本当の敵
それから暫くはウルブリヒトの告発と言うべき、ブュートリッヒの悪行を聞かされていた。
「わたしがここにきて二年近く立ちますが、ブュートリッヒと言う男は、領主の影で色々やっていたようです」
「と……言いますと?」
アリシアは、亡き父があまり優秀でなかったと言われているようで、ウルブリヒトに申し訳なさそうな顔を向ける。
「まあ、そのお父上も一目置かねばならぬ貴族がおりましてね?」
「ああ、アリシア様。私はそろそろ葬儀の手配のほうへ……」
ハロルドは、薄っすらと額に汗を浮かべ、露骨に忙しさを強調して、そそくさと執務室を出ていった。
「あれは、なんか知ってるわね?」
退出するハロルドの背中を、頬杖と足組みという、およそメイドらしからぬ姿勢で見つめる千尋が毒づくと、カッツェは困ったように眉間のシワを解して千尋を見つめる。
「本当に、あなたはカレンなのですか?」
「ええ、そうですよ?私だって、猫被るくらいはします」
獣人相手にだいぶ皮肉めいた発言をする千尋に、カッツェは諦めたようにため息を吐くと、椅子から立ち上がると千尋をキツく見つめる。
「メイドの本分は忘れないように……。いいですね?」
「ええ、もちろんです。今もアリシアの為に働いています」
悪びれるでもなくアリシアを呼び捨てにして、千尋は肩をすくめる。苛立ちが怒りか、カッツェの眼鏡が小刻みに揺れている。が、その千尋の態度をアリシアが良しとしている手前、カッツェは言いたいことを飲み込んで、我慢しているようだ。
「私は屋敷やることがありますので、これで……」
主を呼び捨てにするメイドに、カッツェは大きなため息を吐くと、いよいよさじを投げたのかカッツェは退出する。
「で、なんの話だったかしら?」
この中で一番偉いのは誰なのか分からなくなったウルブリヒトは暫し絶句したが、咳払いと共に脱線していた話を戻す。
「ロアノーク男爵です」
「男爵?」
千尋は随分と爵位の低い貴族が出てきて、千尋は失笑したが、アリシアとターニャの反応は違った。
「ロアノーク男爵ですか……」
その名に聞き覚えがあるようで、二人の顔色は芳しくない。事情を知らない千尋をよそに話は進んでいく。
「もともとブュートリッヒを推挙したのが、ロアノーク男爵と聞いています。賄賂や斡旋、その他もろもろ。やりたい放題するために執政官を続けさせていたようで……」
アリシアの顔が暗くなる。領主になっても貴族たちを何とかしなければ、ゼルディアを良くするのは夢のまた夢なのだ。
「ロアノーク様は知っています。あまり感じのいい方ではありませんでした」
アリシアの中にその男爵との嫌な思い出があるのか、アリシアは身震いすると体を強ばらせる。
「男爵ではありますが、このゼルディアで一番の商人でもあります」
そう言ってウルブリヒトはまた愚痴りだす。アリシアとターニャは、時折憤慨しながらウルブリヒトの話を聞いていた。平民の冬支度にと予算を貰いながら、男爵に渡すのみ。ブュートリッヒと男爵で懐にしまったと聞けば、平民に気持ちが近いアリシアが憤慨するのは当然だ。
千尋はそんな小悪党じみた男爵には飽きてしまったようで執務室の中を見て回り、自由に過ごしている。
「所で……。あのメイドはなんなんですか?」
「……カレンですか?」
「自由すぎませんか?ブュートリッヒの件でも、何かと目端が利くと思いましたが……」
調度品の陶器を指で叩き、音を鳴らしていた千尋はテーブルに帰ってくると、やはりこの中で一番偉いとでもいうように、大きな態度で座る。
「そう見えたなら、隠しててもいい事はなさそうね?」
アリシアとターニャは驚く。正確にはターニャは驚きに加え狼狽えている。どこまで話すつもりかと千尋から目が離せない。ウルブリヒトはあまりの態度の急変に閉口していた。
「何日か前に牢屋から男が逃げたって話……。知ってる?」
「あーあーあー」
ターニャが立ち上がり、体操を始めた。千尋とウルブリヒトの2人にバカを見るように見つめられて、ターニャは気まずそうに静かに座った。
「その男がお前なのか?」
ウルブリヒトの眉間に壮年とは思えないほどのシワが寄る。ウルブリヒトからすれば、目の前のメイドは態度が悪いが女性的で、胸も大きく断じて男ではない。
「男と勘違いされてただけよ。だからターニャとアリシアに頼んで出してもらったの」
「と言う事は名前は……たしか……。千尋……だったか?」
「そういうことね?」
ターニャは頭を抱えていた。これまで必死に隠してきた事を、あっさり千尋が人に話した。
いつか千尋が、言っていた事が思い出される。バレたらどうなるか、脅すように千尋が首を切るような仕草をしたのを思い出す。
「今は領主がアリシアなのに、何ビビってんの?」
晴天の霹靂。アリシアが領主になった今、ターニャを罰するものは居ない。ターニャはギリギリで、死を免れたように喜びの顔を見せる。
千尋が正体をバラしたことなど、もはやどうでもいいと思っているようだ。千尋はそのターニャの反応をあきれたように見つめながらも、少し口角を上げてターニャに話しかけた。
「所でターニャ。いい加減ギルドの件。話を進めましょう?」




