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嘘つきメイドは尻尾がお好き

 アリシアが自分なりの領主の矜持に目覚めたその日の午後。千尋は外出していた。ターニャに約束通り、ギルドの場所を聞いて向かう途中であった。退屈な貴族街を抜けて、賑やかな市場の屋台通りへ向かう。便宜上アリシアの側仕えではあるが、千尋はまだ給金を受け取っておらず無一文で、生活感にあふれ誘惑の多い市場と静かな戦いの最中だった。


 時間は出かける前に戻る。メイド服のまま出かけようとしてターニャと先日のジャギュアの子を抱きかかえたハーゼに止められた。


「なぜ?」


「なぜじゃないです。襲われますよ?」


 ハーゼが体毛でよく分からないが血の気の引いた顔で千尋にすがりつく。千尋としては襲われたら合法的に斬れるじゃないと思っているがハーゼにそれを言うわけにも行かず、千尋はターニャを見る。呆れた顔でターニャは違う角度からメイド服で出るくことをやめさせようとする。


「メイド服でギルドに行って、相手にされると思うのか?」


「されないの?」


「されない…」


「なら着替えるわ」


 千尋の扱いはターニャが一番上手かった。カレンとして振る舞いながらも、千尋の根本的な知識不足の事情を知っている数少ない人間だからだ。


「ターニャ、私服を貸して」


「な…」


 なんでそうなるとターニャは言いたかったが、胸以外の背格好がほぼ一緒なのだから千尋としては合理的に考えればそうなる。こちらの洗濯方法では、千尋のオックスフォードシャツの返り血は落ちない。いっそ黒染めでもしたら着れるかと思わなくもないが面倒くさい。となれば、千尋はターニャから服を借りるのだ。


 深い溜め息をついて、ターニャは自室に千尋を案内する。護衛として騎士の真似事をしているが、屋敷での扱いは使用人の一人だった。


 ターニャの自室に千尋が入るとハーゼも何故かついて行く。ハーゼは大きな耳を揺らしながらキョロキョロとターニャの部屋を眺めている。対する千尋は冷静にターニャの部屋を見渡す。私物が少ない、ベッドと服をしまうクローゼット。鎧をかけるのだろうか、千尋には見慣れない飾り棚があるのみだ。


 私物が少ないのは自己評価、自己肯定感が低いからだ。ゴブリンに襲われて唯一生き残った事に罪悪感がある。故に自分を罰するように律する。


「ほんと、バカじゃないの…」


「…バカ?」


 誰にも聞こえないように呟いたはずの千尋の声は、うさぎの耳を持つハーゼにはしっかりと聞こえていた。千尋と同じように静かに呟き、ハーゼは千尋を見る。その顔は少し心配しているような不安がっているような顔だった。


「こっちの話よ…」


 クローゼットをひっくり返すように漁るターニャには2人のやりとりは聞こえていない。千尋にはむしろ、何故クローゼットの中にそんなに物が入っているのかも疑問だった。部屋を小綺麗にしながら見えないところが汚いターニャを見て、千尋はこの世界に血液型あるのならターニャは絶対にO型だと思うのだった。


「これとこれ」


 ターニャが渡してきたのベージュのチノパンのようなズボンと白いシャツだった。見られることに抵抗のない千尋はハーゼが狼狽える中、メイド服を脱ぎ着替え始める。太ももに装備されたダマスカスナイフの鞘を見てハーゼは驚きを声を上げる。


「ああ、これは護身用ね?」


 感嘆の声を上げながらハーゼは自分も真似しようと思っているのか、少しスカートの裾を上げて考えているようだ。ハーゼが手を離したのでジャギュアの子は床に降り立ち、ハーゼの足の周りにスリスリと顔をこすりつける。また何かを取り出したターニャが後ろを振り向くと、ほぼ裸の千尋とスカートを上げているハーゼの二人が居て目を丸くする。


「アンタ達何やってるの?」


「見て分からない、着替えよ?」


 そんな事分かると言いたげに、ターニャは乱暴に持っていたものを千尋に投げる。ズボンを履き終わった千尋は受け取った物を広げる。何か分からずに見ていると我に返ったハーゼが教えてくれた。


「革鎧ですよ、胸を守るヤツ」


 ハーゼに革鎧と言われたものを預けて千尋はシャツを着る。ボタンを留め終わった所でハーゼが後ろからジャケットを着せるように革鎧を着せてくれる。右肩と胸を厚い革で保護され、後は革紐でコルセットのように締めて着るようだ。千尋の足にも顔を擦り寄せていたジャギュアの子はゆらゆら揺れる革紐にじゃれつき始める、着るのを邪魔する。


「こら、ジャギー?」


「ジャギー?」


「みんなで考えたんです。考えたのはハロルド様です」


 ハーゼがジャギーと呼んだジャギュアの子を千尋が抱き上げる。千尋は意外な人物が名付け親になったなとジャギーの顎を撫でながら考えている内に、ハーゼが革紐を締めてくれた。


「大きくなると言うし、いい名前を貰ったわね」


 そう言いながらジャギーを撫でる千尋の顔は優しいお姉さんだが、中身は赤のシリアルキラー。そして一式着上がった千尋は見た目は駆け出し冒険者。千尋はダマスカスナイフを腰に下げてくるりと回り、気に入ったようにニヤリと笑う。ハーゼはパチパチと拍手をしている。


「ありがとう、貰っておくわ」


「あげてない!」


「ハーゼ、ターニャは意地悪ね?」


 こんなに似合っているのにどう思うと動きで表現し、そして言葉でハーゼに同意を求める。この中で意地悪がいるとすれば、それは間違いなく千尋なのだが、ハーゼはそんな事を言い出せずに苦笑して誤魔化した。


 こうして一人で千尋は冒険者ギルドのある市場と住宅街の間の大通りへと来ていた。市場とも住宅街とも違い、歩いてる人の目つきが違う。これが冒険者かと思いつつ、ギルドのスイングドアを開ける。レストランのような長椅子が並んでいて、昼間から酒を飲む者もおり、治安は良くなさそうだ。ゴロツキ風の男達が千尋を目で追い、壁際のボードには幾人かの鎧姿、ローブ姿の人々が張り付いて、依頼の選別をしているようで未知の世界だ。


 千尋は初めてのギルド。初めてのゴロツキ、初めての冒険者に胸が躍る。ここで暴れたらどうなるだろうと想像を始めようと思っていると、奥のカウンターにいる銀髪の獣人の子供が千尋に手を振っている。


「初めての方ですね!」


 つかつかと千尋は獣人の子供に歩み寄る。銀髪からシベリアンハスキーのような前向きの大きな耳が生えており、年齢はアリシアよりも下に見える。子供のような見た目のくせに、まるでコンシェルジュか何かのようなダブルボタンのベストを着、黒のスラックスの後ろから、太めの尻尾が生えぶんぶんと振るように動いている。


「尻尾!」


 千尋はカウンターに乗り上げるようにしながら少年の尻尾に手を伸ばす。獣人の少年は驚いたように身を翻して千尋の手を避ける。なかなかの俊敏性を発揮している。


「なんですか、一体!」


「尻尾よ、触らせて!」


「嫌ですよ!」


 必死に触ろうとする千尋と、必死に避けようとする少年の攻防がカウンターを挟み、繰り広げられている。


「いいじゃない。減るもんじゃないし」


「ダメです!」


 2人はにらみ合い、千尋は右に左にフェイントを掛け合いけん制している。千尋は獣人の少年をジトッとした目つきで睨み、唇をとがらせる。


「減るの?」


「減りません!」


「ならいいじゃない!」


 2人の騒ぎが大きくなり、人が集まってくる。囃し立てるように応援するゴロツキや賭けを始めるものまで現れ、少年はギルドの職員としての職務を思い出し躊躇した。その迷いは千尋には十分な隙だった。ついに少年の尻尾は千尋の魔の手によって蹂躙される。


 カウンターに腰掛けて、ギルドの職員を押さえつけながら千尋は少年の尻尾を撫で回す。


「へー、こうなっているのね…。付け根はどうなっているの?」


「絶対に嫌です!」


 涙目でお尻を押さえる少年は、威嚇するときのジャギーのように大きく口を開けている。


「ケチね?あなた…。それで…、なんで私が初めてかわかったの?」


「ここに来る冒険者の皆さんはバッジをつけてますので」


「バッジ?」


 新たな知的好奇心を刺激され、仕方ないと少年を解放した。涙目になりながら少年はカウンターの中に戻り、職務を全うしようとする。


「バッジは冒険者のランクを視認するために付けています。」


「金銀銅みたいな?」


「いえ、違います。紋様でランクが分かれます」


 獣人の少年はカウンターの下をガサゴソとあさり、見本を取り出してカウンター並べ始める。


「右から種、新芽、幼木、若木、大樹。冒険者の皆さんの成長や功績に合わせてバッジを更新します」


「へぇ~」


 そう言って千尋は大樹のバッジに手を伸ばしたが、獣人の少年は千尋の手を叩く。その俊敏性に千尋は目を丸くする。


「ダメですよ!欲しかったら冒険者登録して種から始めてください」


「本当にケチね?」


「ほんとに…何しに来たんですか…」


 獣人の少年は呆れたというように肩を落とした。そしてバッジの見本を片付けると、ようやっと落ち着きを取り戻し、先ほど千尋に蹂躙された尻尾を労りだした。


「忘れてたわ…。魔法使える人いる?」


「魔法ですか?」


 尻尾の毛並みを直しながら、少年は反芻するように聞き返す。魔法といえば一人思い当たる人がいるが、その人を紹介していいものか少年は逡巡してしまう。


「いるには居ますけど…」


 ようやく毛並みが気にならなくなったのかスラックスの埃を払うと千尋に向き合う。


「どうしてですか?パーティを組むのでしょうか?」


「何言ってるの?教えてもらうのよ」


 後ろから笑い声が聞こえてくる。何人かのゴロツキが千尋を舐め回すように見ながら、いやらしい笑みを浮かべて見ている。


「魔法なんかよりいいこと教えてやろうか?姉ちゃん?」


「俺の尻尾も気持ちいいぞ?触ってみるか?」


 そのセリフを合図としたようにゴロツキが笑い出す。千尋は冷徹にゴロツキを一瞥すると、ダマスカスナイフに手をかける。焼きながら切ればどうせ死なないしいいかと考え、鞘からナイフを抜きかけ、炎を纏わせようとしたその時。


「やめよ…。お前たちのような酔っ払いでは、この小娘には勝てんぞ?」


 一人の大女が立っていた。ゴロツキ達はヤバいのが出てきたというように、各自食事や飲み物を持って別のテーブルに逃げていく。


 大女は長い茶色の髪に大きなとんがり帽子。無駄に大きい胸、無駄に大きい尻。いや全てが大きい。身長から、態度から、耳までもが大きい。ツンととがった耳を千尋が凝視しているとその大女が笑う。


「なんじゃ、エルフは初めてか?」


「エルフ…」


 千尋の興味はゴロツキたちからエルフの大女に移っていた。抜きかけていたナイフを鞘にしまい、千尋は大女を見る目が合った瞬間に熱いものが全身を駆け巡る。赤い目をしていた。年も20代に見える。衝動と興奮を抑えながら千尋は口を開く。


「あなた、何歳?」


 大女は一瞬顔が固まった。まさか年を聞かれるとは思っていなかったようで、その不意打ちに笑いが止まらなくなる。暫く千尋の興奮をよそに大女は笑い続ける。


「面白いやつじゃのう…。妾は3064歳じゃ」


 今度は千尋の顔が固まる番だった。

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