その8
あの騒動からおよそ一年が過ぎました
私は、至って平穏な日々を過ごしています。
弥平次さんからは時折手紙が届きますが、十兵衛さんとはあの後一度も連絡を取っていません
たぶん、弥平次さんからの手紙に書かれていたことが原因だと思います
「十兵衛様が元服され、光秀と名を改められました」
つまり、あの十兵衛さんが私の、いえ、私達の良く知っている明智光秀その人だったのです。
幸い……と言うべきか、その辺りについて話したのは羽崎のお城に向かう途中のことでしたので、この事を知っているのは十兵衛さん……、いえ、今は光秀さんですか、だけです
光秀さんが他の誰にも話していなければ、ですが……。
弥平次さんの手紙によれば、光秀さんは斎藤山城守の馬回り……、側近のことでしょうか? として今は稲葉山城に勤めているそうです。
稲葉山はこの羽崎村からおよそ七~八里、歩いて半日ほどの距離になるので、あまり簡単に通える距離ではありません
それに光秀さんも今までのような自由な身ではなく殿様に使える身となったわけですから仕方のないことでしょう
弥平次さんの話では明智の実家にもほとんど連絡もないような状態らしいですから……。
あの日以来、私も少しは周りのことへと目を向けるようになりました。
稲葉山の城下町、井ノ口には村長さんの親戚がお店を開いているということですし、常々噂話があればちょっとしたことでも教えて頂けるように頼んであります
井ノ口は山城守の尽力もあってずいぶん栄えていますので、行商なども各地から集まってきているようです
なので、ともすれば美濃以外の遠い場所の噂話などが伝わってくることもあります。
例えば、私がこの世界に来た前の年には甲斐の武田信虎のいう人が長男に追放されたらしいのですが、この長男の晴信という人はおそらく武田信玄でしょう、以前にそんな逸話を読んだ覚えがあります
また奥羽……、今でいう東北地方ですね、そこでは伊達家の親子争いが奥羽中の争乱へと発展しているらしいです
この伊達というのが伊達政宗の……、伊達政宗は確か織田信長や豊臣秀吉より後の時代の人だったので、そのお祖父さんくらいになるでしょうか?
そういった噂話の中には私の知っている話もあるかもしれませんし、今後の私を含めた近しい人の身の振り方にその知識が役立つかもしれません。
他にも尾張では変わった言動を繰り返して“大うつけ”とあだ名されている少年が織田家にいるという話も聞きました
まず間違いなく織田信長でしょう、現在は吉法師という名前だそうですが
そして織田信長や明智光秀の存在が確認されたことからも、現在の斎藤山城守が斎藤道三で間違いないと思います。
ということは……、光秀さんが仕えている斎藤山城守こと道三さんは、この後どれくらい先の話かわかりませんが、息子さんと争って殺されることになります。
道三さんには仲の悪い、高政という長男がいるらしいですから、おそらくその人がそうなるのでしょう
そして、その事は光秀さんも知っているはずです
その事を打ち明けて道三さんを助け、歴史を変えるのか
それとも歴史を辿ることによって、憧れると言った僅か三日の天下を求めるのか……
私にはわかりません。
ですが、もし相談されることがあれば……、全力で応えたい、そう思っています。
「お坊様、そろそろお願い出来ますだか?」
「あ、はい、今行きます」
今日は今年最後の、雨を降らせる予定の日でした。
稲は穂が出てからの一月ほどが一番水加減が難しいらしく、頻繁に調節が必要となるそうです
ですので、この時期に雨を降らせて田んぼとため池に水を蓄えて、水の調節をしながら刈り入れの時期を待つことになります。
……田んぼというのは刈り入れまでずっと水が入ったままのものだと思っていましたが、実際には小まめに水を抜き入れして水量や水温、土や根の状態を管理する必要があるそうです
病室から出ることのなかった私には、そんなことも新鮮な、未知の出来事でした。
私はいつもの祭壇へとやって来ました
ここは天候制御の効果範囲を一番有効に活かせる場所です。
久々利川の水源では大型のため池を作るための作業が行われていますが、前もって雨を降らせる日付は連絡されているので今日の作業は中断されているはずです。
この久々利ダム……、いえ、久々利水源のため池工事は私から十兵衛さんを経て明智のお殿様から斎藤山城守へと要望が出されたそうで、山城守からの資金提供を元に兼山の斎藤大納言さんと久々利の殿様が人夫を出しあって工事に取りかかって下さいました。
土木機械もない時代ですし大変な工事ですから完成がいつ頃になるのかわかりませんが、将来は水不足に困らない生活が出来るようになればと願っています……。
そしてまた、季節は過ぎて……
よいしょっ、よいしょっという掛け声がこだまします。
今年、天文十二年もあと今日いっぱい、明日からは天文十三年
私がこの世界に来てから、二度目の年越しを迎えようとしています。
臼の前で杵を振るっているのは石人形
周りでは子供たちがはしゃいでいます
これも、すっかり見慣れた光景となりました
こういう光景を見ていると、私も受け入れられたのかな、という気がしてきます。
そうして、つきあがったお餅が配られました
「やはり餅はつきたてが一番ですね」そう言って、私の横で弥平次さんがお餅を頬張っています
歴とした御城主の息子さんなのに、お城を抜けてこんなところに来ていていいのでしょうか?
少し心配です。
それでも、まあいいじゃないですかと笑っている姿を見れば、私も笑顔になってしまいます
こんな光景をいつまでも見ていられればいいなと思います。
ですが、私は知っています
やがて、この美濃は斎藤氏が親子で争い後には尾張から織田信長に攻め込まれる事を……
それが何年後になるのかわかりませんが、今のままならそれは避けられない将来の出来事として刻一刻と迫っているのです。
その時が来たら……、私には何が出来るでしょうか?
私は歴史に介入したりこの時代に自分の痕跡を残したり、そういった事に興味はありません
ですが、親しくなった人達が難儀に遭うと判っているなら、避けられるものなら避けたいと思います
もしかしたら、それで歴史が変わってしまうとしても……
身勝手な話かもしれませんが、それが私の正直な気持ちです。
本堂に戻ってからも、私はその事ばかりを考えていました
私に何が出来るのか……
なあ、という声をあげながら、まるで私を気遣うようにやまとが体を擦り寄せてきます。
大丈夫よと言って頭を撫でると、やがて丸くなって眠り始めました
そうしていると外がうっすらと白んで来ていることに気付き、私は眩しそうに目を細めます。
そして、天文十三年の幕が開けたのでした……
今回は幕間のようなお話になりました
明くる天文十三年は美濃にとっての激動の始まりとなります




