その3
翌朝、早くに起きると身支度を整え荷物の整理をします。
と言っても大したものは無いのですが
そうして時間を費やしていると、惣兵衛さんの使いより朝食の用意が出来たと伝えられました。
朝の挨拶をしようと惣兵衛さんのお部屋へと訪れると、早速に膳を整えるように指示を出されます
私は恐縮しつつも遠慮し過ぎにならないよう、席へと着きました。
「さて、それで私は愛理さまに、何をお話しすれば宜しいのでしょうか?」
私がお味噌汁を飲み終えたのを見計らうと、惣兵衛さんがそう尋ねられました。
余談ですが、このお味噌汁がこちらの世界に来てから一番美味しいと感じたので色々伺ったところ、昆布を使った出汁で味を整えられているとのことでした。
この時代、出汁を使う調理法はまだ一般的では無かったそうなのですが、お寺で出される精進料理には出汁を用いた調理が行われてきたとのことです。
これは仏教のひとつ、曹洞宗の開祖となった方が中国、当時は宋ですね、宋へ渡海して仏教について学んだ際に料理、食事と調理の両方ですね、それを重要視すると教えられたことが始まりだそうです
この方が帰られた後に越前の国、今の福井県に作られたのが永平寺というお寺になります
そう言えば、永平寺の朝粥やごま豆腐などは今でも福井県の名物だったと記憶しています
そういったお寺の精進料理を食べた人達の中で、大店の主などはその調理方法を教わり実践しているらしく、またお公家さん等の中にも愛用されている方がいるとのことでした。
新し物好きの惣兵衛さんが、京で知った味を持ち帰らないわけがありませんね
閑話休題、話を戻しましょう
惣兵衛さんの申し出に、私は姿勢を正します
「実は南蛮の商人の方を紹介して頂けたらと思っているのですが」
「南蛮の……、訳をお伺いしても?」
「はい、実はこれをお金に変えたいと思いまして」
ベルトポーチに仕舞った、女神様より戴いた宝石のうちよりルビーを一つ取り出します
私が本来行くはずだったファンタジー世界では金貨や銀貨が通貨として利用されていますが、あまり多くの金貨や銀貨を持ち歩くのも重荷となるので宝石へと換金されるのが一般的だということで、女神様から宝石をいくつか戴いていました。
宝石については私もあまり詳しくはありませんが、それでもやはり、私も女の子でしたので、少しはそういった事の書かれた本を読んだりもしました
ピジョンブラッドと呼ばれる高品質なもので、大きさも3カラット以上の物は中々出回らないと言われる中で10カラット以上はありそうです
今現代に残っているルビーで最大の物が20カラット以上というお話ですので、生前ならたとえ元気になっても見ることさえ縁がなかったような物になります。
惣兵衛さんは繁々とその宝石を眺めていましたが、やがてお膳の上にそれを置くと穏やかな笑みを浮かべて話しかけられます
「なるほど、これは貴重なもののようです……、私の知人で京に店を出している人物が南蛮の商人に伝がありますのて、こちらで売却して差し上げましょう」
「あ、それは助かりますっ」
物が物ですので誰にでもお願いできるものではありませんし、惣兵衛さんにお願いできるのなら安心です。
そうお辞儀をした私ですが、顔をあげると難しい顔をした惣兵衛さんがこちらを見つめていました
「愛理さま、そう簡単に商人を信用してはなりません」
そう言って宝石を私に返してくださいました
その言葉の意味を、私が今一つ理解できていないようだと察した惣兵衛さんは更に言葉を続けます。
「商人とは利に聡く、強欲な者です。そこに大きな利があれば、親しい者を欺くことすら厭いませぬ」
「ですが、皆さんがそうと言うわけではないのでしょう?」
「それは勿論です」そう言って一呼吸置くと、言葉を続けられます。
「ですが、それを見分けることが愛理さまに出来ますか?」
「……いえ」そう言って面を伏せます
魔法を使えば相手が嘘をついているかや、こちらに敵意を持っているかなどを知ることは出来ますが、それは呪文を発動させないといけません
つまり相手を疑わなければ、そうしようという気は起きません
そして、そうしようという思いを持ったのは惣兵衛さんが忠告してくれたからこそです
それは自分で見分けることができるとは言えないでしょう。
私が素直に応じたのを見て満足されたのか、惣兵衛さんが話を再開されます
「失礼ながら、愛理さまはお人がよろし過ぎますな」
「そう、でしょうか……?」
私は、自分がそんな立派な人物とは思えず首を傾げます
もっとも入院生活が殆んどでしたから、世間知のような物が足りていない自覚はあります
ですので、曖昧な笑みを浮かべました。
「いえ、褒めたわけではありませぬ」
惣兵衛さんが、少し困ったような笑みを浮かべました
「いきなり申し上げて変われるものでもないでしょう……、京新町の蛸薬師という場所に、私の懇意にして頂いている商家があります、そちらにお世話になられるといい」
ですが、と遠慮をする私に、重ねるように申されます
「数年前に京に上られて呉服を商う店を始められましたが、なかなか上手くいっているようで、堺の商人とも付き合いがあるとの事……、紹介状を書きますゆえ、持って行かれると宜しいでしょう」
「ありがとうございます」そう、素直にお礼を申し上げます。
先程の“京に店を出している知人”というのがその方のことでしょうか?
小首を傾げている私に、惣兵衛さんが尋ねられます。
「ところで、南蛮の商人と会いたいとのことでしたが、彼らの言葉を理解出来るのですか?」
「それはなんとかなります」
翻訳の魔法を使えば未知の言語を使用することができます
私の返事を聞かれた惣兵衛さんは、少し考えたあと紹介状を書きながら「通事(通訳)をお願いしておきましょう」と申されました
その言葉に私が不思議そうにしていると、書き上げた書状を丸めながら説明をして下さいました。
第一に相手の言葉をどう翻訳するか、その精度を確認できるとのこと
第二に通訳が意図的な誤訳を行っていないかわかるとのこと
第三にこちらが言葉をわからないと油断させることで、本音を聞く機会があるかもしれないとのこと
その説明を、そういうものなのかなと、感心しながら聞きつつ、丁寧に包まれた紹介状を受けとります
その後幾つか言葉を交わすと、惣兵衛さんのお部屋を退きました。
その日はお昼から、街へ出て旅の支度の書い足しをする予定でしたが、それは惣兵衛さんの店の方が行って下さることになりました
どの様な姿でも、目に付くような行いは控えた方がいいとの惣兵衛さんの忠告に従ったものでした
明日は暗くなるまでに不破の関を越えてしまいたいと思っていましたので、惣兵衛さんのお言葉に甘えた私は、まだ早い時間から就寝して鋭気を養い、よく朝早くに出立しました。




