尻尾とエルフとサイコパス
こうして、千尋はターニャから服をせしめると、単身冒険者ギルドへと向かう。
退屈な貴族街を抜けて、賑やかな市場の屋台通りを進むと、ある屋台からは食欲をそそる肉の焼ける匂いがし、向かいの屋台からは熟した果実からは甘い匂いがする。便宜上アリシアの側仕えではあるが、千尋はまだ給金を受け取っておらず、無一文で誘惑にあふれる市場を静かな戦いを繰り広げていた。
「冒険者って、要はゴロツキ?」
市場の屋台通りを抜ける頃になると、鎧姿で赤ら顔の中年や、目つきの鋭い輩のような風体の男たちの姿が目立ち、千尋は端的に感想を呟いた。
幸い、千尋の感想は誰の耳にも入らなかったようで、目的の冒険者ギルドへと難なくたどり着いた。
外見はゼルディアの街並みに溶け込むクリーム色の壁に赤い瓦屋根の二階建て、窓から中を覗くと
食堂のような長椅子と長机が並んでおり、昼間から酒を飲む者もいる。お世辞にも治安がいいとは言えない感じがして、千尋はこんな所を紹介したターニャに失笑する。
「こんな所で、魔法に詳しいやつなんているのかしら……」
木製のスイングドアを開けて千尋ご中に入ると、ギィと音がなる。年頃の女性一人の来訪は珍しいのか、千尋の身体つきや端正な顔立ちが目立つのか、ゴロツキ風の男達が千尋を目で追いかけて口笛を吹いたり、ヒソヒソと話している声がする。
「ほんとにゴロツキかチンピラね……」
下品な反応を示すゴロツキ達を一瞥し、千尋が呟き、辟易したように視線を反対側に向けると、壁際のボードには幾人かの鎧姿、ローブかマント姿の人々が張り付いて、依頼の選別をしている。
千尋は初めてのギルド。初めてのゴロツキ、初めての冒険者に胸が躍る。ここで暴れたらどうなるだろうと想像を始めようと思っていると、奥のカウンターにいる銀髪の獣人の子供が、千尋に手を振っている。
「初めての方ですね!」
返事もせずに、つかつかと千尋は獣人の子供に歩み寄る。銀髪からは、シベリアンハスキーのような前向きの大きな耳が生えており、年齢はアリシアよりも下に見える。子供のような見た目のくせに、まるでコンシェルジュか何かのようなダブルボタンのベストを着、黒のスラックスの後ろからは太めの尻尾が生え、ぶんぶんと振るように動いている。
「尻尾!」
千尋はカウンターに乗り上げるようにしながら少年の尻尾に手を伸ばす。獣人の少年は驚いたように身を翻して千尋の手を避け、なかなかの俊敏性を発揮している。
「なんなんですか、一体!」
「尻尾よ、触らせて!」
「嫌ですよ!」
必死に触ろうとする千尋と、必死に避けようとする少年の攻防がカウンターを挟み、繰り広げられている。
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「ダメです!」
2人はにらみ合い、千尋は右に左にフェイントを掛け合いけん制している。千尋は獣人の少年をジトッとした目つきで睨み、唇をとがらせる。
「減るの?」
「減りません!」
「ならいいじゃない!」
2人の騒ぎが大きくなり、人が集まってくる。囃し立てるように応援するゴロツキや、賭けを始めるものまで現れ、少年はギルドの職員としての職務を思い出し躊躇した。その迷いは千尋には十分な隙だった。ついに少年の尻尾は千尋の魔の手によって蹂躙される。
カウンターに腰掛けて、ギルドの職員を押さえつけながら、千尋は少年の尻尾を撫で回す。
「へー、こうなっているのね……。付け根はどうなっているの?」
「絶対に嫌です!」
涙目でお尻を押さえる少年は、威嚇するときのジャギーのように大きく口を開けている。
「ケチね?あなた……。それで……なんで私が初めてかわかったの?」
ある程度の好奇心を満たせた千尋は、少年の尻尾の付け根は諦めて少年の尻尾を解放する。
「ここに来る冒険者の皆さんはバッジをつけてますので」
「バッジ?」
涙目になりながら尻尾を軽く撫でると、少年は職務を全うしようとカウンターの中に戻っていく。
「バッジは、冒険者のランクを視認するために付けています」
「金銀銅みたいな?」
「いえ、違います。紋様でランクが分かれているんです」
獣人の少年はカウンターの下をガサゴソとあさり、見本が入った小箱を取り出して、カウンター並べ始める。
「右から種、新芽、幼木、若木、大樹。冒険者の皆さんの成長や功績に合わせてバッジを更新します」
「へぇ~」
そう言って千尋は大樹のバッジに手を伸ばしたが、獣人の少年は千尋の手を叩く。その俊敏性に千尋は目を丸くする。
「ダメですよ!欲しかったら冒険者登録して、種から始めてください」
「本当にケチね?」
「ほんとに……。何しに来たんですか……?」
獣人の少年は呆れたというように肩を落とした。そしてバッジの見本を片付けると、ようやっと落ち着きを取り戻し、先ほど千尋に蹂躙された尻尾を労りだした。
「忘れてたわ……。魔法使える人いる?」
「魔法ですか?」
尻尾の毛並みを直しながら、少年は反芻するように聞き返す。魔法といえば、一人思い当たる人がいるが、その人を紹介していいものか少年は逡巡してしまう。
「いるにはいますけど……」
少年は、ようやく毛並みが気にならなくなったのか、スラックスの埃を払うと千尋に向き合う。
「どうしてですか?パーティを組むのでしょうか?」
「何言ってるの?教えてもらうのよ」
後ろから笑い声が聞こえてくる。何人かのゴロツキが千尋を舐め回すように見ながら、いやらしい笑みを浮かべて見ている。
「魔法なんかよりいいこと教えてやろうか?姉ちゃん?」
「俺の尻尾も気持ちいいぞ?触ってみるか?」
そのセリフを合図としたようにゴロツキが笑い出す。千尋は冷徹にゴロツキを一瞥すると、ダマスカスナイフに手をかける。
焼きながら切ればどうせ死なないしいいかと考え、鞘からナイフを抜きかけ、炎を纏わせようとしたその時。
「やめよ……。この小娘からかすかに魔力を感じる。お前たちのような酔っ払いでは、この小娘には勝てんぞ?」
「小娘?」
小馬鹿にするような言い方に、千尋が声のする方を見ると一人の大女が立っていた。ゴロツキ達はヤバいのが出てきたというように、各自食事や飲み物を持って別のテーブルに逃げていく。
大女は膝まで届くような長い茶色の髪に、大きなとんがり帽子。無駄に大きい胸、無駄に大きい尻。いや全てが大きい。身長から、態度から、耳までもが大きい。ツンととがった長い耳を千尋が凝視していると、その大女が笑う。
「なんじゃ、エルフは初めてか?」
「エルフ……?」
千尋の興味は、ゴロツキたちからエルフの大女に移っていた。抜きかけていたナイフを鞘にしまい、千尋は大女を見る。目が合った瞬間に、熱いものが全身を駆け巡る。赤い目をしていた。年も20代に見える。衝動と興奮を抑えながら、千尋は口を開く。
「あなた、何歳?」
大女は一瞬顔が固まった。まさか年を聞かれるとは思っていなかったようで、その不意打ちに笑いが止まらなくなる。暫く千尋の興奮をよそに大女は笑い続ける。
「面白いやつじゃのう……。妾は3064歳じゃ」
大女の返答に、今度は千尋の顔が固まる番だった。




