第十二章 強引な縁談
演武場は、しんと静まり返った。
まるで、すべての音を誰かが一刀で断ち切ったみたいだった。
沈瓷は固まった。
陸闥は口を開けたまま、しばらく閉じられない。
「父上!」
陸闕の顔色が変わった。
その声は、とうとう抑えきれなかった。
陸炎は陸闕を一瞥する。
陸闕は、袖の中でゆっくり拳を握った。
「陸清禾は、まだ幼いのです。こんな場で急に決める話ではありません」
陸炎は淡々と言った。
「十四になっている。ちょうどいい」
陸闕の顔がさらに沈む。
「沈瓷は、今日初めて屋敷に来た者です。陸清禾とも、ほとんど面識がありません」
「今日来て、今日、呉猛に勝った」
陸炎は言った。
「この手の婿は、そう見つからん」
陸闥は、完全に呆気に取られていた。
「父上、それって……この焼き物職人を、陸家に婿入りさせるってことですか?」
陸炎は陸闥を見もしない。
「耳まで飾りにした覚えはないぞ」
陸闥は、すぐ口を閉じた。
沈瓷の顔は、ぞっとするほど白かった。
「将軍、それは……いくらなんでも無理です」
陸炎は沈瓷を見る。
「何が無理だ」
「私は身分の低い者です」
「婿入りなら、むしろちょうどいい」
「お嬢様とは、今日初めてお会いしたばかりです」
「顔を合わせたなら、それで足りる」
沈瓷は唇を動かした。
もう、何を言えばいいのか分からなかった。
足りる?
どこが足りるというのか。
沈瓷は、ただ陸清禾の割れた磁器を拾っただけだ。
直すと約束しただけだ。
それがどうして、陸家に婿入りする話になる。
呉猛が、低く笑った。
「さすが将軍」
陸炎は沈瓷を見据えたまま、まるで部隊を一つ動かすように言う。
「陸家に入れば、おまえは陸家の人間だ」
「そうなれば、陸家はおまえを守れる。沈家窯も守れる」
陸炎は、その先を言わなかった。
陸家の人間なら、陸家のために働くのは当然だ、と。
だが沈瓷には、聞こえた気がした。
体の芯が冷えていく。
これは婚姻ではない。
名を変えただけの軍令だ。
しかも、ただの軍令よりずっと逃げ場がない。
庭中が死んだように静まり返っていた、そのとき。
観戦楼の裏手から、短い悲鳴が聞こえた。
「あっ——」
続いて、鈍い音。
誰かが塀際から落ちたような音だった。
全員が、一斉にそちらを向く。
陸炎の目も、瞬時に動いた。
数人の親兵が、すぐに小楼の裏へ駆ける。
ほどなくして、一人の少女が塀の下に座り込んでいるのが見えた。
裙の裾には土がつき、手のひらを地面についている。
顔色はひどく白い。
陸清禾だった。
陸清禾は、さっきまで塀の裏に身を潜め、こっそり中を覗いていた。
陸炎の「陸家に婿入りしろ」という言葉が耳に入った瞬間、心が乱れた。
手元が滑り、そのまま塀から落ちてしまったのだ。
大きな怪我ではない。
だが、その音は庭中に聞こえるには十分だった。
陸清禾は顔を上げる。
庭中の視線とぶつかった瞬間、顔からさらに血の気が引いた。
立ち上がろうとしたが、足首に痛みが走る。
また、その場に崩れた。
陸闕の表情が変わる。
「陸清禾?」
陸闥も呆然とした。
「おまえ、なんでこんなところに……」
陸清禾は答えなかった。
今はただ、どこかに隠れてしまいたかった。
だが陸炎は、もう歩き出していた。
庭中の将たちが、自然に道を開ける。
陸清禾は陸炎が近づいてくるのを見て、無意識に裙の裾を握りしめた。
「父上……」
陸炎は、なぜ盗み聞きしていたのかとは聞かなかった。
なぜ塀に登っていたのかとも聞かなかった。
ただ身をかがめ、陸清禾を抱き上げる。
陸清禾の体が、びくりと固まった。
父にこうして抱き上げられるのは、もう何年ぶりだろう。
久しぶりすぎて、忘れていた。
父の腕は、こんなにも硬かった。
まるで、まだ脱いでいない鎧みたいだった。
陸炎は陸清禾を抱いたまま、演武場の中央へ戻る。
誰もが呆然としていた。
沈瓷も、その場に固まっている。
陸炎は、陸清禾を沈瓷の前へ下ろした。
陸清禾はうつむいている。
耳まで赤かった。
沈瓷を見ようとしない。
そのとき、陸炎が不意に手を伸ばした。
沈瓷の手首をつかむ。
沈瓷はぎょっとした。
「将軍?」
陸炎は答えない。
沈瓷の手を引き寄せ、陸清禾の胸元へ、衣越しに押し当てた。
心のすぐ前。
動きが速すぎて、沈瓷には避ける暇もなかった。
陸清禾の体が大きく震える。
顔が、一瞬で耳の後ろまで赤くなった。
沈瓷の手も、火に触れたみたいに固まる。
掌の下で、乱れた鼓動が一瞬だけ跳ねた。
演武場は、完全な静寂に包まれた。
次の瞬間。
沈瓷は慌てて手を引こうとする。
だが陸炎は、沈瓷の手首の骨を押さえたまま離さない。
「動くな」
沈瓷の顔から血の気が消えた。
「将軍、これはあなたが——」
「この人数の前で」
陸炎は冷たく遮った。
「おまえの手が、俺の娘に触れた」
庭中の将たちが、言葉を失った。
呉猛の眉が、ぴくりと跳ねる。
呉猛でさえ、陸炎がここまでやるとは思っていなかった。
陸闕の顔色が、完全に変わる。
「父上!」
今度の声には、はっきり怒りが混じっていた。
陸炎は陸闕を見ない。
ただ沈瓷だけを見ている。
「陸清禾はまだ嫁入り前だ」
「おまえは、その名誉に傷をつけた」
「この話が外へ出れば、陸清禾はどうやって人前に出る」
沈瓷の顔には、一点の血色も残っていなかった。
「将軍、今のは明らかにあなたが……」
「俺がやった。それがどうした」
陸炎の声は、平静だった。
「他人が見たものは、おまえの手が陸清禾に触れたという事実だけだ」
「世間が、誰に腕を引かれたかまで気にするか」
「しない」
「誰に触れられたかだけを見る」
沈瓷の頭の中で、ぶんぶんと音が鳴っていた。
こんな人間を見たことがない。
自分でやったことを。
庭中の将の前で。
平然と、沈瓷の罪にしている。
しかも、誰も反論できない。
陸炎は沈瓷の手首を離した。
沈瓷はすぐに手を引く。
まるで蛇に噛まれたみたいだった。
陸清禾はうつむいたまま、目元を赤くしている。
だが、涙は落とさない。
必死にこらえていた。
指先は、袖口を強く握っている。
小腕の内側にある淡い赤の痣は、袖に隠れていた。
端だけが、かすかにのぞいている。
沈瓷はその仕草を見た瞬間、なぜか胸の奥をちくりと刺された気がした。
陸炎が言う。
「沈瓷」
「道は二つだ」
「一つ。陸家に婿入りし、陸清禾を娶る」
「もう一つ。俺が娘の名を清める」
「沈家窯を、血で洗う」
その言葉で、沈瓷の全身が凍った。
陸炎は続ける。
「窯主の沈老三から、火をくべる見習いまで、一人も残さん」
「沈家窯の若旦那が、陸家の娘を辱めたんだ」
「死んでも文句は言えん」
沈瓷は、完全に固まった。
陸清禾が、はっと顔を上げる。
「父上!」
陸炎は、ようやく陸清禾を見た。
「黙っていろ」
その一言だけで、陸清禾の顔が白くなった。
陸闕は、もう耐えきれなかった。
一歩、前へ出る。
「父上。これは、いくらなんでも筋が通りません」
陸炎は陸闕を見る。
「どこがだ」
「陸清禾は陸家の娘です。人を留めるための道具にしていいはずがありません」
演武場の空気が、一瞬で張りつめた。
陸闥は慌てて陸闕の袖を引く。
だが陸闕は退かなかった。
陸炎は長子を見つめ、低い声で言った。
「陸家の娘なら、陸家軍の女でもある」
陸闕は拳を握りしめた。
「父上が本当に陸清禾を娘として見ておられるなら、なおさらこんなことをなさるべきではありません」
その言葉が落ちた瞬間、庭中の誰も声を出せなくなった。
陸炎の視線が、陸闕に重く落ちる。
しばらくして。
陸炎は、ふっと冷たく笑った。
「口が達者になったな」
陸闕は頭を下げる。
「そのようなつもりはありません」
「あるさ」
陸炎は視線を戻し、沈瓷を見る。
「今は、おまえに聞いている」
「娶るのか」
「娶らないのか」
沈瓷の頭の中は、真っ白だった。
娶る?
今日初めて会ったばかりの陸清禾を?
娶らない?
そうすれば、陸炎は沈家窯を血で洗うと言った。
本当にやるのかどうか、沈瓷には分からない。
だが、賭けることはできなかった。
沈老三は、今も窯にいる。
一緒に磁器を焼く職人たちもいる。
彼らは何も知らない。
なぜ巻き込まれなければならない。
沈瓷は唇を動かした。
だが、一文字も出てこなかった。
隣に立つ陸清禾の顔は、紙のように白い。
泣いてはいない。
けれど、その姿は泣くより痛々しかった。
陸清禾は沈瓷を見る。
その目には、恥じらいも、混乱も、驚きもあった。
そして、言葉にしきれない小さな委屈も。
だが、その委屈はすぐに押し込められる。
陸清禾はうつむき、指先で袖口を少しずつ握りしめた。
何もかも飲み込むことに、もう慣れているかのように。
そのときだった。
演武場の外から、急ぎ足の音が近づいてきた。
屋敷の管事役が、ほとんど走るようにやって来る。
そして門外で膝をついた。
「将軍!」
陸炎の眉が動く。
「何だ」
管事役は頭を下げたまま、急いだ声で告げた。
「陛下のお使いが参っております」




