その14
明けて天文十四年 正月
「わ、私に妻……、ですかっ!?」
新年の挨拶をしに明智城へと戻った光秀を待っていたのは、縁談の話だった。
「何を驚く、お主も早や十八、明智の総領として嫁を迎えてなんら不思議はあるまい」
落ち着き払った姿で茶を飲んでいる養父の光安の前で、困惑した様子を隠せずにいる
「ですが、私はまだ……」
「相手は妻木の藤右衛門殿の娘だ、美しいとの評判らしいぞ?」
「養父上っ…」
「なんだ、美人は嫌いか?」
「そういう問題ではありませぬっ!」
思わず声を荒げる光秀をちらと見てから、再び湯飲みへと目を落とす
「ならば良いではないか、妻を迎え子を成し、血脈を繋ぐのも総領の役目ぞ」
個人の心情はともかく、武家としては正論であるだけにそれ以上何も言えなくなる。
「……それとも、誰ぞ気に入った相手でも居るのか?」
「いえ、その様な者は…」
「ならば観念致せ、収穫後に式を執り行う」
秋には結婚、と言うことらしい
顔も見たこともない相手となんて、という時代ではなかったが、それでも釈然としない思いを引き摺る光秀だった。
「へえ、光秀さんが御結婚ですか、おめでとうございます」
久し振りに来られた弥平次さんから、光秀さんの婚約のお話を伺いました。
今年は天文十四年、私がこの世界に来て四年目になります
当時私は十五才、この時代は数え年ですので十六才ですね、ですので今年は十八才、数え年で十九才になったことになります。
生前の病気の影響かそれとも魔法使いとしての何かか、この世界に来て三年目にしては、身長も体形もあまり成長していないように感じます
体重は量る手段がありませんが……。
ところで、結婚といえば最近知ったのですが、この時代の女性としては私は行き遅れと言われてしまう部類に入るそうです
生前の世間についてもあまり詳しい方ではありませんでしたが、それでも二十代前半くらいで結婚すれば遅いとは言われなかったと思います
ですが、この時代だと十代半ばには嫁いでしまうケースが多く、後半でも遅いと言われてしまうようです。
幸いというべきか、私は尼僧……女性のお坊さんですね、そういう事になっていますから、未婚でいても疑問に思われませんが、そうでなければその辺りで少し困ったことになっていたかもしれません
「それで、式はいつ頃の予定なのです?」
「収穫の後という話でしたので、秋頃になると思いますよ」
竹で作った手製の猫じゃらしで黒猫と遊びながら、弥平次さんがそう応えます。
「案外ゆっくりなのですね」
「国人どうしの婚姻ですし、準備もありますからね」
国人というのは私も今一つ理解していないのですが、聞いた限りだと小さな大名のように感じました
例えば将軍と大名のように、美濃なら美濃の国主とその下である程度の自治権を持った家来、でしょうか?
お相手の妻木さんという方は明智家の支流にあたるそうで、美濃では有力な国人の一つだそうです。
「ところで、お相手の方はどの様な方なのです?」
「それが、よく知らないのですよ……、美人とは聞いていますが」
「そうなのですか?」ちょっと呆れてしまいます
確かに恋愛結婚という時代ではないのでしょうが、どんな為人かも確認せずに結婚するという事と、それでも美人だということだけは知っているという事に、容姿さえ良ければいいのだろうかと思ってしまいます。
価値観の違う時代ですし、それを責めるつもりはありませんが……、複雑に思ってしまうこと自体もまた、仕方が無い事だと思うのです
すると、私の様子から何かを察したのか、弥平次さんがとんでもないことを言い出しました。
「そうだ、ならどんな人か一緒に見に行きませんか?」
「見に行く、って……、お相手の家は近いのですか?」
「妻木の城までは五里ほどありますね」五里というと20キロほどになります
車ならともかく、徒歩で往復するには少し厳しいのでは?
「なにか便利な魔法はありませんか?」
そうきましたか
「そんな都合の良い魔法はありません、それに魔法は楽をするために有るものではありません、弥平次さんはまだ若いのですから、あまり早くから楽をすることばかり考えてはいけませんよ?」
移動魔法は基本、よく知った場所を想定しているものが多いので、出先から帰還したり、任意の場所同士を繋ぐといった物になります
ですので、初めて訪れる場所へと出掛けるような場合には向いていません。
弥平次さんはちぇっ、なんて拗ねたような口調で呟きながらやまとの相手をしてくださっています
なんといっても数え年で今年十才、ああいう姿を見ると年相応の少年のように見えるものです。
その日は結局、そのままたわいも無い話をして別れました
私は、光秀さんのお嫁さんについて考えます。
確か光秀さんが浪人生活の最中、献身的に尽くしたのがその奥様だったと記憶しています
もし未来が変わって、光秀さんがこのまま浪人せずに過ごした場合、二人の関係はどうなるのか……、そんなことをつい考えてしまいました
私が気を回す必要なんて、無いことなのに……
煕子さんのお話は1話に纏めるつもりでしたが、中途半端に長引きそうなのと更新の方の日付的な都合で分けました




