勇者様、その道は逆です
シリーズに分けよう思っていましたが、小説家になろうでは続きで書いたほうがよさそうなので、再開します。
マリアベル・フィル・ブライヤは迷っていた。父と姉が急死したと言う知らせに、生まれ故郷のゼルディアへ帰郷の道半ばであった。近道をする筈が森の中で、いつかの千尋とは違う意味で五里霧中であった。
「なんで同じところばっかり……!」
森の木々には所々傷がつけられている。以前千尋がつけたもので、アルファベットが刻まれているが、この世界に生きるマリアベルにその意味を知ることはできない。
赤い髪の母と金髪の父から生まれ、綺麗なピンクゴールドの髪を側頭部で2つに束ねた髪が、汗ばんだ首筋に貼り付いて不快感が増す。そして何度目かのLの印を見つけて深い溜息をつき、苛立ちまぎれに叫んだ。
「何なの?呪いなの!」
その叫びは森を歩く2人組に届いていた。千尋とチュクチだ。千尋の暇つぶしの薬草採取にチュクチが付き合わされていた。元ギルド職員を携えて薬草採取など、他の冒険者が見つかったらずるいと毒づいたことだろう。
「……頭の悪そうな声がするわね?」
「千尋さん、それ本人の前で言わないでくださいね?」
2人の声が聞こえたマリアベルは、不安から解放され少し潤む目を擦り、森を駆け出した。
「人だぁ〜!!」
「ほら、頭が悪いわ……」
千尋の吐いた毒などマリアベルには効かなかった。鼻水と涙目で千尋に抱きつこうとするマリアベルを、心底嫌そうに引き剥がそうと千尋は苦慮している。
「お゙ね゙がい゙しま゙すーー!たすけてくださいーー!!」
マリアベルが落ち着くまで幾ばくかの時間を要した。人の世話を焼くのが好きなチュクチが、マリアベルに水筒を渡すと、マリアベルはそれを一気に飲み干す。
「ぷはーっ!おいしいー!!」
マリアベルの無遠慮の塊のような振る舞いに、同じく無遠慮の塊の千尋が眉をひそめる。
「なんなの、あんた……」
マリアベルは立ち上がる。聞かれたら答えなければならい。
「ボクはマリアベル・フィル・ブライヤ!人呼んで、赤金の勇者!」
赤と聞けば心がざわめく千尋だが、まったく琴線に触れなかった。仁王立ちで名乗りを上げた、自称だか他称だかわからない勇者はさておき。マリアベルという名に確かに聞き覚えがある。アリシアの姉の1人だ。
言われてみれば顔の造形などは似ている気がするが、母親が違うため細部は大分違う。丸顔に少し垂れ目の大きな目に、八重歯の目立つ笑顔。
親しみやすそうなマリアベルと庶民に寄り添うアリシア。主体的に人と関わるのがアリシアで、放っておいても人が集まるのがマリアベルと言う印象だ。
マリアベルは優しくしてもらったり、親切にしてもらうのが当たり前だから、無遠慮にそれを受け入れるのだろう。そういう意味では他人を見下すが故に、無遠慮な千尋とは違う無遠慮の塊だ。
マリアベルの服装は、千尋が想像する勇者とは大分異なり極めて軽微だ。
動きやすさを重視しているのか、ベージュの短パンに半袖のシャツと、探検を舐めている探検家のような装いに、ピンクゴールドの恐らく合金の鎧で胸や肩を守っている。
雨風をしのぐであろう外套には、千尋と同じような真新しい幼木の冒険者のバッジが輝いていて、昇格したてと思われる。
「アリシアの姉?」
「アリシアを知ってるの!話が早くて助かるよ!」
「逆よ、面倒くさいのよ」
珍客の乱入により、千尋の冒険者としての初仕事は不意に終わりを迎えた。種の冒険者からランクを上げていかなければ、赤い髪のメネシオンを殺すことは叶わない。目に見えて不機嫌な千尋をチュクチがたしなめる。
「まあまあ、人助けも冒険者の醍醐味ですよ?」
そんなありきたりで夢見がちな醍醐味など、千尋には興味がない。利他的な行動には見返りと理由が必要な千尋に、耳障りのいい美徳や人徳を説くチュクチはまだまだである。
「こいつ助けて、ランク上がるの?」
そんな千尋の反応にやっぱりかと諦めたように、チュクチはため息をつく。
一方で初対面の千尋に、こいつ呼ばわりされてもマリアベルは気にする様子はない。剛毅な性格なのか、何事も気にしていないようだ。
「さあ!行こう!我が故郷、ゼルディアへ!」
ビシッと腕を掲げ、ゼルディアとは違う方向を指差したマリアベル。
「なら、道案内は任せるわね?」
勝手に主導権を持っていこうとするマリアベルを、千尋はナイフのような言葉で切りつけ、主導権は渡さないと腕組みをしながら睨みを利かせる。
帰り道を知らないマリアベルは、パチパチと瞬きをして、困ったように苦笑いをする。
「えっと……。お願いします……」
「最初からそうやって殊勝に助けを乞えば、助けてもらえるのよ?勇者様」
冒険者のランクでも、元々の身分も下の千尋がマリアベルを蔑む。敗北を認めたように肩を落とすマリアベルに、ようやく千尋は満足気な笑みを浮かべる。
「それじゃ帰るわよ、チュクチ」
もはや忠犬と化したチュクチは尻尾を振りながら千尋に続く。そしてマリアベルは、妹アリシアを知るという2人と共にゼルディアに目指すことになる。
千尋があっさりと森を抜け、暫く道なりに進むとマリアベルも見知った石橋が見えてくる。
冒険者として生きると誓い、生家を飛び出した以来の生まれ故郷がもうすぐと思うと、マリアベルは複雑な心境になる。
父アンドレアスのデボネア、マリアベルの母親への不義理に始まり、アリシアの母を失ったあとの父の荒れよう。天真爛漫さが失せ、他責思考に取り憑かれた姉に嫌気が差して、マリアベルは家を飛び出した。
その父と姉が居ない生家。悲しみと困惑を感じながらも気まずさを感じない安堵感。そんなことを考えながらマリアベルはようやく見えてきたゼルディアへ、郷愁と言うのが正しいのか分からない感情を抱きながら向かうのだった。
「急に無口になったわね?」
マリアベルの内情を見透かしたように千尋はマリアベルを一瞥し、敢えてマリアベルにではなくチュクチに声をかける千尋。
「生まれ故郷に帰るんですから、仕方ないですよ」
チュクチも生まれ故郷を思い出しているのか遠い目で空を見上げる。どこまでも広がる青空をゆっくりと大きな雲が流れている。
「生まれ故郷ね……」
チュクチの生まれ故郷はこの空の下にあるのだろう。だが、異世界人の千尋の生まれ故郷はこの空の下にはない。
故に千尋はチュクチやマリアベルのように郷愁に思いを馳せることは出来ないし、父のいる生家などもう二度と帰る気はさらさらない。千尋は今は理想の世界にいる。
千尋は一瞬口角を上げた。他人の郷愁を笑ったのか、一瞬でも生家を思い出した自分を笑ったのか、あるいはその両方なのかもしれない。
ゼルディアへの門にたどり着けば、アリシアからもらっていた通行証が役に立つ。1列に並ぶ旅人や商人を横目に、当然のように進む千尋を見つけて門番の衛兵が一礼する。
衛兵が顔を上げた時、懐かしい顔を見つける。マリアベルだ。
「……マリアベル様、おかえりなさいませ」
「ご苦労……様です」
マリアベルも知った顔を見て、郷愁が実感に変わっていく。開かれた門から吹き抜けてくる風はほんのりと海の匂いがして、マリアベルは思わずを目を瞑る。嗅覚で故郷を感じ、聴覚で故郷のざわめきを堪能する。
「歩きながら目を瞑るんじゃない」
千尋がマリアベルをたしなめる。それは確かに当たり前のことを言っているが、どこか人間性の欠如を思わせる。それを見たチュクチは千尋に向けて目を細める。
「なによ?」
「千尋さんらしいですね?」
何のことを言っているか分からないがチュクチの機嫌が良さそうなので、飼い主としては悪い気はしない。
「で、直行していいわけ?」
「ああ、構わない!私は帰ってきた!」
門へと抜ける風はマリアベルのピンクゴールドの髪を遊ばせる。その姿にはもう迷いはなく勇者然としていたが、その決意とは裏腹にマリアベルの腹がなる。
ぐぅ~と周りに聞こえる音が自身のお腹からなったマリアベルは、少し恥ずかしそうに赤面する。
「市場寄ってていい?」
「お好きにどうぞ?勇者様」
腹ペコのマリアベルに先頭を譲る千尋の後ろに付き従うようにチュクチが歩き、勇者を先頭に1列に歩く。
千尋はこの奇妙な行進を見たことがある。子供の頃に学友の家で見たゲームの摩訶不思議な行進のさまが再現されているこの状況に、あれらはパーティー内の力関係や役割によるのかと、今更ながらに理解する。
「なるほどねぇ」
「なんか言いました?」
後ろを歩くチュクチが不思議そうに千尋を見ている。
「何でもないわ、ごく個人的な感想」
そう言って千尋は町中で1列で歩くなど非合理的だと、チュクチに歩調を合わせるようにして横に並ぶ。そんな二人のやり取りなど気にする様子のない腹ペコのマリアベルは屋台を回り、次々と串肉などの食べ物を買い、頬張っている。食べるごとに元気になるのか、無尽蔵に食べ歩くマリアベルに2人は言葉もない。
「食べる?」
成人男性の1日分は食べたであろうマリアベルが、やっと振り返り声をかけてきた。
千尋は道案内をした自分たちを無視して食べまくっていたマリアベルをあきれたように見つめ、差し出された一串を受け取る。
「よく食べますね?」
千尋も言いたかったが、食べることへの執着が強いマリアベルはどうせ答えないだろうと思い言わなかった言葉を、同じく一串もらったチュクチが口にする。
「はへはひへるとほまらなひんた」
「領主の娘が食べながら喋るのやめてくれる?」
ハッとしたマリアベルがゴクリと口の中のものを飲み込み、今更口元を押さえて話し始める。
「食べ始めると止まらないんだ!」
「それはわかります……」
見ていたらわかる事実を告げられチュクチも呆れているようだ。マリアベルに何かを聞きたいのなら、端的に直球で言わないといけないと千尋とチュクチは学習し、串肉と一緒に飲み込んだ。




