第七章 砂盤演習(二)
戦線は、さらに前へ進んだ。
両軍の前線部が、少しずつ姿を見せ始める。
楼上が、にわかにざわついた。
「ぶつかったぞ!」
「遮蔽旗が開く!」
「前線を見ろ!」
見物していた者たちが、一斉に中央の欄干へ押し寄せる。
老校尉は人に押され、危うく手の酒壺を放り出しそうになった。
慌てて胸に抱え込む。
「俺の酒を押すな!」
隣の者が、思わず突っ込んだ。
「おまえは推演を見に来たのか、酒を飲みに来たのか、どっちなんだ」
老校尉は胸を張る。
「俺の勝手だろうが!」
砂盤の中央に、最初の接触区域が現れた。
白軍の騎兵が、散って退く黒軍の前鋒を追っている。
黒軍の前鋒は退きながら、なおも応戦していた。
そのせいで、白軍は追いづらい。
速く追えば、隊列が引き伸ばされる。
遅く追えば、戦果が足りない。
呉猛は焦らなかった。
竹竿が、北側高地を指す。
白軍の主力が前へ出始めた。
同時に、西側の枯林に潜ませていた弓騎が外へ展開し、黒軍の後軍が左へ移る道筋へ圧をかける。
この一手が落ちると、楼上の多くの将たちがすぐに異変を見抜いた。
「黒軍の中軍が押さえ込まれるぞ」
「後軍も展開できん」
「糧隊も戦線の外だ」
「呉参軍は三方から網を絞る気だ」
陸闥は陸闕を見る。
何か聞きたそうだった。
だが、何を聞けばいいのか分からない。
陸闕の目は、旧駅道に釘づけになっていた。
あの三隊の歩兵は、まだ前へ進んでいる。
一度の移動距離は短い。
正面の戦線にも加わらない。
全軍が激しく動く中で、ほとんど存在感がなかった。
だが陸闕は、見れば見るほど違和感を覚えた。
静かすぎる。
この兵だけが、あまりにも静かだ。
沈瓷が、再び竹竿を動かした。
黒軍の中軍が右へ半里ずれる。
後軍は左へ寄る。
だが、崩れかけた前鋒を助けには行かない。
糧隊は、さらに後退。
旧駅道の歩兵は、また一段前へ進んだ。
どれも、小さな動きだった。
一見すれば、意味のない微調整にしか見えない。
そして最後に、沈瓷の竹竿は乱石灘の後縁へ落ちた。
軽く、ひと拨き。
隅に置かれていた小旗が、ほんの一寸だけ前へ動く。
一寸。
それだけだった。
楼上の大半の者は、その動きにすら気づかなかった。
だが、黒軍側で旗を置く兵士には見えていた。
その小旗は、乱石灘の後縁にある浅い溝口へ、もうほとんど貼りついている。
兵士の背中に、なぜか冷たいものが走った。
その浅い溝は狭く、位置も偏っている。
目立たない。
沈瓷が何度もその小旗に触れていなければ、誰もそこへ視線を落とさなかったはずだ。
兵士は旗をしっかり立て、手を下ろして後ろへ退いた。
一言も、聞く勇気はなかった。
楼上では、すぐに誰かが首を振った。
「細かい動きばかりだな」
「これでは局面は救えんだろう」
「呉参軍があと二手も圧をかければ、黒軍の兵線は切れる」
だが陸闕は、そのとき背中が少し冷えるのを感じていた。
一つ一つの小さな動きは、単独で見れば目立たない。
けれど、それらが合わさると、黒軍の陣勢全体が少しずつ向きを変えていた。
ごくわずかに。
そして、とてもゆっくりと。
ほとんどの者には分からない。
だが、呉猛なら必ず気づく。
案の定。
陸闕の目には、呉猛がその変化に合わせて網を絞り始めているのが見えた。
ただし。
旧駅道のあの線だけは、まだ誰の正面判断にも入っていない。
陸闕には、それが最後の後手なのかどうかまでは分からなかった。
けれど、一つだけ確信している。
沈瓷は、まだ本当の刃を抜いていない。
呉猛の第三手。
殺しに来る一手が落ちた。
沈瓷が高地を取る気をまるで見せないと見るや、呉猛は白軍の北側高地の主力を前へ押し出した。
さらに河湾部の騎兵で、黒軍の中軍の側背を切りに行く。
枯林の弓騎は、黒軍の後軍を封じる位置へ。
前鋒を追っていた三割の兵力も、そのまま追撃を続ける。
四つの線が、同時に圧をかけた。
楼上の誰の目にも、黒軍の劣勢は明らかだった。
「黒軍の前鋒はもう引っかかっている」
「補給路の兵は下がりすぎだ」
「この局は、もうすぐ終わるな」
陸闥は嬉しそうに手を叩いた。
「ははっ、あの焼き物職人、このまま終わりだな!」
だが陸闕は眉を寄せた。
「いや。まだ終わっていないはずだ」
陸闥はぽかんとする。
「兄上、なぜそう思うのです?」
陸闕は、砂盤の下に立つ、粗末な布の短衣を着た少年を見た。
「……表情を見ろ」
陸闥は沈瓷を見る。
沈瓷は、黒軍の陣の後ろに立っていた。
背後には、刀を持った親兵がいる。
楼上も楼下も、彼を嘲る陸家軍の将ばかりだ。
それなのに。
沈瓷の手は、少しも震えていなかった。
おかしい。
何より恐ろしいのは、明らかな劣勢に追い込まれているはずなのに、沈瓷の顔に、かすかな笑みが浮かんでいることだった。
どこか、面白がっているような。
本当に、ただの焼き物職人の少年なのか。
陸闕は胸の内で低く呟く。
——何かを待っているのか?
黒軍側の兵士が、再び沈瓷の指示どおり旗を置いた。
旧駅道の歩兵は、さらに前へ進む。
やはり速くはない。
やはり目立たない。
旗を置く兵士の手のひらは、すでに汗で濡れていた。
この兵がどこへ向かうのか、まったく分からない。
だが沈瓷の竹竿があの線に落ちるたび、奇妙な感覚が胸に残った。
袖の中に隠した刃の位置を、少しずつずらしているような。
その刃が鞘から抜かれない限り、どこを斬るつもりなのか誰にも分からない。
兵士は目を伏せ、旗を立てる。
唇を噛んで、元の位置へ下がった。
楼上で、ついに誰かがこらえきれずに言った。
「あの歩兵、結局何に使うんだ?」
誰も答えない。
老将たちでさえ、すぐには答えられなかった。
陸闥は陸闕を見る。
だが陸闕の目は、まだ旧駅道に釘づけだった。
しばらくして、陸闕は低く言った。
「そろそろ、血が出る」
砂盤の上では、白軍の攻勢がさらに進んでいた。
黒軍は、なおも後退、偏移、散開の三つを続けている。
表面だけを見れば、沈瓷はもう呉猛に死角へ追い込まれかけていた。
楼上の多くは、勝敗が決まりつつあると思い始めている。
それでも陸闕だけは、欄干の前に立ったまま動かなかった。
風が小楼を抜け、衣の袖を揺らす。
陸闕は、黒軍のあの不気味なほど静かな側路を見つめていた。
その目が、少しずつ沈んでいく。
この一局。
呉猛は、沈瓷に後手を見せさせようとしている。
沈瓷は、呉猛に正しい選択をさせ続けている。
互いに、相手を追い詰めている。
本当に勝敗を決める一手は——
まだ落ちていない。
楼上から見下ろせば、沈瓷は呉猛に一歩ずつ死角へ押し込まれているように見えた。
「黒軍の前鋒はもう切れそうだ」
「中軍も押さえられてる」
「後軍も展開できそうにないな」
「旧駅道の歩兵は、まだのろのろ進んでいる。間に合うのか?」
「間に合うわけがない」
「仮に旧駅道の兵が回り込めたとしても、呉参軍はもう見えているはずだ」
その言葉が落ちた直後。
西側の見物席で、誰かが低く声を上げた。
「見ろ。呉参軍が動いた!」
また、楼上の人々がどっと西側へ押し寄せる。
陸闥も走り出そうとした。
だが、その肩を陸闕がまた押さえる。
「兄上?」
「何度も言わせるな。ここに立っていろ」
「ですが、呉——」
陸闥が言い返そうとしたところで、陸闕が遮った。
「見えている」
陸闕の目は、白軍の半陣へ沈んでいた。
呉猛は、やはり旧駅道の異変に気づいていた。
白軍の枯林の弓騎から半隊を分け、旧駅道の出口へ圧をかける。
河湾部の騎兵を一割だけ戻し、旧駅道と黒軍の中軍をつなぐ線へ斜めに圧をかける。
白軍の本営後軍は再び引き締まった。
口は残している。
だが、前より半分ほど狭い。
北側高地の主力は止まらない。
なおも黒軍の前鋒と中軍へ圧をかけ続けている。
その一手が落ちると、楼上の将たちの多くが息をついた。
「さすが呉参軍。これで安定した」
「呉参軍は旧駅道の兵を見ていたんだ」
「あの小僧の出口は、呉参軍の弓騎に押さえられた。騎兵も側路を切っている。あの歩兵はもう出られん」
「出たところで、死にに行くだけだ」
陸闥は、今度こそ笑いをこらえられなかった。
「兄上、あの焼き物職人の後手は潰れましたね」
陸闕は何も言わなかった。
沈瓷の反応だけを見た。
沈瓷は、やはり慌てていなかった。
眉一つ動かさない。
陸闕の胸の不安は、さらに濃くなる。
——こいつ、何を隠している?
呉参軍は、すでに旧駅道の伏兵に気づいた。
それに気づかない沈瓷ではないはずだ。
もし旧駅道が本当に唯一の後手なら、なぜあそこまで平静でいられる。
陸闕の視線が、ゆっくり下へ落ちる。
乱石灘の後縁にある、あの小旗へ。
その旗は、今も浅い溝口に貼りついていた。
一粒の砂のように。
静かに。




