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戦国時代の大魔導師  作者: あや
美濃大乱
7/32

その0

斎藤道三の美濃取りは現在では親子二代にわたるというのが定説と成りつつありますが、本作では従来よく知られた一代説に則っています。

「何故斯様な事に成り果てた……」

尾張へと落ち行く騎乗で、そう頼芸は呟いた。

その声は弱々しく周囲の供人の耳には届かなかったが、何らかの反応を期待していたわけではなかったのだろう、そのまま悄然と駒を進める。


従四位下、修理大夫・美濃守、美濃国守護、美濃土岐氏十四代目当主

彼を現す言葉は幾つもあるが、その何れもが今の彼には似つかわしくなかった。


何故こんなことに、もう一度繰り返すと逃れてきた道を振り返る

遥か遠くに稲葉山が見えた。

今頃あの男はどんな顔をしているだろう……

奴を信用してはいけないという家臣らの声が、今更ながら耳へと甦る

だが、あの男がいなければ余は国主の座に着けなかったかもしれない。

勿論それには充分に報いた

……そう思っていたのは余の方だけだったのだろうか……

前を向けば尾張(おわり)への道

「お屋形様、急ぎましょう、追っ手が来るやもしれませぬ」

あの男にその気があれば、とうの昔に捕らえられておるわ、そう思ったが口にはしなかった

小さく頷くと馬腹を打つ

一行はもう振り返ることなく、尾張へと駒を進めていった。



「屋形一行、無事尾張領内へと入りました」

「……御苦労」

大桑城より運び込ませた帳簿から目を話さずそう応じる。


斎藤山城守利政


それがこの人物の名前だった

後に剃髪し道三と号することになる。


「……宜しかったのですか?追い討ちをかけずに」

「よい」

その返事を予想していたのだろう、躊躇いがちにそう問いかける相手に、キッパリと答える。

「……訳を伺っても?」

「もはや屋形には何も出来まい……、放っておくがよい」

その言葉に納得がいかない様子だったが、重ねて「無用」と言われれば引き下がる他はない

一礼して立ち去ると、部屋には利政一人が残る。

(これで大人しくなるような御仁では無かろう、精々足掻いてくだされ……)

帳簿を閉じ一息つけば、ふと此処までの道程へと意識を巡らせていた……。



そもそも美濃の大乱は、元を辿れば足利義満の時代まで遡る

当時の土岐氏は六代頼康の活躍によって美濃の他に尾張・伊勢の守護職を兼ねる大大名であった。

だが、その養嗣子である康行の代になると義満の策に嵌まり討伐軍を差し向けられる。

結果康行と、彼に従った土岐庶派の多くが没落してしまう。

美濃守護の座は頼康の末弟で、幕府方に着いた数少ない土岐氏の一人の頼忠が継いだが尾張・伊勢の守護職からは外れることとなった。

この乱で土岐宗家の座が本家から外れていた頼忠へと移った事に反発した土岐庶派を押さえるため、外様の富島氏を守護代とした事が後々まで続く美濃の内乱の火種となった。

その孫、持益の代には富島氏・長江氏・斎藤氏が守護代の座を巡って争い、それを制した斎藤氏、利永が守護代となる。

その後も美濃は持益の跡目を孫と養子のどちらに継がせるかで持益と利永が争い、利永に推され跡を継いだ成頼は四男を溺愛して嫡男の政房を廃嫡しようとし家中に内乱を起こす。

そうして跡を継いだ政房もまた、次男の頼芸を愛して嫡男の頼武を廃そうとした。

(この一族には過去に学ぶという脳は無いのか……)

思わず呆れたように溜め息をつく。

しかしその内紛があればこそ、一介の油屋に過ぎなかった身が今や美濃一国の主にまで登り詰めたのだ、そもそも焚き付けた側が呆れるというのも筋違いかもしれない。

だが美濃の不思議なところは何代にも渡ってそんな醜聞を見せつけられて尚、土岐宗家を慕い続ける土岐庶派だろう。

頼忠が宗家を継いだときも庶派の抵抗が強かった

そして利政もまた、それらを廃しながら美濃を治めていかなくてはならない。

なればこそ、彼の部下が頼芸に追っ手をかけるべきと主張したのも当然と言えよう。

だがそれについては彼なりの考えもあった

その為に、もう15年も前から種を蒔いてきたのだ。

だがその前に……、戦勝の報告を受けに広間へと向かう。

この国の今後を決めるために

誰が敵で誰を討つべきかを見定めるために……。



雨上がりの野を足早に進みゆく二つの影があった。

「遅いぞ弥平、遅れるなら置いて行くぞ」

「待ってください十兵衛さま」

前を行く馬上の少年は14~5歳、後を追い走る少年は6~7歳だろうか

二人はすぐ先の長山にある明智城の住人で、年長の方を明智十兵衛、もう一人を明智弥平次といった

後の明智光秀・秀満主従である。

だが今はまだどちらも出仕前の若者にすぎない

「まったく、弥平がぐずぐずするから遅くなったじゃないか」

「弥平次ですってば!十兵衛様も十平様って呼びますよ!」

「? 十兵衛であってるじゃないか」

そんなことを言い合いながら、雨に濡れた道を走る。

彼らが目指す先は羽崎の村

そこには不思議な尼僧が住み着いたという

いわく、先程急に降った大雨もその尼僧の仕業だという噂らしい。

「衆を誑かす賊は討たねばなりません!」

「だがこの辺りの村はみんな水不足で困ってたんだ、なら良いことをした事になる、それでも討つのか弥平?」

「弥平次ですっ!」そう訂正してから言葉を続ける

「そうやって人気取りをしてから悪いことをするのかもしれないじゃないですか!」

「ふむ、一理あるな、偉いぞ弥平」

「弥平次ですってば!」

律儀に言い返す弥平次の声を聞き流しながら別の事を考えていた。

(養父上は何故山城守に従われるのだろう、確かに叔母上は山城守に嫁がれているけれど、山城守は土岐に仇なすものじゃないか)

養父上なら御屋形さまを助け山城守を討ち土岐中興の祖ともなれる人物なのに、そんなことを思う。

なおも考え事を続けていた十兵衛の耳に、弥平次の大きな声が響く。

「十兵衛様、まもなく羽崎村です!」

その声に現実へと引き戻される。

浮かんでくる疑問を振り払うように頭を一つ振ると、馬に鞭を入れた。

「行くぞ弥平、遅れるならっ!」

「だから弥平次、て、待ってくださいてばっ!」


村へと続く道を、若い二人の武士が駆けていく、

雨上がりの空に、大きな虹が掛かっていた……。

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