二十五.十話 塩と砂糖1
品種改良したトウモロコシを植えてから3か月。いよいよ今日は待ちに待ったサトウキビの収穫だ。
普通に考えたらあり得ない成長速度だけど、耕したときに土の精霊が協力してくれたお陰でこんな急成長出来たらしい。
もしかしてこの世界の農業ってこんな簡単なのか?
「いえいえ、精霊が農業を手伝うなんて珍しいですよ~。
フィーネさん何かしましたね~?」
と、ユキが感心しながら説明してくれた。
なるほど、たしかにいつの間にか俺の隣に居たフィーネも笑みを溢すだけで否定も肯定もしていないので実際何かしたのかもしれない。
その辺の技術が世間一般の農業にも使えるというなら食糧生産は劇的に向上するだろうし、今度教えてもらおう。
それより今は、『待て』を喰らってお預け状態のアリシア姉が爆発する前にさっさと作業に入ろう。
「ではこれからルーク農園、初めての収穫作業を行います」
パチパチ。
フィーネとユキによるまばらな歓声。他の連中は拍手すらしていない。
てかアリシア姉は拍手しろよ。待ち望んでる感じで語った俺の立場は!?
(クソっ、見てろ、黒糖の美味しさに驚くがいい!)
少し収穫して残した茎から新しいサトウキビが枝を伸ばして量産できる手法、専門用語で言うところの株出し(かぶだし)は何度かしているので味見は出来ている。
その時の砂糖はとても美味しかったので、この収穫祭は成功間違いなしだ。
だから俺は数時間後の光景を確信して今はグッと堪える事にした。
毎回トウモロコシから変化させるのは疲れるからサトウキビを増やすことにしたわけだけど、毎回獲れる度に甘さを増しているので今回獲れる砂糖はかつてない甘さになっているだろう。
くっくっく・・・・ハチミツに代わる新たな糖分に喜び、そして震えろ・・・・。
「サトウキビは茎を使うのでそれ以外は切り落として肥料にしてください。
それと指定された場所以外は刈らないように」
俺は内心ほくそ笑みながら収穫メンバーである子供達とメイド軍団に手早く説明していく。
あ~、今から楽しみだぜ。拍手しなかった事を後悔させてやる!
「サトウキビの茎はここにある『砂糖製造機』に入れて、成分を分離させてください」
「「「は~い」」」
どんな物からでも水分だけを抜き取る前作に改良を加えた、別名『貯水ボックス Ver砂糖』を見ても驚きの声を上げない一同。
結構自信作なんだけど、これでもダメかぁ・・・・。
まぁ使い道のわからない巨大魔道具ってだけじゃこんなもんかな。
この貯水ボックス。サトウキビの茎を入れるために細長い箱にして、絞り出した成分だけ下に落ちるようになっている。
この段階では茎の中にある不純物も混じっているので、それを取り除くために磁石の原理を利用して魔石が糖以外を吸着するようにした。
つまり、二層構造によって不純物の無い砂糖が下に溜まる仕組みだ。
しかも糖分の低い先端部分からでも搾り取れるようになっていて、無駄のないエコロジー設計。
まぁ特定の不純物しか発生しないから出来るやり方で、農作物以外では成功しなかったけどね。
「あの~、そろそろ収穫してみたいんですけど~」
「そうよ。アンタの話、無駄に長いのよ」
急かすだけのユキはともかく、自分が理解出来ない事を『無駄』と一蹴する姉に怒りを覚えつつ、俺は砂糖製造機の話を止めて早速収穫作業に入る事にした。
えぇ、えぇ、どうせ自慢したかっただけですが何か?
努力を認めてもらいたくて饒舌になっていただけですが何か?
得意分野について熱く語る事を「キモオタっぽい」って言うのは止めなさい! 俺が傷つくから!
「は~い、ではでは~。この何とも不思議な冷たくない氷鎌で収穫作業始めましょうか~」
ちょっ、今から始めようとしてたでしょ! どうしてあと数秒が待てなかったの!?
うぅぅ・・・・俺が開始の合図出したかったのに・・・・。
そもそも作業効率で言えばフィーネに頼るだけで良かったのだ。
風の刃でスパスパスパ~っと一瞬で収穫出来たんだけど、みんなで楽しく収穫したかったからこうして声を掛けた。
それなのに・・・・それなのにぃぃ・・・・・・・・。
「次からそうすれば良いでしょ。良いから私の鎌返してよ」
「返すよ。返すからその拳を仕舞ってください」
今回が楽しければまた誘え、と慰めつつ脅してくるアリシア姉に大人しく従った俺は、皆と一緒に収穫作業を開始した。
ザシュザシュ!
「ヒャッハー!」
ユキが作り出した氷鎌は、それはそれは素晴らしい切れ味と手に吸い付くような使い心地で、俺は砂糖づくりという本題を忘れて次々にサトウキビを刈っていく。
だって楽しいんだもの! どんなものでも一刀両断出来る剣を渡されたら試し切りしてみたくなるでしょ!?
それに鎌を振り回すだけの俺なんてまだ可愛い方だ。
「鎌についた汁が甘くて美味しいです!」
「エル行儀悪いわよ。甘っ! なにこれ甘ぁっ!」
「もう、アリシアも行儀悪いよ」
エルとアリシア姉なんて鎌を振るう度にベロベロ舐めまわして砂糖の旨さに感動している。
それを注意するレオ兄も『皆やってるし、ちょっとだけなら』と葛藤しているのでペロペロタイムに突入するのは時間の問題だろう。
持ち手部分は冷たくないのに刃は適度な冷気を纏っていて、夏場にピッタリな冷え冷え砂糖になっているのも悪い。
氷柱に砂糖を掛けたらカキ氷ってね。
ハッ!? も、もしかしてそれが世界初のカキ氷なんじゃ!?
・・・・ま、無いか。
なんて余計な事を考えてるヤツは俺ぐらいで、他の皆は各々に収穫作業を楽しんでいる。
みんな笑顔だ。
と、甘く楽しいひと時を過ごした俺達。
それだけでも十分サトウキビが役立ったと言えるけど、この作業はあくまで前座。本題はここからなのだ。
ひとしきり収穫を終えた俺達は、いよいよ砂糖製造機を稼働させて砂糖づくりに入る。
「ってか誰もやらなかったのは何故? 切ったら入れてって言ったじゃん」
「切るのが楽し過ぎたのよ! あと甘くて忙しかったわ!」
「なんかそういう空気だったからね」
興奮しているアリシア姉は何を言ってるのかわからないけど、レオ兄の言ってる事は理解できる。
先陣切って空気を壊すのってやりにくいよね。
普段その役目を担うアリシア姉やフィーネは収穫作業に没頭してたし、ことなかれ主義のレオ兄やエルがするわけもなく、ユキは・・・・よくわからん。
とにかく俺が最初に手本を見せる事になった。
「ここに入れると絞り出されて下の容器に砂糖が溜まる。オーケー?」
「「「おぉ~~っ!」」」
見る見る萎んでいくサトウキビ、そしてドンドン溜まっていく砂糖を見て、ついに一同は歓声を上げた。
「見て! あんなに太かった私のサトウキビがペラペラになってるわ!」
「僕のもペラペラ~」
うむ、うむ。これぞ俺が待ち望んでいた光景だ。
入れる、萎む、溜まる、取り出す、入れるの無限ループで次々に変化していくサトウキビを見て盛り上がらない訳が無い。
「こ、これが砂糖ですか? 甘くて美味しい砂糖・・・・たまりません!」
「この塩みたいな粒が甘い料理になるわけですね~。楽しみです~」
「ルーク様の手料理・・・・本当に楽しみですね!」
もちろん砂糖自体の評価も上々。
収穫したサトウキビから樽2個分作れたので、早速これを使って夕食のデザートを作るとしよう。
そのついでってわけでもないけど、収穫時期を迎えたトウモロコシも一緒に収穫した。
こっちは一般的に食べられている食材だから感動は少なかったけど、それでも大きく育った自家製の作物は喜んでもらえた。
が、これはこれで新しい料理を作るつもりなのだ。
そう・・・・・・・・ポップコーンをな!!
興奮と感動はその時まで取っておくといいさ・・・・くふふ・・・・ふはっはははははは!! ゲホゲホ!




