その13
大垣の城から揖斐川に沿って北に、およそ四里半(18Km)ほど進むと城台山と呼ばれる山がある
その頂きに、揖斐城は建っていた。
城主の名は揖斐周防守光親
土岐政房の五男、つまり先の美濃国主、土岐頼芸の弟に当たる。
当年三十九才
引き締まった体には幾つもの傷跡があった。
この光親、斎藤山城守にとっては目の上の瘤とも言うべき存在で、先年大桑城に頼芸を攻めた時も、また過ぐる年、頼芸より廃嫡されし頼栄が篭る村山の砦を攻め寄せた時も、常に山城守へと立ちはだかり続けたのが揖斐光親だった
今は一見服従の意を示しているものの、その家中には追放されし土岐頼栄を匿い、また先の朝倉勢の美濃討ち入れの際にも形ばかりの抵抗に止め朝倉軍の侵攻を見逃した節がある。
山城守としては取り除いてしまいたい瘤なのだが、この瘤は反山城守派揃いの西美濃十八将でも有数の実力者だ
容易に取れる瘤ではない
「叔父上、聞かれましたか?北方城に父上が入られたそうですっ」
「ああ、聞いた」
部屋へとやってきた若者へと、目も向けずにそう応える
若者は土岐頼栄、山城守の讒言によって廃嫡された、土岐頼芸の長男だ
今は父親へ遠慮して一色姓を名乗っているが、先年山城守の軍勢が大桑城へと攻め寄せた際も廃嫡の身ながら揖斐氏の支援を受け、父を救おうと真っ先に駆けつけている。
「北方城といえばここより僅か一里、早速に馳せ参じお救い申し上げるべきでは」
「まあ、待たれよ」
ようやく頼栄へと目を合わせると、逸り立つ若者を宥めるようにいう
「今は尾張と斎藤で和議がなったばかり、御屋形様が美濃へと戻られたはそれがあればこそ」
そう言って、相手が理解しているかを探るように目を見る。
「……つまり、今軽挙すれば尾張の支援は得られず、父上をお助けすることも難しいと、いうことですか?」
その答えに満足したように頷く
「我等が討ち死にして喜ぶは利政のみ、御屋形様をお守りするためにも、この命の捨て所を間違うてはならぬぞ」
「はっ、承知致しました」
……父ではなく、いっそこの叔父が土岐の後継であったなら
部屋を辞しながら、思わずそう嘆息せずにいられない頼栄だった。
明智光秀が斉藤山城守の馬廻りを勤めるようになって二年が過ぎた
この間、光秀は山城守の傍で色々なことを目にしてきた。
井ノ口の街を発展させてきたその手腕
尾張の軍勢を撃退したその軍才
そして、領内で行われる過酷な刑罰……
確かに、山城守には見習うべき物が多い
だが同時に、危ぶむべき部分も多い、そう感じた。
今の山城守のやりようでは稲葉山城下は治まっても美濃一国は治まりきらない、そう思う
なんと言っても土岐氏恩顧の武将達を掌握しきれていないのだ。
反山城守派の多い西美濃衆は勿論だが、東美濃の緒将とて決して心から従っているとは言い難い
それが分かっているだろうこその、過酷な刑罰となっているのだろう。
それには焦りもあるのだろうか
山城守ももう五十を過ぎている、自分のいなくなった後の美濃や斎藤家の事を考えているのかもしれない。
それならば、もっと嫡男である高政殿に経験を積ませるべきだと思うのだが……
「美濃の殿様の斎藤道三という人は、自分の子供と争って殺されます」
あの娘の……、愛理の言葉が思い出される、
この道三という人物が、山城守のことで間違いないと思われる
ならその子供というのは……、高政殿で間違いはあるまい
まだ幼い孫四郎や喜平次等の事とは考えられない
確かに両者の仲は上手く行っていないように見受けられるが、しかしそこまでとは……、そう考えてしまう。
光秀の目に映った斎藤高政という人物は、機敏さや際立った才は感じられないものの地道で実直な人柄だと感じられていた
只し、これは父親である山城守の振る舞いの問題だろうけれど、父親と対するときに時折暗い影を感じてしまうのは、愛理から二人の将来を聞いていたからだろうか……
今の光秀は、将来の三日天下の事など忘れたかのようにただ、美濃のためを思って行動していた
そして、思うのである。
美濃のためには、聞いた未来のように高政殿が取って代わった方が良いのか
それとも、その未来に背き山城守を生き永らえさせた方が良いのか……
或いは、両者が歩み寄り、手を取り合うような未来を産み出すようなことが出来るのか……
誰に相談することも出来ないまま、一人悩み続けていた。
「何故、父上は私に……、私だけに、辛く当たられるのだ」
夕闇の迫る薄暗い部屋の中で少年は、天井を睨みそう絞り出すような声を上げていた
斎藤新九郎高政
当年十八才となる、斎藤山城守利政の嫡男だ。
彼の母親は深芳野といい、元は山城守の主人である土岐頼芸の愛妾だったが、当事妻のいなかった山城守へと側室として下げ渡されていた
なおそれから六年後、山城守は明智光安の妹を妻に迎えている。
高政にとって父、斎藤利政という人物は偉大に過ぎた
彼が物心付いたときには父親は長井規秀と名乗っており、家督争い中の主、頼芸を助けその主軸として活躍していた。
それから数年後、美濃守護代の斎藤利良が病死すればその跡を継いで斎藤利政と名乗りを変え、美濃の実権を握るまでになっていた
そうして二年前、土岐頼芸を追放しとうとう美濃一国の国主にまで登りつめた
さらには今年、越前・尾張の二ヶ国に攻め寄せられながらもそれを見事に撃退してみせた。
一代で美濃を奪い取った英雄
畏れ敬い、憧れ仰ぎ見る偉大な存在……、それが彼にとっての父親、斎藤山城守利政だった。
だから、その偉大な父を助け働き、良くやったと褒めて貰いたかった
それなのに……、父は何かと自分を邪険に扱い、笑顔を向けてくれたことなど一度も無かった。
初めのうちは、自分がまだ若輩だから、父の元で働くことが出来ないのだとそう、自分に言い聞かせていた
だが二年前、自分より一つ年下の明智光秀が父の馬廻りとして使えることになったと聞いては、心穏やかでいられなくなった。
なぜ光秀に出仕が叶って、自分には叶わないのか……
その思いは徐々に光秀への嫉妬心と化していき、また父への不満として彼の、高政の心へと積もっていった。




