その6
こうして縁側でやまとを膝に乗せてお茶を飲んでいると、日常が帰ってきたなという気持ちになります
この時代に来てまたそれほど長い時間が経ったわけではありませんが、今ではすっかりこの暮らしが私の日常となったように思います。
振り返れば、この数日は色々なことがありました
生前のことを思えばとても想像できないくらい、本当に色々なことが……
あの日、十兵衛さんと羽崎のお城へと訪れたあと、私はお城の一室に軟禁されました
私の……、いえ、神様の御力を必要としたからでしょう、粗略に扱われることはありませんでした。
ですが、後から人質として連れてこられた弥平次さんと会うことは許されませんでした
私が一人で心細い思いをしていると、やがて小さな赤ん坊を抱えた女性が部屋へと訪れました。
梅と名乗ったその女性は、羽崎の殿様の奥方様とのことでした
とすると、腕に抱いた赤ん坊は御二人の子ということでしょう
「主人から貴方のお世話をするよう言われたの、やはり女は女同士がいいでしょう?」
後を追ってきた侍女へ腕の中の赤ん坊を預けると、そんな風におっとりとした声音で言いながら私の前に座りました
私が不思議そうにしていると、
「折角ですから、何かお話ししましょう」なんて言ってきます
多分気を使って頂いているのだと思いますが、正直そのマイペースさに呆気にとられてしまいました。
それから私達は、とりとめもないことを話しました
私はまだまだこの時代のことについて知らないことが多いのですが、そんな私が聞いていても
(あ、この人は世間離した人なんだろうな……)という印象を受けました。
妙にふわふわとした、掴み所がないと言うよりは、地に足がつかない人、と言った方が適切でしょうか
それでいてイライラするといったような負の感情を抱かせないのは人柄の良さに依るものでしょう。
私はこの方の旦那様に対しては怖いイメージしか無かったので、こういう奥様を選んだということに驚きを隠せませんでした
もっとも、そもそもこの時代の偉い人には恋愛結婚なんていう選択肢はほぼ無いのだと、後になって知ることになるのですが。
そうしてしばらく奥方様と意味の有るようで無い会話をしたり、赤ん坊の手を握らせてもらったりしていましたが、やがて侍女の人に急かされると奥へと戻って行かれました
一人になると、やはり色々考えてしまいます。
十兵衛さんはこのあと何をするかは教えてくれませんでした
ですが、十兵衛さん達と羽崎の殿様達が敵同士になるのだろうということは想像できました。
そしてこの時代に敵同士になるということは、殺し合いをすることにもなるのだということも、理解していました
だから本当は、あの二人とも仲良くしない方がよいのだけど……
そんなことを思いながら、私は横になり、天井を眺めていました
翌朝目が覚めると、外がなんだか騒がしい様子です
隣の部屋に待機している女性に聞いてみると、殿様が出陣するとのこと
私が初めてこのお城に連れてこられたときのお話ですと、私も同行しないといけないような話でしたが、どうやら方針が変わったらしく同行しなくてもよいということでした。
私は神様から授かった力を人殺しの道具に使うことにあまり気乗りがしなかったので少し安堵しましたが、やがては避けられないことなのだろうな、とも思っていました。
そんなことをぼんやり考えて要ると、奥方の梅さんがやって来て「あの人、出陣前には私の相手してくれないのよ」なんて言いながらすぐ側へと腰を下ろしました
私は昨日、あまり親しくならない方がいいと思ったばかりだったのですが、あまり邪険にするのも不自然ですのでそのまま受け入れました
……お土産よ、と手渡された干し柿のせい、ではないと思います……。
暫くの間、やっぱり内容がありそうで無い会話を繰り返していましたが、侍女の方が奥方さんを呼びに来られて中断となりました
「茜丸様が何かに怯えたように泣きじゃくられて」そう訴える侍女の方に、あらあら仕方ないわねぇ、なんていいながら奥へと戻って行かれるのを目で追って、私は小さく溜め息をつきます
意味の無い会話をすると言うのがこんなに疲れるものだとは知りませんでした。
生前の私に友達でもいればそんな経験もできたのでしょうけど……
それと、あまり気を許して何でもない会話に興じていると話してはいけない事まで話してしまいそうで、それに気をつけなければいけないからということもあります
私の素性についてはまだ、十兵衛さんと弥平次さんくらいにしか詳しくは話していませんし、今後も極力明かす相手は絞るべきだろうと思いますから。
そうして奥方さんを見送ってからどれくらいたったでしょうか、外の方がなにやら騒がしくなってきました
私は隣室に控えている女性に何があったのか訊ねてみました
…常に隣の部屋に人が控えているというのは、よく考えるとプライバシー的にどうなんだろう?という気もしますがそんな時代でもないでしょうし、そもそも生前病室暮らしだった私にはプライバシーなんて元々無かったといえば無かったような気もします
「見て参ります、私が戻るまでこのお部屋から出られないよう」
そう言い残して様子を見に行く女性の後ろ姿を見送ります
私は念のためにと魔法の杖を手にすると、やまとを呼び寄せました
「お願い、少し力を貸してね」そう言うと、やまとと意識を同調させます
私はバタバタと駆け回る人達の足元をすり抜けるようにして駆けていくと、やがて城の外を見渡せる場所へと辿り着きました
ひょいと格子窓へと跳び移り外へと目を向けたその先には……、大勢の兵がこのお城を囲んでいる姿が拡がっていました
戦争が始まった……、そう確信すれば私は私と合流するために来た道を駆け戻ります。
戻るすがらに城の内の様子を確認して見たところ、来たときに比べて人の数が随分少ないと感じました
どうやら城中の兵の大半が出陣してしまったようで、素人の私の目にも城の守備に必要な数が足りないと感じました。
私が部屋へと駆け戻ると、ちょうど様子を見に行っていた女性が戻ってきます
「少し騒ぎがあったようですが、すぐ収まりますのでこの部屋からでないでください」
そう言って襖を閉めてしまいました
私は既にその言葉が嘘だとわかっていたのですが、この場では逆らわずに大人しくしていました
そうしていると、襖の向こうでガチャガチャという音がしました
私を逃がさないように、あるいは奪い取られないように見張りの兵がやって来たようです
この人達はきっと、私を奪われそうになれば躊躇い無く私の命を奪うでしょう
なので、私は襖に触れると硬鍵の呪文を唱えました
この魔法は扉に魔法の鍵をかけ、なおかつ扉自体の強度を鉄並みに高める効果があります
これで簡単にはこの部屋へ入ることはできません
とはいえ、壁は木造ですのでそれを壊されてしまえばどうしようもありませんが……。
私はやまとの目で見た光景を思い出して、現在地の把握に努めますが、そうしている間にも、外の喧騒は大きくなっていきます
当然ですが、私は軟禁されているので、この部屋は出入り口から遠い場所にあります
ですが、窓のある場所までならそれほど遠くはありません
といっても戦闘中に窓から飛び出せば飛翔や降下の呪文を使っていても矢で射たれたりすれば困ります
なので、出来れば他の手段で逃れたいところです。
ですが、どうやら考えている時間はもう無いようです
金属の打ち合う音や騒ぎ声、悲鳴などが近づいてきました。
私は脱出するための経路を考えながら外の様子に注意を払います
すると……
「愛理さんっ!何処ですかっ!」
この声は……、弥平次さん!?
私は合言葉を唱えて硬鍵を解除します
「弥平次さんっ」
「あ、愛理さんっ!御無事でしたかっ!」
そういって私の方へと駆け寄ってきました
その後ろから彼に従うように、数人の兵が続いてきます
弥平次さんはたしか人質だったはずですが、兵を率いているということは城攻めに参加しているのでしょうか?
「この軍勢は兼山の斎藤大納言様の配下です、父上に頼まれて私達を助けに来てくださったのですよ」
どうやら弥平次さんは先に救出されたあど、私を探すのを手伝ってくださっていたようです
私がお礼をいうと、弥平次さんは何だか慌てた様子でした
?
よくわかりませんが、のんびり悩んでいる時間は無さそうです
私達はこの場を離れようとしました
ですがその時、その場にいないはずの人の姿を、私は見つけてしまいました
「梅、さん……」
彼女は私の姿を見つけると、懐剣を手に駆け寄ろうとします
「返してくださいっ、その方は、主人からの大切な預かりものですっ」
その姿に、弥平次さんの後ろにいた兵の方が反応して……
「梅さん、逃げてっ!」思わず私は叫んでいました
ですが……
ザンッ!
振り下ろされた刀と視界を紅く染める血液
そして……
「松、どうし、て……、松っ!」
梅さんを庇うように飛び出し、切り伏せられた侍女の姿がそこにありました
「止めよ!それよりも急いで城を出るんだ!」
二人へと止めを刺そうとする兵を制するように弥平次さんが言います
私の姿から、何かを察してくださったのかもしれません
私はこの時呆然としてしまっていて、侍女の方を助けることが出来ませんでした
病室暮らしで人の死を何度も見てきましたが、流石に人が殺される所を直接に見たのは初めてでしたので、頭が真っ白になってしまって何も出来なかったのです。
弥平次さん達に引き摺られるようにして私は城の外へと連れ出されました
その後私は城攻めの部隊の一部に守られこの羽崎村の、今はこの世界での私の住居となった元荒れ寺へと送り届けられました
弥平次さんは城攻めの方々と一緒に出陣中の明智軍と合流するとのことで、そのまま別れました。
羽崎の奥方様……、梅さんがその後自害されたと知ったのは、それからもう少し後のことでした。




