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戦国時代の大魔導師  作者: あや
美濃大乱
17/32

その10

古渡ふるわたり城は先年、対三河の拠点として織田信秀が築いた城で、去る天文九年にはこの城から出陣し三河の安祥城を攻略している

古渡城を築くまでの拠点は那古野城だったが、信秀が古渡城に移った後は僅か二歳の嫡男、吉法師が城主となった

もちろん二歳の子供に城主が務まる訳はなく、実際の政務は付けられた家老達が行っている

吉法師は今年、天文十三年には数え年で十一才、那古野城下は元より近隣諸国にまで聞こえた「尾張の大うつけ」として奔放な生活を送っていた。


「吉法師が事では苦労を掛けるな、五郎左」

「滅相もない、某こそ力及ばず……」

信秀に五郎左と話しかけられた人物……、平手五郎左衛門政秀がそう、申し訳なさげに頭を下げる

平手政秀は吉法師の傳役兼次席家老を務めており、今回の美濃攻めでは吉法師の名代として那古屋城の兵を率いる予定になっている

なお政秀の所領、志賀城の兵は嫡男の五郎右衛門長政が率いる。

「それより朝倉からの返書が届いたゆえ、五郎左の意見を聞きたい」

そう言って差し出された書面を受け取り目を通す

「これは……、頼芸殿が受け入れましょうか?」

「受け入れさせる、利を説いて分からぬようなら今後織田は協力出来ぬと脅してでも呑ませるわ」

その主の言葉に苦笑を浮かべる。

「殿もあの御仁には相当に手を焼かれてらっしゃるようで」

「なんの、お主ほどではないわ」

吉法師よりは扱いやすいということだろう、元服前の子供と比べられている時点でどうかと言う話だが

「朝倉には承知したと返事しておいてくれ、美濃の兵の幾らかだけでも引き付けてくれれば上出来よ」

そう言い残すと信秀は、右筆への返書の指示を政秀に任せ頼芸の元へと向かった。



九月に入ると、尾張の国内は慌ただしくなった

古渡城には領内から集められた兵が(ひし)めいている

彼等の大半はこのまま稲葉山の城を目指すものと思っていた。

中務(政秀)殿、我等も織田家のため、吉法師様のためなんとしても手柄を上げねばなりませぬな」

そう息巻いているのは青山与三右衛門信昌、政秀と同じく吉法師へと付けられた家老の一人だ

吉法師に付けられた家老は四人

あとの二人、筆頭家老の林佐渡守秀貞と内藤勝介は今川勢への抑えとして那古屋に残っている。

やがて広間に諸将が集められると、信秀が姿を現した

一斉に平伏した諸将の頭上から、信秀が意外な言葉を口にする

「我等はこれより美濃に討ち入るが、その目標は井ノ口に非ず!」

「なんとっ、では何処(いずこ)の城を目指すので?」

信秀の重臣の一人、柴田権六郎勝家が声をあげる

まだ二十歳そこそこと若いが、既にその武勇は家中でも一目置かれていた

勝家の問いに満足げに頷くと、一同の士気を鼓舞するように声を張り上げた

「まずは大垣の城を落とす!然る後に朝倉の尻を叩き一気に井ノ口を攻め落とさん」

朝倉と言えば越前の大国であり、その武威は(主に宗滴によって)鳴り響いている

その朝倉を手駒かのように話す信秀の姿に、高揚した諸将も酔いしれていた

(ちと、熱くなりすぎではないか……?)

その熱に受かれたような諸将の姿に、政秀は一抹の不安を拭い得なかった……。



「大垣城が落ちたと?」

その報告を聞いた斎藤山城守利政は驚いた顔で立ち上がった

「織田弾正忠およそ一万が突如来襲、竹腰摂津守様以下奮闘なさいましたが衆寡敵せず、摂津守等は本巣の方へと落ちられました」

「ふん……、弾正も少しは知恵がついたと見える」

思わず驚いた姿を見せてしまったことを誤魔化すように、そう苦々しげに吐き捨てる

織田信秀は去る天文十年に朝廷より三河守の官位を授けられていたが、美濃ではいまだに弾正忠と呼ばれていた。

「大垣が落ちたなら朝倉と示し合わせ、やがてこの稲葉山へと攻め寄せてこよう、仕度を怠るな!」

大垣よりの伝令を休ませるように言うと、そう馬回りへと指示を出す

「光秀、お主は民部へとこの事を報せこちらへ参るよう申し伝えよ」

「承知しました」そう言うと光秀はすぐに部屋を出ていく。


実のところ斎藤方では六月には、朝倉と織田が協調して美濃攻めを企てている情報を得ていた

しかし織田は先年岡崎で今川と戦い西三河の権益を得たばかりであり、長期間の美濃への侵攻は不可能と考えていた

そのためこの稲葉山へと一気に攻め寄せると考え、それに応じる体勢を整えていた事が裏目に出た形だった。

一人になった利政は改めて座り直すと、頭の中で状況を整理する

(朝倉勢は赤坂に陣取ったという、彼の地は大垣よりおよそ一里、両者の連携を許してしまったか……)

朝倉宗滴が陣を置いたのは岡山と言う場所だが、此処には聖徳太子の創建と伝わる安楽寺があった

この寺は壬申の乱の折に大海人皇子が戦勝祈願を行ったといわれている。

(大垣攻めに朝倉が参加していないとなれば、宗滴は此度の戦で無理をする気はないと思える、とは言え勝てると踏めば勝機を逃すような者ではあるまい)

自分でも半ば願望に近い予測だと思う。

(まずは弾正の兵を徹底的に叩く、そうすれば朝倉は無理をせずに兵を引こう)

朝倉勢が全軍で織田勢を支援すればまず勝ち目はない

だが朝倉としても、織田があまりに勝ち過ぎることは望んでいないはず、そう考える

ならば、織田には斎藤与し易しと思わせ朝倉には下手に手出しをせぬ方がよいと思わせねばならぬ

(さて、どうするか……)

窮地に立ったというのに、その表情は生き生きとしていた……。



「思ったよりやるのう、織田三河守」

安楽寺の境内で中食(ちゅうじき)を取りながら、宗滴がそう口にする

岡山からは大垣城の様子が手に取るように見ることができた。

「宗滴様、我等は大垣攻めに加わらなくても宜しかったのでしょうか?」

そう訊ねるのは朝倉右兵衛尉景隆

儂と長年戦場を共にした朝倉与三右衛門尉景職の嫡男だ

死んだ親父との縁もあり常々目を掛けているが、どうしても父与右衛門尉と比べ見劣りをしてしまう。

「三河殿の手柄を横取りすることもあるまい」

「左様なものでしょうか……」

儂の言葉を額面通りに受け取っている

この男、槍働きには長けているし戦の駆け引きも決して悪くはないのだか……、与右衛門の代わりが勤まるかと言えば……。

「宗滴様、恐らく三河守は共に稲葉山へと兵を進めるよう申し入れて参りましょう、如何成されます?」

新左め……、儂の意を知った上で敢えてそう訊ねてきおる

今は山崎長門守吉家と名乗っておるが、十年ほど前に加賀へ出陣した折には山崎新左衛門尉と名乗っておった

それゆえつい今も新左と呼んでしまう、改めねばと思うのだが本人がそれを喜んでいるようなのでついそのままとなってしまった。

「そうよな……、三河殿が直接稲葉山へ押し掛けたのなら放って置けば良かったが、こうも目の前に居られては……、な」

「では出陣ですか!?」右兵衛が色めき立つ、困ったものよ

さて……、と呟くと腕組みをして思案に入る。

三河守はちと勝ち過ぎた、大垣を落としたのは明らかに余分だ

この上稲葉山まで落とせば西美濃へ与える影響は計り知れなくなる、それは朝倉にとってちと面白くない

元より西美濃は反利政勢の強い地域だ、織田が(土岐)頼芸を押し出せばどうなるものやら。

また次郎殿(土岐頼純)の問題もある

このまま織田が勝てば次郎殿が美濃守に返り咲く日は来るまい……。


ちらと二人の様子を眺める

……今のうちに経験させておくのも悪くはあるまい。

新左が入れば引き際を誤ることもなかろう

こちらの視線に気付いた新左が、承知したと言うようにしっかりと頷く

いずれにせよ、三河殿が申し入れてくれば、の話だ。

縁側へと出ると、眼下に大垣の城が見下ろせる

全く困ったことをしてくれたものよ

味方の勝利だというのに愚痴しか出ないことに、思わず苦笑いを浮かべた……。

織田・朝倉連合の美濃侵攻は資料が錯綜し過ぎていてある程度“これはフィクションです”と割りきってしまわないとどうしても矛盾を避けきれませんね

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