その2
「そうですか、旅のお坊様で……」
返答に困った私が修行の旅の途中と告げると、相手は私をお坊さん(僧侶)と勘違いしたらしく、もう夜も遅いからと家へ寄っていくよう誘って下さいました。
私はこの親切なお爺さんを騙しているようで心苦しかったのですが、不用意に真実を告げる訳にもいかなかったので誤解に任せ、案内されるままお世話を受けることとしました。
「何もないですが、おあがりください」
そう言って、山菜を入れた粟の雑炊を出して下さいました。
それはおそらく、化学調味料に慣れた現代人には物足りない薄味だと思うのですが、幸いといいましょうか入院食に慣れた私には違和感のないものでした。
……最近は病院の食事も美味しくなってきているそうですし、これは私の病気特有の問題だったのかもしれませんが。
雑炊をご馳走になりながら、幾つかの話を聞くことが出来ました
まず、此処は美濃国可児郡羽崎村という場所であること
この村を治めているのは羽崎光直という人らしいということ
長年続いていた戦がようやく終わったらしいこと
但し、上の方の揉め事は収まっていないという噂なので、いつまた始まるかはわからないとのこと
結局わかったことは、美濃と言う地名からここが昔の日本だということだけでした。
私はお爺さんに勧められるまま、寝間を借りることになりました。
その夜は考えることが多すぎて眠れないかと思ったのですが、生まれて初めての山道で疲れていたのでしょう、横になるとすぐに眠ってしまっていました……
どれ程の時間がたったのか……、誰かに体を揺らされて目を覚ましました。
眠気にぼやけた目を擦っていると、圧し殺したようなお爺さんの声が聞こえてきます。
「お坊様、お坊様、起きてくだされ、早く奥に隠れてくだされ」
切羽詰まったようなその声にどうしたのですかと訊ねると、お爺さんは「隣村のやつらですだ」と答えました。
私は自分の姿のことを思い出し、確かに余所の村の人に見咎められればお爺さんに迷惑がかかるかもしれないと思い、言われるままに物陰へと身を潜めました。
が、現実はそんな話では無かったようです。
暫くすると争いあうような物音が聞こえてきました。
私はどうしても気になり、またもし自分のせいで村の人が迷惑を被っているようならいけないと思ってそっと外の様子を窺ってみました。
外はまだ夜が明けたばかりのようで薄暗かったのですが、大勢の村人が何か言い合いながら睨み逢っている様子が目に映りました。
私はそっと声が聞こえる辺りまで近付こうと思いましたが、見咎められては却って迷惑になるかと迷っていたところ、自分が魔法が使えるようになったのだったと思い出しました。
“隠蓑”
私は姿隠しの呪文を唱えると、ゆっくりと騒ぎの場へと近付いていきます。
精神の集中が乱れてしまうと魔法の効果が切れるので無理は禁物です
遠からず近すぎす、自然に声が聞こえる辺りまで近付きます。
すると、揉め事の内容がわかってきました。
今年は雨が少なく川水の量が少なかったらしいのですが、上流にある隣村の人達が川を塞き止めてしまったために、下流のこの村へ流れてくる水量が極端に減ってしまったらしく、それに怒った村の人が昨夜のうちに堰を壊してしまったらしいのです。
昨夜私がお爺さんと会ったのも、どうやらその村の人を迎えに出たのが理由だったようです。
そして、堰を壊されたことに気付いた隣村の人達が押し寄せてきて今の騒ぎとなっているようです。
現代人の、それもほとんどの時間を病室で過ごした私にはあまり実感がありませんが、お互いの村の人達にとってはまさに死活問題なのでしょう。
集団の後ろの方で心配げに見守っているお爺さんの姿を見つけました。
あの位置なら騒ぎになっても巻き込まれないかなと安堵した瞬間、わあっ、という声が上がりとうとう乱暴が始まってしまいました。
そしてそれは忽ち群衆心理に乗って伝播していき、お爺さんのいるすぐそばまで広がってしまいました。
いけないっ、私は咄嗟に姿隠しの術を解くと急いで別の呪文を唱えます
“眠雲”
咄嗟の事なので限られた範囲にしか効果は現れませんでしたが、突然意識を失ったように崩折れ眠りについた村人達の姿に驚き、騒ぎが止まります。
そして、そのきっかけとなったらしい不思議な言葉を放った、私へと視線が集中します。
「お、お静まりなさいっ、このような騒ぎ、御仏の罰が下りますよ!」
こんな大きな声を出したのは生まれて初めてなので、少しつっかえてしまいました。
それでも、眠り雲の呪文の効果もあってほとんどの人達は大人しくなったのですが、何人かの人達は手に得物を持ってこちらへと近付いてきます。
私は泣き出しそうなほどに怖かったのですが、勇気を振り絞り先頭の集団までを範囲に収めるようにもう一度眠り雲の呪文を唱えます。
バタバタっ、と先頭の集団が倒れると、隣の村の人達は眠ってしまった仲間を起こしながら慌てて逃げ出していきました。
私はふうと一息つくとお爺さんの姿を探します。
すると、この村の人達が怯えたような目で私を見ていました。
それで私は、自分が取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと不安になりました。
どうしようかと思っていると……
「お坊様!お坊様ではねえですかっ!」
そう言ってお爺さんが駆け寄ってきます。
良かった、無事だったのですね、そう私が言うとお爺さんはいきなり私を拝み始めました。
「何してるお前ら!偉いお坊様が儂らを助けてくださったんじゃぞっ、はようお礼を言わんかっ!」
その言葉に他の村人達までが、一斉に私の元へと駆け寄ると拝みはじめてしまいました。
そんな村の方達の様子に、私は困り果ててしまいました……。




