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戦国時代の大魔導師  作者: あや
美濃大乱
25/32

その18

非常に遅くなりましたが、なんとか投稿です

あと活動報告の方に少しお知らせがあります

明智光秀と妻木氏の長女、煕子の婚礼は順調に進み、いよいよ今宵、花嫁を迎えることになった

この時代の婚礼の作法は身分によって多少の差はあるものの、概ね以下のようになっている。

まずは新婦側において“おいとま請いの式”と呼ばれる儀式が行われる

これは新郎の家へと嫁ぐ新婦を、別れを惜しみつつも婚家での幸福を願い家族が祝宴を開いて送り出す儀式で、一門うち揃って行われる。

続いて翌日になると、新郎側よりお迎え役と呼ばれる人物が新婦の邸へと派遣される

これは文字通り新郎へと嫁ぐ新婦を迎え入れるために送られた使者で、今回の場合は明智家の重臣・溝尾庄左衛門が務めている。

早朝には新婦の邸へと到着するのだが、ではすぐに出発かと言うとそうはならない

お迎え役を長く待たせれば待たせるほど「我が家は斯様に大切にしている大事な娘を嫁がせるのだ」というアピールになるため、大抵の場合は昼過ぎ頃まで待たせることになる

その辺りはお迎え役を務める者も承知の上なので、新婦側で用意された酒色等を頂きながらのんびりと待つ

そうして程よい頃合いとなると新婦側よりお迎え役へとお呼びが掛かり、いよいよ“出立の儀”が執り行われる。

お迎え役の庄左衛門が広間へと招き入れられると、既に座に着いていた妻木家の家長、藤右衛門広忠より声が掛けられる

「お迎え役殿、役目大儀に御座る、先様に何卒よしなにお伝え願いたし」

庄左衛門が承り候うと応じると、奥より花嫁が姿を表す

白幸菱文の打掛姿の花嫁は緊張しているのか終始俯いており、被衣の中の表情を見ることは出来ないが、元よりお迎え役が花嫁の顔を覗き見ようなどと言うことは礼に反するので庄左衛門も気にも止めずにいた。


仕度が済めばいよいよ出立の運びとなる。

まずはお迎え役が馬で先頭を進み、次いで新婦側から送り役と呼ばれる人物が後へと続く

この送り役は新婦を無事に新郎側へと送り届けるのが役目で、今回は妻木家の家老職にある沢井主水と言う人物が務める。

その後は新婦の乗った籠とその周囲を警備する送り役配下の武士達、新婦に付き従い新郎家にてその世話をする女房達、嫁入り道具や祝儀の品を担いだ小者等と続いて、最後にお迎え役の家来達が殿を務める

そうして一行が新郎の屋敷へ到着すると休息となり、新婚夫婦で一夜を過ごし、翌日には結婚の儀が執り行われることとなる。

この結婚の儀にて現代でもよく知られている三三九度等が行われた後に、新郎側の一族がうち揃った宴が行われる

但し大名クラス以外では新婦が到着した夜に宴となる場合も多く、明智家でもそのつもりで既に親族や主だった重臣達が屋敷へと集まっていた

また本来この宴は新郎側だけで行われる為、新婦側からは送り役の隊長、今回で言えば沢井主水一人が見届け役として参加するのが通例だが、大名同士以外の場合には送り役の家来らも参加し、両家が共に夜を徹して飲み明かすほどに両家の絆も深まると考えられていたらしい

明智家でも当然そのつもりで、可児才介等は「今宵は儂一人で妻木の者十人は飲み潰して見せよう」等とまるで戦の前のようなことを言い放っていた。


「そのような大事なお席に、私なんかが居て本当に良いのでしょうか……?」

花嫁の到着を皆が今か今かと待ちわびるその末席で、愛用のローブ姿の愛理が体を小さくしていた。

「こちらからお誘いしたんですから、堂々としていたらいいんですよ」

(あれはお誘いと言うのかな……)

弥平次の言葉に、愛理が苦笑いを浮かべる

お堂の掃除をしていた愛理の腕をつかむと録に説明もせず強引にここまで引っ張ってこられた、というのが実際のところだ

この世界に来てからそれなりに積み重ねてきた関係でもあるし、今更危険なことになるわけでもないだろうと引かれるに任せて付いてきたが、客観的に見ればあれは拉致と言うべきだと思う。

「ですが、この格好では……」

濃紺のローブに身を包んだ自分の姿を改めて見直しては、小さく溜め息をつく

およそ結婚式の会場に相応しい姿とはとても思えなかった、実際周囲の光景に比べ明らかに浮いている。

何やらボソボソと囁き合いながら此方をじろじろと眺める視線に、愛理はいたたまれない気持ちになっていた

だが、実際にそこで囁き合われていた内容は、愛理の想像とは少々異なるものだった。


「それ、あの娘が例の“雨降らしの尼”らしいぞ」

「あの娘が雨乞いの祈祷を行うと必ず雨が降るらしい」

「なんと、まことか?」

「今では近隣以外の村にも噂が拡がったらしく、各地よりひっきりなしに雨を降らせるよう頼まれているそうな」

「恵みの雨(慈雨)を及ぼす存在ということで“及慈雨”などと呼ぶ者もおるそうだぞ」

「山城守の評判とは大違いだな」

「滅多なことを言うな、その山城守も来られるという話だぞ」


本人の預かり知らぬところでそんな大袈裟な話になっているとは思いもよらない愛理だった。


そうしていると、やがて一人の人物の登場と共に、部屋のざわつきが一際大きくなる

取り立ててどうとも見えないその人物は、この屋敷の当主と気さくに会話を進めていた

「あの方が斎藤山城守様です」そう愛理へと、弥平次が耳打ちする

愛理が改めて視線を向けると、そこには五十半ばの、人好きのする初老の男性がいるだけだった。

その姿はとても、あの“美濃の蝮”と名高い斎藤道三のものとは思えなかった

そのうちに、愛理の視線に気付いた光安が何かを囁くと、山城守の視線が愛理へと向けられる


ゾクリ


背筋に悪寒が走る。

長い病院生活で何度も見てきた、そして最後には自らも経験した死というモノが具現化し、目の前に立っている、そんな印象を受ける視線だった

「……怖い人、ですね」

そう一言、僅かに弥平次にのみ聞き取れる程度の声音で呟くのが精一杯だった。



「妻木様の御一行、まもなく御到着なされまする」

先触れの兵がそう告げると、広間は喧騒に包まれる。

「やれ、奥方様の御到着かっ」

「めでたや、両家の(えにし)もこれにて深まろうて」

「ようやっと、これで酒が呑めるというものよ」

「御主はとうに呑んでおるではないか」

そんな銘々の騒ぎを尻目に家長(光安)が出迎えの支度へと座を外すと、山城守がゆっくりと立ち上がる

そして、縮こまるようにして弥平次と話をしていた愛理へと近付いてきた。

「少し良いか?」そう訊ねる言葉にも、拒絶を許さない力を感じる

無言で小さく頷く愛理の様子に気付いたのか、相手を魅了するように表情を和らげ言葉を繋いだ

その姿は正しく、先程見た人好きのする初老の男性の姿だった。

「これはすまぬ、怖がらせてしまったか?」

「い、いえ、お気遣い無く……」

この切り替えが、斎藤道三という人物が歴史に名を残した所以なのだろうなと、警戒しながらもそう思う

山城守は名乗ることも無く、あくまで一客人として話し掛けてきた

それは、弥平次から聞いているだろうと思ったのかもしれないが、愛理としては名乗ることに抵抗があったこともあり、その流れのままに名乗ることをしなかった

山城守もそれを気にする様子も無く、互いに季節の事柄などの話を交わす。

そうして、ふと張り詰めていた相手の空気が緩んだと見た瞬間、何気ない様子で切り込んでくる

「して、お主が自在に宙を舞うたとは真実まことの事か?」

絶妙の間合いに思わず言葉に詰まる。

助け舟を出そうとにじり寄った弥平次だが、山城守がひと睨みすれば何も言えなくなってしまう

「………」

あくまで人の良い笑顔を浮かべたまま、じっとこちらを見据える山城守の様子に、愛理は身動き一つ出来なかった

進退窮まった愛理を助けたのは、屋敷の奥よりの突然の騒ぎだった。

お待ちください、という女性の声と、荒々しく響く足音が広間へと近付いてくる

やがて足音の人物が姿を現せば、その場の全員が一斉に視線を向けた。

養父上ちちうえ、おられるのでしょう、妻木の養父上!」

その人物……、明智光秀の言葉に、広間の隅に居た人物が立ち上がった

この場にいるはずのない人物……、妻木藤右衛門広忠の姿がそこにあった。


本来この場にいるはずのない花嫁の父親の姿に、一同が騒然となる。

妻木方の参加者も一様に驚いているところを見れば、これがごく僅かな者の間のみにて考えられた事だと分かる

例えば、広忠の後ろに控えた頭巾姿の侍女のように……

「如何なされた婿殿」そう務めて穏やかな声音で尋ねる広忠だが、何があったかは当然に察していた。

「話は芳子殿より全て伺いました」

芳子、という名に周囲のざわめきはより大きくなる

今宵の花嫁の名は煕子であり、芳子とはその妹の名であった。

「でしたら……」広忠が苦しそうな声を出す

「でしたら、当方の苦衷もお分かり頂けましょう」

「わかりませぬっ!」

「何を揉めておるのか全く分からぬ、皆にわかる様に申せ」

二人の様子に埒が明かぬとばかりに、山城守がそう口を挟む

これには流石に二人も顔を見合わせ躊躇したが、やがて広忠が話し始める。

「実は、我が娘の煕子は先日疱瘡にかかり……、一命を取り留めましたものの、顔や肌に瘢痕はんこんが残り……」

それ以上は辛いのか、そこで言葉に詰まってしまう。

その後ろで、頭巾姿の侍女が肩を震わせていた

その様子に気付いたのか、光秀がその侍女へと近付く

「お待ちくだされ、それはっ」そう言って遮ろうとする広忠を退けると、侍女の頭巾の中を覗き込む

逃れようとした侍女だったが、やがて適わぬと悟ると肩を落としてうずくまる。

「やはり、煕子殿……」

「どうして、そっとして置いて頂けませぬか、この様に醜くなった姿を、貴方様に見られたくは……」

そう言って、顔を覆って泣き伏せる

おそらく今日、この場に来たくは無かっただろう

それでも、自分の身代わりに妹が、自分の想い人の元へ嫁ぐ姿を、見届けずにはいられなかったのだろうか……。

お祝いムードが一転、気まずい雰囲気に包まれる広間で、光秀が煕子を抱き起こす

そして、頭巾に包まれた頬へと手を伸ばし、痘痕に覆われた肌へそっと指で触れた

「私は煕子殿が美しいから好きになったのではありません、煕子殿の心根をこそ、好ましいと思ったのです」

「光秀様……」

「私の妻は煕子殿以外にありません」

「よ、良いのですか……?」

困惑と安堵の入り混じった表情でそう言う広忠へとしっかり頷いてみせると、そのまま煕子を抱き寄せた。

「改めて、私の妻になってください」

「こんな、私で宜しければ……」

そう言って抱き合う二人へと、周囲から祝福の言葉が送られた

その場の雰囲気に、皆当てられていたのかもしれない。

そんな二人の様子を、愛理は嬉しそうに眺めていた

(やはり、本に載っていたお二人の関係は本物だったのですね)

明智光秀と妻煕子の関係については後世にも幾多の逸話が残っている

その全てが事実では無いのかもしれないが、そういった逸話が残っただけの理由が確かに有ったのだと、そう思った

人生に悲嘆、達観していたとはいえ愛理も年頃の少女だけに、いや実際に恋愛をするような機会に恵まれなかっただけに余計に、そういった関係に憧れを持っていたのだろう。

自分の今の姿や立場を忘れたように、ふと立ち上がると二人の前へと歩み寄っていた

ざわめきの声と共に、周囲の注目が集まる。

「ありがとうございます、お二人の愛情、見届けさせて頂きました」

そう言うと、周囲の視線に気付き口調を改める。

「その互いを思いやる気持ちはきっと御仏に伝わるでしょう、あなた方がその気持ちを忘れない限り必ずや、お二人に御仏のご加護があるでしょう」

そう言って煕子の手を取ると、小さな声で呪文を呟いた


完治リフレッシュ


すると、愛理の触れた辺りから光が輝き、やがて煕子の身体を覆うように拡がっていく

そのまばゆさに周囲の者も思わず目を逸らせてしまう

やがて光が収まったとき、最初に気付いたのは目の前に居た光秀だった。

「煕子殿っ、お顔が……」

「え……?」恐る恐る、震える手で自分の頬に触れる

そして、自らの顔を覆っていた痘痕が消えていることに気付く

「う、嘘、私……、光秀様……」

その様子に、先程より打掛姿で立ち尽くしていた芳子が何事かに気付けば、慌てて鏡を用意する

「お姉様、これをっ」

そういって差し出された鏡には、以前と変わらぬ美しい煕子の顔が映っていた。

「奇跡だ、まさに御仏の……」

そう呟いた広忠が、腰が抜けたかの様にへたり込んでしまった

その言葉に光秀が、さっきまで傍にいた少女のことを思い出す

慌てて周囲を見回すが、その姿は何処にもなかった。


光秀と煕子の婚儀は、その後滞りなく進む事となった。



暗い中、灯明ライトの魔法で照らされた道を一人、愛理は住み暮らすお堂へと向かっていた。

「少し、やり過ぎたでしょうか……」そう呟くも、後悔はしていなかった

あの二人には、幸せになって欲しかったから……

それこそ、史実以上に

「そうですね、少しやり過ぎたと思います」

その弥平次の言葉に苦笑いを浮かべると、足を止めて振り返る。

「よく、気付かれましたね」

「当然ですよ、ずっと見守っていたんですから」

「やはり、そうだったのですね」

出会ってから何年も、五日と空けずに通い詰めるというのは明らかにおかしい。

しかも明智家には光秀という次期当主候補がいるとはいえ、弥平次は現当主の嫡男だ

いくらなんでも「遊びに来た」というその言葉を鵜呑みには出来ない。

こういった事に疎い愛理でも、それが何年も続けば流石に普通の事ではないと知ることが出来た

弥平次は、愛理の見張りであり護衛でもあり、異変時の連絡係であった。

それを自分が勤めるのが一番、お互いに受け入れやすいだろうとの配慮からの行いだった

つまり、愛理は本人も知らぬうちより明智家の庇護下にあったといえる

だからこそ、斎藤家からの干渉が無かったのだ。

確かにこれまで愛理が行ったこととして世間に知られているのは雨乞いの祈祷くらいであり、それも昨年までは羽崎村周囲の狭い噂に止まっていた

愛理についても、未来より来たと知っているのは光秀・弥平次の二人だけであり、光安ですら詳しい事情は聞かされていなかった

羽崎若狭守の一件についても山城守や兼山の斎藤大納言など数名しか把握していない。

それでも、今年に入れば“雨降らしの尼”としての噂は美濃中に拡まっていたし、その際に不用意に飛行フライトの魔法を使う姿も目撃されてしまっていたため、彼女のことが近隣諸国に知れ渡るのは時間の問題と思われた

そこへ今回の行いだ、いかに明智・妻木身内の者ばかりの席とはいえ小者も含めればかなりの人数になる、とても隠しおおせるとは思えなかった。

「お堂に戻った後、一旦美濃を離れようと思います」

「それは却って危険ですよ、明智の庇護下から離れるのは」

「大丈夫ですよ弥平次さん」そう言って、杖を引き寄せると呪文を唱える。


変化シェイプ・チェンジ


すると、弥平次の目の前には愛理のローブを着た、羽崎村の老人の姿があった

腰を抜かしたように驚く弥平次の様子に笑みを浮かべると、元の姿へと戻る。

「旅の間は幾つかの姿を変えて、使い分けようと思っています」

「は、はあ、なるほど……」まだ驚きの隠せない様子で、やっとそう応えた

「ですので、どうぞご安心ください」そう言って笑顔を向ける。

「はあ……、仕方無いですね、本当は愛理さんには、明智の傍にいて欲しいのですが……」その様子に説得を諦めると、困ったように呟く

「すみません、田んぼに水を張る頃には戻りますから」そんな弥平次の様子に少し申し訳なく思ったのか、そう応じる。

「きっとですよ?それで……、どちらに行かれるんですか?」

念を押す弥平次にはいと応えた後、行き先については少し考えた後でこう伝えた

「京都……、いえ、京に行ってみたいと思います」


「京の都までは東山道で四十里はありますよ、十分に準備をしてからでないと……、お金はあるんですか?」

「お金はありませんが、少し当てはあります」

愛理の言葉を、こちらを気遣わせない様にとの配慮と受け止めた弥平次が、懐の中より胴巻きを取り出す

「僅かですが使ってください、当てにした事が上手く行けば、後で返して頂きますから」

「弥平次さん……、ありがとうございます」

少し躊躇した後に、渡された胴巻きをありがたく受けとると笑顔でお礼を言う。

「井ノ口まで行けば色々な品も手に入るでしょうから、寄って行かれるといいですよ」

照れ臭さを誤魔化してか、早口でそう告げる様子は年相応の少年のように見えた

「そうですね、村長むらおささんの親戚のお店もありますし、まずはそちらを目指すとしましょう」

「それがいいと思います、では家までお送りしましょう」

夜道で立ち話も良くないですしね、そんな風に言うと二人で歩き始めた。

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