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67話「再朝」

 目を覚ますと、カシアンは宿の部屋の真ん中に立っていた。片方の肩に槍を担いでいる。


 昨日の朝とまったく同じ光景。サリヤが訪ねてくる前、競技に出ると言って部屋を出ようとしていた、あのときと同じだ。


「では、訓練場で少し稽古をしてくる。薬は必ず飲んで――」


 カシアンが言い終えるより先に、ベッドから車椅子へ移る。彼の背後まで近づき、力いっぱい抱きつく。


 目の奥が熱くなる。喉が詰まる。


 腰に両腕を回し、背中に顔を埋める。


「アリア……?」


 背中越しに、心臓の音が聞こえる。


 その音を胸の奥へ刻みつけるつもりで、ずっと耳を澄ませる。頬を伝ったものが唇に触れ、口の中に塩辛さが広がる。


 しばらくして、口を開いた。唇が小刻みに震えている。


「行かないで……」


 声がひどく震えた。


 カシアンが私の手に自分の手を重ねる。そして、一本ずつ指をほどいてから、こちらを振り返る。


「何かあったのか……?」

「……試合にも出ないで……鉱山にも行かないで」


 彼は体を返すと、私の前に片膝をついた。指先が目元を拭う。


「悪い夢でも見たらしいな」


 私は両手で目元をぐっと押さえ、それから彼の服を掴んだ。


「どうしても……行かなきゃ駄目……? サリヤと結婚するほうじゃ、駄目なの……?」

「言っただろう。これが君と王国のために取れる最善の策だ」


 迷いのない答え。


 カシアンが私の顔をじっと見上げる。


「本当に、俺が婚姻を結ぶことを望んでいるのか?」

「うん……本当だよ……」


 彼はふっと笑い、私の頬を軽くつまんだ。


「な、何……?」

「いや……一度、やってみたかった」


 ぽかんと彼を見つめる。けれど、その笑みはすぐに消えた。


 カシアンの手が、私の首元へ伸びる。


「この傷は、いつできた?」

「傷……?」


 視線を落とすと、襟元から真っ黒な線がわずかに覗いている。


 黒魔術の痕跡(こんせき)異端(いたん)刻印(こくいん)


 クロノアの言葉が蘇る。


 死の淵で位相(いそう)が入り交じったからこそ、過去へ戻ることができた。位相は時間よりも上位にある概念だから、時間を戻しても元には戻らない。


「これは……! あの、これは……!」


 カシアンは何も言わない。ただ私の襟を引き上げ、傷を隠してくれる。


「人目について得をするものではない。きちんと隠しておけ。それと、心にもないことを言うものではない」


 それだけ言って、扉へ向かって歩いていく。


「カシアン!」


 呼んでも振り返らなかった。


「……バカ」


 彼が出ていってしばらくしてから、ペンダントを握りしめた。


 青かった魔力石は、色の抜けた灰色に濁っている。どれだけ意識を集中させても、その奥には光の筋ひとつ灯らない。


 ぎゅっと目を閉じ、開く。


 両頬をぱんっと叩き、懐に入れていた髪紐を取り出して髪を束ねた。そのまま宿を出た。



***



 サリヤの部屋は、几帳面すぎるほど綺麗に整えられていた。


 飾りと呼べるものは、窓辺に置かれた一束の花くらい。その香りが、部屋の中に淡く漂っている。


 机の片隅には、ティーポットと茶器がきちんと並べられている。


 サリヤはわずかに首を傾げて私を迎えた。


「ちょうどこちらから伺おうと思っていたのですが……まさか先にいらっしゃるとは」


 私の顔を確かめるうち、彼女の目が細くなる。


「それで、ご用件は?」

「サリヤに、お願いがあるの」


 膝の上で両手を強く握り合わせる。


「カシアンが試合で勝てるように、手伝ってほしい」


 サリヤの唇が、一度固く結ばれた。


「彼に命を懸けさせるとおっしゃるのですか?」

「王国には魔力石が必要だし、私の薬も手に入れなきゃいけないから」

「それならば、婚姻を受け入れるほうがましなのでは……」

「私が止めても、カシアンは出るよ。すっごく頑固だもん。……それに、私も嫌なの」


 前と同じ答え。


 ただ、今度は目を逸らさない。


「私、まだ『好き』って何なのか、よく分からないの。友達を好きなのと、男の子を好きなのって、何が違うのかも分からない」


 胸に手を置く。掌の下で心臓がひとつ、大きく鳴った。そこだけが熱を持って、きゅっと縮まる。


「でも、カシアンが怪我すると、ここが痛くなるの。いなくなるとずっと探しちゃうし……他の人と結婚するって考えたら、息もしたくなくなるくらい嫌なの」


 サリヤの指が、スカートを握りしめた。


「それは、欲張りです」

「うん。分かってる。だから、ひとつ諦める」


 車椅子の上で、深く頭を下げる。


「サリヤ、お願い。助けてください。カシアンが勝ったら――私、彼のそばから離れるから。そうしたら、きっとサリヤのことも見てくれるよ。カシアンは頭がいいから、ちゃんと考えてくれるもん。私よりサリヤのほうがずっとしっかりしてるし、体だって丈夫だし……きっと、いつか結婚してくれるよ」


 長い沈黙が続く。


 返事がないまま顔を上げると、サリヤは私ではなく、髪を束ねた紐を見ていた。


 彼女が口を開いた。


「その髪紐……どこで手に入れたのですか?」

「髪紐……?」


 後頭部へ手を伸ばし、髪紐を解く。掌に載せて差し出した。


「これ……霊甲族トルガのヴァルマっていうお姉ちゃんにもらったんだけど。これがどうかしたの……?」


 彼女はしばらく、髪紐から目を離さなかった。それから机へ戻り、茶器を手に取る。


「……分かりました。お力を貸しましょう。そもそも、私もカシアン様が負けることなど望んではいませんから」

「本当に……?」


 サリヤはカップに茶を注ぎ、そのひとつを私のところまで運んできた。


「どうぞ。頭痛に効くお茶です」


 一口すすると、温かな茶が喉から腹へ落ち、内側の強張りがほどけていく。


 サリヤも自分の茶を一口飲み、続けた。


「ですが、どうやってカシアン様を勝たせろと? そんな方法があるのなら、とうに実行しています」

「うーん……ねえ、紙と鉛筆ある?」

「突然ですね?」

「うん。必要なの」


 サリヤは片眉を上げたものの、それ以上は聞かず、引き出しから紙を数枚と鉛筆を取り出した。


 机を借りて紙を広げ、絵を描き始める。


 何のための動きなのかは分からない。ただ、 記憶の中にあるあの光景を、そのまま紙へ移していく。


 カシアンを殺したマハリ族の戦士。槍を握る手の形。踏み込む足の角度。突きを放つ直前、わずかに落ちた肩。


 描き終えたものをサリヤに渡す。


「絵……お上手なんですね」


 サリヤの手が、紙の上でぴたりと止まる。


「それで、これは何の絵です? 槍を持った戦士……?」


 紙をめくっていた彼女の目が、ふいに鋭くなる。


「待ってください。これは……」

「明日の競技に出る、一番強いマハリ族の戦士が使う槍術(そうじゅつ)だよ」


 サリヤは最初からもう一度すべてに目を通し、私を見た。


「なぜ、あなたがこれを知っているのです?」

「えっと……」


 視線を落とす。


 床を見ていると、首から下がった、光を失ったペンダントが目に入った。


 唇を舐めてから、口を開く。


「魔法で……その……周りの魔力の流れを読んだの。一番強い人の流れと、動きが……なんとなく、分かったというか……」


 おそるおそる目を上げる。サリヤは口元を軽く手で覆いながら、もう一度絵に目を通していた。


「……魔法というのは、そんなことまでできるのですね。オルネン家が王国随一の魔導家門とは聞いていましたが……驚きました」

「そ、そうだよ! 私、すごいんだから。でもこれは秘密ね! まだ知られちゃいけない、秘密の魔法なの……」


 サリヤは紙を机へ置き、私を見る。


「……すべてを鵜呑(うの)みにする気はありませんが、カシアン様に関わることです。ひとまず本当だと信じましょう。それで、これを使って何をしろと? この槍術への対策を練れるよう、稽古(けいこ)相手を用意すればよいのですか?」


 私はにっと笑って、声を弾ませた。


「うん! 武術って、結局は読み合いでしょ? 相手が何をしてくるのか先に分かっていれば、カシアンなら勝てるよ!」


 サリヤは眉間を押さえ、小さく首を振った。


「分かりました……この槍術(そうじゅつ)に通じた戦士を探してみましょう。ただ、一日で対策を身につけられる保証はありません。それから、私からもひとつお願いがあります」


 その言葉に、少しだけ俯いて指先をもじもじと動かした。


「……心配しないで。試合が終わって、全部片づいたら……私、カシアンのそばから離れるから」

「……その話は、すべて終わってからにしましょう」


 思わず顔を上げた。サリヤは茶を一口すすぎ、伏せていた目をこちらへ戻す。


「正直に申し上げれば、あなたが離れたからといって、カシアン様が私を選んでくださるとは思っていません。そんな形であの方の心を得たいわけでもありません」



 膝の上で重ねられた指が、強く結ばれる。



「ですが……私もまだ、カシアン様を諦めたわけではありません。ですから今は、あなたの約束を受け取っておきます」

「サリヤ……」


 彼女は片手に絵を持ったまま私へ歩み寄ると、私の手に残っていた髪紐へ目を落とした。


「それに……ご先祖様の客人からの頼みとあっては、あまり無下にもできませんから」

「ご先祖様?」

「何でもありません」


 サリヤは扉へ向かった。その前で足を止める。


「お願いというのは――もし、カシアン様が危険に陥ったら、あなたが守ってください。魔法でも何でも構いません」


 車椅子を返し、彼女を見る。


「私が……?」

「ええ。私たちが動いたところで、使えるのは機械仕掛けの武器や道具くらいです。少し細工をすれば、すぐに気づかれるでしょう。それに、神聖な闘技へ手を出すことは冒涜(ぼうとく)です。ただでは済みません」


 サリヤがこちらを振り返る。


「ですが、あなた方の使う魔法なら可能でしょう。翠蘭すいらんは資源に恵まれているぶん、魔力に頼る必要がなく、魔法そのものがさほど発達していません。あなたが魔法を使ったところで、気づいた頃にはもう術は発動しているでしょう」

「じゃあ、私はどうなるの……? 闘技に手を出しちゃ駄目なんでしょ?」

「さあ。冒涜者として投獄(とうごく)されるか……ひどければ死刑でしょうね」


 ごくりと唾を飲み込む。ペンダントを指先でいじる。


 ――魔力はもうない。


 それでも、襟元(えりもと)へ片手を差し入れ、服の下に隠れた黒い傷跡を指の腹でなぞる。


「分かった……約束する」


 サリヤが深々とため息をついた。


「はぁ……純粋なのか、馬鹿なのか。死ぬかもしれないと言っているのに、なぜそんな簡単に答えるのです」

「それは……」

「まあ……私も人のことは言えませんが」


 その言葉に、彼女のそばまで車椅子を進め、袖を掴んだ。


「どういう意味?」


 サリヤは片手に持っていた絵を掲げる。


「この槍術は、ラサンの領外に暮らす部族が使うものです。治安もよくありません」

「危ないんじゃないの? 護衛の人も連れていってよ」

「一人で行きます。護衛を連れていけば、お父様に知られますから」


 そう言って扉を開き、外へ出ていく。


 最後に、サリヤは振り返らないまま言った。


「まったく……カシアン様は、本当に困ったお方ですね」


 彼女がいなくなってから、閉じた扉へ小さく呟いた。


「……ありがとう」



***



 日が暮れる頃に帰ってきたカシアンは、前回とまったく同じ有様だった。


 汗に濡れた服。裂けた袖。腕には、昨日までなかった痣がいくつも増えている。


 私はすぐに彼の槍を奪うように受け取った。ずしりとした重みが両腕にかかり、使い込まれた穂先(ほさき)からは、かすかに鉄の匂いがする。


「カシアン、今日の練習どうだった? 誰か手伝いに来てくれた?」

「ああ。変わった槍術を使う者が、稽古をつけてくれた」

「そっか!」


 その答えに、口元がにんまりと緩んだ。


 槍を壁際に立てかけると、机の前から椅子を引き出す。


「カシアン、こっちに来て座って」

「アリア、俺はいい。すぐに出なければ――」

「座って」


 カシアンは無言で私を見ていたが、結局は椅子に腰を下ろした。


 あらかじめ受け取っておいた食事を手に取り、スプーンを差し出す。


「あーん」

「……食欲はない」

「昨日もほとんど食べてないでしょ。力がなきゃ戦えないよ」

「あとで――」


 言い終える前に、スプーンを口へ突っ込む。


 彼は口の中で何やらもごもご言っていたが、結局、口に入ったものはきちんと噛んで飲み込んだ。


 二口目からは諦めたのか、差し出すたびに素直に口を開けた。そのまま一杯、きれいに平らげさせる。


 次に、用意しておいた水桶(みずおけ)と布を引き寄せた。


「服も脱いで」

「……」

「脱いで」


 カシアンはため息をつき、服を脱いだ。


 水で濡らした布を絞り、顔から首、肩、腕へと順番に拭いていく。


 傷に触れるたび、彼の肩がぴくりと強張った。そのたび指先の力を抜き、そっと汚れを拭った。


 全部終えると、整えておいたベッドを指差す。


「はい。次はあそこで寝て」

「どのみち零時(れいじ)には、戦士の儀式を受けに出なければならない」

「だから、それまで寝るの」

「俺はいい」

「駄目!」


 思わず声を張った。


「寝るのだって大事なんだから。ちゃんと休まないと、明日ちゃんと戦えないでしょ。私が起こしてあげるから、寝て」

「……君は寝ないつもりか?」

「カシアンが寝たら、私も寝る」


 とうとう折れたカシアンが、剣を持ってベッドへ向かった。


 私はその剣を取り上げて脇へ置き、彼に布団をかける。それから、肩をぽん、ぽんと叩く。


「眠らないぞ。俺は眠くないと言ったはずだ。それより、君はちゃんと食事を取ったのか?」

「目、閉じて」


 空いているほうの手で、彼の瞼を指先で閉じる。そのまま肩を叩き続けているうちに、返事がなくなった。耳を澄ませると、深い寝息が聞こえる。


 その顔を眺めてから、机へ移る。


 瞼は重い。それでも用意しておいた紙を広げ、鉛筆を握った。


 腕時計を見る。零時まで、あと四時間。


 ちょうど日が沈みきった頃、クロノアの声が響いた。


『アリア。……君、時間を戻したね』

「……うん」

『あれだけ大事に使えって言ったのに! しかも黒魔術まで使ったでしょ。全部分かってるからね! 何度言えば分かるの。位相は戻らないんだよ!』


 鉛筆の先が、紙の上で止まる。


 喉が詰まる。


「……だって、仕方なかったんだもん」


 クロノアは、それ以上何も言わなかった。


 その沈黙は、叱られるよりもずっと長く感じた。


「クロノア。私、眠いから……話し相手になって」

『……分かった』


 もう一度、鉛筆を動かす。気がつけば、紙の上にはカシアンの顔が描かれていた。


 片手で首から下がったペンダントを弄りながら呟く。


「私、本当に無能になっちゃったね。もう魔法も使えないし……」

『……魔力だけで、人の価値が決まるわけじゃないから。さっきは怒ってごめんね、アリア。元気出して』

「ううん……全部、私が悪いんだもん。……ねえ、クロノア。私、どうして黒魔術を知ってるんだろう」


 鉛筆が、また止まる。


「カシアンが死にそうだったとき、習ったこともない言葉が勝手に口から出てきたの。……なくなった位相って、時間を戻しても戻らないんだよね?」

『うん。位相は存在そのものを形作る魂だからね。そもそも黒魔術でも使わない限り、位相そのものが失われることなんてない』

「やっぱり……。でも、『サエナ・ミル』って……何なの?」


 少し間を置いて、クロノアが声を低くした。


『自分の位相を、他人に分け渡す術だよ。位相は肉体を形作っているものでもあるから、体が傷つけば位相にも傷がつく。その傷を、君の位相で無理やり埋めるんだ。魂を治療する術だね』

「傷……? でも、位相って戻らないんじゃなかったの? カシアンは、時間を戻したら治ったよ?」

『位相が傷つくことと、失われることは違うんだよ。傷なら治る。でも、指を根元から切り落としたら生えてこないでしょ? それと同じ』


 手袋を外し、鉛筆を指の間でくるりと回す。鉛筆に反射した月明かりが、手に刻まれた黒い傷跡の上を滑っていく。


「……黒魔術を使っても、結局助けられなかった」

『……位相は、傷つきすぎると体に残っていられなくなるんだ。傷が半分を超えたら、もう体から離れてしまう。そうなったら、君の位相を分けても、傷を治しても助けられない。だから、あまり自分を責めないで』


 鉛筆を置き、机に頬をつけた。冷えた木に触れたところから、頬の熱が引いていく。


「ねえ、クロノア。記憶を失う前の私も、黒魔術をたくさん使ってたんだよね? こんなに傷が残ってるってことは……私の位相って、どれくらいなくなってるの?」

『うーん……三分の一くらいかな』

「えっ、そんなに?」


 思わず体を起こしたものの、すぐにまた机へ肘をついて顎を載せた。


「じゃあ、位相が半分以上なくなったら、どうなるの? 傷つくのとは違うんだよね? 時間を戻しても戻らないなら、ずっとなくなったままなの? 体は大丈夫なの?」

『気になることがいっぱいあるんだね。まあ、覚えてないこともあるだろうし……ひとつずつ答えてあげる』


 クロノアが一度、声を整えた。


『半分正解で、半分間違い。何度も言うけど、位相は絶対的なものなんだ。誰かに分けても、君の位相であることは変わらない。何千年も経てばいずれ君のもとへ戻って、元の形を取り戻せば、また肉体を得て生まれ変わる』

「へえ……」

『でも、位相そのものが半分を保てなくなったら――君という存在自体が崩れる』

「……そうなったら、どうなるの?」


 ごくりと唾を飲み込んだ。


『この世界から、「君」という存在そのものが消える。最初からいなかったことになる。世界は君を忘れて、君なんていなかったことにして、空いた場所を勝手に埋めてしまう』

「なんか……怖いね」


 窓の外から虫の声が大きく押し寄せ、また遠のいていく。


 ベッドへ目を向ける。布団が規則正しく上下していた。


「三分の二残ってるなら、まだ何回かは使えるってことだよね?」

『そうだけど……本当に控えたほうがいいよ。位相は君の体を作る根っこなんだから。減れば体も弱るし、いろいろ影響が出る。今は頭痛で分からないだろうけど、その前だって、ずっと目眩するって文句言ってたんだからね』

「そんなこと、言った覚えないけど……。まあ、分かった。心配しないで」


 カシアンの寝顔に目をやると、頬が緩んだ。


「今、カシアンの体の中には……私の魂が入ってるのかな?」

『うん。そういうことになるね』


 また、くすっと笑いがこぼれる。けれど、瞼はもう開けていられないほど重い。


「クロノア。私、ちょっとだけ寝るね……十一時半くらいになったら起こしてくれる? カシアンを起こしてあげるって約束したの」

『うん、わかった』

「絶対だよ。ぜったい……」

『心配しないで。おやすみ、アリア』


 その声を最後に、瞼がとうとう閉じた。

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