この国で一番になればいい
「父上!」
僕は叫んだ。
「よいか。お前はまだ小さい。
私と共に戦う必要はない。
じっと、ここで隠れているんだ。
よいな!」
「僕も戦う!」
「小さきお前が戦っても命を失うだけだ。
お前がすべきことは生き残る事。
分かったな!」
そう言うと、父上は僕を納屋の片隅に積まれたほし草の山の中に隠した。
「奪えぇぇ」
「やってしまえ」
ほし草の中に埋もれていても僕の耳に汚い男たちの喚き声が聞こえてくる。
「きゃぁぁぁ。助けて」
「やめて。許して」
女の人の悲鳴。
「お前たちの勝手にはさせん」
戦う男の人の声。
「ぎゃぁぁぁ」
男の人の悲鳴。
耳に届く人々の声が僕の脳裏に外で起きている惨劇を自然と浮かべさせていく。
それに耐え切れず、耳を塞いで、闇の世界に逃げ込む。
「嫌だ。嫌だ。
父上、奴らをやっつけて!
僕を助けて」
しばらくすると、僕の感覚が死の危険を感じ取った。
鼻に届く焦げ臭いにおい。
肌に届く熱気。
慌ててほし草から顔を出し、周りを確かめる。
納屋の木で出来た壁が燃え始めている。
ほし草から抜け出ると、まだ火がついていなかった納屋の扉を開けて、辺りに目を向ける。
襲って来ていた夜盗たちの姿は近くには見えない。
納屋から飛び出すと、隠れそうな場所を探した。
そんな僕の目に飛び込んできたのは、目を見開き、口から血を垂らし、地面に横たわった父上の姿。
母上は?
逃げる事も忘れて、家に向かった。
家から火の手が上がってはいたが、まだ中の様子はうかがえた。
その小さな僕の家の中は荒らされている。母の上の姿は見えない。
「母上!
母上!」
叫んでみても、返事がない。
もうそこにはいないと分かってはいた。
でも、それを信じたくなくて、炎が広がり始めた家の中に飛び込み、母上の姿を探そうとした時、僕の着物の裾を掴み引き留める者がいた。
そこにいたのは見た事もない一人の幼女だった。
見知らぬ顔とは言え、ここのいるのだから、この庄のどこかの家の子供に違いない。
この庄を守るのは僕の家の使命。
だから、多勢に無勢と分かっていても、父上は襲って来た野盗たちと戦ったのだ。
この子を守るのは僕の仕事。
「大丈夫。
お兄ちゃんが君の事は守るから」
「お兄ちゃんが?」
「ああ。おいで」
そう言うと、僕はその子を連れて、庄の外れにある林の中に向かった。
その途中、僕の目に飛び込んできたのは見知った男たちの遺体と炎に包まれた家々だ。
なんで、こんな事に。
そんな事が頭の隅に過る。
林にたどり着くと、僕はその子と一緒に地面に座り込んだ。
頭の中は本当は真っ白だ。
だけど、この子の前でそんな気配は見せられない。
その子は僕をじっと見つめている。
この子を安心させるためにも、強い僕でなければならない。
「大変な事になったけど、君は一人じゃないからね。
これからは僕と一緒にいればいいから」
「一緒に?」
「うん。何も心配いらない」
「そうだ。
この先に川があるから、魚を獲って食べよう」
何もしないでいると不安ばかりがこみ上げてくる。
何かをしていた方が気がまぎれる。
唐突ではあるが、これから先の食べ物を確保する事も考えたら、まずはこれだ。
そんな思いで、僕は提案した。
その子は僕の提案ににこりと微笑んで答えてくれた。
川に向かって歩きながら、その子に話しかけた。
「そう言えば、君はどこの家の子?」
その子は意外な答えをした。
「あっち。
ここで火や煙が出てたから、見に来たの」
その方向は僕の庄とは全く違う方向で、そんな近くに人が住む集落は無い。
確かによく見ると小奇麗な身なりだ。僕の庄でこんな小奇麗な子は見た事がない。
この子の家が別の場所にあって、その家が無事なら、この子はそこに連れて行けばもう問題はない。
が、見に来たと言ったが、誰と来たのか?
一人で来れる訳がない。
「君の家は無事なの?
誰とここに来たの?」
「魚は?」
幼女の思考は読めない。まずは魚らしい。
「ちゃんと獲ってあげるよ」
そう言って、その子を連れて川に向かった。
が、それが間違いだった。
そこには返り血を浴びた体を洗っている野盗たちの姿があった。
近くには戦利品として奪った銭、米、そして縄で縛られた顔見知りの庄の女や娘たち。
「お兄ちゃんの庄を襲って火をつけたのはあの人たち?」
無邪気に野盗たちを指さして、縛られている女たちの中に母上の姿を探している僕にその子は言った。
「嫌だよね。こんなの」
「嫌だ。こんな世は」
「悪い人は殺しちゃわないと
ねっ?」
その子がそう言った時、夜盗たちが僕たちに気づいた。
「あそこに子供がいるぞ。
一人は女だ。
また獲物が増えたぞ。
げひひひひ」
下品な声を上げて、僕たちに駆け寄って来る。
「こんな世の中、嫌だったら、どうしたらいいか知ってる?」
逃げなきゃ。と言う状況が分かっていないのか、その子は無邪気に微笑んでいる。
「君は逃げろ。
ここは僕があいつらを足止めするから」
僕の言葉を無視して、その子は笑顔を浮かべながら言った。
「強くなったらいいんだよ。
悪い奴や邪魔する奴は殺せるくらい」
その子がそう言い終えた時、辺りが薄暗くなった。
薄暗くなった空を見上げた僕の目に、低く垂れこめた黒い雲が映った。
その雲にはおとぎ話では聞いていても、実際には見た事もなかった鬼のような生き物が乗っている。
そして、鬼のような生き物は大きな目をぎょろりと動かしたかと思うと、背負った太鼓のような物を叩いた。
その瞬間、太鼓の音に合わせるかのように天から雷鳴が轟き、雷光が煌いた。
僕たちに向かって来ていた野盗たちは落雷の轟音に包まれ、赤黒く焼け焦げ、煙を吹きだして地面に倒れ込んだ。
雷はそれで終わりではなかった。
雷は次々に野盗たちを襲い、生き残っている野盗は一人もいなくなった。
「ほら。これで嫌なものは消えちゃった」
「き、き、君は一体何なんだ?」
「何ってなに?」
その子はそう言ってから、言葉を続けた。
「お兄ちゃんもこんな世の中嫌だったら、強くなればいいんだよ。
お兄ちゃんも強くなって、この国一番になればいいんだよ。
お兄ちゃん好きだから、あれ上げるよ」
と言って、雲の上の鬼のような生き物を指さした。
「あれは、あれは一体何なんだ?」
「昔々にこの世から消し去られた雷神って言う妖」
「どうして、そんなものが」
「この子に死んだ人の魂を与えると、蘇らせてくれるんだよ」
その子はそう言って、何もない地面を差した。
「この子って?」
「やっぱりお兄ちゃんにも見えないんだね。
足が三本あって、八咫烏って言うらしいの。
この子は足だけでなく、目も3つあるんだよ。
それで仲間外れにされていたらしいの。
かわいそうだよね。他と違うからって。
今は私の友達で、仲良くしているの。
私がこんな世の中嫌だなって言ったら、力を貸してくれてるの」
そう言うと、その子は視線を雲の上の雷神に移した。
「お前はこれからこの人のものになるんだよ」
雷神が頷くのを確認すると、その子は再び視線を僕に戻した。
「じゃあね、お兄ちゃん」
そう言うとどこからともなく現れた大きな猫の背に乗って、どこかへ行ってしまった。
がばっ!
その男は月の光が障子をほのかに光らせる夜の闇の中で、布団から飛び起きた。
「夢か。
あの日の事を夢で見るとは……」




