その2
「ええと……、どちらさま、でしょう?」
あまりに気安げに声をかけられた為、何処かで会っていたかと不安になる愛理の様子に気付いたのか、いやいやと手を振って挨拶をする。
「失礼、初めて御意を得ます。わたしは明智十兵衛と申すもの、向こうは……、」
「弥平次です!明智弥平次」
「……だ、そうです」
「他人のように言わないで下さい十兵衛様!」
「は、はあ……」
テンポの良い漫才を見ているような会話に面食らってしまう。
「ほら、呆れられてるじゃないですかっ!」
「弥平のせい……、いや、失礼しました、私達はぜひ貴方にお会いして、お話など伺えればと思いまして」
弥平次ですという抗議の声を軽く聞き流しながら、愛理へと向き合うとそう告げる。
その姿に誠実さを感じたのか、旅装を解くと二人を境内へと招き入れた。
「どうぞ、麦湯ですが」
そういって客人に湯飲みを渡す
縁側に腰掛けた十兵衛が軽く会釈をしながら受け取る
次いでその脇に控えるように立った弥平次が微妙な視線を向けたまま受け取った。
その事でも二人の関係がある程度は見てとれる。
そんな弥平次の視線に気付いた十兵衛が苦笑いをしつつ口を開いた。
「申し訳ない、連れは貴方が衆人を惑わす賊と思い込んでまして……」
「ちょっ、十兵衛様っ!?」
「ですが、お会いしてみればなんとも愛らしき女性だったもので当惑しているのですよ」
「十兵衛様あぁぁぁっ!?」
慌てた様子で狼狽える弥平次と、それを楽しげに眺める十兵衛を見れば、緊張していた愛理の表情もややほぐれてきた。
その頃合いを見計らったように、十兵衛が訊ねる。
「で、あの雨を降らせたのは本当に貴方なんですか?」
「………」
咄嗟に言葉がでなかった、その事を以て肯定と受け取る。
「失礼、いじめるつもりはなかったのです」苦笑いをしながらそう謝意を示す
その際、絶対嘘だという顔をした弥平次のことは華麗に無視してみせた。
「どうしても確認をしておきたかったものですから」そう言って麦湯を一口含むと言葉を続ける。
「それで、どうやって雨を降らせたのか伺ってもよいですか?」
「……御仏の奇跡です」
少し躊躇った表情のまま、以前からの言葉を口にする
しかしそれを十兵衛はきっぱりと否定した。
「御仏にその様な力があるなら、この様な末法の世を放ってはおかないでしょう」
そして麦湯を飲み干すと、真摯な顔で言葉を紡ぐ。
「私は知りたいのです、この様な力の源を。そして……、そんな力を持った貴方という人を」
その視線から逃れるように俯いていた愛理が、やがてぽつりと零れるように呟く。
「魔法……」
「まほう?」
聞きなれない言葉に不思議そうな顔をした弥平次へと説明するように、十兵衛が言葉を引き継ぐ。
「魔法……、魔の法、仏に仇なす魔羅・魔王の法、で、しょうか」
「やっぱり賊じゃないですかっ!」
そう言って今にも腰の物を抜こうとする弥平次を手で制する。
「どうなのですか?」
「それは違いますっ!」そう珍しく強い声で否定する。
「魔法は、神様に頂いたお力です、そういった物ではありません」
「神……、ですか?すると、道術や陰陽術のようなものでしょうか?」
「それは……、違うと思います」
日本の神様、いわゆる八百万の神々とあの女神様は別物だろうとは愛理にもわかった
ただ、ではどういった存在なのかと訊ねられれば、それに答えられるだけの情報をもっているわけではなかった。
なので、暫く悩んだ後に彼女は、自分の体験したあるがままを打ち明けることにした。
今知り合ったばかりの相手にそんな事を話すことには躊躇いや不安もあったが、短い閉じた世界では経験する事のなかった明け透けな悪意に初めて直面した彼女には、真摯で丁寧な(と感じた)十兵衛の態度が救いに思えたのだろう
ある意味詐欺や宗教に引っ掛かるときのような危険な心理状態だったのかもしれない。
羽崎城での体験は愛理にとって想像もしなかった世界があると思い知ることになった
それは小さな頃から母親や病院によって守られて、或いは隔離されてきた彼女が初めて知った、人間というものの本質の一面であった
そしてそれは、この先彼女がこの世界で生きていくためには避けて通ることのできない通過儀礼だった。
愛理の話が一通り終わると、弥平次は狐に摘ままれたような顔をしていた
十兵衛もまた俄には信じがたいといった様子だったが、それでも頭ごなしに否定することはなかった。
「それでは……、貴方は死人ということで?」
「いえ、転生した今は普通に生きてる人と同じですから、元死人と言った方がいいかなと」
「ふむ……、なら貴方の言う神は閻羅王という事になる」
「閻魔様って女性でしたでしょうか?」
「あのう……、十兵衛様?」
何かずれた方向に会話が進んでいるなと自覚しだした頃に、弥平次からやんわりと突っ込みが入る
こほんと小さく咳払いを一つすると、十兵衛は話を戻した。
「さて、大まかな話は理解しました、俄には信じがたい話ではありますが一先ず信じたとして話を進めましょう」
そう言って空の湯飲みへと視線を送るが、すぐに愛理へと視線を戻す
「ですが私はその、魔法、という物をまだ見たことがありません、もしよろしければ一度拝見させて頂けないでしょうか?」
その言葉に弥平次も後ろで何度も頷いている。
やや躊躇っていた愛理だったが、二人の様子にやがて杖をとると先端を突き出すようにして呪文を唱える。
“灯明”
その言葉と同時に杖の先端が光輝く
「わ、わわっ!」
「なんと……」
同時に驚いた声をあげた二人だったが、やがて十兵衛が杖の灯りへと手をかざす
そして熱を持っていないことを確認するとその光る先端へと触れた。
「燃えているわけでもないのにこの明るさ、なんとも不思議な……、これが、魔法……」
「他にはっ?他にはどんなことが出来ますかっ?」
始め驚き、後に警戒していた弥平次だったが、十兵衛の様子に危険がないと判断すると俄然好奇心を刺激されたのか食い付きがよくなる。
そんな弥平次の、年相応の子供らしい反応にもっと喜ばせたいと思うようになった。
「ではこれから竜を呼び出してみせますね」そういうと呪文を唱える
“幻影”
すると、空中にうねりながら火を吐く竜の姿が現れた。
始めのうちはたいそう驚いていた弥平次だったけれど、やがてその動きが単調な繰り返しであることから本物の竜ではなく映像だと気付く。
もっともこの時代には映像技術そのものがまだないのでそれでも彼等を驚かせるには充分だったのだが……。
「成る程、これほ若狭守が手に入れようとするのも無理はない」
愛理は十兵衛に、他にどのような魔法が使えるかを説明した。
もっとも全てを話したわけではなく、“致死雲”や“隕石雨”といったような凶悪と思ったものは話していなかった
これは彼等の事をまだ信用していないから、ではなく単にそういった類いの魔法を使う気が本人に無かったから、というだけの理由だったが。
「すると十兵衛様、林からこの建物を見張っていたのは若狭守様の御家来衆でしょうか」
「だろうね、そうでなければ彼女を村に行かせるわけがない」
「あの……、私は見張られていたのですか?」
その言葉に二人が同時に、無言で頷く
愛理は、まだまだ自分が現状を理解できていなかったことを思い知らされた。
「しかし十兵衛様、そうなると私達が帰るときも付けられるでしょうね」
「だろうね、そして私達が明智の家の者だとわかるのは私達にも彼女にも都合がよくない」
「……片付けますか?」
まだ子供の口から出てくる言葉とは思えなかったが、これが戦国の世の武士というものだろうか
しかし十兵衛はその言葉を否定する
「いや、見張りが戻らなければ彼女に疑いの目が向けられる」
「あ……」そういった辺りに気が回らないのはまだまだ子供というべきなのだろうか
「ではどうしましょう?」
腕を組むようにして暫し考えていた十兵衛が、愛理に訊ねる。
「ところで、私達が訪れたときに出掛けるところだったようですが、羽崎の城に向かうつもりだったのですか?」
「はい……」
その返事を聞いて決断する。
「よし、なら私も羽崎の城に行くとしよう」
「ええっ!?よ、よろしいんですか十兵衛様!?」
「なに、長山の城から羽崎迄は僅かな距離、様子を見に来ていても不思議じゃないさ」
そう言って立ち上がると言葉を継ぐ
「それに、下手にこそこそ会っていると思われるよりも余程いい、羽崎と明智は共に山城守派なんだから私達が彼女を送り届けることになんら問題はないさ」
「それは、そうかも知れませんが、この人の話だと若狭守様には腹に一物ありそうですよ?」
「だからこそ様子を探りにいくのさ、弥平は養父上に事の次第を報告しておいてくれ」
「わ、私も参りますっ!」
「駄目だ、状況次第ではなにがおこるかわからない、その時に養父上が状況を理解していないと判断を誤られるかもしれない」
それに、と言って弥平次の頭を撫でる。
「私に万が一の事があれば養父上の嫡男のお前が明智の家を守らなければならないんだぞ」
「十兵衛様……」
「なに、若狭守だって無闇に明智を敵にまわす気はないさ、余程のことがない限り無事に帰して貰えるよ」
十兵衛からにこと屈託のない笑顔を向けられて、はあ、とため息一つ着いて観念する。
「わかりました、ですが、絶対に御無事で戻ってきてくださいね」
「わかってるさ」
「それと……」
そういうと弥平次は、仕返しとばかりに意地の悪そうな笑みを浮かべて言った
「弥平次ですっ!」
羽崎の城までの道を二人と一匹、のんびりと歩く
後ろから若狭守の家来らしき人物がつけてきているが、別に行き先を隠す必要がないので気にしない。
足元にじゃれつくようにして歩いている黒猫を蹴飛ばさないよう注意しながら、十兵衛が足を運ぶ
来るときに乗っていた馬は弥平次へと預けてきた
今頃は馬を駆った弥平次が長山の城に着いた頃だろうか
「城に着いたら予定通りに、大丈夫ですか?」
その言葉に愛理が小さく頷く
緊張しているようだが今までのような追い詰められた感じはなかった。
「少しの間、若狭守の元に居て貰うことになりますが、必ず救いだしますから」
そう言って安心させるように笑顔を向ける
その言葉に、今度はしっかりと頷いたのを確認すれば、視線を先へと向ける
羽崎の城が近付いてきた
二人は確認するように視線を合わせると、互いに頷きあう
大きく吐息を一つつくと、自分に気合いをいれるように声に出した。
「さて、行きましょうか」




