↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/99

嵐の前

 クロエが言うと同時に千尋は先頭に躍り出ると、ダマスカスナイフを取り出し、紫の炎を纏わせる。突然の事に困惑する騎士団員達は目の前で千尋の纏わせる炎の熱をまともに浴びてしまい、思考が停止したように硬直する。


 千尋は近場の騎士にゆっくりと切りかかる。緩慢としていた騎士も、千尋のナイフと撃ち合い、鍔迫り合いに持ち込もうと剣を持つ手に力を込める。


「くっ……なっ!」

 

 すると、受け止めたと思った騎士は、怯えるように剣を持つ手を離した。長剣はナイフが触れた所から溶けると真っ二つになってしまったからだ。手を離れ、離れ離れになった剣が大理石の床にぶつかると、カランカランと音を立てる。


 騎士たちは聞いていた話とは全く違ったようだ。騎士団が離反すればフィル・ブライヤ家には武力など存在しないはずで、新しい領主になるロアノークから報奨金が貰えるはずだった。


 剣が溶け、鍛冶場のような熱と匂いと、理解不能な状況に、騎士団は困惑して後ずさりを始める。未知の恐怖への対処法は、人もゴブリンも大して変わらなかった。千尋はこの世界に来た最初の日を思い出して、鼻で笑う。


「お、お前たち何をしている!」


「そうだ……、斬れ、斬れ!」


 ロアノークと、ブュートリッヒが騎士団を煽るように声を張り上げるがもう駄目だった。剣をも溶かす千尋の剣の炎を相手に戦い、勝てる意識をもつものなど誰もいなかった。


 あまつさえ、いつの間にか階段の中程まで登っていたクロエが長々と詠唱している。クロエが頭上高く掲げる杖の上には、綺羅星のような火球が幾つも浮かび上がる。その火球の大きさと熱量がさらに騎士団の戦意を喪失させる。


「撤退!撤退ー!」


 誰が言ったかは分からない。騎士団の誰かが口にしたその言葉を合図に一気に瓦解する。ロアノークとブュートリッヒも我先に逃げ出している。クロエが放とうとしていた綺羅星達は、行き場をなくしクロエの杖の宝玉へと帰っていく。クロエが心底残念そうにしているところを見ると、本気で撃つつもりだったようだ。


「残念じゃのぅ、久々に打てると思ったんじゃがな……」


「本当に……。何がゼルディアを守る騎士なのかしら……」

  

 千尋も同じ考えだったようで、退屈そうにナイフを鞘にしまうとかつて共にゼルディアまでの道のりを共にした仲間たちを侮蔑する。


 アリシアとチュクチは室内であんな魔法を撃ったらどんな惨事が待っていたかと身を震わせ、身を寄せ合いお互いの体温を通して無事を確認するのだった。


 どれくらい走っただろうか。最後尾を走るブュートリッヒは、腹がちぎれるのではないかという痛みを感じながら振り返り、屋敷を見る。あの危険な女、二人は追いかけてはきていない。冒険者風の女には見覚えがあった。アリシアの側仕えのメイドだ。

 

「メ、メイドが……、どうして……ナ。ナイフなんぞ」


 ブュートリッヒはおぼつかない足取りで、ようやく集団に追いついた。先に逃げてきていたロアノークが、肩で息をしながらつばを吐いている。手籠めにでもしようかと思っていたあの女達の顔を思い出すと、怒りとともに、股間に血が巡っていく。


「ブュートリッヒ!なんだあの女どもは!」 


「一人はアリシアの側仕えだったはずです。エルフは知りません……」


「そ、側仕えだと!」


 側仕えに豚と呼ばれた事実は、ロアノークの股間をより滾らせる。彼の怒りは股間に集約して、顔色は悪くなる一方だが、冷静に怒りと向き合えていた。


「ヴィクトールだ、ヴィクトールを呼べ。あの屋敷の女ども。全て奴隷にしてやるぞ……」


 アリシアを裏切った格好の騎士団員達は空を見上げる。夕闇が遥か遠く、西の空に残っているが彼らの未来のようにゼルディアは闇に包まれていた。冷たく吹いてくる風が、もうすぐ嵐が来ることを告げていた。


  ロアノークの屋敷は貴族街の端、閑静な場所に建てられていた。黒い屋根の白亜の殿堂。庭を含めて領主の屋敷にも匹敵するような面積である。


 違いがあるとすれば平屋であるという点だが、ロアノークの屋敷には地下室があり、街の下水道に繋がっている。下水道を通れば、人に見られることなく出入りすることが出来るように作られていた。


 商人ギルドのマスターであるヴィクトールは表向きには、健全な利害関係を維持している。が、裏では商業ギルドから下水道を抜けてロアノークの屋敷やブュートリッヒの屋敷に出入りをしており、嫌々ながらも二人と協力して、甘い汁をすすっていた。


 うまく行っていた三者の関係は綻び始めている。憂鬱そうに歩くヴィクトールの背中は少し丸くなり下を向いている。下水道の湿った空気、汚物を思わせる匂い、それらから身を守るためヴィクトールは外套を羽織っている。下を向くと着けている眼鏡がずり下がってくる。手で眼鏡を押さえつけ鼻を塞ぎながら仄暗い下水道を進む。


「はぁ……、ロアノーク様にも困ったものだ。鼻息荒く出ていったわりに、こいつらを呼ぶとは……」


 暗い下水道での頼りはランタンのみだ。ヴィクトールは、ランタンで後ろから付いてきている2人を照らす。ヴィクトールと同じように外套を身にまとい、その顔はよく分からない。


「また俺等を頼るって事は、楽しめる何かが待ってるんだろ?」


 背が高く、ガタイの良い外套の男が外套の下で下品な笑みを浮かべる。その腰には、鎖がじゃらじゃらとついた長剣を携えている。


「おこぼれがもらえるならいいんだけどなぁ〜」


 隣の男が、ニヤニヤと不快な笑みを浮かべている。その姿はガタイの良い男に比べて、背が低く細身。だが、腕の長さはガタイの良い男を凌駕している。猫背で歩く、その姿は外套越しでも歪に見えて、美醜を気にする者なら目を背けてしまいそうである。


 およそ知性的ではないこの二人が表に出せない仕事を請け負い、盗みに人さらいから暗殺まで何でもこなすゼルディアの商人ギルドの暗部だ。


「また面倒にならないといいんだけど……な」


 ヴィクトールが二人から視線を外し、かつてあった色々を思い出すと、項垂れながら下水道を進む。暫く進むと下水道は突き当たり、梯子が見えてくる。この梯子を上がればロアノークの屋敷だ。


 ヴィクトールは憂鬱な気分を抱えながら梯子を登る。木の蓋を開けると蝋燭の明かりが仄かに照らす地下室にたどり着いた。


 地下室には酒樽が並んでおり、ひんやりとした空気、木の樽の匂いが充満している。扉を開け廊下に出ると、ロアノークといつも待ち合わせている部屋へと向かっていく。そこでまたヴィクトールはため息をついた。部屋の中からロアノークが奴隷を痛めつけている音がする。


「人と約束をしておいて、奴隷とお楽しみとは……」


 ヴィクトールが嫌々ながら扉を数回叩くと、中からロアノークのくぐもった声が聞こえる。


「はぁ、はぁ。入れ……」


 ヴィクトールが部屋に入ると、衣服を整えるロアノークと裸に剥かれた女の奴隷がいた。女は倒れ伏している。息はあるようだが体の所々から血を流しており、その痛々しさと、どうやったら性欲を満たしつつ、人を傷つけられるのか、ヴィクトールには理解ができず顔を背け、本題に入る。


「ご要望のとおりに連れてきました。オルテガとシッカートです」


 外套を脱ぎ、ヴィクトールは椅子に座る。その後ろに立つ形で、オルテガと呼ばれたガタイの良い男が外套を脱ぐ。


 髭に覆われた顔には、幾つもの傷跡があり、如何にも歴戦の猛者を思わせる風貌だ。その鼻はヒクヒクと動き、女の傷口から出る血の匂いを楽しむように鼻の穴が広がっており、恍惚とした笑みを浮かべている。その姿を見ると猛者というよりは戦闘狂に近い印象がある。


 シッカートと呼ばれた歪な体を持つ男は外套の頭の部分だけを外した。体を見せようとしないシッカートは鼻が高く、鷲鼻で顔がゴブリン寄りだった。ヴィクトールの後ろに立つわけでもなく、倒れ伏している女の目の前で、裸を舐め回すようにみており、話を聞いているのかすら怪しい。


「お前たちに頼みたいことがある……。アリシアの所のメイド。カレンとかいう女とエルフの女を連れてこい。」


 エルフの女と聞いて、シッカートが歓喜の声と共に顔を上げる。どうやらしっかり話は聞いていたようだ。


「エルフ!女!メイド!」


 興奮を隠せないシッカートをよそにオルテガが疑問を口にする。ヴィクトールは部下の非礼を詫びる気にもなれず肩を落とす。


「女の為に俺等を呼ぶって事は強いのか?」


「エルフは魔法を使う。奴の魔法の加護を受けたナイフでメイドが騎士団の剣を斬りおった……」


 オルテガが口笛を吹き、器用に音を鳴らすと喜びの表情を浮かべる。


「メイド自身は強いのか?」


 ロアノークが首を横に振る。


「……わからん。エルフの魔法で騎士団どもが蜘蛛子を散らすように逃げてしまってな。戦いにならんかった」


「じゃあ、エルフは強いんだな?」


 ロアノークが頷くとオルテガが喜びの声を上げ、体全体で喜びを表現するように両腕を高く上げる。


「いいじゃねえか、最高だ!」


「後はターニャとか言う騎士風の女だ、こいつはブュートリッヒにくれてやる約束だ。全員生きたまま連れてこい」

 

 荒くれと趣味嗜好が合う貴族にヴィクトールは嫌気が差しながらも、この船から降りる勇気もない自分の情けなさに嫌気が差していた。地下室に充満する据えた匂いと血の匂い、これがまたヴィクトールの気分を下げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。