閑話 アリシアの初仕事1
3人は昼食後も引き続きヨシュアの街を歩き回っていた。
レオとアリシアが通う学校。
貿易品が集まる市場。
子供たちが遊ぶ公園。
武器や防具を売っている商店。
観光名所こそ無いが、比較的豊かなヨシュアの街は楽しい場所で溢れている。
「フッフッフ~。この有能マッパーたるユキさんは、ヨシュアの地理を完璧に把握しましたよ~」
「ホント? じゃあウチはどこにあるでしょう!」
「楽勝楽勝、あっちですね~」
アリシアからの問いかけにもユキは難なく即答し、その後も次々と行った事が無い場所ですら正解していく。
本当に数時間で街1つの地理を覚えたらしい。
あてもなくブラブラしている間も問答は続き、
「じゃあ強い魔獣が居る場所!」
「300m北東にある森の中で良い感じのワイバーンが居ますねー!」
「よしっ、行くわよ!」
「ダメです」
勢いに任せて己の欲望を叶えようとしたアリシアだが、常識人フィーネによって却下されてしまう。
が、ここで引き下がらないのがアリシアのアリシアたる所以である。
「なら最後に冒険者ギルドへ行ってみたい! 子供だけじゃ入れないし、母様は近寄らせてもくれないし・・・・ほ、ほらっ、たまたま近くにあるから!」
もちろん偶然などではなく、彼女は最初からそこを目的地に定めていたため、冒険者ギルドから半径300m以内で散策していたのだ。
「あぁ~、たしか10歳にならないと入れないんでしたっけ?」
「ええ。そして保護者同伴なら許可されるので、我々と一緒であれば7歳のアリシア様でも問題はありませんが・・・・」
ギルドは10歳で登録が可能となり、この登録証は身分証明書にもなるカードなので役所的な一面も持っている。
さらに大きな支部であれば酒場も兼用しているので、子供だけでの立ち入りを禁止していた。
「・・・・・・・・まぁそのぐらいなら良いでしょう。では行きましょうか」
「やったー!」
最近のアリシアはよく魔獣の事を口にする。
もしかして将来は冒険者にでもなりたいのだろうか?
そう考えたフィーネは、慣れている自分が今のうちに教えておくべきだと願いを受け入れる事にした。
「入った瞬間、拳と魔術と酒樽が飛んでくるかもしれませんけど私達が居れば心配無用ですよ~。
男は狼、女は魔女。お金持ちは悪魔で、冒険者は野蛮って話ですからね~」
「望むところよ!」
いや、この様子からして単純に大人社会を体験してみたいだけかもしれない。
だからこそ彼女が冒険者の中に居る荒くれ者と意気投合しそうでエリーナは近寄る事を禁じていたのだろう。
「頼みましたよ、ユキ。
最強のガーディアンとして不要な情報がアリシア様の耳に入らないよう警戒を怠らない様に」
「お任せあ~れ~。敵から守り抜いて見せますよ~。
・・・・トラブルを起こそうとするアリシアさんは止めなくて良いんですよね?」
しまった。この精霊、バカだった。
とても失礼な事を考えて1人後悔するフィーネを責める人間は誰も居ない。
いざとなればギルドごと潰す。
物騒な覚悟を決めたフィーネ率いるトラブルーズは、ヨシュア領の中央に位置する冒険者ギルドへ到着。
初めてのギルドと言う事で、興奮と緊張から静々とした似合わない仕草で扉を開けたアリシアを迎えたのは、ギャーギャーと喧騒にも近い声量で会話を楽しむ賑やかな人々だった。
「うわー! ここが冒険者ギルド! あ、あれが掲示板ね!」
想像通りのギルドにホッと肩を撫で下ろしたアリシアが向かったのは、素材探しや討伐など、危険な依頼から庭掃除まで様々な要望の紙が貼られている依頼掲示板。
バカ・・・・もといユキと、さり気なく長い耳を隠したフィーネがそれに続く。
エルフとは居るだけで注目を集める存在なのだ。
「ねぇ見て! Sランクの依頼にドラゴン討伐がある!」
依頼はEランクからSランクまで6段階に分かれていて、実力に合った依頼しか受ける事が出来ない。つまりドラゴン討伐は最上級難易度の依頼である。
「報酬金額は未定だって! きっと領主様が直接対応するのね」
と、しきりに感心するアリシアの顔はニヤケっぱなしだ。
どうやら将来、冒険者になってドラゴンを倒す自分を思い描いているらしい。
「あ、Bランクに『クラーケンの魔石求む』ってあります~。
もし残していたらアリシアさんがご希望の、受付で報酬を受け取るって行為が出来ましたね~」
アリシアと共に掲示板を眺めていくユキは、その中で『クラーケン』の文字を見つけて、フィーネと再会した時の事を懐かしみながら話題に出した。
「持ってないの!?」
「はい、アッシュさん達に全てプレゼントしてしまったので・・・・。
それに我々が討伐したクラーケンは大型でしたので、このBランクの依頼品とは異なります」
せめて冒険者らしく依頼を達成したかったアリシアは残念そうにしているが、無いものは仕方ない。
そちらは何とか受け入れたアリシアだったが、それとは別に、店内を散策していく内に彼女のテンションはドンドン下がっていった。
「野蛮な冒険者に絡まれるかと思ったけど、案外そういう事ってないのね。ちょっとガッカリ・・・・」
脳筋で、バトルマニアで、後先考えない冒険者が集まっている場所なのに、騒がしいだけで平和なのが不満らしい。
流石に初めて来た場所で喧嘩を吹っ掛けるほどの度胸もないようだ。
トラブルを避けたかったフィーネにとっては喜ばしい事なのだが、ここで下手に共感すると暴力沙汰が日常のように勘違いされてしまうので無言を貫いている。
が、それも隣のバカが言葉を発するまでの短い時間だ。
「変ですね~? 聞いた話だと『姉ちゃん、俺達と付き合えよ! 一緒に飲もうぜ!』とか『いい体してんじゃねぇか、今晩どうだ?』って誘われるみたいですけど、無いですね~」
「いえ、それは・・・・」
もしも自分達だけだった場合は、その大人の女性専用の口説き文句が炸裂していたでしょうが、子供連れなので全員遠慮しているのですよ。
と、言葉を続ける前にアリシアが割り込んできた。
「でしょ!? おかしいわよね!? 不埒な事をするためだけに生きてるような連中のはずなのに・・・・」
(((そこまで言わなくても・・・・)))
アリシア達の会話が耳に入った冒険者たちは内心でツッコミを入れた。
ただ間違いではないので若干弱めに、だが。
「ねっ、じゃあせめて簡単な依頼を受けましょうよ! 2人はギルドカード持ってるの?」
どう妥協したのかわからないが、実際に冒険者らしいことをやってみたいと言い出したアリシア。
身分証明書の発行に時間が掛かることぐらいは知っていたので、フィーネかユキのどちらかがギルドカードを所持していればその手間が省けるのだ。
その意図を察しながらも、主からの質問に答える2人。
「私は無いですよ~。フィーネさんは持ってましたよね?」
「ありますが、使用しないのでDランクです」
下から2番目となるこのランクは、薬草を集める程度の依頼達成でもなれる実質の最低ランクだ。
ちなみにEは見習い、Dは初心者扱いで、定められた期間内にランクに見合った成果を残していなければDランクまで落ちていく。
過去に通行料が必要な場所へ入る際に適当な魔獣を討伐したため一時は中級冒険者と呼ばれるCランクに居たフィーネだが、メイドを始めてからというもの一切活動しておらず、1つ落としてDランクになっていた。
「Dランクか~。このキラーホーネットって美味しいハチミツが採れるからやりたかったんだけど、Bランクだし無理ね」
『キラーホーネット』
体長50cmはある大型の蜂で、仲間と固まって生活する魔獣。
極上のハチミツが採取できると美食家の間では有名だが、統率のとれた集団行動をしているので近づくことすら難しい。
Bランクな理由は依頼が討伐ではなくハチミツの入手なので、全身防御しつつコッソリと盗むという戦法が有効だからである。
さり気なく魔獣討伐を提案している辺り、彼女は冒険がご所望のようだ。
「・・・・ハッ!? た、たしかルークが『ガルムの肉が欲しい』って言ってなかった!? 弱い魔獣だけど初陣には丁度良いと思うの!」
いや、冒険は冒険でも見学ではなく実践を、である。
「はぁ・・・・仕方ありませんね。今回だけですよ」
「では依頼書を持って受付に行きましょう~」
「やったね!」
これ以上、彼女は妥協しないだろうと諦めたフィーネが許可を出し、それを確認したユキとアリシアは意気揚々と受付へ歩いていく。
冒険者見習いアリシア=オルブライトの初仕事が始まろうとしていた。




