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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
三章 ロア商会

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三十八話 サトウキビ

 品種改良したトウモロコシを植えてから二カ月。


 ついに待ちに待った収穫の時がやってきた。


 本来ならあり得ない成長速度だが、耕した際に土精霊が手を貸してくれたらしい。


「もしかしてこの世界の農業って簡単なのか?」


「いえいえ、精霊が農業を手伝うなんて珍しいですよ~。フィーネさん何かしましたね~?」


 道具を抱えてやってきたユキが感心したように言う。


 その視線を受けても、フィーネは否定も肯定もせず、ただ静かに微笑むだけ。ユキと同じく荷物運びの仕事を淡々とこなしている。


 絶対なんかしてる。


 この成長速度が一般的なら、とっくに食糧問題なんて消し飛んでいるはずだ。そうなっていない以上、やはり地球と似たような農業が主流なのだろう。


(そういえば普通の農業って教えてもらってないな)


 俺が知っているのは魔術で一気にどうにかするやり方だけだ。鍬で耕したり、土を休ませたり、そういう基礎的なことをこの世界ではどうやっているのか知らない。


 外出できるようになったし、時間ができたら見に行くのもいいかもしれない。


(……まぁ、当分は無理そうだけど)


 急遽不参加になるほど石鹸事業で大忙しの父さんの顔を思い浮かべて、俺は肩をすくめた。


「さあ覚悟しなさいサトウキビ! この私が直々に収穫してあげるわ!」


「ここからでもわかります! これは果実より甘いです!」


 新しい甘味に興奮気味の女性陣。


 収穫前でこれだ。砂糖を使った菓子を披露したらどうなることやら……。


 さて、それはともかく全員揃ったことだし、まずは挨拶から。


「ようこそお越しくださいました。本日はお日柄も良く、まさに収穫日和と言ったところ。思い返せば我がルーク菜園の始まりも、このように天気が良かったと――」


「御託はいいから早く始めなさいよ」


「……コホン。では、改めまして」


 俺の開会の辞は、ものの数秒で強制終了させられた。


 これ以上引き延ばせば、お預け状態のアリシア姉が本気で暴走する。俺も早く食べたい。さっさと本題に入ろう。


「ルーク菜園、初めての収穫作業をやるぞぉぉ! まずはトウモロコシだ!」


「なんでよ! そこは砂糖でしょ!」


「いきなり本命を任せられるか! 絶対誰かやらかすだろ!」


 ビシッと言い切ると、アリシア姉は不思議そうに首を傾げた。


「そんな不器用な人はうちにいないでしょ?」


 レオ兄、母さん、エル、フィーネ、ユキ。参加メンバーを順番に見て言った。


 これが誰に向けられた言葉か、そして自分の力量を、理解していないようだ。唯一対抗(?)できそうなマリクは合同訓練とやらで不在だし。


「まずはトウモロコシで実力を見る。合格したやつだけがサトウキビの収穫に参加可能。さらに一番に味見できる権利付きだ」


 こういう輩には指摘するより身をもってわからせるのが一番。


「上等じゃない! 見てなさい!」


 収穫に向けるテンションじゃない。こういうタイプは大体やらかす。


「って待て待て待て!」


 菜園に突撃しようとしたアリシア姉の肩を掴んで引き戻す。


「まだ説明終わってないだろ! せめてそこは聞けよ!」


「もう見た目でわかるでしょ! 引っこ抜けばいいんでしょ!」


「だからそれをやるなって言ってるんだよ!」


 俺はため息をつきながら一本のトウモロコシの前に立つ。


「いいか、トウモロコシはここ――茎の付け根を持って、捻るように折る」


 軽く力を込めて手首を返すと、ポキリと小気味よい音がして実が外れた。


「「「おお~」」」


 数人が素直に感心の声を上げる。


「あんた、なんでそんなこと知ってんのよ?」


「事前にフィーネから指導受けてるから。練習もした」


 嘘ではない。実は昨日、品質チェックという名目でフライング収穫&試食済みだ。地球のものと遜色ない――いや、それ以上の甘さに、俺は勝利を確信した。


「つまり簡単ってわけね」


 あっさり納得したアリシア姉は、すぐに腰を落とし、獲物を狙う猛獣みたいな構えを取った。目は完全に一点をロックオンしている。


 目をつけられたトウモロコシは心なしか震えているように見えた。


「あと――」


 俺は一拍置いてから、わざとらしく付け加えた。


「力任せ禁止。茎を傷めるから無理に引き抜かないこと。これは一発退場もあり得る危険行為です。絶対にやめてください」


「そんなこと言われなくてもわかってるわよ」


 自信満々に言い放つアリシア姉。


 だがその踏み込みの深さが既に農作業のそれじゃない。


「いくわよ……っ!」


 次の瞬間、アリシア姉が獲物に飛び掛かった。


 ガッ! メキメキッ! ボキィッ!


「待て待て待てぇぇぇぇぇぇ!」


「え? ちゃんと折ったわよ?」


「捻るようにって言ったよな!? わかってるって言ったよな!? なんで全力でねじ切ってんの!? なんか骨折れるみたいで見てて怖かったんだけど!?」


 暴力的な勢いで茎を掴み、握力だけでへし折る勢いで締め上げ、親の敵でも相手にしているかのようにねじ切った。皮に覆われてるからわからないけど、たぶん中身も悲惨なことになっている。


 最近、運動の内容がさらに実践的になってきた俺としては、他人事とは思えない。


 その光景を見て、ユキがぽつりと呟く。


「収穫というより処刑ですね~」


「うまいこと言ってる場合か!」


「なによ。ルークがやったのより太いからちょっと力入れただけじゃない」


「そのちょっとが致命的なんだよ! 自分なら大丈夫。もっと上手くやれる。素人がそういう過信や独自性を出すんじゃない! それで成功することなんて滅多にないんだから!」


 びしっと指を突きつけて言い切ると、アリシア姉はむぅっと頬を膨らませた。


「じゃあどうしろっていうのよ」


「見た通りにやれ。工夫するのは基本を完璧にしてからだ。今度失敗したらサトウキビ組から外すからそのつもりで」


「わ、わかったわよ……」


 アリシア姉は茎の付け根に手をかけ、今度は力を込めすぎず、ゆっくりと捻る。


「できた!」


「おお、やればできるじゃん」


「ふふん、当然よ!」


 ドヤ顔で掲げられるトウモロコシ。


 さっきの惨状を見た後だと、普通に収穫できただけで拍手喝采を送りたくなるから不思議なものである。



「結構楽しいね」


「ポキって音が癖になるわね」


「これが食材になると思ったら楽しさ倍増です!」


 そこからは順調そのもの。


 このメンバーでアリシア姉以外に不安な人はいないし、実際誰も失敗していない。


 アリシア姉だって有り余る腕力とチャレンジャー精神がアレなだけで、身体を動かすこと自体は得意なのだ。コツさえ掴めば飲み込みは早く、気付けば誰よりも高速で収穫していた。


「終わったわ!」


 籠いっぱいのトウモロコシを前に、アリシア姉が誇らしげに胸を張る。


 多少のロスはあったけど、十分合格ラインだ。


「これでサトウキビね!」


「ああ。ただし――」


 俺はにやりと笑って続けた。


「トウモロコシより難しいぞ」


「……え?」


「硬いし、刃物も使う。力加減間違えると手も切る」


「なーんだ、脅かすんじゃなわよ。余裕じゃない。要は剣術でしょ?」


「いや、鎌だけど?」


「刃物で敵を斬るのは同じってこと。サトウキビがどれだけ硬いか知らないけど、何倍も太い丸太よりは楽勝でしょ」


 基準があまりにも武闘派過ぎる……。


 でも実際、上手そうではある。こう見えてアリシア姉、割と料理ができる。正確には包丁を使った加工が得意だ。


 サトウキビ用の斧なんかもあるくらいだし、いっそ斬撃レベルまで振り切った方が正解かもしれない。収穫のことを『倒す』なんて言い方もするしな。


「じゃあまずは俺が手本を見せてやるから、よく見とけ」


「ルーク様、支えは必要ですか?」


「大丈夫だよ。こう見えて軽いからな」


 サトウキビは二メートルを超える巨体だが、その割に重量はせいぜい一キロ程度。倒れてきたところで、四歳の俺でも難なく受け止められる。フィーネの助けを借りなくても問題ない。


「あ、そうだ。俺じゃ届かないからやらないけど、先に葉っぱ……てか枝を切り落とした方が後々楽だぞ」


「この中で一番背の高いフィーネでも届かないよ。マリクは不参加だし、今回は刈り取ってから切るしかないね」


 レオ兄がそう言った瞬間、俺の目の前のサトウキビの葉っぱが突然落ちた。


「……ほんと凄腕魔術師って便利だよね」


「恐れ入ります」


 手刀のポーズでカマイタチを放ったフィーネがお辞儀をする。


 手が届かなければ魔術を飛ばせばいいじゃない。そんな常識破りの方法が使えるんだから、そりゃあ魔術師の需要は尽きませんわ。


「でも私それもやってみたいわよ?」


「んじゃあ希望者だけ葉っぱ落としてもらうってことで」


 俺はこの前やったから遠慮する。案外あれ、腕にくるんだよな。


 改めて鎌を構え、根元に刃を当てる。前後に軽く動かすと、ザクザクと繊維が断ち切られていく感触が伝わってくる。何度か繰り返していると、やがてボキリと刈り取れた。


 サトウキビはそのままゆっくりと倒れ、俺は難なく受け止める。


「これ剣を使った方が早いでしょ」


「そう言うと思ったよ……ほら、斧使って」


「良いものあるじゃない!」


「本当は枝打ち用なんだけどな」


 アリシア姉は嬉々として斧を受け取り、さっそくサトウキビの前に立つ。


 先程と同様に戦士の構え。


「ふっ!」


 勢いよく薙ぎ払うように斧を振るアリシア姉。


 ガッ!


 勢い任せに振り下ろされた一撃は、サトウキビの半分ほどで止まり、鈍い音を響かせた。


「む、硬いわね……!」


「繊維の塊だからな。言っただろ。削るように動かせって」


「じゃあこれならどう!」


 アリシア姉の身体が淡く光る。斧を持った右腕には特に濃密な魔力が宿っていた。


「はああああっ!」


 先程ほどより洗練された動きで斧を横に薙ぐ。滑らかかつ力強い一撃。


 鮮やかな音と共にサトウキビが切断された。今度は抵抗もなく、綺麗に根元から断ち切れている。


「ふっふーん。どう? 見た?」


 満面の笑みで駆け寄ってくるアリシア姉。誇らしげに胸を張る姿は確かに可愛いのだが、その背後の被害は可愛くなかった。


「勢い余って隣の株まで巻き込んでる!」


「あら」


 跡地には、途半端な場所から真っ二つになったサトウキビや、ぐらつく残骸が散らばっている。周囲の土もちょっと削れている。


「どうせ全部刈り取るんだからいいじゃない」


「ならしっかり切断しろよ! いつ倒れてくるかわからないから危ないだろ! いくら軽いって言っても視覚外から何本も倒れてきたらさすがに怪我するわ!」


「でも見てよこれ! 綺麗に切れてるでしょ?」


 たしかに断面は滑らかだった。この一本だけで見れば完璧と言ってもいい。でも俺が言いたいのはそういうことじゃない。


「それだけ綺麗に切れると気持ちいいですよね~」


 ユキがくすくす笑いながら口を挟む。


「でしょ⁉」


「つい全部それでやりたくなっちゃいそうです~」


「わかるわ!」


「私も負けていられませんね~」


「やめ――」


絶対零度アブソリュートレクイエム!」


 止める間もなく、ユキが不穏な名前の魔術を放った。


 ……が、起きた現象は、ただの氷の刃による刈り取りだった。


「いちいち仰々しいんだよ!」


「気分は大事ですからね~」


 派手な見た目とは裏波に、倒れたのはサトウキビ一本。


 そんな冷凍ビームに早々に飽きたのか、氷鎌を生み出したユキは、涼しい顔でスパスパと刈り取っていく。


「氷鎌も凄い威力じゃねえか」


「フッフッフ~。私ぐらいになると『武器錬成』でいろいろと作れるんですよ~」


「そんなことできるなら道具屋で鎌を買う前に言えよ……」


「だって聞かれてませんし~。フィーネさんもできるのに言ってないですし~」


「そうなの!?」


 隣を振り向くと、フィーネは平然と頷いた。


「はい。簡単なものなら媒体など使わず即席で作れます。強度や持続時間は用途次第ですが、農具程度であれば問題ありません」


「いやだから、それ先に言おう!? もっと情報共有しよう!?」


「以前、井戸のポンプの部品を作ったのでご存じかと……」


「まさかそこまで万能とは思わなかったんだよ」


 属性付与や強化、簡単な部品の精製ぐらいかと思っていたら、割と何でも作り出せるらしい。


「まあまあ。いいじゃない。農家の苦労を味わえたんだからさ。それにこういうのって長時間の作業には向かないだろうから、実物を持っておいて損はないよ。払ったお金は無駄じゃない」


「そうよ。形状や重さに慣れるためにも実物を使う経験は必要だわ」


 レオ兄から援護が入る。


 たぶんアリシア姉は農具の話をしていない。


「まぁ過ぎたことをとやかく言っても仕方ないか。別に困ってるわけじゃないしな」


 他人を頼りすぎるのは良くないかもって、この前悩んだばかりだ。


 というか、まさにそのフィーネに新しい依頼をしているので、何か言うたびにブーメランが刺さる状況だったりする。


 他のみんなは身体強化すればアリシア姉と同じことができる。フィーネとユキは魔術で効率化できる。なら魔力も魔術も使えない俺は地道にやるしかないのか?


 否だ。自分でできないなら他人を頼ればいいじゃない。


「それじゃあフィーネ、例のやつ頼む」


「お任せください」


 フィーネが俺の鎌に手をかざすと、刃に薄く透明な風が纏わりついた。


「ユキ、それくらい俺だってできるぜ!」


 ザシュザシュ!


 振り下ろされた鎌は、ユキの氷鎌に負けず劣らずの効率を叩き出した。


 地道に汗水たらしてやるのはたしかに楽しい。でも数回で飽きる。何よりしんどい。やっぱ人間楽したい生き物なんだよね。楽と楽しいって漢字同じだし。


「氷ならこんなこともできちゃいますよ~」


 謎の対抗心を燃やしたユキは、氷鎌に付着したサトウキビ汁を舐め始めた。


「あ~これで食べると一段と美味しいですね~」


 氷の刃は適度な冷気を纏っていて、夏場にピッタリな冷え冷え砂糖になってそう。


(……はっ! もしかしてそれが世界初のカキ氷なんじゃ⁉)


 そんなことを考えているのは俺ぐらいだろうが、他のみんなも美味しそうという結論には至ったらしく、羨ましそうにユキを見ている。


 しかし実行には移さない。


 貴族として、大人として、女として、超えてはならないラインがある――と思っていたらアリシア姉が自分の斧に舌を伸ばしていた。


「やめなさいアリシア!」


 ぺしん、と母さんに軽く手を叩かれて、動きが止まる。


「ちぇー……ちょっとくらい良いじゃない」


「良くないわよ。刃物を舐めるなんて何考えてるの」


 しぶしぶ舌を引っ込めるアリシア姉。


 引っ込めるけど、目はまだ斧に向いているあたりが怖い。


「じゃあこっちならいいわよね!」


 案の定、今度は収穫したばかりのサトウキビに手が伸びる。そして齧りつく。


「硬っ⁉」


「刃物でも苦戦するものを、なんで歯で噛めると思ったんだよ……。これは刃物で皮を剥いて齧るんだ」


 俺が鎌で削いだサトウキビを差し出すと、アリシア姉はそれを口に放り込んだ。


 その瞬間、動きが止まる。


「……っ!」


「どうだ?」


「あっま! なにこれ、噛むと中から甘い汁が溢れてくるわ! 果物とは全然違う、濃い甘さね!」


 アリシア姉は感動した様子で、もう一口齧った。


 他の面々も我慢できなくなったのか、これならセーフと思ったのか、次々とサトウキビに手を伸ばす。


「本当だ……甘い……」


「凄いわ、ルーク! これ凄いわ!」


「加工するともっと甘くなるんですか!?」


 さっきまで収穫対象だったサトウキビが、今や完全におやつだ。


(……マズいな。このままじゃ砂糖になる前に食いつくされるぞ)


 仕方ない。少し早いけど秘密兵器を投入させてもらおう。

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