのは弱いからではなく、戦闘そのものを楽しんでいるからだが、負けず嫌いで勝つことに執着する。故に顔、身体に傷を負ってもなお、この男が生かす異常な執着。
「なんだ、その格好は!ひひひ」
歪な男、シッカートは舌なめずりしながら笑う。千尋はこの男?も観察するが情報が少ない手が異常に長い、背中が曲がっている。外套を深く被っており、話す言葉から下品としか分からない。
「ほら、言われてるわよ?騎士様」
「う、うるさい!」
「聞いていた服装だな、お前がカレンとかいうメイドだな?」
「……なに?豚の仲間?」
オルテガが大声で笑う。冷たく雨が笑い声をかき消すように激しく振り始める。明かりもない暗闇の中、雨音が激しく石畳に打ちつける。水はけの悪い石畳で、雨水が溝の間を川の様に流れていく。
そんな状況もお構いなしにオルテガが攻撃を繰り返している。オルテガの一撃が鞭のようにしなり、軌道を変えて千尋に襲いかかる。不規則に動く剣先を千尋がナイフで弾き、何とかいなす。防戦一方のターニャを庇う千尋もまた防戦を強いられている。
「魔法は使えないのか?」
ターニャが千尋に小声で話しかける。
「クロエに使うなって言われてるわ」
使うなら勝ちを確信してからだ。クロエが言ったのは見せるなと言うこと。見た人間が死ぬのなら使っても誰にも見られていない事になる。防戦の中、千尋はそんな事を考えていた。
シッカートは戦闘狂のオルテガが、千尋に攻撃を集中させ始めたのを見て、ニヤリと笑う。千尋に庇われながら逃げ惑う様に剣を振るうターニャに狙いを定め、外套の中に仕込んである暗器を選ぶ。
「ほらほら、どうだ!反撃してみろよ!手加減してるんだぞ?生け捕りが命令だからな!」
オルテガの攻撃を千尋が弾いた瞬間を狙い、シッカートはしびれ薬の吹き矢を取り出すと、ターニャに向けて吹いた。
「ぐっ……」
カランと千尋の後ろから音がした。ターニャが剣を落とし倒れている。ターニャは動けない。身体は言う事を聞かず、さっきまで感じていた冷たい雨の感触を何も感じなくなっていた。
「あ……あ、あ」
ターニャは痺れ始めた体を必死に動かして千尋を探す。ようやくターニャが千尋を見つけるとだんだんと視界がぼやけていく。虚ろな視界と意識の中で、千尋がナイフを手放して両手を上げていた。




