三十六話 楽しい買い物
フィーネ達が帰還して二週間。
立派なメイドになるため修行の日々を送っていたユキが、とうとうメイドデビューする日がやってきた。
「ユキ、あなたにやってもらう最初の仕事は、自分のメイド服を手に入れるためのお使いよ。今から町の服屋へ行って正しいメイド服を指定、採寸してもらい、代金を払うの。出来るわね?」
「フッフッフ~。ついに史上初となる精霊メイド爆誕の儀ですか~。これは腕がなりますね~」
「なんだよ、その空回る気配しかない無駄なやる気は」
不安だ……。
「はっはーん。ルークさん、さては心配なんですね~? 私がこの大仕事をちゃんとこなせるかどうかが」
「その通りだけどたぶんお前が思ってるやつじゃない。俺はお前が誰かに迷惑掛けないか不安なんだよ。こんな子供でも出来る作業でとんでもないトラブル起こすのがお前だろ」
母さんだってそう思ってるからこそ、やたら丁寧な指示をしてたんだろうし。
子供の初めてのお使いだってもうちょっと雑だ。
「いくらユキでもさすがに……いえ、そうね。油断はよくないわ。ルーク、フィーネ、あなた達もついて行きなさい」
「俺の初めての外出、これ!?」
「あら、嫌なの?」
「そうじゃないけど……」
てっきり家族と楽しい散歩や、アリシア姉に無理矢理連れ出されるのを予想していただけに、なんとも言えない気分だ。てか俺が保護者でいいのかよ。
「はっは~ん。わかっちゃいましたよ~。私のお使いにかこつけてルークさんをお散歩させるつもりですね~」
先程に続き、ユキが名探偵ばりのキメ顔になる。
実際そうなんだろう。
これまではフィーネとエルしかいなかった。必然的に屋敷の仕事は二人で回すしかなく、人手は常に不足していた。当然、俺が外に出る余裕などない。
あと単純に俺自身が幼すぎた。
しかし今は違う。
ユキという新たな戦力に加えて、俺も成長した。伊達にこの二カ月良い子にしていたわけではない。周りの大人達からの信頼もバッチリだ。
フィーネが同行するというのもこの推察に拍車を掛けている。
忙しいんじゃなかったのか。ユキにメイドの仕事をさせるんじゃなかったのか。アリシア姉も普通についてくる雰囲気だし。
だが、そこは気付いてないフリをするのが子供の優しさである。
「精一杯ユキのフォローさせていただくよ」
「頼んだわよ」
女性と衣類を買いに行くなんて、普段なら嫌な予感のするところだけど、フィーネなら安心だ。
目的もはっきりしている。無数の店舗を巡ることも、各店舗で無限の時間悩むことも、気が遠くなるほどのお喋りをすることもない。
採寸の待ち時間だって店内を見て回るのに丁度良い。どういう材質があるのか、どんな服が人気なのか、どうやって作ったり売ったりしているのか。世界について知る絶好の機会だ。
「行ってらっしゃい。馬車には気を付けるのよ」
「わかってるって」
お使い内容の最終確認をしたり母さんによる持ち物チェックが入った後。当然のように俺にはそれ以上の入念なチェックが入り、俺とユキは後発組として玄関を出た。
外は明るい初夏の日差し。ユキはいつも通りの白いワンピース姿。そして俺は、動きやすさ重視の半袖半ズボン。俺なりの外出用装備である。
「ところで私っていつからメイドなんですかね~? メイド服を着たら? 購入手続きをしたら? はたまたメイド服は心で着るものとかいう精神論でもう既にメイドだったり?」
「俺の元居た世界では『金をもらうことをした時からプロ』って格言がある。つまり新人でもバイトでもプロ。たとえ給料をもらう前でも、やっぱなしと言えない状況も該当すると俺は思ってる」
「ほほぉ~。一理ありますね~。つまり私はもうメイドなんですね~」
というか、たぶんメイド見習い期間中もお手伝い扱いで給料は発生している。ユキ本人は、お客さんだから食事や寝床を提供してもらってると思ってそうだが。
などと考えていると、ユキがおもむろに背筋を正した。
「精霊メイド爆誕!」
「……やっぱメイド服着てないと様にならんな」
私服で決めポーズをしても、ただの変なやつだ。
まぁあくまでも精神論ってことで。
そんな会話をしながら、俺達は屋敷の門をくぐった。門の前では、すでにフィーネとアリシア姉が待っていた。
「準備はよろしいですか?」
「おう!」
「お使い頑張ります~」
俺とユキは元気よく手を挙げる。
すると、そんな俺達を見たアリシア姉が、腕を組みながらにやりと笑った。
「ふふん。今日は私も付き添いよ。町の服屋なら顔馴染みだし、案内してあげるわ!」
「付き添いというより、ただ来たかっただけですよね~? ルークさんが一緒に行くと言い出すまで興味なさそうでしたよね~?」
「ち、違うわよ! 私はその……えっと……そう! ちょうど運動服が破けたところなのよ!」
「もうですか?」
「ええ、運動服って案外脆いのね」
使い始めて半年も経っていない。さらに一年生の運動などそう激しいものではない。
が、アリシア姉に限って言えば、照れ隠しではなく事実の可能性があるのでなんとも。
お使いついでにフィーネに頼めばいいじゃんって効率発言や、なんで焦ってるのってツッコミはなしの方向で。今日も今日とてツンデレである。
「そろそろ出発しましょうか」
「そうよ! 早く行きましょ!」
フィーネがアリシア姉に救いの手を差し伸べた。
しかし俺は見逃さなかった。彼女が普段にも増して微笑んでいたことを。呆れる俺と焦るアリシア姉を温かい目で見ていたことを。
実はオルブライト家で一番ツンデレアリシアが好きなのはフィーネなのかもしれない。
「おお……」
思わず声が漏れる。
馬車を走らせる商人。肉々しい香りを漂わせる屋台。筋骨隆々の冒険者らしき男達。ゲームや漫画でしか知らなかったファンタジーの町が、目の前に存在している。
「おやおや~、ルークさんがキョロキョロしてますよ~」
ユキがにこにこしながら覗き込んできた。
「いや、そりゃ見るだろ。外出るの初めてなんだから」
「お散歩デビューですね~」
「言い方」
そう返しながらも、視線は自然とあちこちへ向かう。
「迷子になるんじゃないわよ」
「これじゃ迷子になる方が難しいって」
アリシア姉にがっちり繋がれた右手を持ち上げてみせる。
ユキは俺達の周りをうろちょろ。フィーネは三歩下がってついてきている。残念がっていたけど、彼女が俺と手を繋ぐと常時中腰になってしまうので仕方ない。適材適所だ。
そんなこんなで歩くこと数十分。
ユキが一軒の店の前で立ち止まった。
「ここです!」
看板には大きく『仕立て屋テレンス』と書かれている。
文字の隣には布を縫っているような模様。仕立て屋であることを表しているんだろう。
同じ模様を道中でもいくつか見かけたし、そのたびにユキが立ち止まっていたけど、どうやら今度こそ目的地に着いたらしい。
「ヨシュア学校の指定服や従者用の服を取り扱ってるのよ」
だってアリシア姉が解説を始めたから。
適当に相槌を打ちながらガラス戸から店内を覗き見る。
割と普通だ。高級店ということもあるだろうが地球と比べても遜色がない。
衰退世界と言われてビビっていたけど、それなりに文化的な生活は出来ているらしくて一安心。ヨシュア北部は危険な場所と聞いていたけど治安も良かったし。
スラム街があるから危険って意味だったんだろうか?
「いざ突撃ですー! ゴーゴーゴーッ!」
ユキの謎テンションと、それにつられるように興奮したアリシア姉が、相乗効果でわけのわからない状態になって雪崩れ込むように入店した。
「い、いらっしゃいませ~。ご注文ですか?」
幸い店内に俺達以外の客はおらず、唯一の被害者となったカウンターにいた店員は一瞬固まったものの、すぐに営業スマイルを浮かべて対応してきた。
……ただし、口元は若干引きつっている。
「メイド服です~」
「爵位や季節によって変わるのですが……」
「オルブライト家です~」
「あ、はい。オルブライト家ですと子爵用でよろしかったでしょうか? 生地やタイプの指定はございますか?」
「オルブライト家のメイド服です~」
「あ、あの……」
駄目だこりゃ。
注文を任せていいのはオススメが通用するものだけ。特注でやるのはクレーマーも同然。たとえ後から文句を言わなくても、客が満足しなければ店の信用は落ちるし自分の仕事は無駄になる。
俺が口を開こうとした瞬間、
「彼女に子爵家仕様のメイド服を二着。うち一着は冬用でお願いします。生地は標準のもので」
フィーネが流れるように注文をまとめた。
店員の顔が一気に安堵に変わる。
普通着まわすなら夏冬二着ずつだが、どうせ来客用の見せ服なので一着ずつで構わないという判断だろう。本人は寒暖関係なくても気にするやつは気にする。それに夏場に厚手のメイド服、冬場の薄手のメイド服を着るなんて貧乏を公言しているようなもの。
いくら金がなくてもそこは許されないラインらしい。
「私はヨシュア学校の体操服!」
すかさずアリシア姉も声高らかに宣言する。
「ではまず、メイド服から採寸いたしますね。こちらへどうぞ」
店員に案内され、ユキが奥へ連れて行かれる。
「きゃっほー! 一番乗りですー!」
「なんですって!? 私、負けたの!?」
「勝っても負けてもないから安心しろ」
謎のライバル心を燃やすアリシア姉を窘め、改めて店内を見て回ることに。
この世界では大衆向けの服以外はオーダーメイドになるので、当然メイド服も特注品だ。
安物の生地を使うことなど貴族のプライドが許さないし、サイズが合っていなければ馬鹿にされてしまう。フィーネが言った標準だってメイド服としての標準。
そんな高級品が着られなくなったなどと言えば、自腹もしくは最悪クビまであり得るので、メイド達は体型維持のために血のにじむような努力をしていたりする。
だからこそ店員もあんなに動揺したのだろう。サイズが合いませんでした、着心地が悪かったです、注文と違います、なんて言われた日には謝罪じゃ済まない。
細部までこだわるのは貴族も店も同じってわけ。
主の身分を示すための工夫もされている。
子爵のメイド服を例に挙げれば、黒か紺のワンピースの上から白いエプロンドレスというシンプルなデザインだ。侯爵より上になると刺繍が施されたりフリル増し増しになったり金や銀が使われるなど高価になっていく。
見栄とは金が掛かるものだ。
「あ、うちのメイド服に似てるのもあるな」
特注と言っても基本から大きく外れることはないので、大体似通ったメイド服になる。昔からあるものとはそれだけ洗練されているのだ。
たぶん試着用か、店で給仕する時に着るんだろう。
そんなことを考えていると、横からアリシア姉がひょいと顔を出した。
「ルークは何か作らないの?」
「俺? いや別に……」
「折角だし服くらい仕立てなさいよ。外出用とか」
「……あー」
言われてみれば、俺が持ってるのは動きやすさ重視の服だけ。外出用を持っていないのは貴族的にアウトな気がする。いや、でも子供にそんなの必要か? すぐ大きくなるぞ?
「……そういうのを着る場所に行くことが決まってからで良いんじゃないかな?」
合理的判断である。
無駄な出費は避けるべきだ。
「却下です」
フィーネが即答した。
「貴族はいつ見られてもいい格好をしているものです」
「今まで普通に半袖半ズボンで過ごしてたけど?」
「屋敷の中だから許されていただけです」
ぐうの音も出ない。
確かに今は外だ。
見られる。普通に見られる。
「それに、急に必要になった時に間に合わない可能性もあります」
「……たしかに」
「仕立てには時間が掛かりますからね~」
いつの間にか戻ってきたユキが会話に混ざる。
「って、なんだよその恰好?」
何故か俺が今まさに見ているメイド服を身に纏っていた。
量産品で試着でもしてたのか?
「真・精霊メイド爆誕っ!」
「「メイドっぽくない」」
俺とアリシア姉が声を揃えて存在を否定する。
なんで毎回ヒーローっぽいポーズを取るんだよ。こんなメイドが居てたまるか。
「ならばこうです!」
「……なんか違うわね」
先程までよりまともなポーズになったが、まだ足りない。隣にいるフィーネと何度も見比べて、アリシア姉が訝しむように呟く。
「ふぅ、わがままですね~。これならどうです?」
背筋伸ばして立って、口を閉ざして、両手を前で組んだ。
「メイドになったわ!」
「ああ。これならどこに出しても恥ずかしくないな。まさかガニ股でキメポーズをしていた人物とは誰も思うまい」
残念美人という言葉がこれほど似合う女性もいない。
「やれやれ。ちょっと本気出したらこれですよ、っと」
有能メイドは一瞬でどこかへ消えた。
代わりに現れたのは、片手を首にあてて苦笑いをするダウナー系。
「もうちょっと頑張れよ。そんなんだからお前はユキなんだぞ」
「もしかして私、馬鹿にされてます~?」
まぁこれはこれで楽しいんだけどさ。美人ってより美少女。美しいってより愛嬌がある。見ていて飽きない。でも関わり合いになりたいかと言われたら悩む。そんな存在。
「いや、愉快なやつだなって」
「よく言われます~」
はい。誤魔化せた。




