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戦国時代の大魔導師  作者: あや
美濃大乱
24/32

その17

話は少し戻って、天文十四年の春

その日、一人の赤ん坊が生まれた

その赤ん坊の誕生は、まがりなりにも収まっていた美濃の平和を大きくかき乱し、更なる混迷へと導く結果となるのだった。

赤ん坊の名は小次郎

父親は土岐頼芸、母親は六角定頼の娘

……後の土岐頼次だった。


「もう四十二であろう、今更男子が生まれるとはのう……」

「はて、そう言う御屋形様が長夜叉様を授かったのも、確か四十を過ぎてからだったのでは?」

呆れたように呟く主の越前国主、朝倉孝景へと、宗滴の無遠慮な一言が刺さる。

痛いところを突かれた孝景が苦笑いを浮かべれば、これも苦笑しながら宗滴が話を続ける

「しかし、これにて次郎殿の話はたち消えと成り申そう」

「さて、その事よ……」

次郎の話とは、先年の美濃討ち入りに際し交わされた約定で

“土岐頼純(次郎)を支援する朝倉家と、土岐頼芸を支援する織田家が協力して美濃を攻める”

“美濃の国主は頼芸とし、頼純を養子に迎え後継者とする”

といった内容だった。

ただ肝心の美濃討ち入りそのものは、井ノ口の戦いにて斎藤山城守相手に織田信秀の軍勢が大敗、討ち入り失敗と判断した朝倉勢が兵を引いたのに対し、大垣城を死守した織田勢が単独で頼芸を美濃入りさせることに成功、国主へと復帰させた経緯もあって頼芸側が話を進める気を無くしていた。

(但し国主としての実権は依然として山城守が握っていた)


「頼芸に子が生まれるまでは機会もあろうかと思うたが、どうやら別の手を進めねばならぬようだの」

「然り」

短い言葉で宗滴が同意を示す。

隣国加賀の一向宗徒が金沢の地に寺院を築いているが、報告によれば大坂の石山本願寺を模したような城郭様式だという

もしこれが完成すれば加賀の一向宗の勢力は侮りがたいものとなろう

四十年前、まだ若かりし頃の宗滴が九頭竜川の戦で門徒衆を討ち、吉崎の御坊を破却する事によって弱めた一向宗の勢いが盛り返すことになれば、朝倉としても看過する事は出来なくなる

孝景は美濃計略の方針について考え直す必要性に迫られていた……。



「何故だ!何故信秀がここにいるっ!」

襲いかかる敵兵を切り捨てながら、松平広忠が絶叫する

広忠は何故、自分がこんな窮地に陥っているのかがわからなかった。

「殿、早くお逃げくだされっ!」

隣でそう声を張り上げる家臣の本多吉左衛門忠豊が、主を逃がそうと懸命に槍を振るっている……


勝てる戦のはずだった

美濃へと攻め込んだ織田信秀は斎藤利政の前に完敗し、その軍勢を大きく減らしていた筈であった。

今なら信秀は多くの兵を失い家中は動揺し、兵の士気も上がらず大きな軍事行動など取れない筈だった

安祥城を取り戻すのは今、そう広忠が考えたのも解らなくはない

去る天文九年に織田軍によって奪われた安祥城は松平家にとって、居城である岡崎城防衛の為に無くてはならない城だった

また織田軍にとっても三河進出への大事な拠点であり、この城を奪い返せば織田の三河計略は大きく狂う事となるだろう。

なんとしても取り戻さねば、そう逸る気持ちが判断を誤らせたのか、それとも信秀の方が一枚上手だったのか

広忠が安祥城へと攻め寄せた時、既に信秀の援軍は当地に到着していた

しかし、信秀は軍勢を城へは入れず、その近辺へと巧みに潜ませておいた

油断した松平勢が織田勢と合戦に及んだそのとき、背後より信秀の潜ませていた援軍が松平勢へと襲い掛かった。

そして、思わぬ攻撃に混乱した松平勢へと城を打って出た部隊が攻撃を加える

城の内外からの挟撃を受けた松平勢は退路を絶たれる前に撤退しようとするが、当主の広忠は頑なにこれを拒絶、敵を押し戻そうと奮戦していた。

しかし、その抵抗を打ち砕く声が戦場へと響き渡った


織田三河守信秀推参!


戦場に織田の木瓜紋が翻れば、松平勢がどっと崩れ出す

然程に尾張の虎の名は、恐怖の対象として松平兵の胸に刻み込まれていた

忠広が懸命に声を張り上げ兵を叱咤するが、退路を遮断されたこともあり動揺した兵を押し止めることは出来なかった。

「おのれ…、このままむざむざやられたままで岡崎へ帰れようかっ、斯くなる上は信秀のその首、地獄への手土産としてくれんっ!」

討ち死にを覚悟した広忠が敵の本陣へ切り込もうとするのを、家臣達が必死に押し止めている

主のために血路を切り開いていた忠豊がその様子に気づくと、ゆっくりと歩み寄り跪く

「殿、(それがし)此処までの忠勤に対し褒美を賜りたく存じます」

「吉左衛門殿、斯様な時に何をっ?」

場にそぐわぬ忠豊の言葉に周囲の家来達が騒ぎ出す中、当の広忠はポカンとした顔になり、続いて豪快に笑い出した。

忠豊が突拍子もない事を言って場を落ち着かせたと思ったのだろう、何なりと遣わそうと、わざと鷹揚な態度を見せてその意思に乗ろうとする

だが、忠豊の意志は別のところにあった

「なれば信秀の首級を上げる役割、是非某に御譲り頂きたく」

そう言ってそのまま立ち上がる

「無茶な、御主死ぬ気かっ!?」

今にも敵陣へと駆け出して行きそうな忠豊の様子に周りの者が慌てた様子を見せた

この状況で信秀の本陣へと斬り込めば生きて帰れるわけがない

先程広忠が口走った言葉も討ち死にを覚悟したからの物である。

忠豊の言は、これより斬り死に仕らんと言うも同然だった

尚も止めようとする広忠等へと、忠豊が一喝する

「何を戦場(いくさば)で愚図々々致しておるかっ、さっさと殿をお連れせよっ!」

その言葉に我に返った近習が、広忠を抱えるようにして戦場を離脱する。

「殿……、先にあの世でお待ち致してます故、ゆるりとおいで下され」

そう言うと、手にした槍を握り直す。

「これより織田信秀の御首を戴きに参る、我と思わん者は付いて来いっ!」

その声に、周囲の者達が粗末な槍を突き上げて応じる

その光景を満足げに眺めれば、掛かれの号令を下す。

主従一体となった小勢が、信秀の本陣へと突き進んでいった……



安祥城に攻め寄せた松平勢を撃退した信秀は美濃の抑えを大垣城の織田播磨守へと任せ、松平勢の弱体化した三河の計略へと本腰を入れ始める

信秀の目は今三河へと向いていて、美濃に関しては当面現状維持以上を求めていない

そのため、土岐頼芸及び頼芸派への支援は従来通りとはいかなくなっていった。

これを好機と見た斎藤山城守は大垣城を奪還すべく兵を起こす

しかしこれは織田播磨守の奮戦もあり上手く行かなかった。

やはり織田信秀は侮り難いと考えた山城守は、水面下にて打診のあった計画に同意する方向へと舵を切った

すなわち、朝倉家との和議である。


互いの思惑もあり幾つかの条件面で折衝が行われたものの、八月の内には交渉も纏まった

斎藤山城守・土岐頼芸と朝倉孝景・土岐頼純の間に和議が結ばれ、頼芸は頼純へと美濃守護職の地位を譲ること、頼純は大桑(おおが)城へ入り山城守の娘を妻に迎える事などが取り決められた。

頼芸はこの条件に最後まで抵抗したが、頼みの織田家が三河へと主軸を移しており最終的には山城守を撥ね付けることが出来なかった

守護職としての建前を失い北方城へと逼塞した頼芸は揖斐等も近付けず、絵筆だけを友とする暮らしを送ることとなった。



土岐頼純の美濃守護職就任式、及び斎藤山城守の娘との婚儀は盛大に執り行われた

斎藤山城守はこの一連の儀式を差配することによって、実際の美濃を誰が取り仕切っているかと言うことを国内外へと知らしめた

頼芸と頼純、どちらが美濃の守護となろうとも美濃を差配しているのは斎藤山城守、守護あっての山城守ではなく、山城守あっての守護なのだ、その事をまざまざと思い知らされた。

婚儀が終わり部屋へと戻った頼純は小さくため息をつく

自分が美濃の守護の座へと着くために、父と自分を美濃より追い出した斎藤山城守の力を借りねばならなかったのだ、複雑な気分にはなる。

目の前には白無垢姿で俯く、山城守の娘の姿があった

今日より己が妻となるその娘は、まだ十一歳の幼子に過ぎなかった

つまりは、妻と言う名の人質も同然であり、山城守もそのつもりで差し出したであろうことは用意に想像できる。

「……不束者ですが、末長くお側に置いて頂けますよう、お願い申し上げます」

娘……、帰蝶がそう挨拶をする

父親からどのように言い含められてきたのか……、あの蝮と呼ばれる男の娘だ、油断はできぬ

挨拶を受けながらそんな風に考えていた頼純の、視線がふと一点に止まる

白無垢に包まれた帰蝶の、肩が僅かに震えていた

頼純が顔をあげるように言う

初めて正面から見た妻の、幼さを残した愛らしい顔は微かに怯えを残していた

目尻は赤く腫れていて、涙を流したあとが残っている。

「今宵より我らは夫婦となる、そう堅くならずにいて欲しい」

頼純は、なるべく安心させようと穏やかに話し掛けた

蝮の娘等と警戒していたが、相手はまだ十一の小娘なのだ

数人の供と、敵地とも言うべきこの城へと人質同然に送られ、今はまた見も知らぬ大人の男と二人きりで部屋にいる

夫婦となればこのあと起こるであろう事も充分に言い含められて来たであろう

不安や恐怖を感じても不思議ではない。

「夫婦となれば、この後の事についても聞いているであろうが……、安心いたせ、今すぐどうこうしようとは思っておらぬ」

そう聞いた帰蝶の表情が安堵と不安、戸惑いといった様子に変わる

「で、ですが、父より頼純様のお子を、土岐の後継ぎを早うに賜るようと言い付かっておりますれば……」

やはりか、そうため息を溢す

山城守としては己の血を引いた者を土岐の後継ぎへと据えたいのであろう、そうなれば私や頼芸殿に煩わされる事もないし、己が簒奪者となる汚名も逃れ得る。

私は帰蝶へと、近くに寄るよう手招きをする

僅かに躊躇いを見せた後にそっと歩み寄ってきたその体を抱きすくめてやると、驚いたように小さく身動(みじろ)ぎをした

その背をそっと、落ち着かせるように撫でながら言い聞かせる

「そなたはまだ幼い、今焦って事に及んでもそなたも授かる子も危険を伴う」

事に及んでも、と言った言葉に腕の中の帰蝶が微かに反応したのがわかった

「まず四年ほどは体を作ることに専念致せ、その間に互いの事をよく理解しあうのだ、でないと、よい子は授からぬぞ」

「そ、そのようなものに御座りまするか?」

驚いたように顔を見つめてくる。

ただ子を成すだけであればそのようなことはない、今事に及んでも出来ぬことはなかろう

だがもし帰蝶が、土岐と斎藤を繋ぎ美濃に安定をもたらす子を生むと言うのなら、ただ子を作ればよいと言うものではない

その為には土岐を、斎藤を知らねばならぬし、私は帰蝶を、帰蝶は私を知らねばならぬ。

それに今の美濃はまだ不安定であり、山城守の考えがいつ変わるやもわからぬ

私と父のような思いを、我が子にはさせたくなかった

だから、今すぐに我が子を作るつもりはない。

それに蝮の娘との先入観を取り除けば、年相応の幼子である帰蝶に対し、情が湧いたのもまた確かだった

その夜、傍らにて眠る帰蝶をそっと抱いてやりながら、明日からのことについて考えを巡らせていた……

当時は12歳で成人扱いされることも不思議ではありませんでしたので、あまり幼い幼いというのも少し違和感を持たれる方もいらっしゃるかもしれません

ただ産後のケアが行き届かず死亡率が高かった当時、早期出産が更に母体に負担をかけることは流石に理解されていましたので、そういったニュアンスでの言葉と思っていただければ幸いです

母体の安全≦男子の必要性 だった時代ではありますが、頼純の当時の立場や年齢的にはそこまで急いではいなかったんじゃないかなと

急いでいたなら朝倉時代に子を成す機会くらいあったでしょうから


9月5日修正

その16のあとがきにも修正しましたが帰蝶さんの年齢が11歳になりました

数えの11歳と言うと満年齢で10歳になりますのでより上記のような状態に近付いたと思います

当時の医療状況で今より発育状況が悪いであろう10歳児の妊娠・出産とかロリコンとかそういう以前の話として無茶ですよね……

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