三十九話 ポップコーン
「全員ちゅうもーく! 次の工程はこれだああああああ!」
庭の奥から、ゴロゴロと重厚な音を立てて運び込まれた、謎の装置。
両手で抱えるほどの金属フレームに、底面の三つの車輪。下部には汁を受け止めるための皿。そして側面には武骨な手回しハンドル。
「ルーク、また私達の知らない間に妙なものを作ったわね」
「一体何に使うのかしら、この鉄の塊?」
「サトウキビの汁を搾るんだよ」
「あーなるほど! このハンドルを回して、連動する内部のローラーの間に茎を挟み、物理的な圧力で潰して汁を抽出するんだね?」
女性陣が目を丸くして用途を尋ねるのに対し、レオ兄だけが瞳を輝かせながら装置を舐めるように観察し、早くも構造を理解し始めていた。
男の機械好きはどこの世界でも同じらしい。
「百聞は一見に如かずだ。見てろよ」
俺はサトウキビの先端をスリットに差し込み、ゆっくりとハンドルを回す。
ギギギ……と鈍い金属音を立ててローラーが回転し、硬いサトウキビが平べったく押し潰されていく。それと同時に搾り出された濁った汁が、勢いよく下の受け皿へと滴り落ちた。
「これ面白いわね! やるじゃないルーク!」
「すごいです! 魔術みたいです!」
本日一番の大きな歓声が上がり、アリシア姉とエルは身を乗り出してローラーの狭い隙間を食い入るように覗き込む。
「これを大鍋でじっくり煮詰めれば砂糖になるのね?」
「まぁそれでも作れるけどさ。今回作るのはそれとは別の砂糖だよ」
「別の砂糖?」
「母さん、もっと下を見ててよ」
俺は不敵に笑いながら、ハンドルを回して作業を続ける。
ローラーに噛み潰されて滴り落ちた汁は、受け皿の網目を通り、さらに下の隠された容器へと吸い込まれていく。
そして――。
「えっ!? 茶色いサラサラした粉になったわ!?」
「なんで!? 汁を搾っただけなのに、どうして!?」
母さんと、話を聞いていたアリシア姉が、マジックでも見せられたかのように目を見開いた。
そう、この箱の内部には魔石を使った仕掛けがある。
サトウキビの汁に含まれる不純物や青臭さを、魔石の力で瞬時に吸着して取り除き、同時に水分だけを一気に透過・蒸発させるのだ。
つまり、搾汁・濾過・精製をこれ一台で完結させる超効率化魔道具。
どんな物からでも水分だけを抜き取る前作に改良を加えた、その名も――。
「『砂糖ボックス』だ」
「そのまんまじゃない」
「うっさい! わかりやすい方がいいだろ!」
このネーミングセンスを理解できないなんて、全員どうかしてるぜ。
「ねえねえ、それより早く飲ませなさいよ! 絶対美味しくなってるでしょ!」
「料理にも使いたいです! 今すぐ!」
「冷やした砂糖水も捨てがたいですね~!」
瞬時に手のひらを返して群がってくる女性陣を、俺はじろりと睨みつける。
「だったらこれ以上生で食うな! 全部ここを通せ! そしてこの後の料理に使う分を残せ!」
「で、でも、味見は必要でしょ?」
「どうせ最後は胃に入るんだから同じじゃない」
「料理人として……その……原材料の味と個体差を確認していただけです!」
などと己の愚行を正当化したかと思うと、彼女達は持っていたサトウキビを最後の一滴までジュウッとしゃぶり尽くした。
まったく反省の色がない。それどころか、隙あらばもう一本食べようと、全員の目が怪しく泳いでいる。
俺はため息をつきながら砂糖ボックスの引き出しを開ける。そこには精製されたばかりの、ほんのり黄金色をした純度の高い砂糖――いわゆる『きび砂糖』が、どっさりと山をなして溜まっていた。
「ほら、食べるならこっちにしろ」
指先ですくい、それぞれの手の甲に少しずつ乗せてやる。
「甘っ! なにこれ、物凄く濃い!」
「これが、本当の砂糖……」
「さっきの汁より雑味がなくて上品な甘さです……!」
俺も自分の手の甲をひと舐めして、満足の笑みを浮かべる。
この砂糖ボックスの特性上、水分と一緒に栄養分もかなり抜けてしまう。だが、その引き換えとして雑味が完全に消え去り、味のクオリティは跳ね上がる。前世で食べた普通のきび砂糖より美味しいぐらいだ。
そこからは怒濤の作業タイムが始まった。
刈る、入れる、潰す、溜まる、取り出す、そして舐める。
この魔法のような一連の流れに、みんなが「私もハンドル回したい!」と言い出すまで、そう時間は掛からなかった。
「見て見て! あんなに太くて硬かった私のサトウキビがペラペラよ!」
「回せば回すほど増えるの楽しいですぅ!」
見る見るうちに萎んでいくサトウキビ。それに反比例してどんどん溜まっていく黄金色の砂糖に、一同のテンションは天井知らずに跳ね上がっていく。
(よし、これでやつ等が生で齧ることは不可能になったな)
しかも、砂糖ボックスの稼働中は構造上中身を取り出せないので、彼女達のつまみ食いの量は激減する。それでいてどの作業も楽しいので誰も不満に思わない。
完璧だ。
「これ凄いね。残りカスも水分が完全に抜けてる。このまま燃料や飼料に使えそうだよ」
そんなお祭り騒ぎの中、レオ兄だけは一人冷静にペシャンコになった繊維を手に取り、感心したように指でほぐしながら未来の循環型農業のビジョンを見据えていた。
この世界の一次産業の仕組みを何一つ知らない俺には、口出しできない領域だ。こういう堅実な仕事は大人達に任せるとしよう。
助言が欲しければ、まず俺を現場に連れて行ってくれ。
「ルーク様、見てください! こんなにたくさん作れましたよ!」
他力本願に胸躍らせていると、エルが顔を上気させ、砂糖が一杯に詰まった樽を誇らしげに指差した。
これだけあれば、当面のお菓子作りや料理の実験には事欠かないだろう。
「よし、それじゃあこの砂糖を使って、何か作ろうか」
俺がそう宣言した瞬間、女性陣の纏う空気がガラリと変わった。
獲物を狙う肉食獣のような、期待に満ちた熱い視線が俺の小さな身体を貫く。
「ルーク様、料理までできるんですか!?」
「お菓子ね!? 何を作るの!?」
エルとアリシア姉に至っては、よだれを垂らしそうな勢いで食いついてくる。
生で齧るだけでもあれだけ騒いだ連中だ。純度の高いきび砂糖を使ったスイーツを目の前にしたら、一体どうなってしまうのか。
楽しみな反面、正直ちょっと恐ろしくもある。
「作るのは――ポップコーンだ」
「ぽっぷこーん?」
「名前からしてさっき収穫したコーンを使ったお菓子ですね!」
「惜しいな、エル。こっちは普通に美味いだけ。使うのは普段食べてるコーンの方さ」
この世界で主食にされているコーンは、加熱すると弾ける爆裂種だった。
そのまま茹でたり焼いたりして食べるのには絶望的に向いていないのだから、そりゃあ美味しくなくて当然である。
見た目は大差ないし、皮が妙に硬いのも自分が幼児で歯が弱いせいだと思い込んでいたので気付くのが遅れた。なにせ、固形物をまともに食べるようになったのも最近のことだから。
サトウキビ畑(だった場所)から、俺達は屋敷の広い台所へと移動した。
未知の料理を教えてもらうエルはもちろん、甘味の魔力に取り憑かれた女性陣、そしてなんとなく流されたレオ兄もぞろぞろとついてくる。
使い込まれた大きな調理台の上に置かれたのは、精製したばかりのきび砂糖の樽と、自作の乾燥機で仕上げた乾燥コーン。
貯水ボックスを使うと完全に水分が抜けきってしまうため、適度に水分を残して飛ばす専用乾燥機をわざわざ作ったのだ。まぁ、洗濯機への転用を視野に入れた砂糖ボックスの副産物なのだが。
「じゃあアリシア姉、この粒を炒ってみてくれ」
「炒るってなに?」
「……コンロを強火にして、フライパンに油と粒を入れて、俺が良いって言うまで眺めてて。面白いことが起きるから」
「わかったわ!」
最後の一言が決め手になったのか、好奇心の塊であるアリシア姉はフライパンを凝視してその時を待つ。
香ばしい油の匂いが立ち込め、金属がじわじわと熱を帯びていく。
「何が起こるんですかね~。ワクワクしますね~」
「美味しい料理ですか!? 香ばしい匂いで涎が止まりません!」
「焼けてきたようですよ」
メイド3人衆も興味深そうにフライパンを覗き込む。
そして、しばらくして――。
ポンッ!
「ひゃっ!?」
最初の一粒が弾け、アリシア姉がびくっと肩を震わせた。
だが、これは序章に過ぎない。
ポンポンポンッ! パパパンッ!
「ちょっ、なにこれ!? なにこれぇぇぇ!?」
乾燥コーンが次々と爆発し、真っ白な花のように姿を変えていく。しかも、俺はわざと蓋を渡していなかった。弾けたコーンは近くにいたアリシア姉に殺到する。
「なんでこっちに来るのよ!? 痛い! 熱い!」
「日頃の行いじゃないか?」
「そんなわけないでしょおおお!」
四方八方に飛び散る白い悪魔達。アリシア姉は両手で顔を覆いながら、爆心地で必死に耐える。
パニック状態の彼女を尻目に、後ろに控えていたフィーネが風魔術で鮮やかに操り、周囲へ散ったコーンを完璧な軌道でボウルへと回収していく。
だから全力でフライパンを置いて離れればいいのだが、アリシア姉にそこまで考える余裕はないらしい。逃げたらお菓子が食べられなくなるという、食い意地混じりの思考でロックされているのだ。
(くっくっく……日頃のお返しだ)
「ルーク! これどうなってるの!?」
半泣きで叫ぶアリシア姉に、俺は腕を組んで涼しい顔で答える。
「中の水分が一気に蒸発して、内側から弾けてるんだ」
「説明はいいから止め方を教えなさいよ!」
「蓋してればこうはならなかったんだけどな。言うの忘れてた」
「あんたぁぁ!」
「アリシア様、火から離してください」
結局、フィーネの冷静すぎる一言で、ようやく爆発劇は収束に向かった。
「はぁ……はぁ……っ、もう、なんなのよこれ……」
肩で息をするアリシア姉の髪や服には、雪のように白い塊がいくつか付着している。
――ポンポンッ!
「まだ弾けるの!?」
「余熱があるからな。落ち着くまで耐えろ」
アリシア姉は「ひぃっ」と声を漏らし、フライパンを限界まで前に突き出した姿勢のまま、ビシッと固まる。
底で小さく跳ねる音は徐々に間隔を空けていき、やがて完全に沈黙した。
「ひ、酷い目に遭ったわ……なによこれ。食べられるの?」
「ポップコーンだ。食ってみろ、飛ぶぞ」
俺はフィーネが回収したボウルから一粒摘んで口に放り込んだ。サクッと軽い音が響き、香ばしい風味が口いっぱいに広がる。
それを見て、自分の服についていた一粒を恐る恐る口にしたアリシア姉の表情が、一瞬で晴れ渡った。
「なにこれ! 軽いし、香ばしいし……美味しい!」
「あんな小さい粒がこんなに膨らむなんて、魔術みたいだね」
レオ兄も母さんも、その不思議な食感の虜になっていく。
「軽くて、ふわふわで、これがあのコーンなんですか!?」
特に料理人であるエルの目の輝きは凄まじかった。羽を広げたように膨らんだポップコーンを指先で摘み、穴が開くほど見つめている。
しかし、感動するのはまだ早い。本番はここからだ。




