神託の勇者
光は金色の靄から人のような姿に変わった。金色の髪、金色の目、金色のドレス。存在そのものが光だった。
憎しみを持たない3人は、その光り輝く神性を見上げる。そしてそれは、6枚の羽を動かしゆっくりと降下して、千尋達と同じ大地に立つ。
「女神様なのですか……?」
アリシアが口にする。アリシアが女神と称したそれは微笑みを湛えながら頷く。
「アリシア、メネシオン。そして異世界の少女……」
女神の声がした。優しい声と慈悲深い微笑みにアリシアは跪き、エルフへの礼拝と同じ仕草で女神に頭を垂れる。
メネシオンは呆然と立っていた。自らの存在意義も存在証明も足元から崩れ始めている最中に、神聖な存在が現れ、一国を滅ぼした魔王は静かに頭を横に振った。
異世界の少女、千尋はその女神を観察する。クロエが駄女神と呼び、名前も忘れたという女神。それと目の前のこれが同じものなのか値踏みをするように観察する。
「あんたがエルフを見捨てた女神様?」
「ええ、そのとおりです」
「なんで見捨てたの?」
食い気味で千尋が質問する。千尋はクロエという存在が面倒くさいが嫌いではない。寧ろ明け透けに生きる様は好感を抱いている。そのクロエを見捨てた女神の存在を、千尋は気に入らないのかもしれない。
「我が子らは、幾つもの罪を犯しました……」
「あんたの子ならあんたが最後まで面倒を見るべきよ?」
女神の相手でも千尋の正論は変わらない。苛立ちを隠さず息継ぎもなく、正論をぶつける千尋に女神は顔を曇らせる。
「そのとおりです、私は愚かでした。我が子らを見捨て、救う資格を失ったのです。だからこそ、あなた達のような、憎しみを持たない者を……、私は待ちわびていたのです……」
女神は後悔しているように下を向き、項垂れながら懺悔した。
そして千尋はあなた達の中に自分も含まれている事に驚きを禁じ得ない。善悪の彼岸にいる彼女には善も悪もない。
「憎しみを持たないって、どういうこと?」
メネシオンがやっとの思いで口を開いた。この状況でペラペラと会話する千尋の方が異常である。魔族でありながら、人間味のある真っ当な反応こそが、メネシオンが憎しみを持たない所以だろう。
「あなたは魔族でありながら、他者のために国を救いました」
「……はあ?救ってないんですけど……」
本人の意志では滅ぼしたつもりだが、実際は争うだけの人々に仕事を与え、自分より小さい魔族の子どもたちが走り回り遊べる場所を作った。
それを救済、救国と言わず何というのか。
「あなたのおかげで人々は飢えなくなりました。そして子供たちは笑顔になりました。それを救いと言わなくてどうするのです?」
「け、結果論でしょ。私はしたいようにしただけ!」
「……メネシオン様はお優しいのですね」
アリシアが呟くと、メネシオンは明らかに赤面しながらも否定する。
「違う、私は魔王なの!」
「アリシア?思春期褒めてもいいことないわよ?」
思春期故にメネシオンは反発する。アリシアの言葉がむず痒く、千尋の言葉が突き刺さり反発する。
「あんたねぇ!、どんだけ性格悪いの?」
「私にあなたが持ってるような人間性を求めないでくれる?」
茶化すように千尋が反論する。千尋よりメネシオンのほうが人間味がある。魔族なのに人間味があり、人間なのに人間性がないとは、なんとも皮肉な話だ。
「……」
メネシオンは口を真一文字に結び、睨むように千尋を見る。口では勝てない。かといって戦うには、千尋という人間をメネシオンは知りすぎてしまった。
「あなた達はいがみ合っているように見えて、憎しみを持っていません。寧ろ敵対した間柄でありながら、好感を抱いています」
女神が母親の様な顔で3人を慈しむ様に見つめる。
「たしかに私はメネシオン様も好きです」
「すすす、好きってどういう事!」
「メネシオンが、じゃないわよ?メネシオンもよ、も。バカなの?」
うぶな乙女のような反応をするメネシオンを千尋が茶化す。
「バカっていう人がバカなの!バーカ!」
支離滅裂に千尋に反論するメネシオンをみた女神とアリシアが微笑み合う。まっとうな善性を持つ者同士、感性が近いのようだ。
「私はハーリスと言います。エルフを創造しながらも、私は我が子らを振る舞いに絶望し、手を離してしまいました。」
悲しそうな顔をして3人を見つめる女神ハーリス。意を決したように手を掲げ宣誓する。
「女神ハーリスの名の下に!」
女神ハーリスの指先から、光り輝く玉が3つ現れる。地下神殿中が光り輝き、地下湖がキラキラと光を反射する。
「あなた方に加護を与えます!」
光は3人の中に吸い込まれていく。アリシアは素直を受け入れ、千尋は観察する。メネシオンは避けようと身を捩った。眩しくも温かい光。吸い込まれながらも輝きを失わずに地下神殿を照らし、白く染め上げる。
「「「…………!」」」
3人が目を瞑る。白さに飲み込まれて感覚がおかしくなる。今まで立っていた大地が喪失し、体が浮かび上がったかのような感覚。
「世界から憎しみを消し、我が子らの過ちを正してください……」
女神ハーリスの声がした。遠ざかるその声に、再び3人が目を開けるとそこはゼルディアの神殿だった。
「アリシア様!」
光の柱から現れたのは3人だ。再び現れたアリシア達にターニャが声を上げる。ターニャはよほど心配していたのか涙を浮かべてアリシアに抱きつく。
一方で感動の再会が行われる中、戦闘が行われている。マリアベルが飛び上がり剣を振るい、シュナレを狙い、クロエが魔法を放てばシュナレが捕食し、シュナレが魔法を放てばクロエは優位属性の魔法で相殺する。
「おう、千尋。戻ったか?ちょっと難儀しておってのう。手伝え?」
手伝えと言いながらも楽しそうに魔法を放ち攻撃しつつ、相手の攻撃を相殺するクロエ。
「メネシオンちゃん、おかえり〜。ちょっとこのエルフ面倒くさいから、やっちゃってくれない?」
千尋とメネシオンはお互いの相棒を止める羽目になった。シュナレは空中から、クロエは地面から、お互いに決定打を打てない魔法使い同士の戦いは、ゼルディアのエルフ信仰の象徴を破壊しながら行われていた。
マリアベルを止めるのは容易だった。千尋が近づき、マリアベルの首根っこを後ろから掴み、睨みつけるとマリアベルは猫のように大人しくなる。
「ちょっと!、何するんだい……」
「うるさい。クロエ?あんた自分で自分の神殿壊してるけどいいの?」
マリアベルに意見もさせずにひと言で片付ける。そして呆れたようにクロエをたしなめる千尋だが、クロエがそんな事を気にするわけがないもの知っている。
メネシオンは空中に浮かぶシュナレの目の前に飛び、必死に止めようとしている。
「シュナレ、ちょ、待って。いろいろあって戦ってる場合じゃ!」
「なんでよ?楽しいのに〜」
むくれた様に唇を尖らせてシュナレがメネシオンに反論する。
「いちいち細かいことを気にするな。興が削がれるわ」
そして、予想通りの反応を見せるクロエをとめる手段を千尋は知っている。面倒になりそうだと思いながらも千尋はそれを口にする。
「そんなだから、女神ハーリスに見捨てられるのよ?」
ハーリスという名前を聞いてクロエの動きが止まる。クロエはゆっくりと振り向き千尋を睨む。
予想通りの反応だった。千尋だって実父の名を呼ばれたらそうなる。クロエにしてみたら自分を捨てた母の名を呼ばれたようなものだろう。
「なんで、知っておる……」
千尋はため息をつく。
「やっぱり忘れてなかったのね?面倒くさいから、そこの魔族も降りてきなさい?」
「なんであんたが命令するわけ〜?」
「シュナレ!」
メネシオンが、シュナレの視界を塞ぐほどに近づき真剣な表情をするので、シュナレも少し冷静になったようだ。観念したようにお手上げをしてシュナレは呟く。
「わかったわよ……」
「ありがとう。シュナレ」
メネシオンがシュナレの肩を叩き、ゆっくりと降りてくる。千尋は余裕の表情だが、メネシオンは深い安堵のため息をついた。心なしかメネシオンが小さくなったように見えるほどに背中を丸め、疲れ切っている。
「さて、話してもらおうかのう?」
今だにクロエの目は座ったままだ。千尋は適当に長椅子に腰掛けると、光に飲まれた後のことを話し始める。メネシオンとシュナレも地下神殿での話をし始めたようだ。
「我らが罪人だと……」
「ええ、そう言ってわね」
クロエは神殿のエルフ像を見上げる。千尋もつられて見上げるが、何処となくハーリスに似てなくもない。しかし、エルフの端正な顔立ちを平均化すればハーリスの顔になるかもしれないと千尋は考える。
「我が子らとも言ってたわよ?」
「そうか……」
自嘲するようにクロエは笑うと、顔が見えないように、大きなとんがり帽子を深く被り下を向く。離縁した母娘のすれ違いに寄り添う、そんな優しさを持ち合わせていない千尋は、会話する気がなくなったクロエを置き去りにして、アリシアたちの所に向かう。
傍から見たら一人涙を流すクロエを気遣ったように見えるのが、千尋の偽りの社会性がなせる技だろう。
アリシアの周りが騒がしい。葬儀を取り仕切っていた神官たちとフィル・ブライヤ家の関係者がが、アリシアを囲み騒いでいる。
千尋は近くにいて事情を知りそうなチュクチの頭に肘を置く。
「何があったの?」
「なんか神託がどうのって騒いでます……」
エルフ信仰を持つ人間達には神託は大変な騒ぎなのだろうが、獣人のチュクチには自称勇者も他称勇者も些細な問題なのかもしれない。ごくごく冷静に千尋に受け答えをする。
アリシアのドレスの首元から覗く鎖骨のあたりには、光輝く六対の羽の紋章が浮かんでおり、それがクロエが話していた神託の勇者も持っていたという紋章なのではないかと、あの場にいた面々とエルフ信教の神官たちで喧喧囂囂、話し合っている。
「アリシア様が勇者になられたのですか!」
ターニャが感嘆と喜びの声をあげるが、マリアベルは明らかに動揺して呟き、呆然としている。
「そんな……」
ふと千尋も好奇心にかられ、着ているシャツの隙間からその豊満な胸元を覗く。アリシアとは少し位置が違い、左胸の上あたりに六対の羽の紋章が浮かんでいる。
「そう……。大変ね」
「どうかしました?」
急に意気消沈したような千尋を心配してチュクチが見上げてくるが、千尋はチュクチの頭を撫でて誤魔化す。
「大丈夫よ、考えてるだけ……」
そう言うと千尋は恐らくもう1人、紋章を持つであろうメネシオンの元へ向かう。
神殿の隅で襲撃者たちは侃侃諤諤に言い合っていた。メネシオンが見知ってきた事を素直に話したら、シュナレはより憎しみを抱くのではないかという思いと、メネシオンの紋章を確かめなければならない。
「お取り込み中、悪いわね?」
千尋がメネシオンに声を掛けて観察するが、ほどほどに露出している褐色の肌に紋章は見当たらない。胸か鼠径部、首元、小手の下、露出していない部分を凝視してくる千尋を、メネシオンは明らかに警戒する。
「なに?なんなの?」
「ウケるんですけど。そういう趣味なの?」
笑いをこらえながらシュナレが千尋を茶化す。どうやらまだ魔族の真実は知らないようで、シュナレは単純に現状を楽しんでいる。
真実を知れば、エルフの王アクロシア・エルディオンを憎み、呪いがさらにシュナレの姿を変えただろう。
千尋がメネシオンの鼠径部に注目すると紋章の一部が見える。
「そこにあるのね?」
「は?なんのこ……」
すかさず千尋は、メネシオンの鼠径部を隠す皮鎧をずらす。
「なーーーーーー!!!!」
メネシオンの叫び声が神殿に響く。そして露出したメネシオンの鼠径部に六対の羽の紋章が浮かび上がっていた。
「何なのよ、これーーーーー!!!」
再びメネシオンの泣きそうな叫びが神殿に響き渡った。




