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戦国時代の大魔導師  作者: あや
道程
27/32

その2

今回は少々短めですが、切りが良いので投稿致します

前回は出張などでバタバタしていて9月中に投稿するのがやっとでした(汗)

「これはこれは、ようこそお越し下さいました」

連絡を受けた、お店の主の惣兵衛さんが出迎えて下さいました。

こちらは井ノ口にある、羽崎の村長(むらおさ)さんの親戚が経営されているお店です

材木を主に扱っていて同業者の間では中堅程度の規模だそうですが、主の惣兵衛さんが新し物好きで京や大阪、この時代なら堺でしょうか、そういった所から変わった品物を仕入れてくるのを領主の斎藤山城守やその重臣の人達に贈ったりして手広く顔を繋いだり、一方で番頭の茂助さんの手堅い経営姿勢とが上手く噛み合ってなかなかに繁盛しているそうです。

そしてこの、惣兵衛さんの(つて)が色々な噂話を収拾し、私の元へと届けて下さっていました

なんでも村長さんからは救世主のように言い含められているらしく、また今年の雨降らしの活動が美濃のあちこちへと拡がったこともあって、惣兵衛さんからは下へも置かない扱いをうけ、恐縮してしまいました。

「前以てお知らせもせず、急に押し掛けてしまいまして申し訳ありません」

「とんでもないっ、愛理様がお越しとあればお世話させていただくのは当然のこと、叔父からも強く言われておりますれば気兼ねなくお過ごしください」

私は恐縮しながらも、出来るだけ目立ちたくない事をなんとか伝えて理解していただきました。


井ノ口の町に着いたのは、もう空がかなり暗くなり始めた頃でした。

各務の町から山を右手に眺めつつ西へと進み、やがて進路を北へと向かえば井ノ口の町へと辿り着きます

山の麓には伊奈波神社いなばじんじゃという立派な社殿があり、参拝して行こうかとも思ったのですが、あいにくここまで時間が掛かりすぎたこともあってそのまま先を急ぎました。

てっきり稲葉山城のそばにあるので稲葉神社と書くのかと思いましたが、伊奈波神社と書くのが正しいそうです

そもそも伊奈波神社のある山は稲荷山といい、お城のある稲葉山はその隣になるそうです

そして、伊奈波神社は元々その稲葉山にあったものを、稲葉山城に居城を移した斎藤山城守が現在の地へと移したらしく、その際に社殿も今のような立派なものへと整えられたと言うことでした。

井ノ口に着いた私はまず惣兵衛さんのお店の場所を探すと、変化した姿のままでお店へと訪れます

そして店の方におトイレ、じゃなくて厠を借りると、その中で術を解いて元の姿へと戻りました

そして店の方へ、主へと取り次いで貰えるように頼むと証拠として、惣兵衛さんとやり取りしている手紙を渡しました。

ここまでの道中、注意を払って着ましたので私が此処に居ることは誰にも知られていないはずです

もっとも私には気配を察したりするような力はありませんので、おそらくとしか言いようが無いのですが……。


こうして私は惣兵衛さんと会うことが出来たのですが、あまり長居をしてはご迷惑を掛けてしまいますので、明日一日を準備に当て明後日には出発すると伝えました

と言いますのも、実は惣兵衛さんにお願いしたいと考えていた事があるからです。

その日は食事を頂きながら先程の伊奈波神社のお話や、この井ノ口という町についてのお話などを伺いました

斎藤山城守がこの稲葉山城を本格的に居城としたのがおよそ6年前、天文八年のことになります

稲葉山の椿原と言う地にあった伊奈波神社を現在の場所に移したのもその辺りの時期ですね。

この時代には陰陽五行信仰というものが盛んで、私も生前少し触った携帯のゲームなどで見たこともあるのですが、水は火に勝ち火は金に勝ち……、といったあれですね

山城守がこの稲葉山城を拠点とした理由の一つにこれがあるらしいというお話なのです。

まあ、あくまで“らしい”程度のお話、とのことですが

と言いますのも、この美濃の地は昔から水害に悩まされてきたそうなのですが、この五行の中に“水を制するには金を以て当てる”というのがあるらしいのです。

……水は火に勝ち火は金に勝ち、なら金より水の方が強そうなのですが、伊奈波神社の言い伝えでは先程のような理由を挙げて水を防ぐ信仰の神社とされていますので、きっとそうなのでしょう、私自身はゲームで少し触れた程度の知識ですので。

それはともかく、では何故伊奈波神社が金に相当するかといいますと、このような伝説が残っているそうです


景行天皇のころ、三種の神器のひとつ“叢雲剣むらくものつるぎ”が夜になるとぬけだした

占いによれば「奥州に金石あり、これに心を奪われてのこと」というのでこの金石を京都へとりよせることになり、五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)が奥州へと向かう

当地へ辿り着いてみると同形の石八個がありどれが金石かわからないが、亡き母君の教えでは鏡を当てると金石は鏡を破るという

母の教えに従い金石を得、人に担がせ京都に向かったが、天皇に讒言するものがあり命へと討伐の軍が差し向けられた

ちょうど美濃の椿原という地へと辿り着くとこの地に金石を納め討伐軍と戦となった

その時、金石はたちまち三十六丈の山となり命はこの山へと隠れ行方はわからなくなった

天皇は事の顛末を聞かれ椿原金山の麓に社殿を造り命を祭った、これが伊奈波神社の始まりである


この“奥州に金石あり”といわれる場所が金華山と呼ばれる島だそうで、その金華山より運んできた金石の変化した山、今の稲葉山を金華山とも呼ぶようになったとの事です

金石の転じた山に祭られた伊奈波神社なので金に相当し、水を制するということらしいです。


こういったお話はどの程度信じられるのかといえば、魔法を使う私が申し上げるのもなんですがかなり怪しいでしょう

ですが、信仰というのはそういったものでしょうし、特にこの時代なら広く信じられていたとしても不思議ではありません。

現代人にとって“蝮の道三”と伝わる山城守も、意外とこういったことを信じていたのかもしれませんね

……どちらかというと、信じている人達向けに利用した、と言われた方が納得出来るかもしれませんが。


流石に一日歩き通しというのは生前はもちろんこの世界に来てからも初めてのことで、いささか疲れてしまいました

明日以降のこともありますので今夜は早めに失礼させていただき、横になることにしました。

お借りしたお部屋には現代で言うところのベッドの代わりでしょうか、畳が一枚敷かれていました

なんとなく申し訳ない気持ちになりつつも横になると、疲れていたのでしょう、すぐに小さな寝息を立て、私は眠ってしまいました……。

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