ウサギとジャギュア
千尋はメイド服のまま、冒険者ギルドへ出かけようとして、中庭でターニャと先日のジャギュアの子を抱きかかえたハーゼに止められた。
「なぜ?」
「なんでじゃないよ。襲われちゃうよ!」
ハーゼが体毛でよく分からないが血の気の引いた顔で千尋にすがりつく。千尋としては、襲われたら合法的に斬れる機会を得られると思っているのだろうが、ハーゼにそれを言うわけにも行かず、千尋は静かにターニャを見つめる。
ターニャは呆れた顔で、違う角度からメイド服で出掛ける事の無意味さを説く。
「メイド服でギルドに行って、相手にされると思うのか?」
「されないの?」
「されない……」
「なら、着替えるわ」
千尋の扱いはターニャが一番上手かった。出来るメイドのカレンとして振る舞う千尋の、異世界人ならではの根本的な知識不足の事情を知っている数少ない人間だからだ。
「ターニャ、私服を貸して」
メイド服とターニャを交互に見つめ、何か考えていた千尋がおかしなことを言い出して、ターニャは素っ頓狂な声を上げる。
「は?」
理解に苦しむターニャは、額に手を当て呆れる。胸以外の背格好がほぼ一緒なのだから、千尋としては合理的に考えればそうなるのだろう。
「私の服は、魔物の血やら何やらで汚れるているし……。まさか血まみれの服で、領主の館を出入りするの?」
含みのある言い方で巧みにターニャを脅し、服を貸す以外の選択肢はないようでターニャは肩を落とすと頭を掻きむしる。
「わかった……。ついてこい」
機嫌が悪そうに千尋を睨みつけるターニャの態度に、千尋は肩をすめてハーゼにやれやれと主張しているようだ。ハーゼは千尋とターニャ、それぞれの反応に苦笑すると、ジャギーの子の顎を撫でる。
ターニャを先頭に使用人の館を進む。ターニャは護衛として騎士の真似事をしているが、屋敷での扱いは使用人の一人だ。ターニャの私室は、作りも広さも千尋やハーゼの部屋とさして変わりなく、間取りという点においては目新しい発見はなかった。
ターニャの自室に千尋が入ると、ハーゼも何故かついて行く。ハーゼは大きな耳を揺らしながらキョロキョロと、ターニャの部屋を眺めて率直な感想を呟く。
「持ち物少ないの?」
「ん?ああ、寝に帰るだけだからな」
ターニャはクローゼットをあさり、千尋の体つきや、足の長さを確かめるように、千尋の全身を観察する。対する千尋もまた、ターニャの部屋を観察して私物の少なさにためを吐いた。
私物が少なく、ベッドと服をしまうクローゼット。鎧をかけるのだろうか、千尋には見慣れない飾り棚があるのみだ。私物が少ないのはターニャの自己評価、自己肯定感の低さの表れなのか、それともゴブリンに襲われて唯一生き残った事に対する罪悪感か。ターニャは贅沢品を忌避し、自分を罰するように、律しているように見える。
「ほんと、バカじゃないの……」
「……バカ?」
誰にも聞こえないように呟いたはずの千尋の声は、うさぎの耳を持つハーゼにはしっかりと聞こえていた。千尋と同じように静かに呟き、ハーゼは千尋を見る。その顔は少し心配しているような不安がっているような顔だった。
「こっちの話よ……」
クローゼットをひっくり返すように漁るターニャには2人のやりとりは聞こえていない。
千尋にはむしろ、何故クローゼットの中にそんなに物が入っているのかも疑問だった。部屋を独房の様に殺風景にしながら、見えないところに頓着しないターニャを、千尋はこの世界に血液型あるのなら絶対にO型だと思うのだった。
「これとこれ」
ターニャが渡してきたのベージュのチノパンのようなズボンと白いシャツだった。見られることに抵抗のない千尋はハーゼが狼狽える中、メイド服を脱ぎ着替え始める。太ももに装備されたダマスカスナイフの鞘を見てハーゼは驚きを声を上げる。
「ああ、これは護身用ね?」
感嘆の声を上げながらハーゼは自分も真似しようと思っているのか、少しスカートの裾を上げて考えている。ハーゼが手を動かしたので、ジャギュアの子は床に降り立ち、ハーゼの足の周りにスリスリと顔をこすりつける。
また何かを取り出したターニャが後ろを振り向くと、ほぼ裸の千尋とスカートを上げているハーゼの二人が居てターニャは目を丸くする。
「アンタ達、何やってるの?」
「見て分からない?着替えよ」
そんな事分かると言いたげに、ターニャは乱暴に持っていたものを千尋に投げる。ズボンを履き終わった千尋は受け取った物を広げる。何か分からずに見ていると、我に返ったハーゼが教えてくれた。
「革鎧よ、きっと。胸を守るヤツ」
ハーゼに革鎧と言われたものを預けて千尋はシャツを着る。ボタンを留め終わった所で、ハーゼが後ろからジャケットを着せるように革鎧を着せてくれる。右肩と胸を厚い革で保護され、後は革紐でコルセットのように締めて着るようだ。千尋の足にも顔を擦り寄せていたジャギュアの子はゆらゆら揺れる革紐にじゃれつき始めると、装備するのを邪魔する。
「こら、ジャギー?」
「ジャギー?」
「みんなで考えたんです。考えたのはハロルド様です」
ハーゼがジャギーと呼んだジャギュアの子を千尋が抱き上げる。千尋は意外な人物が名付け親になった事実に驚き、ジャギーの顎を撫でていると、ハーゼが革紐を締めてくれた。
「大きくなると言うし、いい名前を貰ったわね」
そう言いながらジャギーを撫でる千尋の顔は優しいお姉さんだが、中身は赤のシリアルキラーで、そして一式着上がった千尋は見た目は駆け出し冒険者。
千尋はダマスカスナイフを腰に下げてくるりと回り、気に入ったようにニヤリと笑う。ハーゼはパチパチと拍手をしている。
「ありがとう、貰っておくわ」
「あげてない!」
「ハーゼ。ターニャって、意地悪だと思わない?」
こんなに似合っているのにどう思うと動きで表現し、そして言葉でハーゼに同意を求める。この中で意地悪がいるとすれば、それは間違いなく千尋なのだが、ハーゼはそんな事を言い出せずに苦笑して誤魔化した。




