赤金の勇者と赤髪の魔族
千尋はクロエの愚痴と言うべきか酔っ払いの戯言を聞かされている。出来る男、ウルブリヒトの計らいにより、アリシアとマリアベルは葬儀の打ち合わせをすることとなり、クロエを介抱する役目は千尋とチュクチに任された。
「あいつ、一任とか言ってたけど……。ただの丸投げよね?」
何度か繰り返されるクロエの思い出話は、最初は面白かった。千尋の世界ではバベルの塔、このアクロシアでは、エルフがホムンクルスを作ったことが神の逆鱗に触れた。
「そうですね……」
繰り返される思い出話にチュクチの耳も、もうたくさんとペタンと寝て抵抗しているようだ。
「まったく……」
ため息をつくように呟いた。くだを巻くクロエに向けたのか、どこの世界も神の名のつくものはろくなものではないと千尋は考えているのか。
千尋の世界の神も神罰の名の下に街を焼いたりしたと言う。
「その駄女神はエルフを見限っただけなの?私の世界の神はなかなかの暴れっぷりだったらしいけど?」
「お主の所の神もなかなかじゃな。静かに見捨てられただけじゃな……。最初のホムンクルスが子をなした頃には祈りは届かなくなっておったからな……」
「祈りが届く?」
千尋には理解し難い感覚だった。千尋も過去に祈った事がある。実父に母親共々殴られ死ぬかと思った時に祈った経験がある。その祈りが届いていたら、千尋の実父は天罰覿面、雷にでも打たれ死んだのだろうか。
「届くとどうなっていたの?」
「大体は恵みが齎されておったな。果実の実りがよいとか……な?」
「誰かの死を祈ったことは?」
千尋は自分の経験に照らし合わせて、経験者の意見を聞く。その突飛な質問にチュクチもクロエも目を丸くする。
「お主、そんな事を祈っておったのか?意外と陰湿じゃの?」
「あるのないの?」
「あるわけないじゃろ。祈りじゃぞ?」
少し酔いも覚めたようにクロエが答える。それだけ千尋の言う、死を望む祈りというのが衝撃だった。
「そうですよ、千尋さん。誰かの死を望んだら祈りじゃなくて、呪いですよ?」
千尋はチュクチの言葉に妙に納得がいった。祈ったから千尋の実父は死ななかったのだ。呪っていれば、或いはうまくいったのかも知れない。
「なるほど……ね」
次があったら千尋は上手く呪うだろう。納得したように頷く千尋と、理解してくれたかと頷くチュクチの解釈には大きな隔たりがあるようだ。
時を同じく。場所はラズカリグ。千尋やアリシアがいるエーダフォストからはるか南の大陸。
エーダフォストが瑞々しい緑の大陸であるのに対し、ラズカリグには荒涼とした乾いた大地が続いている。
この国は数ヶ月前に赤い髪のメネシオンと言う魔族に国は滅ぼされた。たが、滅ぶ前も後もこの景色は変わっていない。メネシオンが滅ぼす前からもう死に体で、国家と呼べるものではなかった。
王政が魔族との争いの中で数十年前に滅び、以降人々は争い合い、奪い合い生きていた。王城も荒廃し、盗賊の根城や、自称支配者の城に成り代わり、欲望に任せた簒奪が繰り返されていた。
1人の女性がいる。濃い褐色の肌、黒い皮鎧と対照的に映える赤い髪と赤い瞳が彩りを添えている。長い赤い髪から覗く耳は長く、エルフのようである。そして、その側頭部からは対を成す黒い角が伸びている。
「座り心地、悪るぅ……」
メネシオンが不満を漏らす。かつて国王が過ごしたであろう謁見の間は、何度も簒奪が繰り返される内に、戦いの後が刻まれ荒れ果てている。
今メネシオンが座る玉座もまた、簒奪のたびに破壊され、今は破壊が困難な石造りの重厚な椅子となっていた。メネシオンが硬い背もたれに背中を預ければ、その硬さに魔族ながらも辟易としてしまう。
「地の底に居るよりはマシでしょ〜?」
舌足らずな声がメネシオンをたしなめる。最初からいたのか、何処かから湧いて出たのか、その声の主は玉座の縁を撫で、硬さを確かめるようにしながらメネシオンに笑顔を向ける。
声の主はゆっくりとメネシオンの黒い皮鎧に包まれた褐色の身体を舐め回すように見つめる。その視線に気がついたメネシオンが、この先の行動を見透かしたように警戒する。
「触んないでくれる?」
「ケチねぇ、減るわけじゃないのに……」
そう言って残念がるのは少女だった。ニヤリと口角を上げると鋭く尖った犬歯が見える。真っ白な肌に炎のような短髪の赤い髪、角はないが頭から小さい蝙蝠のような羽根が生えている。メネシオンと同じく黒い皮鎧を着ているが、しっかりと着込むメネシオンとは異なり、露出が多く紐のように細く鞣された皮で身体を縛るようにして女性的な部分を隠している。
「メネシオンはこんな国取って何がしたいの?」
「別に……。お日様見てみたかっただけ。小さい子たちも外で遊ばせてあげたいし……」
少しバツが悪そうに目を逸らし、メネシオンが答える。その逸らされた視線の先にシュナレが回り込みニヤニヤと笑う。
「それで、国取りなの〜……。元から少なかったけど、残りの人間はどうしたの?殺したの?」
「いるよ、雄どもに監視させて。奪い合って殺し合ってた奴らなんて家畜じゃん?だから今は畑仕事やらせてる」
荒廃したラズカリグには産業はない。人々は資源を奪い合い、地位を奪い合った。そうしてラズカリグはメネシオンによって滅ぼされ、家畜へと人間は戻った。
殺していないことにシュナレは喜び、飛び跳ねている。
「ねぇ、見た目のいい男ちょっと貰っていい……?」
「……ダメ」
シュナレは肩を落とし、メネシオンを睨み頬を膨らませている。
「ケチ!」
「さっき言ってなかったっけ?てか、なんでそんな身体になっているの。シュナレ」
頬を膨らませ抗議をしていたが、話題が変わるとシュナレは急に涙目になる。
「冒険者の女にやられちゃったの……」
急に少女の様に振る舞うシュナレはわざとらしく嘘泣きをして、その真っ白な肌を包み隠すように身悶える。
「どうせ、無我夢中になって貪ってた所をやられたんでしょ?」
「あたりー!さすがはメネシオン〜。だからまた男を漁って体をもとに戻さないと……ね?。でもこの未成熟な身体も……」
シュナレはそう言うと自らの未成熟で真っ白な肌に、撫でるように指を滑らせ喘ぎ声を上げる。
「気持ち悪る……。他所でやってくれる?」
メネシオンは足を組みシュナレを侮蔑する。
「魔族のクセにお硬いのよ、メネシオンは」
「……それで。誰にやられたの?」
「聞いてくれる〜?マリアベルとか言うやつに後ろから」
そう言うとシュナレは自分の頭を手で持ち上げる。首から上が身体から離れるが何事もなかったかのようにシュナレは話しを続ける。
「首から上が本体じゃなかったら死んでたよ?もう……。それで残ってた魔力で身体を再構成したんだけど、足りませんでした〜!」
ケラケラと笑うシュナレに、呆れるようにメネシオンは視線を向ける。
「縦に真っ二つなら死んでたじゃん?」
「大丈夫よ、ほら。頭の骨って滑るから」
「あっそ……。でもやられっぱなしってわけにはいかないよね?暇だし……」
「アタシのためじゃなくて〜?」
「当たり前じゃん?で、そいつどこにいるの?」
メネシオンがニヤリと笑うと、シュナレも同じく笑う。シュナレの犬歯からはよだれが溢れて慌ててシュナレはそれを舐め取る。
「……んっ。エーダフォスト……」
「エルフ信仰の国、ねぇ……」




