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桶狭間の戦いの日

 私達が伊勢長島に入った時には反信長の蜂起が起きていた。と言っても、織田軍の主力は叡山や各方面にはりつけられていて、ここで大きな戦が起こる状況にはない。

 私達は信長方の松永久秀の家臣と言う事で、敵認定されるところではあるが、顕如より話が届いているらしく、あっさりと長島の願証寺に入れてくれた。

 そして、私達は桶狭間の合戦の日の出来事を知っていると言う男と空真の知り合い杉谷善重坊と対面していた。


「今川様の軍勢が尾張に攻め込んだ日、俺は義元様の命で清須の城の中に潜んでいたんだ。

 それまでも、織田の様子を逐一報告していたし、武将たちへの調略も行っていた」


 その男はそう言って、その数日間に見聞きしたことを語り出した。

 それによると、


「何も決断なさらぬ殿じゃ。

 軍議を開いても黙ってばかり」


 清須城内の廊下をそう不満口調で歩いているのは柴田勝家だ。


「うつけらしく何も言えぬのであろう。

 うつけに任せていて本当によいのかのう」


 そう言ったのは林秀貞である。

 迫る今川軍を前に軍議開催を要望しても一向に開かず、開いてもだんまりの信長に重臣たちは苛立っていた。と言っても、この林はすでに調略済みで、いざ今川勢が清須の城を取り囲み、戦が始まると信長に開城を迫り、応じなければ首をとると言う手はずになっている。


「まあ、このままだんまりで、何もせずであれば、我らの考えどおり籠城となるのだから、よいかも知れぬが、今川が本気で攻め寄せてきたら、この城ではもたぬぞ」

 

 林が言った。


「とは言え、まともにぶつかって勝てる相手ではあるまい」


 柴田も答えを持っていなかった。


 次の日の未明、丸根砦、鷲津砦に襲い掛かった今川軍はこの二つの砦を昼前には落としていた。

 この報が城内に届けられると、城内の雰囲気は一気に悪化した。

 将たちは見出せぬ戦い方に思案を巡らせるだけの無用な時間を費やし、そんな将の姿に兵たちは勝てるのかと不安がり、城内は軍としての規律が保てなくなり始めていた。

 午後を過ぎると天候が悪化し、強風が吹きすさぶ中、風に押されるかのように今川の軍勢が清須の町に溢れ、城壁を取り囲んだ。

 数万と言われる今川軍に取り囲まれた清須城の中で、再び軍議が開かれた。


「殿、籠城がよろしいかと」

「いや、それでは勝てぬ。

 門を開いて、打って出ねば勝てはせぬ」


 紛糾する軍議にも信長はだんまりのままである。

 武将たちはもはや信長の決断など求めようともせず、己の考えを互いにぶつけ合うだけになっていったそんな時だった。

 城外より鬨の声があがった。

 数万の兵の攻撃を支えきれるとは思えない。

 信長が動いたのはそんな時だった。

 すくっと無言で立ち上がった。


「殿!」


 軍議に加わっている武将たちが信長に注目した。

 きっと何かの命令が出るに違いないと。


「ちと厠じゃ」


 その言葉に本来なら激怒する武将たちだったが、すでに諦めの境地である彼らは何も言わず肩を落としてため息をついた。

 廊下に出た信長は厠ではなく、別の部屋に入って行った。


 男は信長を人質に武将たちを脅す、あるいは首をとり後を林たちに任せると言う選択肢を用意していた。

 その部屋で信長が一人であるなら、これ以上無い好機である。

 部屋の様子を探ろうと、床下から信長が入った部屋の真下に向かう。

 そろそろ真下か?

 そう思った男が部屋の気配を探ろうとした時だった。

 そこは外光も直接届かない暗い空間だと言うのに、目も開けられないくらいの光に包まれ、男は意識を失った。


 そして、男が意識を取り戻した時、戦は終わり、城内は大騒ぎだった。

 男は床下から忍び出て、織田の足軽風体で周りの者にたずねた。


「何があったのじゃ?」

「お前はまだ聞いておらぬのか?

 桶狭間のくぼ地は今川の兵たちの亡骸でいっぱいじゃ。

 信長様が桶狭間で今川を打ち破ったんじゃ。

 今川義元も首をとられたそうじゃ。

 とてつもない殿様じゃ」

「えっ?」


 男が知っているさっきまでの状況とは全く違っている。

 しかも、義元が首をとられたとなると、雇い主まで失ったことになる。

 男は外の様子を確かめようと、城門を目指した。

 が、城門にたどり着くと門は固く閉じられていて、門番は信長様より勝ち戦と言えど、自分が戻るまでは開けるなとの厳命を受けていると申して開けようとはしない。

 男は人目の付かない場所で木に登り、城壁の向こうを見た。

 すると、城壁を取り囲んでいたはずの今川勢の姿は全く無かった。

 そして、勝ち戦だと言うのに、町の中に民の姿も無かった。


「それは真か?」


 柳生が言った。

 男は頷いてみせた。


「どう言うことでしょう?」


 空真が柳生の顔を見ながら言った。


「分からぬ」

「尾張の町から多くの民が消えたのは事実です」


 そう言ったのはこの寺の僧だ。


「今川との戦に備え、多くの民が町を離れ、そのまま戻ってきていないのだと聞かされていますが」

「まあ、それはあり得ない話ではないが」

「顕如様はその日、大坂より東の地で何か異変があった事を感じられております」

「そんな事は言っていたが、それとどう関係するのだ?」

「関係は分からないが、信長がただの人かどうか確かめたのが俺だ」


 そう言ったのは杉谷善重坊だった。

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