その1
ちょうど15歳の誕生日、私は死にました。
7歳の春に発病して以来7年と10ヶ月の闘病生活
生まれてから発病するまでよりも長い間を病室のベッドで過ごして、母に辛い思いばかりをさせたまま、私はこの世界を旅立ちました。
(迷惑かけてばかりだったなぁ、せめてこれからは私のことなんて忘れて新しい幸せを見つけてくれればいいのだけど……)
5つの時に父を亡くして以来、女手一つで私を育ててくれた母
そんな状態で私の入院費まで工面しなくてはならなくなって、どんなに苦労しただろう……
それなのに、私は母を助けることも出来ず先にあの世と言うところへと行くことになってしまった。
嗚呼、自分はなんて親不孝な娘だったのだろう……
そうして、私が悲嘆に暮れていると……
「エリ……、エリ……」
何処からか、私のことを呼ぶ声が聞こえてきました。
あ、エリというのは私の名前……、 藤代愛理のことだと思います。
「エリ、聞こえていますか?」
なんでしょう?私はその声に応えます。
「ああエリ、聞こえましたか……」
そう言って声の主は、自分を女神だと名乗りました。
……女神、ということは神様ということ
神様って本当にいたんだなって、そんな場違いなことを思ってしまいました。
「エリ、私はあなたのことをずっと見守ってきました、辛い思いをさせましたね……」
そんなことはありません、母の苦労に比べれば、私なんて……
「そして、そんな生涯の中でよくぞまっすぐに育ってくれました」
そんな風に誉められれば、照れてしまいます。
「私には生前のあなたを救う権限はありませんでした。ですが、今のあなたなら救うことが出来ます。
さあ、何でも望みを言ってください、可能な限り叶えましょう」
……神様は、唐突にそんなことを仰いました。
何でも……
本当に、どんな願いでも叶うのでしょうか?
「ごめんなさい、1つだけ……、あなたを今の世界に生き返らせることだけは出来ないの
何故ならこれは、あなたの死と引き換えにもたらされる奇跡だから」
そう、ですか……、なら、私の願いは1つだけ
母を……、幸せにして下さい
私のために、辛いばかりの人生だった母を、救ってください……。
「……安心なさい、その願いは叶います
あなたの母には、あなたを失った哀しみを癒してくれる人が現れます
そしてその人と共に、あなたとの思い出を大切にしながら、ささやかな幸せのもとに生涯を終えることとなります。」
……良かった、本当に、良かった。
そう安堵した私の頬を、冷たいものが零れ落ちていきました。
それを指先で拭った時に初めて、私は自分が泣いていることに気づきました。
母が救われたと知って初めて、私の気持ちが緩んだのでしょう、
生まれて初めて、私は心の底から泣いてしまいました……
今までどんなに辛い・悲しいと思っても、母はもっと辛く大変な思いをしているのだと思えば
私は泣くことも耐えることが出来ました。
そうしていつの間にか、私は泣くということを忘れていたのです。
でももう、耐えなくてもいいのだと思った途端、今まで押し殺してきた辛い、悲しいと言う思いがあふれてしまいました。
そして何より、幸せになる母のそばに居ることが出来ないことが一番悲しい……
私は小さな子供のように、声をあげて泣き続けていました……。
「エリ、もう落ち着きましたか?」
私が泣き止むまでずっと待ってくれていた神様がそうお声を掛けて下さいました。
申し訳ありませんと私がお詫びすると、軽く首を振って応えて下さいます。
「では改めて訊ねます、あなたの望みはなんです?」
母の件は私が望むまでもなく叶うらしく、だから別の願いを叶えてくださるそうです。
他に望みなんて、と言おうとしましたが、1つだけ思いつきました。
それは、療養生活中に母が持ってきてくれていた本
「新しいの買うたげられたらええんやけどな」と言って図書館から借りてきてくれた本
色々な物語や、学校に復帰出来たときのための勉強の本
中でも私が好きだったのは、綺麗なお姫様や凛々しい王子様、悪い魔法使いや乱暴なドラゴン等が出てくる幻想物語でした。
そんな、病床の自分からは縁遠い世界に憧れて、何度も読み返したものでした。
なので、今の世界に生き返る事が出来ないのなら、そんな世界で暮らしてみたい、そうお願いしました。
「わかりました、あなたの望みを叶えましょう
あなたは今の姿のまま、健康な体と聡明な知恵をもって異世界にてその生を全うすることとなるでしょう。」
そうして、これはおまけだと言って私に魔法を使う能力を授けて下さいました。
……私の読んだ主な本では魔法使いは悪役を務めることが多かったので少し複雑な気持ちでしたが、神様が異世界での私の身を守る術として与えて下さったのですから、贅沢は言えません。
そうして仕度が整うと私は、神様に促されるままに奥へと進み、やがていくつもの扉が並んだ空間へと辿り着きました。
そのひとつの扉を開くと、こう仰います。
「さあ、この先にはあなたが先の人生で叶わなかったいくつもの体験が待っているわ」
そうして私は、神様に感謝の言葉を伝えると、足早に扉の先へと進んでいきました。
……やはり私は、これからの事を思って気がはやっていたのでしょう
遠く後ろで、慌てたような声で私を呼び止める神様の声に気付きもしなかったのですから……
気が付けば、わたしは鬱蒼とした森の中に立っていました。
身に纏っているのは濃紺のローブ、顔を覆うようなフードを被り、手には大振りなわりには軽い木製の杖
ベルトのポーチには幾つかの宝石が、当座の生活費のためか入れられていました。
私は神様から頂いた魔法の力を試してみたくて、早速に呪文を唱えます。
“灯明”
その言葉と共に、杖の先には魔法の光が点り暗い辺りを照らします。
その事に私は感動してしまって暫くその明かりを眺めていましたが、やがてそれを頼りに人里らしき麓の方へと降りていきました。
自分の足で、しかもこんな暗い山道を歩いていることが信じられない気持ちでした。
もう何年もベッドの上だけが私の世界だったことを思えば、こうして浮かれてしまったのも仕方がないと思います。
ですが、やがて村らしき場所へと降りてきた私は、なんとなしに違和感を覚えました。
上手く言えませんが、何かがおかしい……
私は詳しくないのでよくわかりませんが、里山の風景と言うのは洋の東西であまり変わらないものなのかもしれません。
ですが、これは……、どうしても日本の田舎の風景と重なってしまいます。
そして、私の前に一人の村人が現れました。
「お前さん、妙な格好をしてるが、何者だ……?」
その姿は……、以前読んだ日本の歴史の本に出てくるお百姓さんそのものでした……




